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第2話

Auteur: 桔梗
芙実がちょうど病院を出てタクシーを拾おうとしたそのとき、1台のフェラーリが突然ドリフト気味に彼女の目の前に停まった。すぐあとに、長身で凛としたシルエットが足早に近づいてくる。

「ふみちゃん、検査終わったら電話くれるって言ってたよね?仕事片付けたらレストランに迎えに行くって話だったじゃん」

朝、嘉之は「検査に付き添う」と言っていた。けれど出発前から彼のスマホは鳴りっぱなしだった。

だからこそ、嘉之は申し訳なさそうな顔で説明した。

「ごめん、会社で急にトラブルがあってさ。検査終わったらすぐ連絡して。すぐ迎えに行くから」

だけど、病院を出てから芙実が何度電話をかけても、全部切られてしまった。

芙実はうつむき、着信拒否された履歴がずらりと並ぶ画面をじっと見つめた。

その視線に気づいたのか、嘉之もようやく異変を察した。不在着信の数々を見て、少しバツが悪そうに言った。

「知ってるだろ?会議中はマナーモードにしてるからさ」

堂々とした口調でそう言いながら、彼の口から出てくるのは「仕事が忙しい」の一点張りだった。

その「忙しい」間、芙実には一日中ほとんど連絡が返ってこなかった。

でも、嘉之は知らない。彼の一挙一動が、すでに誰かによって芙実にリアルタイムで報告されていたことを。

「会議中」と言い残して彼が去った直後、芙実のもとに匿名の誰かから一枚のスクリーンショットが送られてきた。

画像には、黒いストッキングに包まれた長い脚が艶めかしく光っていた。ただ、膝の部分が何かに擦れて血がにじんでいるのが目に留まる。

女性は弱々しく床に座り込み、カメラを見上げるその瞳には涙が浮かんでいた。

「階段から落ちちゃって、すごく痛いの......もう動けない」

そのすぐ下には嘉之のLINEアイコンと返信メッセージ。

「怖がらないで、そこにいて。すぐ行く」

夕陽の余韻が芙実の影を長く伸ばした。彼女は、がらんとした病院の廊下の長椅子にひとりで座っていた。

手には、脳腫瘍と記された診断書をぎゅっと握りしめている。

まるで迷子になった子どものように、どうすればいいのかわからないまま座り込んでいると、スマホがひっきりなしにバイブ音を響かせた。

匿名の人物は、次々と写真や動画を芙実に送りつけてくる。

映っているのは、嘉之がその女性のアパートに駆けつけたときの、焦りを隠せない表情。

別の動画には、彼がその女性をお姫様抱っこして、彼女が甘えるように肩に身を預ける姿。

動画の中で嘉之は、女性の不注意をたしなめながらも、大事な壊れ物でも扱うかのように傷口を消毒していた。

嘉之の目は、手元の白く滑らかな脚を見つめながら、どこか陰りを帯びている。

そして、彼はその足をそっと手のひらに乗せて、冗談めかした声で言った。

「こんな美脚、怪我させるのもったいないな。むしろ――」

その先の言葉は喉の奥で止まり、彼の喉ぼとけが上下に揺れた。

女性は足のつま先で彼の手のひらをくすぐるようになぞり、上目遣いで艶っぽくささやいた。

「むしろ、何......?」

そのあとは、嘉之が身を寄せた瞬間、ふたりの影が絡まり合い、見ていられないような光景が広がっていった。

嘉之は仕事を放り出し、丸一日その女性のそばに張りついていた。

その甘えた声も、涙を浮かべた顔も、芙実には見覚えがあった。

それは、十数年にわたって彼女の悪夢に出てくる「名ばかりの姉」、文乃だった。

思いに沈んでいる芙実を見て、嘉之は優しく髪に触れながら、不思議そうに尋ねた。

「何、考えてたの?」

鼻先に、かすかに女性用香水の匂いが漂ってくる。

芙実は無意識に、その手から身を引いた。

込み上げてくる吐き気を必死にこらえ、首を横に振って「なんでもない」と答えた。

突然の拒絶に、嘉之は一瞬だけ不安そうな顔を見せたが、すぐに気にも留めなくなった。

「そうだ、今日はお前の誕生日だよね。プレゼント用意してるんだ。行こう。場所は都心に新しくできたレストランでさ、きっと一生忘れられない日になるよ」

そう、確かに今日は、芙実にとって一生忘れられない日になった。

婚約者に裏切られ、姉に挑発され、そして病気の診断まで受けた。これ以上に忘れ難い日なんて、他にあるだろうか。

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