LOGIN一難去ってまた一難。
その言葉は、あの夜の私のためにある。
部屋から逃げ出した。
何度か転んだ。
誰かに声をかけられたかもしれない。
ホテルを出るまでのことは覚えていない。
ホテルを出て、最初に感じたのは冷たい風。
息を吸って、肺が冷えて。
ただ、早く家に帰りたいとだけ思った。
停まっているタクシーに乗った。
行き先を聞かれて、町の名前を言う。
その声は自分でも驚くほど平坦だった。
タクシーの中は静かだった。
ルームミラー越しに一度だけ目が合ったから、無関心ではなかっただろう。
すぐに目を逸らされたから、見て見ぬふりをされたのか。
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花嶺邸の門を潜ったとき。
掃除が大変で、取り壊すことも考えていた立派な門に、あのときは安心させられた。
外の世界は厚い門扉の向こう。
もう安全だ。
全て忘れてしまおう。
なかったことにしてしまおう。
そう自分に言い聞かせた。
誰にも見られたくなかったから、玄関を通り過ぎて、勝手口から入った。
あの人たちが来ることはない使用人のスペース。
昔は住み込みの使用人もいたけれど、今は通いで二人だけ。
どちらも帰ったあとで、誰もいない空間にホッとした。
使用人のスペースと家人のスペースの境にある自分の部屋に行こうとしたときだった。
「遅かったわね」
玲子さんの声がした。
「お父様が『来い』だって」
桜子もいた。
酔っ払ったのではなかったのか。
だから私を呼び出したのではないか。
そんなことを思いながら顔を上げると、玲子さんと桜子は満足げな顔をしていた。
この瞬間を待ち構えていたのだと分かった。
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いま思えば、よくあのタクシーは私を乗せてくれたものだ。
髪の毛はぐしゃぐしゃ。
化粧は涙と、何度も擦ったせいでボロボロ。
暴力の痕は、私が忘れたい現実を否応なく露呈させていた。
そんな姿を見て、二人は満足していた。
――当然だ。
そのために、あれを仕組んだのだから。
私は、何かを言うべきだと思った。
怒りをぶつける言葉でも、謝罪を求める言葉でも。
しかし声は喉の奥で絡まり、音にならなかった。
あの男にされたこと、自分の体に起きたことが、恥ずかしかった。
知られたくなかった。
◇◇◇
二人に連れてこられたのは父の書斎。
入りたくなかったけれど、背中を突き飛ばされて、たたらを踏みながら部屋の中に入った。
そこにいたのは父だけではなかった。
錦野 柾(にしきの まさき)。
私の婚約者の柾さんもいた。
二人は私の姿に驚いた。
演技ではなかったから、あの二人は何も知らなかったとは思う。
今となってはどうでもいい。
「ほら、見てください」
玲子さんは私を指し示した。
これが証拠だと。
家族が留守であることをいいことに外で遊んでいた、と。
こんな淫らな姿になるようなことをしていた、と。
そのまま帰ってくるような恥知らずの娘だ、と。
「お分かりですよね」
玲子さんの声は気味が悪いほど穏やかで、優しげですらあった。
桜子は直視に耐えられないと、清純なふりをして顔を背けていたが、その口元は愉悦で歪んでいた。
まるで出来の悪い芝居を見せられているようだったが、私もその舞台の上の一人だった。
反論しなければならない。
違うと、叫ばなければならない。
そう分かっているのに、言葉が出てこない。
暴行された記憶が喉を締めつけ、声を奪っていた。
沈黙は、肯定として扱われるには十分すぎた。
「……なんてことを」
父が低く呟いた、その次の瞬間。
頬に鋭い衝撃が走った。
視界が揺れ、体がよろめいた。
何が起きたのか理解するより先に、じんじんとした痛みが広がってきた。
「こんな娘に育てた覚えはない!」
父は怒りに満ちた目で私を見下ろし、そのまま柾さんに向き直った。
「こんな娘と婚約させてしまって、本当に申し訳ない」
深々と頭を下げる父。
その姿を、どこか遠くから眺めているような感覚だった。
私はこのとき、父に期待していたことに気づかされた。
それまで私は父のことを軽蔑していると思っていた。
玲子や桜子の分かりやすい嫌がらせに気づかず、家の現状も見ようとしない愚かな父。
何も分かっていない人。
でもあの瞬間、その評価が自分にも跳ね返ってきた。
私もまた何も分かっていなかった。
父がいつか自分のことを理解してくれると、愚かにもそう思っていた。
あの瞬間、諦めにも似た感情が胸に広がった。
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「本当に、残念です……」
柾さんが静かに口を開いた。
その声は落ち着いていて、表面上は失望を滲ませていた。
だが、あのとき見た柾さんの目は、あの状況に満足していた。
計画がうまく運んだことを喜んでいた。
そして、一瞬だけど柾さんは桜子を見た。
桜子はそんな柾さんの視線を、甘やかな微笑みを浮かべて受け止めていた。
刹那のやり取りだったけれど、見間違いではない。
あのときすでに、二人の間には私の知らない関係が築かれていた。
私の婚約者だったはずなのに。
柾さんはいつの間にか別の女と通じていた。
その女は私をあんな目にあわせた一人だった。
あの瞬間、色々なことが一本の線で繋がった。
襲われたことも、断罪も、全ては私を排除するための筋書き。
足元が崩れるような感覚に襲われながら私は理解した。
逃げ場など最初からどこにもなかったのだ。
【桔梗視点】「いいのか、あれ?」華乃の言葉に、視線をそちらに向けると、蓮司さんが大勢に囲まれていた。作戦通りだけれど、予想の倍以上の人の数が集まっている気はする。まあ、いいわ。「今はそれどころじゃないもの。カメラの準備はできた?」「……そろそろビデオカメラの操作くらい覚えたらどうだ?」「マニュアルは読んだのだけど、なぜか電源が入らないんだもの。せっかく蓮司さんが新しいのを買ってくれたのに」「まあ、そういうこともあるね……」含みがあるわ。でも問い詰めている余裕はない。「ターシャ!」これから愛息子の晴れ舞台。.誠司が紫色を基調にした大きな花束を持ってこちらに歩いてくる。蓮司さんによく似た張りのある声で会場中の視線が集まっているのに、その歩く姿は堂々としている。「さすが『結婚したくない男性ナンバーワン』だな、キラキラしてるよ」結婚したくない男性ナンバーワン。本来ならそれは悪い評価だが、誠司の場合は「高嶺の花過ぎて」という言葉がくっつく。.高校三年生の春。ターシャが一歩前に踏み出したとき、誠司も自分のやるべきことを決めたのか、変わった。真面目な子だから、それまでも習い事や部活に真剣に取り組んでいたけれど、鬼気迫っていた。大学に合格すると同時に、武司さんの補佐という形で蓮司さんにくっついて回り、桐谷の後継者として表舞台に立った。そして、「まだ10代の子ども」を理由に婚約話を断れるうちに、母親の私でも驚くくらい、理想的すぎる『桐谷誠司』になった。誠司が20歳になるのを待って、娘や孫を婚約者に推そうとしていた家はたくさんあったけれど、その娘や孫が誠司との婚約を嫌がった。あんな完璧な人の隣に立つ自信はない、と。誠司が完璧だと家族の誰も思っていないけれど、誠司は外で完璧に振る舞っている。壊滅的な料理の腕前でさえ、なぜかプロ級の料理が作れると思わせるほどの虚像。母親としては睡眠時間を削って努力する姿に心配もしたが、目標もあって、目標達成すれば気が抜けるのだからと、誠司に協力してきた。機は熟した。完璧な誠司は、花嫁選びも間違えないと言われている。誠司が選ぶ花嫁も完璧に違いない、と。.「おめでとう!」「ありがとう」誠司は嬉しそうに笑うと、持っていた大きな花束をターシャに渡す。周囲がざわめく。なぜなら、誠司は誰にも
【蓮司視点】「皆様、本日は私たち桐谷グループが主催の共同展にお集まりいただき、誠にありがとうございます」マイクを通しても凛とした桔梗の声が会場に響く。傾聴せよと言ったわけでもないのに、会場中の人たちが、スタッフさえも、ピタリと止まり桔梗を見る。桔梗は石川先生とターシャ、そして技術スタッフを順に紹介していく。この場にいる者たちが求めている言葉は、人間国宝というネームバリューがある石川先生の言葉。それを分かっている桔梗は、普段よりは畏まっているものの、石川先生との仲の良さが伝わってくるやりとりをする。茉白が花嶺家を継ぎたいと言ってから、その正当性を疑われないように、二人は話し合ってDNA鑑定を行った。それに加えて、石川先生と桔梗の母親である明美さんがかつて恋仲であったこと、先生の代表作である『四連花』のモデルが明美さんであることも公表している。ただ鑑定結果だけを公表すればいいと思ったが、次はとても親しい男女の仲だという邪推されると石川先生に言われた。マスコミは煽るだけ煽られればいいというスタンスで、相変わらずいい加減だ。.「私はこのナターシャを幼いときから知っていて、この子なら私のやりたいことを理解し、私も考えなかったものを見せてくれると思った」石川先生が頷く。「コネというならその通り。チャンスは平等ではない、世の中は不公平が溢れている。その点、こういう場でよく使われる『知る権利』は面白いね。今ここで私が言っていることは、マスコミの方々を通して、知りたがっている人たちに公平に届けられる」石川先生が苦笑する。「しかし、受け取った人が正しく、公平な目で情報を判断するかは分からない。そこまで責任は取れないと言いたいだろうが、私がこのプロジェクトを発表した当初は、老いらくの恋とか、色ボケした巨匠とか、散々叩かれたからね……女子高生とタッグを組むのだからそう言われても仕方がないと思いはするが、私がこの子を孫のように可愛がっていたことは、簡単に調べれば分かるのになぜか報道されなかったね」プロジェクトの始まりを石川先生は皮肉げに語る……巨匠だから許されるような発言だな。「私が最も誇りに思うのは、私たちの作品が認められたからではない。周りから何を言われても自分を信じ、色を、自分の表現を変えなかったナターシャ。そして芸術と科学という水と油のような関係
【武美視点】「自分の価値を下げずに、婚約の打診をなくすとはね」すごくやりにくい部下に悩む武司に笑っていると反対側、武司の向かいから大きなため息が聞こえる。「お兄ちゃんのせいで、私まで完璧超人に思われてんだけど」そうやって憤るのは、誠司の妹の茉白、大学2年生。桔梗さんに瓜二つの美少女だが、中身は雅美小母さんゆずりのアマゾネス。蓮司の妹の朋美に言わせると、桔梗さんも中身はアマゾネスだから、桔梗さんに中身も外見もそっくりということになる。茉白は大学で経済学を学び、長期休みは雅美小母様にくっついて世界中を巡っている。桔梗さんの生家である花嶺家を継ぎ、いまは桐谷グループ預かりの花嶺家の事業を管理することを目標としている。「お婿さんがもらえなかったら、お兄ちゃんのせいなんだから〜」「茉白の場合、蓮司の反対がうるさそうだけどね」「大丈夫」茉白はニヤリと笑った。「料理上手を選ぶから」「良い手ね」桐谷家にどうしても足りないもの。それを補う完璧な人選だ。いや、人ではないから職かしら。.「今日、莉乃はどうしたの?」茉白の三歳下の莉乃。「莉乃はカノンさんのところでバイト」「こんなときに?」「こんなときだからだよ」◇◇◇【乃蒼/華乃視点】ホテルの重厚な絨毯の上に、今回の展示のために特設された真っ白なホワイトキューブが整然と並んでいる。この異空間をミリ単位の狂いもなく立ち上げることが、会場責任者である私の仕事だ。これまでやってきた仕事、築いてきた人脈はこのためだったに違いない。「莉乃、空調、もう一度確認して」「室温22度、湿度50%で、ホテルの担当部署に連絡済みですぅ」莉乃のおっとりした口調と、私の先を見て行動してくれる頼もしさに体からこわばりが抜ける。莉乃は桔梗の下の娘で、父親似のきりっとした美人系の顔立ちに、ふわふわっとした癒し系女子。あの体育会系メンタルの桔梗から、よくこんな妖精みたいな娘が生まれたと思う。何かが振り切ってこうなったとしか思えないふわふわ感だかど、仕事にはストイックなほどひたむきで、さすが桔梗の娘だと思う。この会社を欲しいので継がせてくださいと言う図々しさも桔梗の子ね。.「ありがとう、莉乃」「美術品のコンディションは、空間の空気が大事だもん。ターシャ姉様の作品群に、万が一の結露や乾燥も許されない
【武司視点】「改めて、桐谷誠司です。よろしくお願いします」頭を上げて、室内を見渡すのは、全くフレッシュさのない新人。蓮司の息子の誠司。「それでは、仕事を始めますね」大学受験が終わって早々、高校卒業前から見習いで働いていた秘書室だから、勝手知ったる態度。指示するはずだった仕事もちゃんと見つけ、パラパラと内容を確認しながら自分の席に着く。秘書室の今年の新人は誠司だけ。未来の当主夫人を夢見る女が配属されて、誠司に粉などかけることなどないように、桔梗さんがぶっとい釘を差していった。会長の和司小父さんも、社長の蓮司も、桔梗さんにがっちり胃を掴まれているから逆らわない。そういう俺もだけれど、うちの場合は妻が桔梗さん至上主義だから、そっちからの圧力で逆らえない。「桔梗さんがどんどん和美祖母さん化してるんだが……」「それでみんな喜んでいるからいいではありませんか。あ、おじさん。この手紙の返事、俺が書きますね」当たり前だ。書の人間国宝に直筆で返事を書きたいなんて誰も思わない。俺から見て綺麗だと思っていた蓮司に返ってきた、彼の79歳の誕生日パーティーへの出席の返信のそのまた返信。【夫婦で出席させていただきます】このたった14文字が、びっしりと隙間なく赤で修整されていた。あの手紙はまだ忘れられない。その彼から誠司は書を習った。弟子にと請われるほどではなかったが、「筋がいい」と褒められ、誠司は幼い頃から字が上手く、学校の書道展では何度か入賞している。こんな感じで、文化界の方々が適度に手ほどきし、なんとか道を誠司ないろいろ齧った。その結果、誠司は天が二物どころか色々な才能を与えてしまったかのような22歳になった。まず目を引くのは、若々しさと大人の色気が危ういバランスで同居する、蓮司ゆずりの端正な容姿。だが、彼の真の「完璧さ」は、桔梗さんゆずりのその内実にある。名門大学を卒業し、在学中から父親の傍で次期後継者として注目され、社会にその名を知らしめている。祖母である雅美小母さんや俺の姉の武美が面白半分に教えた、英語、中国語、フランス語をネイティブレベルで操り、日常会話ならあと数カ国いけると言っている。そうして、海外の投資家とも対等に渡り合う彼の知性は、周囲の同世代がまだ進路に迷う中で、圧倒的な隔絶を感じさせるに十分だった。さらに恐ろしいの
ナターシャが遠くなる。そんな予感と、なんとなくの確信。俺が、自分でも、かなり驚くくらい自然に出た。ああ、これは、当たる。ナターシャは、遠い存在になる。距離の話、ではない。物理的な話、でもない。手の届く範囲から、手が触れられるところから、離れていく、外れていく。そして、一年後は?今はまだ、同じ学校に通って、同じ時間を過ごしている。でも、いずれ、別々になる。違う世界の中で、生きるようになる。そのとき、自分は——隣に、いられるか?胸の奥が、鈍く痛む。情けない、と思った。俺のほうが、一歳上というだけ。先に大学生になるだけ。痛感させられた。ナターシャは、俺の隣に立つために前に出たのかもしれない。でも、その結果は、恐らく……もしかしたら、ナターシャは俺では足りなくなるかもしれない。俺は、その結果を怖がっている。「……ほんと、ダサいな」苦笑が漏れる。苦笑が反響して、俺の自嘲的な笑いが、世間が俺を嘲笑う声に聞こえる。「ダッサいし……小さい!」ダサいことは、本当に思っていること。これが俺の本音だ。俺の、今の、限界なのだろう。でも、できるだろう?俺は、ナターシャを手放したくない。ナターシャを、誰にも渡したくない。ナターシャの隣は、自分のものだと、俺が、そう思わないでどうする。思っていたんだ、なんてあとから言っても意味はない。それこそ、ダッサい。いまさらって、取り返しのつかない事態になってから、「実は」なんて言っても遅い。ナターシャは俺のものだと、言い続けなければ意味がない。身の程知らずだと言われようと、言ってやる。それに、いま、身の程知らずとどれだけ嘲笑われようと、それを黙らせられるだけの力をこれからつければいい。親の七光り?それなら、それ以上に光って見せればいい。父さんと母さんを目標にして、その一歩先にいけばいい。目標が明確ならば、それだけやりやすいってものだ。いま、いまの俺では届かなくなるから手を引っ込めるなんて、自分が傷つきたくないだけ。それじゃ、ダメだ。小さくなるな。ナターシャは、自分の人生を生きるために、出た。そこに、ナターシャの行く先に、俺がいけばいい。遅れたなら、走ればいい。そのとき、そこに、自分がいるために。順番を間違えるな。「ふう……」スマホの画面は、もう違う動画を映
【誠司視点】動画は、俺の迷いなんてそっちの気で進んでいく。摺りの工程が淡々と進む。必要な道具を選ぶ手には迷いがなく、瞬く間に色が重なっていく。色と色の境の、細く紙に乗る線だけが白い。あとは色、色、色。見慣れているはずのターシャの技術は、ターシャ越しの映像だと違って見える。……すごいな。率直に、そう思った。贔屓目じゃなく、これは、評価されると思ったら国内だけじゃない。——海外でも評価される。簡単に、想像はつく。石川明梗。ターシャの動画に、人間国宝で海外でも知名度の高い石川先生の名前が付く時点で、ターシャの動画は立ち位置が違う。スケールが、最初から世界を見ている。日本国内の話じゃ済まない話だ。「……やめろよ」つぶやきが、無意識に溢れたと気づいたのは、狭い非常口に反響した自分の声。眉が、眉間による。想像が、勝手に先に進んでいく。海外メディアの注目。インタビュー。コラボレーションのオファー。ターシャの名前が広がる。顔が知られる。ターシャという存在が、世界に根付いていく。ターシャは、頑固だ。進むと決めたら、進む。(……その中で、あいつは)ターシャが、傷つくことはある。言葉は、評価のためだけのものではない。嫉妬や抗議。評価される分だけ、ターシャは理不尽に叩かれる。持ち上げられる分だけ、落とされる。ターシャは、強いけど、無敵じゃない。「……くそ」スマホを握る手に、力が入る。俺はターシャを守りたい。これは、昔からなんにも変わらない。今すぐにでも、この全てを遮断して、ターシャをかっさらって、俺だけの、俺しか知らない場所に隠してしまいたい。 誰の目にも触れない場所にターシャを閉じ込める。ターシャのことは、俺だけが知っていればいい。——そんな衝動。ああ、俺は父さんと同じだ。母さんは、常に父さんの庇護下にある。父さんが傍にいなくても、護衛の長谷川さんとか、親戚の誰かとか、父さんの影響力の中にいる。それでいいらしく、笑っている母さん。それでいいと思ってもらうため、母さんが望む環境をせっせと作っている父さん。二人は、二人そろってそれでいいと思っているからできる関係。でも、俺たちは違う。それは、できない。ターシャが、望んでいない。ターシャは、自らの意思で、世界に向けて一歩を踏み出した。ここ







