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5.

Autor: 酔夫人
last update Última atualização: 2025-12-15 21:53:54

リビングに向かうと、戸口に吉川様が立っていらっしゃった。

「凛花さん、騒々しいですよ」

和美様の言葉に、なぜか吉川様は私を睨む……桜子二号と心の中で呼ぼうかしら。

「おはようございます、蓮司さん」

気を取り直したのか、弾んだ声を出す吉川様。いいことがあったのか、とても機嫌がよさそうだ。

「おはよう」

蓮司様の淡々とした返事に吉川様はパッと明るい表情をなさった。

朋美様の愚痴によれば、吉川様はお二人のお父様のご友人の娘で、朋美様たち兄妹とは幼い頃から面識があったとのこと。俗にいう幼馴染という奴だと思うが、朋美様はお認めにならないのか「面識」止まりだ。

吉川様は幼い頃に蓮司様に一目惚れをして以来、朋美様曰く「ずっと付きまとっている」とのこと。

蓮司様に付きまとう女性は吉川様一人だけではなく、吉川様は蓮司様に近づく女性を片っ端から追い払っていた。それは蓮司様にとっては実害でなく、迷惑だと思っていた女性たちを自動的に追い払ってくれるのだから便利だとさえ思っていらしい。

それは吉川様にご自分が蓮司様にとって特別だと勘違いさせる原因になったと朋美様は仰っていた。

お年頃になると吉川様はお父上を通して蓮司様との婚約を打診。それに対して蓮司様は「その気はない」とお断りになった。

それでも吉川様はめげず蓮司様の傍にいて、定期的に婚約を打診しては蓮司様に断られるということを繰り返していた。

吉川家との結婚は桐谷家にとって、一般的な情報から判断するに悪い縁組ではないのだが、例の和美様の目が「蓮司に凛花さんは合わない」と判断したので二人の結婚はなしだと思っていた。

吉川家からの打診はずっと続いていたが、桐谷家側は蓮司様が自分で断るだろうと思っていたし、実際に蓮司様はご自分でお断りになっていた。

しかし二ヶ月ほど前、蓮司様はご両親に「吉川様と結婚する」と仰られた。

桐谷家を筆頭に親戚一同大パニック。和美様の目は、科学的根拠はなくとも約五十年の実績はあるため一族にとっては決して無視できない。蓮司様の宣言を真正面から聞いたご両親は「全くその気はないと言っていたじゃないか」と叫んだという。

いまどき離婚は珍しくないと思うが、ダメになると分かっていて結婚させるのも何なのだろう。

今まで全くその気のなかった蓮司様の突然の心変わりから始まったこの婚約話。

朋美様は蓮司様の心がわりについて「天地がひっくり返ってもあり得ない」と仰られていたけれど、男女のことに「あり得ない」はなかなかない。あり得ないと思っていた男女が恋愛関係に発展するなどドラマや小説ではありふれている。

 *

 

「蓮司さん、お祖母様に言ってくださった?」

「まだだ」

蓮司様が私のほうを見た気がしたけれど……気のせいかしら?

「昨夜ここに来たのは遅くて、祖母さんたちは寝ていたからな」

「……どうして昨夜はこちらに?」

「会社からは家よりここのほうが近いし、昨夜はかなり飲んでいた」

「どうしてそんなに? 誰と飲んでいたのですか?」

「言い争いなら他でやって頂戴」

吉川様がヒートアップしてきたところで、和美様が大きく息をついて二人の会話をお止めになった。

「申しわけありません、お祖母様」

「……凛花さん、ここは私の家よ。私の孫でもないのに勝手に来て、私の許しもなく入ってこないで頂戴」

和美様の言葉に吉川様の笑顔が固まったものの、吉川様は仰って持ってきた紙袋を和美様にお見せになった。

「お祖母様に美味しいパンをお持ちしました。うちの近くにあるとても人気のお店のパンで、特別に……「結構よ」」

吉川様の言葉を和美様が静かに遮る。

「見て分からないかしら、私はもう朝食を終えるところよ。それは貴女がお食べなさい」

「そんな……」

「あと、今後のために言っておきますが余計な気遣いは結構です。私の食事は美香さんが準備してくれているの。突然やってきて親切を押しつけられても迷惑だわ」

和美様の言葉に吉川様は戸惑ったあと、私を睨んだ。

睨まれてもこれが仕事なのだけど……反論しないほうがいいというのは桜子で学んだので黙っておく。

「こんな素人の作った料理なんかよりお店のもののほうが美味しいのに」

「私が何を食べるかは私が決めます。それとも、貴女が美味しいと認めたものしか口にしてはいけないの? それは随分と……「祖母さん」」

蓮司様が割り込むように口を挟んだ。

「このあと話があるんだ」

「……分かりました」

蓮司様の言葉を和美様は了承したけれど「ここで報告しましょうよ」と吉川様は仰った。蓮司様がまた私を見る。なるほど、ご家族での話なのね。

「和美様、食後の飲み物を準備してまいります」

「そうね、人数分のコーヒーを用意して頂戴」

和美様の言葉にキッチンに向かおうとしたところ、「家政婦さんもここにいてほしいわ」と吉川様が甘えた声で蓮司様に強請った。

和美様の顔が強張る。

……他人の家の事情に口を挟むつもりはないけれど、私を雇っているのは和美様。蓮司様ではないため、吉川様のおねだりは和美様にとっても不快だし、正直私も気分が悪い。

「凛花」

「いいじゃないですか、蓮司さん。嬉しいことなのですから……こういうことは、みんなでお祝いしないと」

そう言いながら吉川様は自分のお腹に両手をあてた。

それは妊娠している女性特有の仕草。

私にもその意味が通じたのだから和美様と朋美様も当然お分かりになって……唖然としていらっしゃる。

「もちろん、蓮司さんの子どもですよ。家政婦さんも、喜んでくれますか?」

……どうしてそんなことを聞くのかしら。

「おめでとうございます」

分からないことは多いが、お祝いの言葉を口にして思う。

ああ、妊娠って「おめでとう」なんだって。

……吉川様の屈託のない歓喜に満ちたご表情は……妊娠を喜べず、父親の顔すら分からない子を宿した私とは大違いだ。

「それで……その報告は、子どもができたからあなたたちの婚約を認めろということかしら?」

「ええ。この子は桐谷家の正統な後継者ですもの。ご当主様たちもさぞかし……「好きにしたらいいわ」」

和美様の言葉に、「お祖母様⁉」と朋美様が驚いた声をあげられた。

「そもそも、何を勘違いしているか分からないけれど、別に私はあなたたちの婚約に反対しているわけではないの。ただ二人は合わないと思う、ただ感想を言っただけよ」

……確かに。

「だから、好きになさい」

「それだけ、ですか?」

和美様は吉川様に冷たい目を向ける。

「それ以外に何を言えと? まさか、お似合いの二人だと寿げというの? 凛花さん、それは大の虫嫌いに昆虫食を美味しそうに食べろといっているようなものよ」

……うわお。

「蓮司、桐谷家ほどの家の未来の当主の結婚ともなればともなれば、それが親戚にまで影響することは分かるわね」

「それは勿論……「でも、お祖母様が認めたと言ってくだされば他の方々だって……」」

頷いてそれをお認めになる蓮司様とは対照的に、「でも」と吉川様が割り込んだ。

「凛花さん、それは私に他の親族を説得してこいと言っているのかしら?」

和美様の言葉に吉川様は口を噤んだ。確かに、吉川様の言い方ではそう聞こえなくもない。

でも、本家といえる蓮司様たちの決定に分家の親族たちの意見が重要なのかしら……その辺り、花嶺家は分家は本家の決定に粛々と従うだけだったけれど……。

「他の親族に認めてもらいたいなら、ご自分で認められるような行動をなさい。そうでなければ誰も、特に蓮司を慕っている子たちはあなたを認めないわ。そのことは、幼い頃から蓮司の傍にいた凛花さんもご存知でしょう?」

「……はい」

「あの子たちにとって蓮司は将来仕えるべき主なの。時代錯誤なのは誰もが承知しているけれど、こればかりはそうなのだから仕方がないわね。あの子たちは昔から蓮司の結婚相手には並々ならぬ興味を持っているわ。当り前よね、主の伴侶は同じく主だもの。自分が仕えるのに値するか見定めるのは当然だわ」

蓮司様はイトコの皆様に慕われているらしい……確かに、朋美様も口ではいろいろ仰っていらっしゃるけれど、お兄様である蓮司様を慕っている。

「結婚するなら、周りにきちんと認められなさい」

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