Masukそれに、碓氷家の人たちも桜さんのことをすごく気に入っているし。二人が結婚するのは、もう時間の問題だと思われていた。でも、まさかこんなに早く入籍するなんて。しかも桜さんの仕事が軌道に乗り始めたばかりなのに、真紀はそれについてとても驚いていた。彼女は、桜さんは仕事を優先するだろうから、結婚はまだ先のことだと思っていたのだ。そこは、さすがは安人だ。手際がいい!「まあ、本当におめでとうございます!」そう思って、真紀は笑って言った。「旦那様と奥様も、きっとお喜びになるはずです!」「父さんと母さんにはまだ言ってないんだ」安人は言った。「桜と二人で、明日母さんを驚かせようと思って。だから、まだ内緒にしておいてくれる?」「まあ、若い方たちは考え方が進んでいるわね。安心して、私の口は堅いから!」彼女はにこやかに言った。「この知らせ、きっと奥様にとって、今年一番の誕生日プレゼントになりますね!」安人も頷いて言った。「確かに、そうなるかもしれないな」それから、真紀はまた少しため息をついた。「ああ、こんなおめでたい日なのに、二人とも病み上がりでご馳走も食べられないなんて、残念ですね。お昼ご飯は、普通のご飯にしますか?それともうどんとか消化のいいものにしますか?」「桜はうどんの方が消化がよくていいかもしれないから、うどんにしてくれるかな。それと、おかずを何品か。あと27階の部屋に漬物があったはずだから、取ってきてくれる?彼女、それが好きなんだ」「はい、かしこまりました!」……こうして、真紀はお昼ご飯の準備を終えると帰って行った。安人と桜は二人でお昼を済ませると、ソファにごろんと寝そべって映画を観始めた。ここ数日の疲れがたまっていたのか、二人はいつの間にかソファで抱き合ったまま眠ってしまっていた。そのまま夕方まで眠り込み、先に目を覚ましたのは安人だった。腕の中の桜は、まだすやすやと眠っているのだった。安人はゆっくりと体を起こすと、自分にかけていたブランケットをそっと彼女にかけ直してあげた。その時、ローテーブルの上に置いてあったスマホが、ぶるぶると震えている。綾からだった。安人はスマホを手に取ると、杖をつきながらバルコニーへと向かった。ガラス戸を閉めてから、バルコニーのソファに腰を下ろし、彼は通話ボタンを押し
結局、安人がその気になれば、口説き落とせない相手なんていないのだろう。桜は自分でもどうかしていると思った。でも、勢いで次の日にはマイナンバーカードを持って、安人と役所に向かった。役所から出て、桜と安人は車に乗りこんだ。ドアが閉まると、安人は彼女の手からわざわざもらった婚姻届受理証明書をさっと取り上げた。桜は手を伸ばしたが、取り返せなかった。一方、安人は婚姻届受理証明書をジャケットの内ポケットにしまうと聞き返した。「なんだ?」「もう一回見たいだけ」桜は眉をひそめた。「なんで隠すのよ」そう聞かれ、安人は少し眉を上げた。「君が後悔するんじゃないかと思って」その言葉に、桜はきょとんとしてから笑った。「私が後悔したってどうしようもないでしょ?書類を破ったって、役所に記録は残ってるんだから!」「わかっているならいいんだ」安人は桜を見つめて、口元の笑みが隠せないでいた。「安心しろ。新太にきれいなプレゼントの箱を用意させておくから、母さんがみたらきっと驚いて喜ぶと思うから」そう言われ、桜は頬を赤らめた。勢いで入籍してしまったけど、こうして冷静になると、ちょっと早まったかなと桜は思った。「こうやって黙って入籍しちゃうなんて、ちょっとまずかったかな?だって一生のことなのに、お互いの家族にひと言も相談してないし」「便利なシステムに感謝しないとな」安人は桜の細い腰を抱き、唇にキスを落とす。「今回は本人確認だけで済むからいいけど、もし戸籍謄本とか必要だったら、さすがに内緒にはできなかった」彼が本当に嬉しそうなのを見て、桜の心も甘い気持ちで満たされた。でも、口ではこう言った。「康弘さんがもし生きてたら、今ごろあなたは『桜をたぶらかした悪い男』って言われてるわよ!」安人は一瞬固まったが、すぐに口の端を上げて笑った。「もし康弘さんがいたら、俺は殴られてたかな?」「ううん、そんなことない」安人は意外そうに彼女を見た。「どうして?」「だって康弘さんは、あなたが良い人だって知ってるもの。あなたになら、安心して私を任せられると思っているはずよ」その言葉に、安人は低く笑うと、桜の唇を激しく求めた。桜も彼の首に腕を回し、情熱的に応えた。二人は車の中で深く口づけを交わし、やっと名実ともに結ばれたことを祝い合った。車の外で
その言葉を聞いて、桜はむっとした。眉をひそめて、不満そうに安人を睨みつけた。「なによ、見下しているわけ!たしかに私の貯金はあなたたちに比べたら全然少ないけど、でも、10億円くらいのものなら、私にだって買えるんだから!」「10億円?」安人はくすっと笑った。「なるほど、桜は10億円もの大金を持ってるんだね!」桜は言葉を失った。くそー、まんまと貯金の額を白状させられちゃった!10億円という金額は、安人や碓氷家の人たちからすれば端金にすぎない。でも、桜個人にとっては大金だ。だって今年の初めまでは、大事な車を売らないと生活できないくらい、お金に困っていたのだから!くるくると表情が変わる桜の顔を見て、安人は思わず笑みをこぼした。「母さんが喜ぶプレゼントは、はっきり言えば、値段なんてつけられないほど価値のあるものなんだよ」そう言われ、桜は息をのんだ。「ま、まさかプライベートジェットとか、クルーザーとか?うう、そんなの今の私には無理だよ……いたっ!」安人が指の関節で軽くおでこを叩くと桜は、「きゃっ」と声をあげて、おでこを押さえた。そして怒りをこめて彼女は彼を睨んだ。「なんで叩くのよ。バカになったらどうしてくれるの!」「もともと、そんなに賢いわけじゃないだろ」「安人!あなたねえ……んっ!」そう桜が言いかけていると、突然、唇を塞がれた。それから、安人は桜の顔を包み込むようにして、何度も優しくキスをしたあと、彼女をぎゅっと抱きしめながら頭を撫でてあげた。「おバカさんだな。物で君の誠意が伝わるなんて思ってるのかい?」そう言って彼は呆れたようにため息をついた。桜はぱちぱちと瞬きをした。もちろん、彼女も分かっていた。安人のように素敵な人を育てたお母さんだ。人柄も教養も、きっと素晴らしいに違いない。彼らにとって簡単に手に入るような物よりも、心からの気持ちのほうがずっと嬉しいはずだ。でも、ご実家に初めてご挨拶に伺うのに、手ぶらで行くわけにはいかない。気持ちが一番大切なのは分かるけど、礼儀として何かお渡ししたいのだ。それが最低限の礼儀だって、康弘からは小さい頃からずっと教わってきた。「気持ちも大事だけど、やっぱり形に残るものも持って行きたいの。教えてくれないなら、もう私が勝手に選ぶからね!」桜は真剣な顔で安人を見上げた。
「じゃあ、その」桜は唇をきゅっと結び、安人を見つめながら探るように尋ねた。「今度戻ったら、時間を作って、あなたのお家にご挨拶に伺ってもいいかな?」安人はきょとんとして、彼女を見つめ返した。「本気か?」「だって、ご家族がもう私のこと知ってるって言ってたじゃない。だとしたら、私からきちんとご挨拶に伺うほうがいいと思うの」それを聞いて、安人は桜の表情をじっとうかがった。彼女が真剣な顔をしているのを見て、安人は唇を引き結び、こう言った。「もし俺を気遣って、まだ心の準備ができてないなら、無理しなくていい」桜は眉をひそめた。「心の準備なら、もうできてるわ!」だが、安人にはどうもそれが信じられないようだった。桜が、両親に会いたいと切り出したのがあまりに突然だったからだ。「桜、俺に合わせて無理してほしくないんだ。俺たちは付き合っているんだから、どんな時でも自分の心に従って行動してほしい。俺のためとか、周りに気を遣って自分を犠牲にするようなことはもうやめて欲しいんだ」「犠牲だなんて思ってないわ!」桜は困ったように笑った。「本当は私も、あなたの家族にすごく会いたかった。ただ、今までは自分に自信がなくて。こんな私じゃ、ご家族に気に入ってもらえないんじゃないかって、怖かったの」桜は安人の目を見つめ、甘く微笑んだ。そして、優しい声で言った。「でも、ご家族はもう私のことを知っていて、私たちのことを応援してくれてるってわかったの。だから、もう私も逃げてばかりいられないって思ったのよ!」「だからって、そんなに焦らなくてもいい」「でも、ちょうど今回お休みで北城にしばらくいられるじゃない。撮影が再開したらすごく忙しくなっちゃうし、半年くらいは時間が取れないかもしれないわよ!」それを聞いて、安人は唇を引き結んだ。彼がまだ信じていないと思ったのか、桜は続けた。「安人、私たちは一生を共にするって決めたんでしょう?だったら、私もあなたの世界に少しずつ溶け込んでいかなきゃ。あなたの家族は、これからは私の家族にもなる人たちよ。そんな私が挨拶に行くのは当たり前じゃない。まさかご家族のほうから会いに来てもらうわけにはいかないでしょう?」「そう考えてくれるなんて、嬉しいよ」安人は彼女の頬を撫でて、尋ねた。「明後日は母さんの誕生日なんだ。もしよかったら、その
安人は、桜の体調を心配していた。そして桜も、安人の足の怪我を気遣っていた。ここはやっぱり慣れない場所だから、家のようにはゆっくりできない。足に怪我をした安人に、自分の世話までさせるなんて、桜は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そう思うと、桜はうなずき、にっこりと笑って言った。「じゃあ、明日帰りましょう」安人は彼女の頭をなでた。「うん」……翌日、安人は桜を連れて北城行きのプライベートジェットに乗った。空港へ向かう途中、桜はスマホで自撮りを一枚撮った。ピースサインをする写真に、「さくらんぼたちに、無事を報告~」と文章を添えた。この投稿がツイッターにアップされると、桜のファンは歓喜に沸いた。さくらんぼたちはずっと桜本人からの投稿を待ち続けていた。だから、コメント欄はまるでお祭り騒ぎだった。ネット上の噂も、桜のこの投稿ひとつで、あっという間に消えていった。上空のプライベートジェットの中で、安人は桜に横になって休むよう促した。でも、桜はこの数日よく寝ていたから、今は元気が有り余っていた。彼女は安人を見つめ、ふと尋ねた。「あなたの家族に、私のこと話したりした?」「ああ、話したよ」安人は素直に答えた。「俺の家族は、相手が君だってことも知ってる」桜は驚き、次の瞬間には緊張していた。「それで、ご家族はどんな反応だったの?あなたみたいな家柄の人は、芸能界の人をよく思わないって聞くけど」「うちはそんなことないよ。どんな職業にも存在する意味があるし、俺の家族は芸能界に偏見を持ってない」安人は大きな手で桜の手をもてあそびながら、低い声で言った。「相手が君だと知って、むしろ俺の方が責められてるんだ。いつまでも君を家に連れてこないってね。家族として君に会えるのを、ずっと楽しみにしてるんだよ」「ほんとに?」桜は美しい目を丸くして、驚きと信じられない気持ちでいっぱいだった。出身は選べない。確かに康弘さんは温かい家庭と惜しみない愛情を与えてくれたけど、それでも京子との関係で、自分が愛人の子であるという事実は桜にとってずっと言い難い苦しみだった。もし普通の家庭に生まれていたら、桜はここまで卑屈にならなかったかもしれない。でも、世間に認められない愛人の子で、しかも実の親は二人ともろくでもない人間だなんて……桜の不安
朝食を終えた頃、朋花と浩平がやって来た。浩平は、美雨に関する最新の情報を持ってきた。脚本家である美雨は、今回の映画を含め、これまでに手がけた作品のうち三作品で盗作疑惑が浮上しているとのことだった。そこで、浩平は盗作をされた原作者に連絡を取り、協力して美雨を訴えたそうだ。映画については、浩平が直接原作者と交渉して原作小説の映像化権を獲得したらしい。さらに原作者には脚本の改訂にも参加してもらい、現場の脚本家と協力して進めていくそうだ。しかし、これで脚本は一から練り直す必要があるので、これまでに撮った分はほとんどボツにして、撮り直すことになるのだ。これでは撮影班の予算が大幅に膨らんでしまう。でも、メインの出資者が安人だから、その点は問題ないらしい。一方、浩平は改めて今回の件について、桜に丁重に頭を下げた。だが、桜は思わず恐縮してしまった。「我妻監督、そんなふうに言わないでください。これはただの事故で、監督が知っていたわけじゃないですし……それに、私にも責任があります」浩平は桜を見つめ、彼女の実力を認めるように言った。「君は本当に責任感の強い、素晴らしい役者だ。トラウマがあるのに、俺が求める演技に応えようと歯を食いしばってくれた。それだけで十分だ。この映画は必ず賞を取れる、俺が保証する!」桜はきょとんとした。「監督賞は、もちろん取れると思います。でも、私が賞をいただくなんて」「君だってきっと大丈夫さ」浩平は桜をじっと見て、きっぱりと言った。「自信がないなら、俺を信じろ」桜は呆然として、一瞬どう反応すればいいのか分からなかった。「我妻監督、うちの桜は前の事務所に10年も冷遇されて、すっかり自信をなくしてしまっているんです。だから、監督がいくら褒めても、彼女にはお世辞としか捉えられないんだよ!」「朋花さん!」桜は顔を真っ赤にして、照れくさそうに反論した。「監督がお世辞を言ってるなんて思ってません!ただ、こんなにすごい人に直接褒められるのに慣れてないだけです!」「じゃあ、これからは慣れていかないとね」朋花は桜を見て、おどけるように笑った。「我妻監督はお世辞だけで煽てるような方じゃないから。彼がそう言ったからには、それだけの自信があるってこと。桜、あなたはしばらく安心して休んで、撮影が再開した時また最高の状態で演技を思
「詩乃、あなたのことを信用していないわけじゃないんだ。ただ、俺の実家のことで、あなたまで嫌な気分になるのが嫌で」浩平はこめかみを押さえて言った。「あなたにまで心配させたくなかったんだ」「お兄さん、人は生まれや育ちの環境を選べないけど、それでも私が一緒に向き合いたいと思うのは、あなたのことが大好きで、大切だからよ。だから、あなたの全てを受け入れたいの」浩平は、詩乃のその言葉に深く心を動かされた。「本当に聞きたいのか?」詩乃は立ち上がると、彼の前まで歩み寄り、両手を広げて言った。「ぎゅってして」浩平はクスっと笑うと、彼女の腰を抱き寄せて自分の膝の上に乗せた。詩乃は浩平の
こうして、由理恵は警察に連行され、事情聴取を受けることになった。音々が突き止めた証拠は十分揃っていた。でも、由理恵は容疑を認めなかった。それに、事件から十年以上経っているため、証拠の裏付けに時間がかかった。蛍の葬儀のことは、浩平がすべて取り仕切った。蛍は亡くなった。しかし、彼女の死は世間の注目を集めた。葬儀には、浩平のファンや、蛍に同情する人たちが自発的に集まり、彼女を悼んだ。浩平の業界の友人や、仕事仲間も葬儀に参列した。浩平は蛍のために、日当たりがよくて見晴らしもいい、素敵な墓を買った。葬儀の日、空はどんよりと曇り、霧雨が降っていた。黒い喪服を着た浩平は、身を
会場にいた招待客たちは一斉に立ち上がり、グラスを掲げ、花婿花嫁を祝福する言葉を口々に述べた。一主役である悠翔も、優子の腕の中で嬉しそうに笑っていた。こんな賑やかな場所でも、悠翔は怖がる様子もなく、むしろ興奮しているようだった。乾杯が終わると、雄太は皆に席に着くように促し、食事を楽しむように言った。今回の宴会では、1テーブルは8人席だった。本来であれば、花嫁の友人と花婿の友人はそれぞれ別のテーブルに座ることになっていた。しかし、浩平は詩乃と同じテーブルに座っていた。詩乃には、浩平が花婿の友人たちと一緒に座るべきなのに、なぜここにいるのか分からなかった。そして、料理
航太と咲玖は、数人のボディーガードを連れて、梨野川の別荘のゲートまで直接やって来た。梨野川の別荘のセキュリティは二重になっていた。一つはエリア全体の統一システムで、もう一つは各戸独立のセキュリティシステムだ。我妻家は、H市でトップの財閥だ。ここ数年は勢いが落ちていたけれど、少し前に浩平から多額の資金援助があったおかげで、美紀がおこした騒動も無事収束することができて、今やもとの経済界で無視できない存在の立ち位置に戻っていたのだった。だから、航太が名刺を提示すると、警備員は本人確認をしてから彼らを敷地の中へと通した。すると2台の高級車が敷地内に入り、グレースヴィラへと向かった。







