LOGIN桜は真剣な表情で、まるで神に誓いを立てるかのように、強い眼差しを向けていた。それを聞いて、安人はスマホを取り出し、信用できないという顔で言った。「口約束だけじゃダメだ。桜、君には前科があるからな。だから、ちゃんと証拠を残させてもらう」桜は彼の手にあるスマホを見て、すぐにその意味を察した。少し気まずかったけれど、彼女は頷いた。「いいよ」それから、安人は録画のボタンを押すと、スマホを桜に向けた。「さっき言ったこと、もう一回言ってくれ」すると、桜は息を深く吸い込み、一呼吸を置いてから、さっきの言葉を真剣にもう一度繰り返した。安人はその動画を保存すると、スマホをしまった。それを見て、そばにいた夏帆は、笑いを堪えきれない口元を桜に見られないように、さらに深く頭を下げた。一方、寧々はずっと、状況が飲み込めていない様子だった。彼女は夏帆を見て、次に安人を見て、最後に桜に視線を向けた。何かがおかしいとは思うものの、すぐには頭が追いつかなかった。考えても分からないので、彼女は考えるのをやめた。とにかく、桜と安人が仲直りしたならそれでいい!……その晩、安人と桜は一緒に夕食をとった。夕食を食べ終えると、ちょうど7時半だった。看護師がノックして入ってきて、ベッドサイドにいる安人に目を向けた。それから、看護師はにこやかに言った。「碓氷さん、足の傷の処置をする時間ですよ。処置室までお願いしますね」その言葉に、水を渡そうとしていた安人の手が止まった。桜も何かがおかしいと感じ、眉をひそめて安人を見た。「足の傷?」すると、夏帆も横でバツが悪そうに頭を掻いた。片や、まだ状況が飲み込めていない寧々が近づいてきて、なにげなく桜に言った。「そうよ。碓氷さん、あなたを助けるために左足の裏を十数センチも切ったんだから。じゃなきゃ、車椅子になんて乗ってないでしょ!」それを聞いて、桜は言葉を失った。一方、安人はコップを寧々に渡して言った。「彼女のこと、頼む。すぐ戻るから」そして、夏帆も慌てて駆け寄り、安人の車椅子を押して足早に病室から「逃げる」ようにして出て行った。夏帆がものすごい速さで車椅子を押していくのを見て、寧々はため息をついて言った。「碓氷さん、本当にあなたのことが大好きなのね。あなたが意識不明の時、看護師さ
一生懸命思い出そうとしてみたものの、安人に抱きついて泣いたのは覚えている。でも、キスをしたなんて……どうして覚えてないんだろう?とはいえ、最近記憶があやふやなのを桜も自覚していたので、実際のところどうだったか、確信をもてなかったのだ。だから、彼女はただしょんぼりと「ごめんなさい、わざとじゃないの」としか言えなかった。その言葉を聞いて、安人は呆れたように笑った。「桜、君はごめんなさい以外に言うことはないのか?」桜は唇を噛み、目を伏せて、彼の顔を見られなかった。だが、安人は彼女を見逃そうとしなかった。彼女が自分の心と向き合えるように、これまでどれだけ努力してきたか。それなのに、これで全部振り出しに戻ってしまった。だけど、今の状況は以前とは違う。安人はもう、じっくり時間をかけるような悠長な手を使うのはやめることにした。それに、今の桜にはそのやり方はもう適していないことが明らかだから。彼はやり方を変えるしかなかった。そう思って、少し目を細め、彼は分厚い包帯が巻かれた自分の足に視線を落とした。そして、ふと眉を上げた。「もういい」静かな病室に、彼のため息が響いた。桜はきょとんとして、安人を見上げた。安人は彼女を見つめ、口の端を少し上げた。「俺がいると心置きなく休めないみたいだな。じゃあ、邪魔はしないよ」桜は息をのみ、何か言い訳しようと口を開いた。でも、安人はもう背中を向けていた。その時になって、桜はようやく安人が車椅子に乗っていることに気づいた!「安人!」桜は慌てて体を起こし、点滴の針も構わず、彼の腕を掴んだ。その瞬間、勢いよく動いたせいで、手の甲の針から血が逆流してしまった。「何をしてる!」安人は慌てて彼女の手首を掴み、厳しい声で言った。「早く手を離せ、血が逆流してるぞ」しかし、桜は自分の手のことなんて気にしていなかった。彼女はただ、心配の色を露わに、安人を食い入るように見つめた。「安人、答えて。一体どうしたの?」安人が口を開く前に、物音を聞きつけた寧々と夏帆が慌ててドアを開けて入ってきた。「どうしたの?」寧々はベッドのそばに駆け寄り、目が赤くなった桜が安人をじっと見つめているのを見て、二人がまた喧嘩しているのかと思って、宥めようとした。「桜、落ち着いて。ちゃんと話せばわか
桜の胸がきゅっと締め付けられ、ついにこらえきれなくなった。ゆっくりと目を開けると、その真っ赤になった瞳と不意に安人の漆黒の瞳と、視線がぶつかった。そして、目が合った瞬間、桜の鼻の奥がツンとして、涙が堰を切ったようにあふれ出てきた。「ごめんなさい」彼女の声はかすれて震えていた。本当はそれ以外に何て言えばいいのか、彼女自身も分からなかった。彼女が泣き出すと、安人は胸がえぐられるような痛みを感じた。彼は強張った表情で手を伸ばし、その指先で優しく彼女の涙を拭ってあげた。「怖がらなくていい。俺がいる。もう誰にも君を傷つけさせない」その言葉を聞くと、桜はもう我慢できなかった。彼の胸に飛び込んで、声を上げて泣きじゃくった――……ここにきて、桜はついに、この数日間心に溜め込んできた感情のすべてを吐き出した。安人は彼女をしっかりと抱きしめ、自分の胸の中で思う存分発散させてあげた。人間はもともと感情豊かな生き物だ。感情は解放してあげるべきで、無理に抑え込むのはかえって逆効果になる。もともと桜は、精神的に強い子じゃない。繊細で自分に自信がなく、マイナスの感情をうまく消化できないタイプなのだ。1ヶ月も我慢を続けたことで、もう限界を超えていた。だから、安人は何も言わず、彼女が一度にすべてを吐き出せるようにしてあげた。だが、桜は泣きじゃくった末に、とうとう咳き込み始めてしまった。安人は慌ててテーブルの上の水筒を手に取り、蓋を開けて彼女の口元へ持っていった。「ほら、お水を飲みなさい」桜はしゃくりあげながら、濡れた瞳で彼を見上げた。彼女に見つめられて安人は根気強く宥めて言った。「お水を飲んだら、喉も楽になるから」桜はそれでようやくうなずき、おとなしく水を何口か飲んだ。水で乾燥してかゆかった喉を潤し、咳も次第に止まった。一旦泣き止んだものの、桜の顔にはまだ涙の跡があった。さらに熱のせいで青白かった顔色も赤くなっていた。安人は彼女の涙を拭ってあげると、続けて宥めた。「よし、もう泣くな。まだ熱があるんだから、これ以上泣いてまた熱が上がってきたらどうするんだ」桜はこくりと頷いた。泣き疲れたのか、体中がだるかった。安人は彼女を支え、ゆっくりとベッドに横にならせた。それからまもなく、彼女はまた意識が朦朧として眠りに落ち
安人が病室の前に着くと、ちょうど中から医師と看護師が出てきたところだった。医師は安人に気づくと、軽く会釈した。「碓氷さん」安人も医師に返事をすると、続けて尋ねた。「彼女の容体はどうですか?」医師はありのままに答えた。「肺の炎症は落ち着きました。まだ少し熱はありますが、心配いりません。肺炎はこういう経過をたどるものですよ。炎症を抑える治療をあと1週間ほど続ける必要があります」それを聞いて、安人は淡々と頷いた。体の問題は治療すれば治る。でも、本当に厄介なのは心の問題だ。医師と看護師さんが立ち去ると、安人は夏帆に車椅子を押されて、病室に入った。その時、病室では、寧々が入り口に背を向け、桜の体を起こして解熱剤を飲ませているところだった。薬を飲み終えた桜は、また横になった。意識はあるものの、どこか上の空といった様子だ。寧々はしきりに話しかけていたが、桜の反応は薄かった。目を覚ましてからずっとそうだ。寧々が話しかけても、桜は彼女を見つめ返し、しばらくしてからやっと反応するのだ。それも、かすかに微笑むか、ごく短い言葉を返すだけで、ひたすらぼーっとしたままだった。寧々は、桜さんの精神状態が危ういことに気づいていた。子供の頃のトラウマに、美雨が意図的に再現したシナリオが重なり、何度も絶望的な状況に追い込まれていたのだから、普通で居られるはずがないのだ。むしろ、彼女が今までよく耐えてこられたのが、すごいと思わずにはいられないくらい。それと同時に、寧々は自分を責めていた。友達としても、アシスタントとしても、桜が心身的に受けたダメージにいち早く気づいてあげられなかったから。今回の件で、寧々は改めて痛感していた。桜にとって、安人がどれだけ大切な存在なのかを。だから寧々は安人に電話したとき、桜の今の状態を詳しく話したのだ。その連絡を受け、安人もまた病院へ向かう途中、すでに専門のカウンセラーを手配してくれたようだから、おそらく、次の日の午後には来てもらえるだろう。それまでの間、寧々は安人にすべての望みを託していた。寧々には、安人がそばにいてくれることこそが、どんなカウンセラーよりも効く薬だと思えたからだ。……そう思っていると、車椅子の車輪が床をこすり、かすかな音が聞こえてきた。コップを手に振り返った寧々は、安
「そんなつもりじゃ……」美雨は首を振って、とっさに否定した。「私は何も知りません。ただ監督に頼まれた脚本を、真剣に書いただけです。それに、桜さんに無理強いをしたわけでもありません。彼女が自分から演じたんです。そうよ!彼女は嘘をついてる!わざとああいう演技をして、憐れみで同情を買おうとしてるのよ!」「ふざけないで!」朋花はもう我慢できず、読み終えた資料を美雨の顔に叩きつけた。「石原さん、あんた頭がおかしいんじゃないか!桜さんは芸能人よ!全国にどれだけ男性ファンがいると思ってるの?あんたの元夫が彼女のファンだったってだけで、逆恨みするなんて!離婚されて当然よ!」書類が顔に当たり、美雨は思わず目を閉じた。叩きつけられた顔がヒリヒリと痛んだ。それによって、美雨が必死に保とうとしていた表向きの見栄も崩れてしまったかのようだった。彼女は赤く充血した目をゆっくりと開けた。その視線は朋花に向けられた後、やがて浩平へと移された。この時になって、彼女はようやく状況を理解した。なるほど、浩平も、とっくに安人と桜の関係を知っていたんだ。安人のような男が桜を守っているんだもの。もはや自分にはどうすることもできないだろう。その事実に気づき、美雨は背筋が寒くなって、椅子に崩れ落ちるように座った。もう、終わりだ。完全に、おしまいだ!「美雨さん、桜さんとあなたの元夫には何の接点もなかった。それなのに、中学の同級生だったっていうだけで、彼女を浮気相手みたいに決めつけて!あんたの考え方は歪んでる!」朋花は美雨を睨みつけ、考えれば考えるほど馬鹿らしくなって、怒鳴りつけた。「そもそも桜さんが何をしたっていうの?彼女は有名人なのよ。ファンがいて当たり前じゃない!」「桜さんは無実なんかじゃない!」美雨は突然、感情的になった。そして、顔を上げて朋花に向かって叫んだ。「あの子は生まれつき男を惑わす女なのよ。中学の時からそうだった。どんな男もみんな、あの子に夢中だった!あの子が転校してくる前は、私がみんなの注目を浴びてたのに!でも、あの子が来てから、男たちの目にはあの子しか映らなくなった。私の幼なじみでさえ、桜さんへのラブレターを渡してくれって、私に頼むようになったのよ」そこまで話すと、美雨の表情はだんだんと険しく、憎しみに満ちたものに変わってい
朋花はもともと美雨を疑っていた。でも、安人の今の言葉を聞いて、改めて美雨が最初から桜を陥れようとしていたんだと、ほぼ確信した。ただ、桜を陥れる理由については、きっと安人がもう突き止めているんだろう。そう考えると、朋花はくるりと目を動かし、わざとらしくため息をついた。「桜はどうしてあんなに馬鹿なのよ!いいところを見せたいからって、自分の体で無理するなんて!彼女にもし何かあったら、撮影班全体がどれだけ迷惑するか、考えなかったのかしら!」朋花の言葉を聞くと、美雨はすぐさま同調した。「朋花さん、まあまあ落ち着いてください。桜はすごく努力家の役者なんです。いい映画を作りたい一心で大丈夫だって言ったのかもしれないでしょう。まさかこんな大事になるとは、彼女も思ってなかったはずです」「やっぱり若いからでしょうか!そんな無神経なところがあるって知っていたら、私も全面的に信じるんじゃなかったなぁ……」朋花の言葉を聞き、美雨は一瞬得意げな表情を見せたが、すぐにあきれたような顔に戻った。「撮影が始まる前にも彼女に確認したんです。『本当に大丈夫?』って何度も聞いたんですよ。でも、彼女は大丈夫だって言うし、すごく自信満々だったから、私も信じちゃって。でも今思えば、彼女って昔からそうだったかも。いつも頑張りすぎるんですけど、何でも頑張ればうまくいくってわけじゃないですからね……まぁ、今回の桜のやり方は確かに軽率でしたけど、彼女も悪気があったわけじゃないから……」「そういえば……」突然、安人が美雨の言葉を遮って、漆黒の瞳で彼女を鋭く見つめた。「石原さんと桜は、中学の同級生だったそうだな?」美雨はきょとんとした。少し間を置いてから、ゆっくりと頷く。「はい。桜が中学一年の時、同じクラスで隣の席でした。でも、彼女は一学期だけで転校してしまったんです」「そうか」安人はそう言いながら、彼女を冷たい目で見つめた。「じゃあ、石原さんは桜の地元の人も知っているってことかな?」そう聞かれ、美雨は思わずゾクッとした。彼女は警戒しながら安人を見返して、内心はドキマギしていた!どうして安人は急にそんなことを聞くの?まさか、何か知ってるんじゃ……美雨がそう思っていると、「ちょうどいくつか資料が手元にあって。石原さんなら、見覚えがあるはずじゃないかな」安人がそう
航太と咲玖は、数人のボディーガードを連れて、梨野川の別荘のゲートまで直接やって来た。梨野川の別荘のセキュリティは二重になっていた。一つはエリア全体の統一システムで、もう一つは各戸独立のセキュリティシステムだ。我妻家は、H市でトップの財閥だ。ここ数年は勢いが落ちていたけれど、少し前に浩平から多額の資金援助があったおかげで、美紀がおこした騒動も無事収束することができて、今やもとの経済界で無視できない存在の立ち位置に戻っていたのだった。だから、航太が名刺を提示すると、警備員は本人確認をしてから彼らを敷地の中へと通した。すると2台の高級車が敷地内に入り、グレースヴィラへと向かった。
そして、蛍はベッドから降りて、バスルームに入った。まもなく、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。冷たい水が頭からつま先まで降り注ぎながら、蛍はシャワーヘッドの下で、唇を固く結び、びくともせずに立っていた。......一方で、二階の主寝室には、小さなベランダがついていて、花梨が詩乃のためにうどんを作って、ちょうど運んできたところだった。詩乃はあまりお腹が空いていなかった。でも、赤ちゃんのためを思うと、食欲がなくても少しは食べなければいけないと思った。彼女は小さなテーブルの前に座って、静かにうどんを食べていると、その隣で浩平が黙って立っていた。そんな彼の背の高いす
ほどなくして、音々は、車をグレースヴィラへと入れた。三人が車から降りると、音々のスマホが鳴った。相手は輝からだった。「悠翔が泣いてるぞ!早く帰ってこい!」すると、電話の向こうから、かすかに悠翔の泣き声が聞こえてきた。音々は目を細め、呆れたように言った。「輝、私を呼び戻す口実でまた悠翔を泣かせたでしょ。帰ったらただじゃおかないから!」「だとしても、こいつが悪いんだ!」輝は毒づいた。「毎日、弟、弟ってうるさいんだよ。縁起でもない!」「......まだ一歳にもなってないのよ!弟って言えるだけでもすごいじゃない。これ以上何を望むっていうの?!」「妹って教えたのに、ぜんぜ
「誰もあなたを責めてない」浩平はため息をついた。「いったん手を放してくれ。二階に車のキーを取りに行ってくる」それを聞いて、蛍はゆっくりと手を離すと、心細そうに彼を見つめた。「あなたが病院に送ってくれたら、詩乃さんはどうするの?」「花梨さんがついてるから大丈夫さ」浩平はそう言って部屋を出ると、急いで二階へ向かった。そして二階にあがると、浩平は部屋のドアをあけて入っていった。すると詩乃は体を起こして尋ねた。「彼女はどうだった?」「酷い熱だ。うわ言まで言ってる」浩平は引き出しから車のキーを取り出すと、詩乃を見て言った。「市内の病院に連れて行くから、少し時間がかかるかも。俺のことは