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第210話

Author: 栄子
物音に気づいた奈々が修復室から出てくると、ドアをずっと引っ掻いているゴールデンレトリバーが目に入った。

「今日は出してあげられないのよ」奈々は近づいてしゃがみ、手を差し入れてゴールデンレトリバーの頭を撫でた。「今日は大事な顧客が何人か来るんだけど、その中に犬が苦手な人がいるから、ちょっと我慢してもらわないとね!」

「ワンワン!ワンワン!」ゴールデンレトリバーは奈々を見つめ、何かを察知したのか、鳴き声がだんだん激しくなった。

奈々は訳が分からなかった。

修復室から出てきた綾は、眉をひそめて尋ねた。「縁ちゃん、どうしたの?」

「わかりません。急に落ち着きがなくなったみたいです」

綾は近づき、しゃがんでゴールデンレトリバーを撫でた。

ゴールデンレトリバーは彼女を見つめ、その場でぐるぐる回りながら、まだ鳴き止まない。

見ていると、今日は確かにいつもと様子が違うと感じた。

「どこか具合が悪いのかしら?」彼女は眉をひそめて推測した。

ゴールデンレトリバーは彼女に向かって「ワンワン!」と2回鳴き、それから「クンクン」と鳴いた。

その様子を見て、奈々はなんだか面白くて、「まるで喋り出しそうですね」と言った。

綾は少し驚いたが、何かを言う前に、背後のオフィスが開いた。

悠人がオフィスから出てきた。

物音に気づき、綾と奈々は同時に振り返った――

「母さん!」綾の姿を見ると、悠人は思わず手を握り締めた。

母には絶対知られたくない。

彼がオフィスから出てくるところを見て、綾は眉間に少ししわを寄せた。「私のオフィスで何してたの?」

「おしっこしたかったんだ......」悠人は無邪気にまばたきをした。「母さん、トイレを借りただけだよ。怒らないよね?」

綾は立ち上がり、冷たい視線で彼を見つめた。「誰が連れてきたの?」

「蘭おばあちゃんが......」悠人は頭を下げ、緊張して綾と目を合わせることができなかった。

「悠人」

蘭が応接室から出てきて、こちらへ歩いてきた。

綾は振り返り、蘭を見て、目を細めた。「打合せの話をしたいって、あなたなの?」

「ええ」蘭はバッグから箱を取り出し、開けると中には陶器のカップが入っていた。

「綾さんの修復技術が素晴らしいと聞いたので、鈴木さんに紹介したの。鈴木さんは、このカップは彼女の旦那さんがオークションで落札したも
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Comments (1)
goodnovel comment avatar
アオao
どうか綾がベッドで寝る前に石の存在に気がつきますように……(´;ω;`) そして悪意を持って人に平気で嫌がらせをする母娘孫の鬼畜3世代にバチが当たりますように!特に母娘は即座に地獄に行ってくれ
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