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第264話

Author: 栄子
電話の向こうで、遥の声は少し緊張している様子だった。「何か分かったの?」

「父の書斎で携帯を見つけた。番号は1つだけで、名前は【蘭】だった」

「やっぱり......」遥の声は詰まった。「ごめん、晋也。実は母を説得したんだ。見栄に惑わされて、他人の家庭を壊すことはしないで欲しいと。でも、全く聞いてくれなかった。少し反論しようものなら、殴られることもあった......」

「お前のせいじゃない」晋也は遥の泣き声を聞いて、胸が締め付けられた。「遥、電話したのは、もしお前のお母さんに何かしたら、お前は俺を責めるかって確かめたかったんだ」

「あなたを責める資格なんて私にないはずよ」遥は泣きじゃくりながら言った。「悪いのは私の母なんだから、あなたが私の顔をたてて、逆に私を責めないだけでも、感謝しなきゃいけないくらいよ」

「遥、もう泣かないで」晋也は言った。「お前とお母さんは違う人間だって分かってる。お前は桜井家で沢山辛い目をあってきたんだから、俺はお前のことが心配で堪らないのに、お母さんのことでお前を責めたりするわけないだろ。電話したのは、お前の気持ちを聞きたかっただけだ」

「晋也、あなたが何をしても、私は理解できるから」

「分かった。じゃあ、安心して撮影に戻って」

「ええ」

電話を切ると、晋也は探偵に連絡した。

......

3日後、国境付近にいる武は、写真と動画を受け取った。

開いて見てみる。

写真の中の女性は蘭だ。

蘭が写真の中で男と親密そうにしているのが映っていたのだ。

男の顔は写っていないが、服装と腕時計からして、どうやら身なりが良さそうな人物だ。

次に動画を開く――

男の顔にはぼかしが入っていたが、蘭の顔は隠されていなかった。

武は動画の中の蘭を見て、目が赤く染まり、激しい怒りを覚えた。

......

北城、夜10時。

五つ星ホテル、地下1階。

エレベーターのドアが開き、蘭はハイヒールを履いてバッグを持ち、腰をくねらせながらエレベーターから出てきた。

晋と別れたばかりの彼女のバッグには、1億円のカードと高価な宝石のネックレスが入っていた。

蘭は上機嫌で、細いハイヒールを踏みながら鼻歌を口ずさみ、自分の車の場所へと向かった。

しかし、彼女が車のドアノブに手をかけた瞬間、背後から黒い影が飛びかかってきた――

蘭は驚いて叫
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