朝、光風苑。二階の寝室、大きなベッドで眠っていた真奈美は、眉をひそめて、ゆっくりと目を開けた。彼女は頭が割れるように痛むの感じた。まるで何か重労働でもさせられたように、体中が痛くて、節々がギスギスした。彼女はベッドに起き上がると、布団がずり落ちた......その時、ドアが開いた。大輝が入ってきた。視線を向けると、彼は眉を上げて言った。「まだ酔いが覚めないのか?」真奈美は不思議そうに彼を見た。大輝は視線を下ろした。真奈美は彼の視線を追って、自分の体を見た。裸だった......彼女は数秒間、頭が真っ白になった。そして慌てて布団を引っ張り上げた。大輝は彼女の行動を見て、冷たく笑った。「何度も見てるだろ」真奈美は怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。「大輝、それでも男なの?酔ってる私を......」「しっかっりしろよ」大輝は近づいてきて、スマホの動画を見せた。「証拠はここにある。どっちがどっちを苦しめたのか、自分の目で確かめろ」動画は浴室で撮られたものだった。泥酔した真奈美は、大輝に吐いてしまった。仕方なく、大輝は彼女を捕まえて、髪を洗い、体を洗ってやった。その間、わけもなく彼女に平手打ちを食らわされた。それを見て真奈美は何も言えなかった。大輝は冷たく言い放った。「念のため動画を撮っておいてよかった!」真奈美は両手で顔を覆った。死にたいくらい恥ずかしい。どうしてあんなに酔ってしまったんだろう。ダメだ、こんな動画は絶対に消さなきゃ。真奈美は手を伸ばした――「何するんだ!」大輝はすぐに身をかわした。「証拠隠滅か?させないぞ!」「大輝、動画を消して!」「消さない」大輝はスマホをポケットに戻し、眉を上げて彼女を見た。「パスワードロックもかけたからな。今度また酒を飲んだら、また撮ってやるから」「卑怯者!」「あなたが酔って暴れたんだ。俺が卑怯でも、仕返しとしては当然だろ。真奈美、酒癖が悪いのに、どうして外で酒を飲むんだ?」「初めてチューハイを飲んだの」真奈美はバツが悪そうに言った。「きっと質の悪いお酒だったんだのよ。こんなにひどく酔ったことないもの」「ビール?」大輝は笑った。「そのビール、結構美味しかったんじゃないか?」真奈美は動きを止め、彼を見上げた。「あなたも
大輝が真奈美を連れて行った後、綾と誠也も帰宅した。家に着くと、優希と安人は既にお風呂に入り、寝支度を済ませていた。誠也は最近1週間以上連続で残業続きだったが、今日は珍しく早く帰ってきたので、綾は彼に子供たちに絵本を読んで聞かせるように頼んだ。そのあと子供たちを寝かしつけてから誠也が寝室に戻ると、綾は既にお風呂に入り、スキンケアも終えていた。彼女はベッドのヘッドボードに寄りかかり、雑誌を読んでいた。キャミソールの寝間着を着た彼女は、白い肌をしていて、少しうつむき加減によって、数本の髪の毛が頬にかかっていた。飾り気のない顔は、穏やかで美しかった。それを目にした誠也は、胸がときめくのを感じた。彼はベッドの脇に座り、彼女にキスをした。雑誌が綾の手から滑り落ち、彼女は両腕を上げて彼の首に回し、目を閉じてそれに応えた。先週は、誠也は毎日朝早くから夜遅くまで仕事で、家に帰ると綾は既にぐっすり眠っていたので、二人はこうしてキスをする機会さえほとんどなかった。毎日昼には輝星エンターテイメントで彼女と会っていたものの、時間は限られていたし、綾は彼にそれ以上のスキンシップを許さなかった。だから、今はただのキスだけでも、二人の呼吸はすぐに乱れてしまった。誠也はキスを止め、彼女の唇を強く吸い、「待ってろ」と言った。綾は頬を赤らめ、彼をちらりと見た。誠也は唇の端を上げ、立ち上がってバスルームに入った。すぐにシャワーの音が聞こえてきた。綾は雑誌を脇に置き、メインライトを消して、小さな常夜灯だけつけた。5分ほどして、バスルームのドアが開き、誠也が出てきた。部屋は薄暗く、彼は腰にバスタオルを巻いているだけだった。短い髪から水滴が滴り落ちていた。綾は眉をひそめ、「早く髪を乾かして。エアコンがついてるんだから、風邪ひくといけないでしょ」と言った。誠也は軽く笑い、「ああ」と答えた。ドライヤーを手に取ると、彼は彼女の方を見た。すると両目が合った。誠也は少し目を細め、甘い声で言った。「綾、髪を乾かしてくれるか?」綾は普段から彼に色々してもらっていたので、たまには髪を乾かしてあげるのもいいと思った。彼女は布団をめくり、彼のそばへ行き、ドライヤーを受け取った。「座って」誠也はベッドの端に腰掛けた。
真奈美は派手にため息をついた。「あなたたちのお邪魔するのは気が引けるから、やめとくよ!」綾はため息交じりに言った。「......酔ってるんじゃないですか?」「いいえ!」真奈美は缶チューハイを開け、グラスに2杯注ぐと、1杯を綾に差し出した。「付き合ってくださいね」「すみません」綾は苦笑した。「私は体に気遣わないと......」「一杯だけですよ!」真奈美は人差し指を立てた。「碓氷さんも、そんなに厳しくないでしょう?」綾は困り果てた。真奈美は相当酔っているようだった。気分が沈んでいると酔いやすいし、さらに真奈美はこのところ体調も優れない上に、飲むペースも早かったから、酔うのも無理はないのだ。「もう飲んじゃダメですよ」綾は立ち上がり、真奈美の前に歩み寄ると、彼女の手からグラスを取り上げてテーブルに置いた。しかし、真奈美は綾の手を振り払い、再びお酒に手を伸ばそうとした。綾がそれを止めようとした拍子に、ビールが辺りにこぼれてしまった。ちょうどその時、誠也と大輝がやって来た。「綾」誠也は歩み寄り、既に酔って騒ぎ始めている真奈美を一瞥した。「今、こちらに行こうとしていたんだ。ちょうど石川社長と会ったので、一緒に来たよ」綾は大輝の方を見て言った。「来てくれてよかったです。彼女酔ったみたいですから、早く連れて帰ってあげてください」大輝は綾に頷いた。「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」「迷惑なんてことはないです。彼女はただ、落ち込んでいるだけなんです」綾は大輝を見て、少し考えてから、やはり忠告することにした。「石川社長、夫婦間のことに口出しするつもりはないんですけど、もし本当に新井さんと上手くやっていきたいなら、もっとコミュニケーションを取った方がいいですよ。それに、彼女があなたのことを好きだからって、好き勝手に傷つけていいと思わないでください。ましてや、その愛情を利用して彼女を支配しようなんて考えるのはどうかと思います。新井さんはビジネスでも成功しているし、新井家のお嬢様でもありますから、彼女には彼女のプライドがあるはずですし、そのプライドを保てるだけの力もあるんです」大輝は綾の言葉に眉をひそめた。「彼女に何か言われたんですか?」「彼女が何を言ったと思います?」綾は軽く微笑んだ。「石川社長、私も女で
「梨野川を散歩しましょう」綾は言った。「夕日がとても綺麗ですよ」真奈美は頷いた。「ええ、そうしましょう」夕方、川辺には多くの人が集まっていた。キンモクセイはまだ咲いておらず、川面は穏やかだった。真奈美は川辺に立ち、身を乗り出して柵にもたれかかった。「覚えていますか?私たちが初めて会ったのもここでしたね」「ええ」綾は彼女の方を向き、少し目を細めた。「こうして考えると、私たちって結構縁があるんですね」「そうですね、世界はこんなに広いのに、血縁関係もない私たちが、骨髄移植が適合するなんて不思議よね」「ええ」綾は笑った。「しかも私はRhマイナス血液型だったから、正直、当時は望みが薄かったんです」真奈美は彼女を見て、眉を上げた。「私はO型なんです。あなたは本当にラッキーですね」「ええ、本当にラッキーでした」綾は夕焼け空を見つめた。「生死の境をさまよって、初めて分かったんです。人生において、恋愛感情なんて実は一番儚いものです。もしそれがあなたを救いであって、あなたを幸せにするなら、しっかりと掴むべきです。でも、もしそれがあなたを苦しめるなら、手放して忘れるべきですよ。すべての感情は、両思いでなければ温もりも希望ももたらしてくれません。だから、無理強いしないことが、自分自身にできる最大の優しさだと思います」真奈美は綾を見つめた。しばらくして、彼女は力なく笑った。「以前の私だったら、こんな話、聞き流していたでしょうね。でも今なら、ちゃんと理解できます」綾は真奈美の方を向いた。「新井さん、あなたは優秀ですよ。新井家一番のお嬢様で、ご両親も、あなたのお兄さんも、それに哲也くんも、きっとみんなあなたのことを誇りに思っていますよ」真奈美は俯き、長い髪が彼女の横顔を覆い隠し、悲しげな瞳を隠した。「兄が目を覚ましてくれたらいいですね。そうすれば、こんなに一人で頑張らなくてもいいのに......」きらきらと光る涙が零れ落ち、水面に吸い込まれていく。そして、かすかな波紋が広がった。......日が沈み、夜のとばりが下りてきた。梨野川沿いには屋台街があり、夜になると賑わいを見せていた。夏の夜には、焼き鳥とビールが人気だ。今夜は酔っ払いたい気分だった真奈美は、綾を家に帰そうとはしなかった。綾は酒を飲まないが、真
綾には今日の仕事はもう入っていなかった。彼女は尋ねた。「じゃあ、一緒にショッピングでも行きませんか?」「うん、いいですね!」真奈美の声が弾んだ。「どこで待ち合わせしますか?」「駅前のデパートでいいですね」「ええ」電話を切り、綾は誠也に電話をかけた。誠也は最近、新エネルギーとテクノロジー開発を専門とするクループ会社を設立し、「アヤノグループ」と名付けた。事情を知る人なら誰でも、この会社の名前は綾の名前に因んでつけられていると分かっていた。それは、誠也が綾に向ける、隠すことのない愛情の証だった。そして、それは特別な愛の告白でもあった。アヤノグループの本社ビルは、輝星エンターテイメントから目と鼻の先にあり、車で数分の距離だった。アヤノグループ設立当初は、誠也は毎日忙しかったが、それでも毎日お昼には綾と昼食を共にする時間を欠かさなかった。昼食後、二人はよく休憩室で昼寝をするのだ。だけど誠也は本当に忙しく、綾が目を覚ます頃には、いつも既に会社に戻っていた。綾は、彼が時間を割いてまで自分に会いに来ていることを知っていたので、何度も、「お昼には来なくてもいい」と言ったが、誠也は聞く耳を持たなかった。何度言っても無駄だったので、綾も諦めて、彼の好きにさせていた。電話をかけて二コール目、誠也は電話に出た。「綾」低い声が聞こえた。「仕事終わったか?俺はあと30分ほどで終わる予定だ」「電話したのは、お昼ご飯を持ってきてくれなくても大丈夫だって伝えるためよ」綾はバッグを持ちながら、柔らかな声で言った。「新井さんとデパートに行く約束をしたの」「新井さんと?」誠也は眉をひそめ、少し不機嫌そうに言った。「いつからそんなに仲良くなったんだ?俺との約束をキャンセルしてまで、彼女と出かけるのか?」綾は少し口角を上げた。「女同士のことは、男には分からないわよ」誠也は少し間を置いてから言った。「で、何時に終わるんだ?迎えに行く」「まだ分からない」綾はオフィスを出て、ドアを閉めた。「仕事が終わったら、そのまま家に帰って。私もそう遅くはならないと思うから」その日、誠也は一瞬黙り込んでから答えた。「ああ、運転には気をつけろよ」「分かってる」綾はエレベーターに乗り込みながら言った。「じゃあ、また後で」「ああ」.....
真奈美はナイフとフォークを持つ手に力を込めた。「大輝、あなたはいいかもしれないけど、私はそうは思わない」大輝は彼女をじっと見つめた。「栄光グループに戻るって、本気で言ってるのか?」「ええ」大輝は冷たく笑った。「それなら、二人目が生まれてからだな」真奈美は怒りを抑えながら言った。「体を整えて妊娠、出産、そして産後の回復期間を考えると、少なく見積もっても二年はかかるじゃない」「人生は長いんだ。二年くらいどうってことない」大輝はナプキンで口を拭き、立ち上がった。「栄光グループは俺がちゃんと管理してるから、安心しろ。石川家は十分な財力も人脈もある。あなたの会社を飲み込んだりするようなことはないから」「そういう意味じゃなくて、私は......」「俺は出かける」大輝は机に置かれたスマホを手に取った。「秘書に専門医の予約を取らせてある。明日の午前中、一緒に病院に行こう」「大輝!」男は振り返ることなく、そのまま出て行った。ナイフとフォークを皿に叩きつけ、真奈美は大輝の後ろ姿を睨みつけた。胸は激しく上下していた。大輝は、自分が専業主婦になってほしいんだ。彼は、素直で従順な妻を求めている。しかし、そんな風に何もせずに家にいたら、余計なことを考えてしまうに決まってる。仕事がしたいのは、忙しくして、充実した日々を送りたいから。名声やお金なんて、自分の目的じゃない。なのに、大輝は自分のことを理解してくれない。きっと、永遠に理解してくれないだろう。......会議を終えたばかりの綾のスマホに、真奈美から電話がかかってきた。綾はオフィスのドアを開けて中に入りながら、電話に出た。「新井社長」「もう『社長』付けなんてやめてくださいよ」真奈美は自嘲気味に笑った。「今じゃ、ただのプータローですね」綾はソファに座りながら尋ねた。「なんだか元気がないみたいですけど、どうしたんですか?」「栄光グループに戻って仕事がしたいんですけど、大輝が許してくれないんです。このまま家にいて体を整えて、二人目を産んでほしいって言うんですよ」「話し合ったんですか?」真奈美は軽く笑った。「それが、話し合いの結果ですよ」綾は黙り込んだ。どうやら、話し合いはあまりうまくいかなかったようだ。「それで、これからどうするもりです