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第2話

Author: Hare Ra
「耕平くんは、もう帰ったのか?」祐樹が、聖羅に視線を注いだまま尋ねた。

「ま、まだです……」聖羅はしどろもどろに答えた。

どうしていいか分からない。目を逸らせば失礼だと思われるかもしれないし、見つめ返せば、挑発しているように捉えられてしまうかもしれない。夫の出世に響きかねないと思うと、迂闊な態度は取れなかった。

祐樹は小さく頷いた。

身長は175センチほど、鋭さと涼やかさを同居させた瞳。色白の肌に、サングラス。まるで俳優のような佇まいだった。体つきもがっしりとしていて、腕には引き締まった筋肉がついている。日頃からジムに通っているのだろう。

聖羅はふと、耕平と祐樹を比べてしまう自分に気づいた。顔立ちだけなら耕平も引けを取らない。けれど、運動をしない耕平の腹筋は割れているどころか、最近うっすらと丸みを帯び始めていた。

聖羅は、祐樹のことを元々知っていた。大学時代の先輩――新入生オリエンテーションで泣かされた記憶のある、あの先輩だ。当時すでに上級生だった祐樹は、それでも新入生をからかうのをやめなかった。

「んっ」

聖羅が突っ立ったまま固まっているのを見て、祐樹が小さく咳払いした。その視線は、彼女の全身を這っている。

そこでようやく、聖羅は部屋着が薄く、しかも汗でしっとりと肌に張り付いていることに気づいた。

白い生地の下に、赤いブラのラインがくっきりと浮かんでいる。聖羅はただ俯くしかなかった。もはや隠しようもない。

とっさに腕で胸元を隠そうとしたが、無意味だった。祐樹はすでに、はっきりと見てしまっている。

「上がらせてもらっても?」祐樹が改めて尋ねる。

聖羅は頷くことしかできなかった。「どうぞ……」

彼女が道を譲ると、祐樹は目元に笑みを浮かべ、その脇をすり抜けた。

「どうぞ、お掛けください」

「ありがとう。耕平くんと約束があってね。ちょうど近くまで来ていたから、寄らせてもらったんだ」

祐樹はそう言いながら、リビングのソファに腰を沈めた。

聖羅はただ頷くしかなく、何と返せばいいか分からなかった。

「少々お待ちください。何かお飲み物をお持ちしますので」

「悪いね、手間をかけて」

「いえ、そんな……」聖羅は答えながら、奥へ下がろうと身を翻した。

「耕平くんから聞いたよ。前は働いていたんだって?」祐樹が、まるで足止めするかのように尋ねる。

聖羅は頷いた。「はい……」

「どんな仕事を?」

「マーケティングの、スーパーバイザーを」

聖羅の視線が、遠くを見るように揺れた。

仕事の話になるたび、彼女の顔にはうっすらと影が差す。祐樹はそれを見逃さず、意味ありげに微笑んだ。

「もったいないな」

「……何がですか?」

「いや。君みたいに美人で頭のいい人が、家に閉じ込められているなんて。本当なら、もっと上まで行けたはずだ」

祐樹はそう言いながら、聖羅をじっと見つめた。

「学生時代、君はGPA満点を取って学科中の話題になるほど成績優秀だった。上級生の間でも、教授に散々比較されたよ。それが今じゃ専業主婦か。辞めていなければ、今頃もっと上に行けていたんじゃないか?」

「……もう昔の話です。飲み物を用意してきますね」

聖羅は逃げるように台所へ戻り、覚束ない手つきで飲み物の準備を始めた。

頭の中には、まだ祐樹の言葉が響いている。本当なら、今でもキャリアを積んでいたはずなのに。とっくに昇進していたかもしれない。

聖羅は小さく首を振った。専業主婦になると決めたのは自分だ。働きたいという気持ちは、もう捨てるしかない。すべては、叶うことのない夢になった。

専業主婦に専念して、自分は本当に「一人の女性」として満たされているのだろうか。分からない。ただ、閉じ込められている感覚だけが、いつも胸の底にあった。

「何を出せばいいのかな……」聖羅は困ったように呟いた。

「年配の方は、コーヒーを好むっていうし」自分で問いかけて、自分で答える。

聖羅は迷いを振り切るように、ブラックコーヒーを淹れることにした。

「でも、あの人はそんな年齢でもないわね。顔だって若々しいし、格好いいし。昔と全然変わってない……昔は、すごく意地悪だったけど。

もう、いいや。コーヒーでいいでしょ。文句があるなら、勝手に早く来たあっちが悪いのよ。予定より早く来たのはそっちなんだから」

しばらくすると、部屋にコーヒーの香りが広がっていく。

聖羅は湯気の立つコーヒーをトレイに載せて運んだ。

薄手の白い、ノースリーブの部屋着のまま。

「いい香りだね」祐樹が褒めた。

聖羅は照れたように微笑んだ。だが次の瞬間、祐樹が不意に立ち上がり、すぐ隣に立つと、わざと手を重ねるようにしてカップをテーブルに置く仕草をした。

「熱いから、こぼしたら危ない」祐樹はそう言いながら、聖羅の手を握ったままだった。

聖羅の体を、熱いものがさっと駆け巡る。その感触は、小さな電流が走ったようだった。

祐樹は手を離すどころか、そのまま腕の方へと指を這わせていく。

聖羅は驚いて、思わず後ずさった。だが、背中がソファにぶつかって止まる。逃げ場はもうなかった。

祐樹が、口の端をわずかに持ち上げる。

その手がさらに上がり――肩に触れる寸前、不意に玄関のチャイムが再び鳴り、聖羅は思わず息をついた。

祐樹はさりげなく元の席へ戻ると、微笑みを浮かべたまま、小さく囁いた。「君も、相変わらず可愛くて綺麗だね。昔と変わらない」

聖羅の顔がかっと赤くなる。彼女は急いで玄関へと向かった。

祐樹は何食わぬ顔でスマホをいじりながらも、視線の端で聖羅を追い続けていた。

ドアを開けると、そこに立っていたのは疲れ切った顔の耕平だった。

「何やってたんだ?ずいぶん遅かったな」耕平が尋ねる。

聖羅は動揺した。さっきのことを、夫に気づかれるのではないかという恐れがよぎる。

自分でも不思議だった。玄関のドアはいつ閉めたのだろう。リビングには客がいるというのに。いつ閉めたのか、記憶が曖昧だった。

「ごめんなさい、あなた……」

「今夜の準備は全部済んでいるのか?恥をかかせるなよ、立花さんが来るのは今回が初めてなんだから」耕平が念を押す。

「彼なら、もういらしているわ」

「は?」耕平は驚きと同時に、信じられないという顔をした。

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