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第123話

Author: 雲間探
茜は玲奈の冷ややかな表情に気づかず、玲奈にそう言われてほっとした。

裕司が祖母に贈り物を渡した後、玲奈も自分の贈り物を手渡した。

最初に差し出したのは刺繍の絵だった。「この刺繍の図は、おばあちゃんが智昭に頼んで用意してもらったもの」

祖母はそれを受け取り、しばらく眺めた後、心から気に入ったようで、満足そうに言った。「心がこもってるね」

続けて玲奈は祖母にエメラルドのジュエリーセットを手渡した。「これは智昭さんがあなたに贈ったもの」

このエメラルドは非常に質が良かった。

祖母も確かに気に入っていた。

ただ、それが智昭からの贈り物だったせいで、彼女は一瞥しただけで蓋を閉じ、脇に置いてしまい、淡々と言った。「綺麗ね、代わりに彼にお礼を伝えてちょうだい」

今日、智昭が誕生日の挨拶に来るかどうかについては、

彼女は一言も触れなかった。

聞く気もなければ、気にする気もない。

玲奈は祖母が智昭を好いていないことを知っていた。以前なら、きっと彼のことを弁護していたはずだ。

けれど今はもう、そんなことは言わず、祖母のために自分で用意した贈り物を差し出した。

玲奈の予想通り、数ある贈り物の中で青木おばあさんが最も気に入ったのは、彼女が贈った文房四宝だった。

祖母はそれを手に取ると手放せないほど喜び、そのまま嬉々として書斎へ入り、一幅の書を書き上げた。

贈り物を渡し終えると、一家で朝食を囲んだ。

朝食の席はとても賑やかだった。

祖母も満面の笑みを浮かべ、とても嬉しそうだった。

ただ……

その目の奥には、時折寂しげな影が浮かんでいた。

玲奈も裕司たちも分かっていた。今日は家族が揃う特別な日なのだと。

けれど、そんな大事な日に限って、肝心のひとりが欠けていた。

それを思うと、玲奈は顔をそらし、目元がほんのり赤く染まった。

だが場の空気を壊さぬよう、誰も静香のことには触れなかった。

九時を過ぎた頃、青木家と関係の深い客たちが次々と訪れ始めた。

夜には、あらかじめ予約しておいたホテルで食事をする予定だった。

その時こそが、誕生日の宴の本番だった。

玲奈が客人の対応を手伝っていると、裕司の息子の真紀が、端でぼんやりしている茜に気づき、彼女の可愛らしい頬を優しく撫でながら声をかけた。「茜ちゃん、どうしたの?なんだか上の空みたいだけど?」

その言
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Comments (3)
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千恵
苦しめる仕打ちが非道。 最低だよね
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kuma mama
離婚は?いつまで我慢するの?玲奈も読者も。
goodnovel comment avatar
桜並木
こんな旦那と1秒たりとも一緒に居たくないし子供も無理だわぁ
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