Share

第396話

Author: 雲間探
先日、査読時に絶賛した論文が長墨ソフトの技術者によるものだと知ったスミスは、玲奈と礼二に会うためにわざわざ再び来訪し、こう言っていた。もし昨年優里が帰国して長墨ソフトで働いていれば、きっと大きく成長していただろうと。

当時の彼女はその言葉に強く同意し、玲奈が長墨ソフト入りを妨げたせいで、大事な成長の機会を奪われたと感じていた。

だが今この瞬間、礼二の傍にいた玲奈が一年も経たないうちにここまで成長した姿をはっきりと目にして、彼女はようやく気づいた。自分が逃したものは、想像よりはるかに大きかったのかもしれないと。

何しろ、礼二だけじゃない。真田教授もいるのだから。

真田教授は圧倒的な実力を誇るだけでなく、その立場から分野内の最新かつ最重要な情報を誰よりも早く手に入れられる。

それは礼二と玲奈の成長に、計り知れないほど大きな影響を与えるはずだ。

母が言ったように、もし彼女があの時に順調に長墨ソフトに入っていれば、その学識と能力で玲奈よりも早く成長していたに違いない。

けれど、「もしも」なんて存在しない。

すべては絵に描いた餅に過ぎなかった。

そう思うと、彼女の玲奈を見る視線は氷のように冷たくなった。「どうりで藤田グループをあっさり捨てたわけだ。なるほどね……」

玲奈が藤田グループを去り、礼二に近づき、自分の娘の長墨ソフト入りを阻んだ一連の策略を思い返し、今の彼女が手にしているものを見て、佳子はようやく気づいた。玲奈はただ者じゃない。

佳子はぽつりと漏らした。「まさかここまで計算高いとはね」

玲奈が誰かと話している最中、ふと顔を横に向けた時、あの母娘がこちらを見ているのに気づいた。目の奥にある冷たい視線も。

以前の彼女たちなら、いつも軽蔑と無関心を向けてきたのに、今日のその視線はどこか様子が違っていた。

とはいえ興味も湧かず、態度の変化を探るほどの暇もなかった。彼女は冷淡に視線を外した。

この玲奈の態度は、優里たちには得意気で傲慢に見えた。まるで、自分たちを踏みつけにしているかのように。

今日の玲奈はまさに光り輝いていた。

誇らしげになるのも、無理はない。

あの論文の価値を考えれば、専門性において玲奈は既に優里を超えていたようだ。

けれど——

玲奈には礼二がいて、知識もある。

でも、優里には智昭がいる。

佳子は再び淡々とした表情を
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (32)
goodnovel comment avatar
土御門ユリア
ゆっくり読ませて頂きました こんな智昭の可能性も確かにあるかも知れませんね 彼の心情は殆ど出てきてないので… シマエナガさんのストーリーで読み返したらいつも怒りばかりで智という文字だけで拒否反応が出る智昭がなんだか可愛く思えて優しい気持ちになれそうです
goodnovel comment avatar
mami4466
何がに私もその線かなと...最後に真相を告げられても玲奈は興味もなく元に戻らない。 結局智昭と茜は玲奈に捨てられて終わり的なそんな妄想をしていますw
goodnovel comment avatar
シマエナガ
続き③ 茜と親子ごっこをさせることで、茜は優里になつき、優里の機嫌をとってくれた。 玲奈は俺のことが大好きだから、多少のことがあってもきっと大丈夫だと智昭は思っていた。 玲奈が傷ついて離婚を考えているなんて露にも思っていなかった。 智昭が玲奈を好きすぎて、1人空回りしている状態。キスはされても、自分からはしない。 藤田グループを辞めて、長墨ソフトに入って玲奈が人前に出て輝き始めてからは気が気じゃない。優里を目立たせて気づかせないようにするが、もう防ぎきれない。辰也も翔太も玲奈の魅力に気づいてしまった。論文も出て、玲奈の魅力を隠しきれない。早く優里たちを陥れなければ。。。
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第408話

    玲奈とターナーの会話は、まるで文献の応酬のようにスムーズで濃密だった。明らかなことに、話せば話すほどターナーは興奮と驚きに満ち、玲奈とのやりとりの中で自身の足りなささえ見えてきたようだった。だが、それすらも彼にとっては嬉しい発見だった。彼は抑えきれず、そう言葉にした。「やっぱり間違ってなかったよ、青木さん。君は俺より優秀だ」ターナーって、どういう人物だと思ってるの?まだ若いのに、玲奈はこれほどの知識を蓄えていて、あのターナーですら彼女の実力を認めるほどだった。周囲で彼らの会話を聞いていた人々は、まさに言葉を失っていた。ただ一人、礼二だけは微かに笑みを浮かべた。その隣で、優里も沈黙したまま二人の会話を聞いていた。一方、結菜は英語があまり得意ではなく、ターナーと玲奈の会話の内容などまるで分かっていなかった。ターナーと玲奈がいつまでも話をやめる気配を見せないのに苛立ち始め、ぼやいた。「何をそんなに喋ることあるわけ。いい加減に終わらないの?」優里は何も返さなかったが、手にしたグラスを握る指先が白くなっていた。たしかに、今や国内のAI技術はかなりのレベルに達しており、咲村教授や薮内教授たちも国内では高い評価を受けている。だが、実力で言えば、まだターナーやスミスのような国際的権威とは差があった。以前K大の座談会に玲奈が参加したときは、礼二のそばにいることで多少は実力をつけたんだろうと優里は思っていた。けれど今は……そんなふうには、もう思えなくなっていた。玲奈の知識の蓄積は、あまりにも膨大だった。ターナーと対等に話し、時には論旨で押し返すほどの実力。それがほんの一年やそこらで培われたものとは、どうしても思えない。つまり、玲奈は長墨ソフトに入る前から、すでにかなりの実力を持っていたということになる。むしろ、あの論文すら、本当に玲奈自身の力だけで書かれたものなのではないかとさえ思えた!もしそれが事実なら、彼女はすでに専門性の面で玲奈に大きく引き離されていることになる。で、でもそんなはず、あるわけないでしょ?玲奈は大学を出てすぐに藤田グループで秘書をしていたはずだ。どうして、そんな知識や実力を持っているの?「お姉ちゃん?」そのとき、結菜が優里の顔色に気づき、心配そうに声をかけた。「どうしたの?顔色がなん

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第407話

    木曜の夜、玲奈は出張から戻った礼二と共に晩餐会に出席した。二人が到着してすぐ、彼女の視界に優里と結菜の姿が入った。もちろん、あちらもこちらに気づいたようだった。結菜は玲奈を見るなり露骨に顔をしかめ、「どこにでも出てくるわね、あの女」と、優里に小声で毒づいた。玲奈は二人に注意を向けず、礼二と共に主催者と少し会話を交わしていたが、そのうちに翔太がこちらに歩いてくるのが見えた。実は、彼女がこの晩餐会に出席すると知った翔太が、わざわざ招待状を取り寄せていたのだった。この日の彼女は、シンプルなカッティングの黒のロングドレスに、まっすぐな黒髪を合わせていて、どこか冷ややかでミステリアスな雰囲気をまとっていた。その姿はひときわ目を引き、美しかった。毎回、こうした場で彼女を見かけるたび、彼は息をのむほど心を奪われる。過去に彼女と同じ晩餐会で顔を合わせたことがあるため、玲奈は彼の登場に驚くこともなく、口にした。「来てたの?」翔太は胸の高鳴りを抑えながら、「ああ」と短く返した。この夜、デイン・ターナーも晩餐会に出席するという話があった。ターナーはスミスと親交が深く、AI分野での貢献度と知名度も互角だと言われている。博士課程の頃、優里はターナーに二度ほど会ったことがあった。ターナーと親しい間柄ではなかったが、顔と名前は互いに覚えている程度だった。ターナーの到着を聞いた優里は、すぐに声をかけに行った。「ターナー先生、お久しぶりです」ターナーは軽く頷いた。彼が覚えていてくれたことに少し喜びを感じた優里は、もう一言かけようとしたが、ターナーは彼女に興味を示さず、彼女が話し出すより先に助手に向かって尋ねた。「どうだ?青木さんと湊さんはもう来てるか?」「はい、到着されています」ターナーの目がぱっと輝いた。そして、自分に話しかけようとしていた人々に向かって、「青木さんと湊さんがもう到着されたと聞きましたので、少し失礼します」と笑顔で言い残し、足早にその場を離れた。主催者が冗談めかして言った。「湊さんとぜひお話したかったんですね?」ターナーは笑いながら答えた。「いえ、正確に言えば、湊さんより青木さんに興味があります。彼女のほうがずっと興味深いです」そう言ってから、周囲に軽く会釈をして、玲奈と礼二のもとへ向かっていった。

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第406話

    翌日、静香の検査結果が出た。全体的に見ると、彼女の臓器不全の状態は、以前療養院で受けた検査よりはやや軽かった。通常であれば、この程度の臓器不全なら、しっかり治療とケアをすれば病状の進行を抑えることは十分可能だ。だが、静香はもともとの体の基礎状態があまりにも悪く、臓器の衰えも速いため、状況は楽観視できなかった。医師の説明を聞いた玲奈と青木おばあさんたちは、安堵と不安が入り混じった表情を浮かべた。希望があることは喜ばしいが、今の静香の体調では、積極的に治療に臨むのは難しいかもしれない。その日の午後、真田教授から玲奈と礼二に食事の誘いが入った。ちょうど礼二は午後から出張に出ていたので、夜は玲奈ひとりで車を出して真田教授を迎えに行った。レストランに着いて車を降りた時、ちょうど優里も降りようとしていた。玲奈と真田教授の姿を見かけたが、礼二の姿がなかったため、特に気に留めることもなく、車を降りて真田教授のもとへ向かった。「真田先生」そう声をかけると、真田教授は冷ややかな表情で軽く頷くだけで、すぐに玲奈に向き直り、「行こうか」と言った。そのまま歩きながら、先ほどまでの会話を再び始めた。数日前、玲奈が智昭のオフィスで三井教授や咲村教授たちとAI分野の最新動向について話した際、思いがけず高く評価されていた。たとえ玲奈の意見が誰かの受け売りだったとしても、優里はそれを見て以来、無意識のうちに自分でもAI分野の情報に目を通すようになっていた。だから今、真田教授と玲奈が話している内容、たとえばブレイン・マシン・インターフェースや、エッジAIの推論技術などが、最近の技術的ブレイクスルーに関する話だということはすぐに分かった。真田教授が挨拶に返したきり何も言わなくなったことに気づくと、優里は二人から少し距離を取って、二メートルほど後ろから黙ってついていった。受付でスタッフが真田教授に声をかけた。「いらっしゃいませ、ご予約は何名様ですか?個室をご予約されてますか?」玲奈が答えた。「二人です、予約してあります。青木です」受付の女性が予約を確認して、にこやかに案内した。「確かに青木様からお電話いただいております。どうぞこちらへ」玲奈は頷き、真田教授と一緒に案内役のスタッフのあとについていった。それを聞いた優里は、一瞬動きを止

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第405話

    玲奈が言った。「ママは今から会社に行かなきゃいけないの。ひいおばあちゃんも最近は体調がよくなくて、静かに休まないといけないのよ。体調が良くなったら、そのとき会いに行こうね」祖母は茜が優里に懐いていることをこれまで本気で責めたことはなかった。けれど静香の体調悪化を知ってからというもの、彼女の気力はまるで抜け殻のように落ち込んでしまっていた。今このタイミングで茜に会えば、優里に懐いていることを思い出してさらに気分を害するに違いなかった。茜は青木おばあさんの体調が悪いと聞いて、心配そうに尋ねた。「えっ?ひいおばあちゃんが病気なの?すごく悪いの?重いのか?ママ、どうして教えてくれなかったの?」玲奈は二秒ほど黙り込んでから、静かに答えた。「心配させたくなかったの。それだけよ」そう言ってから、玲奈はゆっくりと茜の手を外しながら告げた。「もう時間だから。ママ、他にもやることがあるの。自分のことはちゃんと気をつけてね」茜はまだ離れたくなかったが、玲奈が本当に忙しそうだったので、しぶしぶ手を離した。けれどすぐに寂しさがこみ上げてきて、不満げに言った。「ママ、最近なんでそんなに忙しいの?パパよりも忙しいよ。じゃあママ、いつになったら時間できるの?」「ママにもまだわからないわ」そう口にしながら、彼女はもうすぐ智昭との離婚が正式に成立することを思い出した。茜にいつか話さなければならないとは思っていたが……離婚が成立すれば、智昭が優里と結婚するのも時間の問題だった。そのときには、智昭の方から茜に説明するはずだ。彼女が自分の口から言う必要はない。茜はしゅんとしてうつむき、小さく呟いた。「……わかった。ママ、最近いつもそう言うよね」玲奈にもそれはわかっていた。今のところ、これ以上に無難な言い訳はなかったのだ。そう考えながら、玲奈は再び口を開いた。「ママ、行くわね」「うん……」茜にもう一度だけ視線を向けてから、玲奈はその場を離れようとした。そのとき、トイレの方から優里が出てくるのが目に入った。茜と智昭はロビーに立っていたが、どうやら誰かを待っている様子だった。そして、その「誰か」とは明らかに優里だった。彼らは最初から優里と一緒に病院へ来ていたのだ。優里もまさか玲奈と鉢合わせるとは思っていなかったのだろう。彼女は足を

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第404話

    「一度も姿を見せてないのか?」「そうなんだよ」そこで別の同僚が口を挟んだ。「だからさ、うちらの間では、青木さんってもう旦那さんと離婚してるんじゃないかって話になってて。だって、半年以上も一度もその人のことを口にしてないんだよ?」「確かにね」そう言われると、可能性はある。もし玲奈が本当に離婚していなかったら、瑛二はそこまで堂々とアプローチできるはずがない。そう思ってもなお、翔太の心はざわついたままだった。玲奈がすでに結婚していたなんて、思いもしなかった。じっとこちらを見つめてくる彼の様子に気づき、玲奈はオフィスで声をかけた。「どうかした?」結婚してたって、本当なのか?そう訊きたくて仕方なかった。だが、職場で上司のプライベートを詮索するのは、やりすぎると無礼に当たる。我に返った彼は返した。「いや、なんでもない」午後、玲奈に一本の電話がかかってきた。電話を切ったあと、その日の退勤前に礼二へ伝えた。「明日、午後から出社するわ。午前の会議、代わりに出てくれる?」「もちろん問題ないよ」そう言ってから、彼は尋ねた。「何かあったのか?」「明日、母が国立病院で検査なの。一緒に行こうと思って」礼二は静香の容体が悪化していることを知らず、ただの健康診断だと思い込んでいた。「わかった。会社のことは任せて」玲奈はうなずき、そのまま会社を後にした。翌日、玲奈は青木おばあさんや美智と一緒に、早朝から病院へ向かった。だが病院についても、静香に気づかれないよう、彼女たちは少し距離を取りながら後ろからついていった。検査中、静香は突如情緒が不安定になり、まるで錯乱したかのように激しく抵抗した。数人の医療スタッフに押さえつけられて、ようやく検査が成り立つほどだった。この日だけで、静香は十項目以上の検査を受けた。すべての検査が終わると、静香は療養院の職員たちと共に病院を後にした。祖母も体調が万全ではなかったため、先に帰宅することになり、玲奈だけが療養院の医師たちと残り、結果が出るのを待った。しかし、大半の検査結果は午後、あるいは翌日にならないと出ないとのことだった。とはいえ、すでに出た数項目の結果だけでも、静香の現在の状態が良くないことは明らかだった。医師の説明を聞き終えた玲奈の胸は、ずしんと重く沈んでいった

  • 社長夫人はずっと離婚を考えていた   第403話

    瑛二は手を差し出しながら言った。「田淵瑛二」翔太もその手を握り返した。二人の視線が交差する。玲奈を巡っての勝負は、それぞれの実力次第だと、そんな無言の火花が散った。握手を終えた瑛二は玲奈の方に向き直った。「私が来たこと、迷惑だったか?」そう。だが、玲奈はやんわりと言った。「ちょっとだけね」「ごめん。困るってわかってたけど、それでも来た」電話ではっきり断られたにもかかわらず、それでも来た理由を、彼は素直に口にした。「やってみないと、本当に無理なのかわからなかったから。今、ちゃんと確かめられたし、これからは距離を考えるよ」つまり、それでも諦めるつもりはないってこと?玲奈が口を開く前に、瑛二は礼二の方へ顔を向けた。「長墨ソフトの見学はまた今度にします。今日はこれ以上、邪魔しませんよ」礼二は瑛二は悪くない男だと思っていた。玲奈が離婚後、もし新しい恋を始めるなら、瑛二は選択肢の一つとして十分あり得ると。だが、今の玲奈にそういう気はなさそうで、彼としても無理に口出しはできなかった。だから穏やかに返した。「田淵さん、お時間があるときはいつでも長墨ソフトにいらしてください」瑛二は軽くうなずき、去ろうとしながらもう一度玲奈を見つめた。言いかけたような雰囲気を残しながら、結局口には出さず、「また今度」とだけ言って背を向けた。「……気をつけて」瑛二はそのまま去っていった。翔太は玲奈と瑛二が付き合っているかも知れないと思っていた。だが、今目の前で起きたやりとりを見て、追っているのは瑛二の一方だけだと気づいた。そして玲奈は、その気持ちをはっきり拒絶していた。それを見て、彼の気分は少しだけ晴れた。瑛二が去って少し経つと、「イケメンが会社に玲奈を訪ねてきた」という噂が、長墨ソフトの社員たちの間で一気に広まった。「あのイケメンって?青木さんの旦那さんじゃないの?」ちょうどそのとき、翔太はパソコンの前に座っていた。その声を耳にして、マウスを握る手がぴたりと止まり、聞き間違いかと疑った。彼が口を開くより先に、別の同僚が返した。「最初は受付の伊藤さんもそう思ってたらしいんだけど、会話を聞いてたら、どうやらあの人、ただ彼女を口説きに来ただけっぽいよ。旦那さんじゃなさそう」「マジかよ、若手イケメンが社内にまで追っ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status