LOGIN5.アッシュワース村代官:トーマス・バートン
ペンストレイト領ホークストン出身。自由都市ブリストルの税務事務所に勤めていた。
数字に強く、実務能力は高いが、人望には恵まれなかった。 栄転と左遷が入り混じった形でアッシュワースに赴任し、 赤字の内陸と複雑な飛び地を抱えるこの地の管理を任されている。 アーサーの教育係の一人でもある。■グリーブ地:教会
代官邸から道なりに約2km。 形式上は教会領だが、15年前の交換条件により、クロムウェル家の実質的権利が及ぶ「飛び地」となっている。 アーサーの生活拠点でもあり、村の信仰と日常が静かに集まる場所だ。 教会の裏手から住宅地にかけては、村人たちが利用する管理可能な森が広がっている。 住宅地と管理可能な森 教会の周囲に住宅地が形成され、その背後から外縁部にかけて、手入れされた森が続いている。ここではハーブや木の実、薪が採れ、村の暮らしを支えている。 この森は換金のための土地ではなく、村が村として存続するための場所であり、同時に村の境界線としても機能している。 ________________________________________ 6. 生産エリアとマナーハウス 管理可能な森を抜けると、風景は大きく変わる。 そこから先は、村の「生活圏」ではなく、領の「生産圏」である。 • 羊毛用の放牧地 • 穀物地帯 これらの産物は、村とは切り離された場所で管理される。 マナーハウス マナーハウスは、村の居住区から徒歩で約1時間離れた場所に建っている。 執事が常駐し、内陸農業・畜産を一手に管理する実務拠点である。 更に奥の内陸の村々から運ばれてくる産物も、村を通らず直接ここへ集められる。距離があるため、執事は通勤ではなく寝泊まりで管理にあたり、マナーハウスは純粋な物流・管理センターとして独立した性格を持っている。 ________________________________________ 6. 管理動線とインフラ 15年前の再編により、代官邸と教会を結ぶ約2kmの道は馬車が問題なく通れる水準まで整えられた。 この道は、代官の巡回、有事の際の移動、っそして村全体の統治を支えるための、一本の「管理の線」である。 村の中を歩けば、この道がアッシュワースの構造を静かに語っているのが分かる。 7. 経済構造 現在 ペンストレイト領の主な収入源は港町の海運とフェリー権であり、アッシュワース周辺の農業・畜産は単体では赤字である。 それでも領全体としては黒字を維持している。 海運権喪失期(過去) かつて海運収益を失っていた時期、穀物と羊毛は領を支える最後の拠り所だった。 マナーハウスでの管理は極めて厳しく、一切の無駄が許されなかった。 この時期であっても、森の収穫物は換金されず、村の消費に留められていた。■グリーブ地とは
「グリーブ地(Glebe land)」は、中世イングランドの教区制度において、司祭が自給自足し、生活を維持するために割り当てられた土地のことです。 アーサーが司祭として食べていくために欠かせない非常に現実的な基盤となります。 1. 司祭のための「給料」代わりの土地 当時の司祭は現金で給料をもらうわけではありませんでした。教区から提供されたグリーブ地を耕し、そこで収穫した農作物や家畜が、そのまま司祭(および使用人であるピーターやマーサ)の糧となりました。 2. 土地の構成 グリーブ地は一つの大きな畑であるとは限りません。 耕作地: 麦などの穀物を育てる。 牧草地: 牛や羊を放牧する。 司祭館の庭: 野菜や薬草、そしてアーサーが扱っているような養蜂場。3. 誰が耕すのか?
司祭本人がクワを持って耕すこともありましたが、アーサーのように伯爵家との繋がりがある、あるいは多忙な司祭の場合は、小作人に貸し出して小作料をとったり、侍者に手伝わせたりするのが一般的でした。◎グリーブ地と一般の村の違い
什一税との違い: 村人から収穫の10%を徴収するのが「什一税(じゅういちぜい)」ですが、グリーブ地は「教会の持ち物」なので、収穫はすべて司祭のものです。 ◎村の共同体との関わり: 当時の農地は「開放耕地制(オープン・フィールド)」といって、村全体の巨大な畑の中に、司祭の区画、伯爵の区画、村人の区画がパッチワークのように混在していました。 アーサーが自分のグリーブ地を見回りに行けば、必然的に農作業中の村人たちと顔を合わせることになります。 ■グリーブ地の広さ 14世紀イングランドの一般的な教区司祭が所有していたグリーブ地の広さは、その土地の豊かさや教区の規模にもよりますが、**概ね20エーカーから60エーカー(約8ヘクタール〜24ヘクタール)**程度が標準的でした。 読者がアーサーの生活感をイメージしやすいように、具体的な数字と感覚で解説します。 ◎広さの目安と感覚 数字で言うと: 1エーカーは「牛2頭立ての Plough(すき)で、1日に耕せる面積」を指します。 アーサーが40エーカー持っているとすれば、東京ドーム約3.5個分くらいの広さになります。 生活の感覚:15〜20エーカー: 司祭一人が(ピーターのような手伝いとともに)最低限食べていける、やや慎ましい広さ。 40〜60エーカー: 裕福な部類。余剰作物を売って現金収入を得たり、アーサーのように「養蜂」に広いスペースを割いたりする余裕があります。 ◎ グリーブ地の構造(パッチワーク状の農地) ここが非常に重要なのですが、この40エーカーは「一つのまとまった広大な敷地」ではありませんでした。 当時の**「開放耕地制(オープン・フィールド)」**という仕組みにより、土地はバラバラに分散していました。 ・細長い地条(ストリップ): 村全体の巨大な3つの畑(三圃式農業)の中に、司祭の持ち分である「細長い区画」が、村人や男爵の区画と交互に混じって点在しています。 ・司祭館(Rectory/Parsonage)の周辺: ここだけは司祭の専用地(囲い込まれた庭)です。アーサーが蜜蜂の巣箱を置いているのは、この館に隣接した**「クロフト(小圃)」**と呼ばれる管理の行き届く場所でしょう。・共有地(コモン)での権利:これとは別に、村の共有地で「羊を〇頭放牧していい」「薪を拾っていい」という権利もグリーブ地の広さに応じて割り当てられていました。
◎移動の苦労:土地が分散しているため、アーサーやピーターは農具を持って村中を歩き回る必要があります。この「移動中」に、トーマスの部下たちと鉢合わせたり、例の「男」とこっそり連絡を取ったりする隙が生まれます。 アーサーの教区は、**「司祭館の裏庭(養蜂場)」+「村のあちこちに散らばる数十本の細長い畑」**という構成になります。 アーサーは司祭としてこれら全てを把握し、管理しなければなりませんでした。夕方の空が、森の端からゆっくりと茜色に染まり始めていた。 ウルフの寝床になっている納屋の近くでは、小さな焚火がぱちぱちと音を立てている。 焚火の上では、魚や肉を刺した串がじゅうじゅうと美味しそうな音を立てていた。脂が火に落ちるたび、香ばしい匂いがふわりと広がる。「はい、アーサー。これは熱いから気をつけて」「ありがとう、母さん」 エレインが久々に明るい顔で食事を配っていた。 アーサーは受け取った皿を両手で持ちながら、その穏やかな表情をしばらく見つめてしまう。「どうしたの?」「ううん。何でもない」 アーサーは小さく笑って、焚火のそばへ腰を下ろした。 隣ではルーシーが串の魚を大事そうに持ち、アリスは肉の焼け具合を見ながら、火の向きを少し整えている。「これ、もう食べていい?」「まだ。外だけ焦げて中が生だったら嫌でしょ」「アリスって、食べ物のことになるとすごく真剣だよね」「そりゃ、食べ物のことだからね。でも食べ物に一番うるさいのはアーサーでしょ!」「確かにそうね!」 そう言ってアリスはアーサーに悪戯っぽい笑みを向けた。 そんなやり取りに、アーサーは「え!? そうかな??」と頭を掻きつつ楽しそうに笑った。(何か、変な感じだ……) アーサーは焚火を囲む顔ぶれを見渡して不思議な気持ちになる。 少し前まで、こんなふうに皆で火を囲んで食事ができる日が来るとは思っていなかったからだ。 ルーシーは疑いを晴らし、村の空気も少しずつ落ち着きを取り戻している。ウルフも、まだ仏頂面ではあるが、教会の敷地内にいることを拒まなくなった。 もっとも、そのウルフだけは焚火の輪の中で一人、ひどく疲れた顔をしていたが。 連日のようにアーサーに構われ、ルーシーに礼を言われ、アリスに面白がられ、エレインには食事の心配までされている。森で一人静かに過ごしていた時とは、まるで違う騒がしさだった。「ウルフさん、お肉もう一本食べる?」「……いらん」「でも、さっきから魚しか食べてないよ?」「寝る前に肉を食べ過ぎると体がちゃんと休まらないし、もう十分食っている」 ウルフは低く答え、串焼きのローチにかぶりついた。 その横顔は、戦場帰りの兵士というより、群がる子犬に追い回された狼のようだった。 アーサーはその様子を見て、しみじみと息を吐く。「これが平和ってやつかな
また、別の日。 司祭館にある書類の作業場には、蜜蝋と乾いた羊皮紙、そしてインクの匂いが混じっていた。 午後の光が高い窓から斜めに差し込み、木机の上に積まれた帳簿や紙束を淡く照らしている。 その中央で、アーサーはひどく真剣な顔をして羽根ペンを走らせていた。 ミサの説教を書いている時よりも、聖務日課を確認している時よりも、あるいは告解の内容を思い返している時よりも、よほど深刻そうな顔である。 傍らに置かれた紙束の表紙には、几帳面な文字でこう記されていた。『養蜂箱増設の覚え』「……養蜂箱増設の覚え?」 横からそれを覗き込んだアリスが、何とも言えない顔をした。「村での販売分を増やしたのも、その一環?」 アーサーは羽根ペンを止めず、真顔のまま答えた。「三十%も収穫報告が減らされたんだよ? だったら、その分を僕がどう使ったっていいだろ。蜂蜜で救える命は多いんだし」 その声には、静かな怒りがこもっていた。 だが、内容は蜂蜜である。 真剣なのは分かる。分かるのだが、作業場の空気はどこか妙に締まらなかった。 そばで椅子に腰かけていたルーシーが、ぱちぱちと瞬きをしてから、無邪気に口を挟む。「でも、アーサー、趣味って言われたのが一番怒ってたよね」「…………」 アーサーは無言でペンを置いた。 そして、次の瞬間、力尽きたように机へ突っ伏した。「趣味じゃない……これは教会の慈善事業で、診療所の薬材確保で、村の栄養改善で、蝋燭の原料調達で……」 机に額を押しつけたまま、くぐもった声でぶつぶつと言う。 アリスは苦笑しながら、彼の肩を軽く叩いた。「で、でも、高価な蜂蜜が安価で手に入って嬉しいって、みんな喜んでたから。ね?」「……それは、よかった」 アーサーは机に突っ伏したまま、少しだけ声を和らげた。 その様子を、作業場の隅に腰を下ろして眺めていたウルフが、深々と呆れたように息を吐く。「よく分からん」 蜂蜜の収穫量を増やしただけで、なぜここまで人が沈み、慰められ、計画書まで作るのか。 武人の彼にはまるで理解できなかった。 ウィンドル川の浅瀬では、今日も村人たちが思い思いに手を動かしていた。 女たちは桶を並べて衣類を洗い、若い男たちは道具についた泥を落とし、子どもたちは大人たちの邪魔にならない範囲で水際を行ったり来たりしている。 夏の陽
早朝、薄明るい空へ教会の鐘が鳴り響く。 代官トーマスへ呪いの真実を突き付け、理不尽な振る舞いを改めるよう話し合った、あの清めの夜から数日。 村は静かに変化していた。 朝のミサを終え、アーサーが村人たちを見送っていると、以前より明らかに人々の態度が柔らかい。 老人は帽子を取って挨拶し、主婦は蜂蜜を買いたいと声を掛け、子供たちはルーシーへ笑顔を向けている。 そんな様子に、アーサーは戸惑いながらも、ぎこちなく応じた。 呪いの件は、表向きには森に溜まった瘴気が水へ溶け出したもので、流浪人とは無関係とされた。さらに、その瘴気もアーサーの清めの儀式によって霧散したことになっている。 そのため村人たちは、前にも増して若き司祭へ尊敬の眼差しを向けていた――アーサーには、それが何だか居心地悪かった。(だって今回真相解明で一番頑張ったのはウルフやアリスだったのに、ただ祈ってただけの僕が聖人みたいな扱い受けるのは、何か違うだろー……) そんなアーサーの内心を察してか、隣に立つピーターが周囲へ聞こえぬよう小声で語りかけた。「どんな形であれ、あなたが居たから事件が解決したのは確かなので、もっと自信を持ちなさい」 アーサーは村人たちの背を見送りながら、落ち着かなげに視線を揺らす。「そう、かな……?」 ピーターはわずかに肩をすくめ、諭すように言葉を継いだ。「どれほど証拠があっても、間違っていると代官殿へ言える者がいなければ届きませんでした」 その言葉に、アーサーは小さく息を呑む。「……確かに」「ルーシーの件も、あの夜も同じです。あなたがいたから押し切れなかった。それが、あなたの持つ高貴な血の力です」 アーサーは思わず胸元へ手を当て、複雑そうに眉を寄せた。「血……僕の持つ、クロムウェルの──貴族の血……ウルフのような賢さや、アリスの持つ勇気、ルーシーの優しさ、もちろんピーターさんのその聡明さも、血のあるなしで霞んでしまうなんて、おかしいよ……」 ピーターはそんな若き主人を見つめ、珍しくやわらかな笑みを浮かべる。「逆です。あなたが正しく使えば、埋もれた力を生かせるのですよ」 二人でしんみりとそんな会話を交わしていると、ふと澄んだ声が掛かった。「アーサー兄さま」 会話に集中していて周囲のことを忘れていたアーサーは、びくりと肩を跳ねさせる。「ルーシー
村人たちをすべて家へ帰した後――。 期待に胸を膨らませたトーマスが司祭館へ足を踏み入れると、そこにはウルフ、アリス、ミルナー夫妻、ピーター、そしてアーサーの母エレインがずらりと並んで待ち構えていた。さらに床には、顔へ袋を被せられ、縄で縛り上げられた羊飼いたちまで転がされている。 その異様な光景に、トーマスの思考は一瞬止まった。 呆然としたまま視線を巡らせる。すると部屋の奥には、本来なら資料室にあるはずの税務や経理関係のロール紙、帳簿の束が積み上げられていた。 次の瞬間、トーマスは激昂して叫ぶ。「これはどういうことだ、泥棒どもが!!」 ひと目で、それが代官邸から持ち出された機密資料だと分かった。同時に、自分がまんまと嵌められたことも悟る。「アーサー、貴様! 私を騙したのか! 誠実であるべき神の子が! 日中、私に語った言葉は偽りだったのか!?」 怒声を浴びせられても、アーサーは驚くほど冷静に首を横へ振った。やがて一本のロールを手に取り、静かに前へ進み出る。「いいえ、トーマスさん。あの時、あの瞬間に貴方へ吐露した気持ちに嘘はございません。貴方が私へ長くご指導くださったことは、まごうことなき一つの真実です。師の教えに背いた自分を恥じ、心から謝罪もいたしました」 その落ち着き払った返答に、トーマスはますます顔を紅潮させる。「ではこれは一体なんだ! どうして我が家に置いてあるものがここにあり、いなくなったはずの流浪人の野蛮人が居て、羊飼いが居て、それにミルナーまでここにいるのか!?」 唾を飛ばさんばかりに怒鳴るトーマスへ、アーサーは一歩も退かず、真っ直ぐ視線を返した。「私が自分の間違いを認めたことと、皆が貴方へ確かめたいことがあるのとは、別の話です。ゆえに、こうして集まっていただきました。代官殿」 その言葉に、周囲の面々も黙したままトーマスを見据える。「確かめたいことだと!?」 声を荒らげるトーマスへ、アーサーは今度こそはっきりと言い切った。「そうです。一つは森の警備犬のこと。警備犬を管理する羊飼いたちが、私たちの生活の要であるウィンドル川で、犬を危険な薬品で洗っていたこと。そして何より、ペンストレイト様へ納めている領民の税についてです!」「それは……」 そこまで聞いた瞬間、トーマスの顔から血の気が引いた。 ついにアーサーは、もはや看
その晩、夜のミサを終えて数時間後の夜半。ウルフの粗末な天幕(テント)が残された結界の前には、日曜ミサ用の最も豪華な祭礼服を纏ったアーサーと、上等な礼服の上から教会より渡された儀礼用の白い豪華なローブを肩に掛けたトーマスが並んで立っていた。 周囲には、儀式の知らせを聞きつけて集まった村人たちが幾重にも取り巻き、二人の様子を固唾を呑んで見守っている。夜気の中、無数の松明だけが赤々と揺れていた。 アーサーは静かに息を整えると、周囲の村人たちをゆっくりと見渡した。集まった人々の顔には、不安と期待と好奇の色が入り混じっている。やがて松明の明かりに白いローブを輝かせ、ひときわ目立つトーマス代官へ視線を向け、短く敬意を示すように頷いた。「集いし兄弟姉妹、そしてトーマス代官殿。この夜半、恐れと不安の中、ここに集まってくださった皆様に、主の平和がありますように。 我らが代官殿は、疫病の蔓延を防ぐため、公衆の安全を第一に考える賢明な措置として、この隔離の縄を張られました。この縄は、病が広がるのを防ぐ物理的な境界として、その役目を果たしました。これには感謝せねばなりません」 厳かな声が夜の広場へ響き渡る。 その言葉に、トーマスが一瞬満足げに頷くのを、アーサーは見逃さなかった。 だが、そ知らぬふりで説法を続ける。「しかし、皆さんの顔を見てください。そして、ご自身の胸の内へ耳を澄ませてください。縄が張られてもなお、病への恐怖と、隣人への疑念は消えてはいません。 これは、病とは別の、魂の病です。人が張った縄は、肉体の病の広がりを止められても、魂に巣食った呪い――すなわち、神への信頼を失った我らの『疑念』を断ち切ることはできないのです。 神は、私たちに『見知らぬ者を恐れるな』と命じておられます。この縄が今や、我らの心を縛る『不信と恐怖の鎖』となってしまっている。これこそ、真に清められるべき穢れなのです」 松明の火が揺れるたび、集まった村人たちの顔にも明暗が走った。誰も口を開かず、ただアーサーの声に耳を傾けている。「故に、本日、私はこの場に立っています。人が張った縄の効力を、神の絶対的な慈悲と力をもって完成させるために。 この儀式は、縄を破るものではありません。代官殿の賢明な隔離の措置の上に、神の永遠の権威を重ね、この結界を『恐怖の象徴』から『神の慈悲による解放の記念
一行が代官邸へ着くと、従者に導かれて行き着いた先は、謁見室ではなく応接間だった。 トーマス・バートンは、暖炉の前に置かれた背の高いアームチェアへ深く腰掛け、両手を革張りの肘掛けに置いていた。室内の空気は重く、温かい。謁見室から続く通路の先に位置するこの応接間には、昼間であっても外の騒々しさがほとんど届かない。 窓際の光が差す場所では、妻が白い布地へ針を進めている。刺繍糸が細かく、規則正しく布を擦るたび、トーマスは満足感を覚えた。この静謐な空間こそ、自分がこの屋敷で享受する権力と秩序の象徴だった。彼は妻の存在を、意識的に、そして無言の道具として用いている。(この静けさの中で、あの若造はどれほどの苦痛を感じるだろうか?) トーマスは、数分後に会う予定のアーサー・クロムウェルのことを考えていた。司祭代理という聖職にある若者が、自ら「謝罪と相談」のために訪れる。これは、ウルフの件で仕掛けた小さな揺さぶりの勝利であり、自らの支配が教会の権威にまで及んだという、公然たる証明に等しかった。 短くノックが響いた後、従者が重い扉を開け、声を上げた。「旦那様、クロムウェル司祭代理様がお見えになりました」 トーマスは微動だにしない。許可を待たず、従者は一歩下がって扉を開け放つ。 入室したアーサーの視線は、まず窓際の妻へ向けられ、次いで部屋の奥、暖炉の前に座るトーマスへ移った。外光を背にした妻の姿は影となり、顔の表情までは読み取れない。一方、暖炉の光に照らされたトーマスの顔は、冷たい岩のように明確だった。 トーマスの目に映るアーサーは、完璧な司祭服を身につけているにもかかわらず、顔色は昼の空のように青白い。手に持った帽子を握る指先には、汗まで滲んでいるように見えた。(さて、この羊は、いかにして私を欺こうとするだろうか?) 内心で笑みを噛み殺しながら、トーマスは最も権威ある主人のように、厳かに口を開いた。「よく来たな、アーサー。座りなさい。妻もいる。遠慮はいらないよ」 そう言って視線だけをアーサーの背後へ流す。そこに立つピーターと目が合うと、相手は軽く会釈し、何も言わず応接間の外へ姿を消した。 完全に一人残されたアーサーは、不安を隠しきれない面持ちで立ち尽くしている。その様子に、トーマスの胸の内はひどく高揚していった。 アーサーはひどく憔悴した様子で、暖炉を