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【3】①

Penulis: 小日向江麻
last update Terakhir Diperbarui: 2025-07-26 16:01:19

「はぁ……」

 その日の昼休み、私は持参したお弁当を傍らに置いたまま、私は重いため息を吐いた。

「どしたの、瑞希? 元気ないじゃん」

 頭上から、笑い交じりのかわいらしい声が降ってきた。

 と同時に、つんつんと後頭部を突かれる。

 顔を上げると、カレーライスがのったトレイを抱えた鴻野翠(こうの みどり)が、にこにこと私を見下ろしている。

 情報通の翠は、普段から流行のファッションやメイクに身を包んでおり、ヘアアレンジにも凝っているため日によって髪型が違う。

 今日はやや暑いからか編み込みをうしろでひとつにまとめていて、涼しげだ。

 大学構内にある食堂は、学生だけでなく講師や大学関係者の利用も多いためか、席数が多く広々としていて開放的。

 構内の売店で購入したものを食べたり、飲んだりするのに利用できるのもいい。

 ゆえに、昼休みには混雑するので素早い席取りは必須だ。

 ランチのメンバーのなかで誰よりも早く講義室を出た私は、ダッシュで売店でお茶を購入し、食堂に駆けつけた。

 そして素早く、四人がけのテーブルをひとつ確保していたというわけだ。

 私はふうっとため息を吐いた。

「いや、今朝せっかくお兄ちゃんに会えたんだけど、やっぱりそっけない反応で……落ち込むなぁって」

「そっけないって、無視されたとか?」

 翠が私のとなりの席に自身のトレイを置くと、カレーのいい香りが鼻腔をくすぐる。

 不思議そうに訊ねながら、彼女が椅子を引いて腰を下ろした。

「さすがにそれはないけど。なんていうか、話す隙を与えてもらえないというか」

「仕事のことで頭いっぱいだったとか」

「うーん、可能性は、ゼロではない、けど」

 確かにあのとき、兄は食事をしながらPCを操作していたから、仕事に集中したかったのかもしれない。

 でもなんとなく、そういう理由ではないような気がした。

 もっと言うと――

「多分、私を避けようとしてるんじゃないかな」

 私とは積極的にかかわらないようにしたい――そんな意思を、兄の挙動から感じてしまった。私には、その心当たりがあるから。

「なら、兄貴の反応はまともだろ」

 背後から割り込んできた声に、私も翠もそちらを振り返る。

 そこには、丼をのせたトレイを持った亮介の姿があった。

 中谷亮介(なかたに りょうすけ)。私や翠と同じ学科の同期で友人。

 前下がりのマッシュヘアに、オーバーサイズのTシャツにデニムという服装がラフだけどトレンドっぽい。

 彼を含めたこの三人で、いつも昼食をともにしている。

 四年生になり、座学の講義はだいぶ減ったけれど、それでも週に最低でも二回はこうして顔を合わせている。

「妹から恋愛対象として見られてるってわかった以上、適度な距離を置くのはごく自然なことだ」

 亮介はズバッとそう言い放つと、私の向かい側の席にトレイを置いてそこに座った。

「亮介~、そんな言い方することないじゃん。瑞希だって真剣に悩んでるんだし」

 とっさに返事ができないでいる私の代わりに、緑が口を尖らせる。

「真剣に悩んでるからこそ、まっとうにアドバイスしてんだけど」

 しかし亮介はどこ吹く風で、サッと両手を合わせると、箸を手に取って食事を始めてしまう。

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