昼休みの学食は、今日も学生たちで賑わっていた。
広い窓から差し込む光に、ざわざわとした話し声、食器の触れ合う音。 そのなかで、私はお弁当を前にして、机に突っ伏すようにため息をつく。 「どしたの、瑞希? 元気ないじゃん」 頭上から軽やかな声がした。 つんつんと後頭部を突かれて顔を上げると、カレーライスをのせたトレイを抱えた鴻野翠(こうの みどり)が立っている。 情報通で華やかな翠は、日によって髪型も雰囲気も変わる。 今日は暑いせいか、編み込みを後ろでひとつにまとめていて涼しげだ。 「ちょっと朝から落ち込むことがあってさ……」 「またお兄さんのこと?」 図星をつかれて苦笑する。 今朝、久々に会えた兄はやっぱりそっけなくて、話す隙すら与えてくれなかった。 「多分……避けられてるんだと思う」 「なら、兄貴としては正しい判断じゃね?」 背後から聞こえたのは、丼を持った中谷亮介(なかたに りょうすけ)の声。 前下がりのマッシュヘアにラフなTシャツ姿、だけど会話はいつも妙に冷静だ。 彼は私の向かいに腰を下ろし、あっさりと言い放った。 この席は、翠と亮介と私の指定席みたいなものだ。 三人とも同じ学科で、気心も知れている。 特に、私が兄を想い続けていることを知っているのはこのふたりだけ。 普通なら誰にも言えない禁断の想いを、笑わずに聞いてくれる、貴重な存在だ。 「……わかってるよ。私が二回も告白したせいだって」 一度目は高校二年の冬。 彼女と電話する兄の柔らかい声を聞いて、衝動的に想いを告げた。 返ってきたのは「家族だから大事なんだ」という答え。 二度目は今年の春。 兄が専門医になったお祝いで初めてふたりきりで居酒屋に行き、酔いに任せて「まだ好き」と言ってしまった。 結果は同じ――それ以来、兄から距離を置かれているようだ。 「まぁ……好きならそうなっちゃう気持ちはわかるけどさ」 亮介は箸を動かしながらも、時折じっと私を見てくる。 なんとなく居心地が悪くて、私は慌ててお弁当に視線を落とした。 「そうだよ、瑞希。人を好きになったら多少暴走するのは普通。それがたまたまお兄さんだっただけ」 「いや、でもそこが問題だろ。相手が自分の兄貴だなんて」 翠が軽く笑いながら言うと、亮介がすかさず反論した。 「血は繋がってないし、戸籍上も他人なんでしょ?」 「だからって、きょうだいで恋愛は普通じゃないし」 「ちょっと亮介、それ言い方キツすぎじゃない?」 「事実を言っただけだ」 「瑞希のことを思ってるのはわかるけど、もう少し言い方を考えなよ」 ふたりの声が少しずつ強まっていくのを感じて、私が慌てて口を挟む。 「ごめんごめん、私のことでケンカしないで!」「――いただきます」 その日の夜。ふたり暮らしの部屋。 引っ越しを機に購入した二人用のダイニングテーブルで、私と漣くんは食卓を囲んでいた。「今日もおいしい。いつも仕事で疲れてるのに、ありがとう」「ううん、漣くんこそ、いつもお仕事お疲れさま」 私の手料理を、漣くんは毎回かならず褒めて、お礼を言ってくれる。 家事を担っているのは九割が私。正直、フルタイムで働きながらだと大変なときもあるけれど、漣くんのその一言で報われるから、全然構わない。 住まいは少し手狭だけど、ふたりとも日中は留守がちだし、掃除も楽。 越してきた当初は『漣くんの部屋』という認識だったけれど、一年も暮らすうちに、すっかり『私たちの部屋』になった。「そういえば、今日、久しぶりに綾乃に会ったよ」「今、ERにいるんだっけ?」 漣くんがうなずく。「やりがいがあるって言ってた。環境的には外科よりハードだけど、そのぶん経験値も一気に上がる場所だから。向上心の強い綾乃には向いてるんだろう」「そっか……私が言うのもおこがましいけど、頑張ってほしいな」 私との一件が異動に影響したのかは不明。でも、新庄さんは昨年の四月付けで、外科から人手不足だといわれる緊急外来に移った。 漣くんへの想いも断ち切り、今は仕事に全力投球しているらしい。 私はもう彼女に会うことはないけれど……あのとき謝罪の場でかけてもらった言葉は、今も私のモチベーションになっている。 だから、彼女も彼女の場所で輝いていてほしいと願った。「そうそう。さっきお母さんから電話があってね。お父さんの知り合いから美味しいお肉が届いたから、週末にでも食べに来なさいって。日曜なら空いてるよね?」 食後のお茶を飲みながら、ふと思い出して訊ねる。「うん。……母さん、いろいろ理由つけて俺たちを家に呼ぼうとす
友人として仲を深めるにつれ、プライベートな話題も増えていった。 『彼氏はいるの? どんな人?』と訊かれたとき、私は思い切って、身の上のことや、漣くんが義兄であることを打ち明けてみることにした。 茉実ちゃんは信頼できる人だ。だからこそ、もし彼女の反応が辛辣なら、それが世間の評価だと受け止める覚悟もあった。 なによりも、悪いことをしているわけではない。だから、もう隠し立てはしたくなかった。 意外にも、茉実ちゃんの第一声は『なんかドラマチックだね!』だった。さらに『小さいころからずっと一緒なんて、憧れる』と目を輝かせる。 そんな風にさらりと認めてくれる彼女の存在は、大きな勇気になった。 ――やっぱり私たちは、堂々としていていいんだ、と。「それよりさ、最近、同棲中の彼氏とは上手くいってるの?」「うん。勤務の関係とかで顔を合わさないことも多いけど、楽しくやってるよ」「いいな~。瑞希の彼氏ってものすごいイケメンだし、瑞希のこと溺愛してそうだもん。私もそんな完璧な男と出会いたい……」 頬杖をついた茉実ちゃんが盛大にため息をついたあと、ぱっと顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。「――今度、彼氏の友達紹介してっ」「わかった、訊いておくね」 漣くんの友人にも、まだ特定のパートナーがいない人が多いと聞いたことを思い出して、私はうなずいた。「ありがと~! やっぱり持つべきものは同期の友達だねっ」 ご満悦の茉実ちゃん。その様子がかわいらしくて、私はふふっと笑ってしまった。 彼女と話していると、ふと「翠と似ているな」と思うことがある。明るくて無邪気、でも頼りがいがある――そんな雰囲気を茉実ちゃんから感じるのだ。 翠も今は都内のクリニックで検査技師として勤務している。週に一度は連絡を取り合い、どんなに忙しくても二ヶ月に一度はお茶をして、近況報告を欠かさない。『実はさ、来月の連休に亮介と旅行するんだ』 先週会ったとき、彼女はそううれしそ
一泊二日の旅行は夢のような時間だった。 現実に引き戻された三月下旬、ようやく試験結果が出た。恐る恐る自身の受験番号を確認すると――合格。 うれしい報せを受けた翌日、私は再び夢のなかにいた。 三月二十八日、私の誕生日。漣くんは、お気に入りだというビストロに連れて行ってくれた。 聖南大附属病院の近くにあるその店は、気取った雰囲気ではないのに、出てくる料理はすべてが唸るほどおいしい。 合格前祝いのときに連れて行ってくれたレストランも、もちろん素敵だったけれど、漣くん行きつけのお店に連れて行ってくれたことがうれしい。 オーナーシェフとは顔なじみのようで、私を『妹』ではなく『大事な人』と紹介してくれたのがうれしかった。「瑞希。誕生日おめでとう」「ありがとう」 食事の前に手渡された小さな包みを開けると、雫型のネックレス。 着けた私を見て「似合うよ」と微笑む漣くんは、真剣な眼差しで続けた。「大学を卒業したら検査技師の仲間入りだ。不安なことも多いだろうけど、責任感を忘れずに頑張って。瑞希ならできる」「ありがとう、漣くん」「俺もサポートできることがあればするから。遠慮なく頼って」 ――そう。念願叶って、これからは憧れの検査技師として働き始める。 と同時に、住まいを漣くんのマンションに移して、一緒に生活することになった。つまり、同棲。 里親制度での同居が終了となるため、新しい住まいを探していたのだけど、なかなか条件が合う物件が見つからなかった。 そこで漣くんが、「いい物件が見つかるまで、俺の部屋に来れば?」と言ってくれたのだ。 両親も、私に急に独り暮らしさせるよりは、漣くんのそばにいてもらったほうが安心だと考えたのだろう。話はすぐにまとまって、最低限必要なものを運び出して、引っ越しは完了。 四月からは、漣くんとふたりでの生活が始まる予定だ。私がうなずく。「うん……これから、よろし
「瑞希が感じてる顔、よく見えるよ」「あっ、あっ、んんっ、だめぇっ……! あっ、あぁ――!」 余裕なんて欠片もなく、私はだらしない表情をさらしてしまっているに違いない。 けれど、止められない。悦楽に追い詰められ、愛されている幸せに飲み込まれていく。「もう我慢できない? いいよ、イッて」 彼が私の両手を取り、指を絡めてぎゅっと握った。 触れ合った手の熱が、さらに理性を溶かしていく。「あ、あ、あっ……んんんっ、だめぇっ――……ぁあああ!!」 強く奥を突かれた瞬間、視界が弾け飛んだ。 全身が大きく震えて、絶頂に攫われる。繋がったまま、私は彼の胸へと崩れ落ちた。 重ねた手と、密着した肌、耳元で響く熱い息。 互いの体温が混じり合い、しばらくは動けない。 呼吸を整えながら、心臓の鼓動まで重なっているように感じた。「瑞希、平気?」「うん……」 か細い声で返すと、漣くんがつないだ手をそっと解いて、私の髪を撫でてくれる。 その優しさが胸に沁みて、涙が滲みそうになった。「……ごめん。誰の邪魔も入らないって思ったら、歯止めが利かなくなりそうで」 彼は医師だから、普段はたとえ非番の日であっても、呼び出しの可能性に縛られている。 けれど、この旅行だけは違う。仕事から解放されて、私だけを見てくれている。その事実が、何よりうれしかった。「大丈夫だよ。私も……すごくうれしいから」 素直に笑いかけると、漣くんも安堵したように息を吐いた。「でも、まだ夕食もあるし……ここで力尽きたら大変だ。もっと触れていたいけど、あとは食後の楽しみに取っておこうかな」「っ……わ、わかった……」 それって、食後にまた――ってこと? だよね? そう思った瞬間、顔が真っ赤になる。けれど、冷静沈着な彼が私を抑えきれないほど求めてくれている。その幸せを思えば、ちっとも悪い気はしなかった。 旅館の豪華な食事と、その後に待つ甘美な時間。どちらも心から楽しみにできる自分がいる。大好きな人と、こんな時間を過ごせるなんて――。 私は、こんな素敵な旅行をプレゼントしてくれた漣くんに、心の中でそっと「ありがとう」とつぶやきつつ、強くうなずいたのだった。
「っ、はぁっ――んんっ、はぁっ、あぁっ……」 どう動けばいいのかなんて、全然わからなかった。 けれど、繋がっている場所に少しでも刺激を与えようと、私は必死に腰を前後に揺らす。 呼吸はすぐに荒くなり、思った以上に体力を消耗していく。 普段は漣くんにリードされてばかりで、私は受け身のまま快感を与えてもらってきた。 だからこそ今、自分が能動的に動くことが、こんなにも大変で、そして照れくさいことなのだと思い知らされる。 それでも――「きもち、いい……?」 息を切らしながら恐る恐る尋ねると、漣くんが短く息を呑んでから、掠れた低い声で答えてくれる。「うん……中が擦れて、気持ちいいよ」 ぎこちない動きであるのは十分にわかっているから、上手にできている自信なんてない。 だけど、彼が笑ってくれるから……うなずいてくれるから、私は頑張れる。「っ、はぁっ、う――んんっ、あぁあっ……」 だんだんと、私自身の中にもじわじわと快感が広がっていく。 奥まで深く受け入れるたび、熱が増して、甘い声が勝手に漏れ出てしまう。「かわいい声……もっと聞きたい。聞かせて?」「は、恥ずかしい……勝手に、出ちゃうからっ……」「それくらい気持ちよくなってくれてるのがうれしい。最初のころは、つらそうにしてたから」 そう言われて、初めて気づいた。私は必死に声を抑えようとして、片手で口を覆う。 けれど、漣くんはそんな私を優しく見つめ、そっと接合部に手を添えた。「っ!」「……でももう、俺の形にすっかり馴染んだな」「っぁ!」 次の瞬間、両手で腰を支
「すごい、さっきよりもびしょびしょだ。……俺のを舐めて、こんなにしちゃったんだ?」「っ……」 漣くんが私の浴衣を脱がせて腰を撫でる。それから下腹部をまさぐり、くすりと笑った。 羞恥で顔が火照る。奉仕している間じゅう、心も身体も熱くなってしまって……心と体が連動しすぎている自分が、たまらなく恥ずかしい。「うれしいよ。そういう風に感じてくれて」 漣くんは柔らかく笑うと、避妊具を手際よく装着し、熱を帯びたそれを私の秘部へ宛がった。「だから……もっとかわいい瑞希を見せて――」「漣くんっ……んんっ……!」 次の瞬間、ぐっと押し込まれる感覚。 太いものが内側を擦り上げ、強烈な衝撃が全身を貫いた。堪らず鼻にかかった甘い声が漏れる。 好きな人で自分の身体をいっぱいにされる幸福感は、いつだって特別だ。 奥まで刀身を収めた漣くんが、ゆっくりと律動を始めると、内壁に触れるたびに甘い痺れが走った。「ねえ、瑞希……?」「な、にっ……?」「どうして今日は、さっきみたいに……積極的に頑張ってくれたの?」 私の中を緩く穿ちながら、興奮を抑えたような声で問いかけてくる。「……だって、お母さんのことも、旅行のことも……漣くんのおかげだって思ってるし……。いつも私はしてもらってばかりだから……なにか、返したくて。今ので返せたとは思ってないけど……」 息を乱しながら、それでも正直な気持ちを伝える。 こうして今、漣くんに抱かれていられるのは、彼が支えてくれたから。 だからこそ感謝