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第4話

Author: キュートキャット
首を振り、過去の記憶を振り払う。西日に長く伸びた影が、ひとつだけ地面に落ちていた。

この世界に、私にはもう身内と呼べる人間は誰ひとりいない。

何歩か歩くうちに、あたりはすっかり暗くなった。

スマホを取り出し、タクシーを呼んで帰ろうとしたそのとき、耳元で聞き覚えのある笑い声がした。その声は、ひどく親しげだった。

「綾夏、しっかり掴まってろよ。万が一落として怪我させても知らないからな!」

振り返ると、ネオンが輝くバーの入り口が目に入った。

英輔が綾夏をお姫様抱っこして、まるで恋愛映画のワンシーンのようにくるくると回っていた。

綾夏は英輔の首にしっかりとしがみつき、スカートの裾を舞い上がらせながら、楽しそうに弾けるような笑い声をあげていた。

ふたりを取り囲んだ人々が囃し立てる。

「よし、あと3周!英輔、頑張れ!終わったら綾夏ちゃんと乾杯な!」

「綾夏、綺麗すぎ!子供の頃、おままごとで綾夏の相手役を取り合って、英輔が誰にも譲らなかったよね。まさか本当に王子様とお姫様みたいになるなんて!」

英輔は得意げに笑いながら、少し目を回している綾夏をそっと下ろした。まるで壊れ物に触れるような細心の手つきだった。

それから二人は、周囲に促されるままグラスを手に取り、顔を見合わせて乾杯した。途端に、周囲の歓声はさらに高まり、手拍子まで起こった。

「キス!キス!」

英輔は一瞬固まったまま、動かなかった。

綾夏が笑いながら彼をかばうように言う。

「さっき、これが最後の余興だって言ってたじゃない。すっかり遅くなったし、みんなもそろそろ帰らなきゃ……」

けれど次の瞬間、英輔は綾夏の腰を抱き寄せると、頭を下げてくちづけた。

その目は見開かれたままだった。澄みきった優しい眼差しの奥に、隠しきれない独占欲が滲んでいる。

そしてすぐさま視線を逸らし、綾夏の腰に回していた手をゆっくりとほどくと、額を押さえて、急に酔いが回ったふりをした。

「帰る……頭、痛くて……っ」

英輔が綾夏に向ける気遣いも、壊れ物を扱うように大切にする様子も、私は余すことなく目に焼きつけた。

そして彼がふらつきながらスマホを取り出し、電話をかけるところまで、ただ黙って見ていた。

直後、数メートル離れたところにいた私の手元で、スマホが鳴った。

着信音を聞いた英輔は、私と目が合った瞬間、ハッと背筋を伸ばした。

周囲の人々は、目を合わせる私たちを訝しげに見つめ、英輔に尋ねた。

「英輔、この可愛い子、誰?」

英輔は目を泳がせながら、はっきりしない口調で答える。

「あぁ……うちの家政婦の娘だよ。多分、母さんに言われて夕飯に呼びに来たんだろ」

綾夏の目には、隠しきれない優越感が浮かんでいた。まるで良妻のように、一言一言ゆっくりと区切って言う。

「あら、家政婦さんの娘さんだったのね。それなら、お宅の坊ちゃんのお世話、しっかりお願いするわね」

以前の私なら、きっと泣きながら英輔に、本当に愛しているのは誰なのかと問い詰めていただろう。

けれど今の私は、ただ白けた気分になるだけだった。一瞥もくれず、きびすを返して先ほど配車アプリで呼んでおいた車に乗り込んだ。

家に帰ると、午後から何も口にしていなかったせいで胃が痛み始めた。仕方なく、素麺をさっと茹でて自分の分だけ用意した。

二口ほど食べたところで、外からコツコツというハイヒールの足音が響いてきた。

次の瞬間、英輔がドアを蹴り開けるような勢いで入ってきた。

私が食事をしているのを見るなり、彼は眉をひそめ、私が手にしていた箸を奪い取った。

「夏田嘉音!さっき、なんで勝手に帰ったんだよ!俺がどれだけ恥をかいたと思ってる!」

さらに予想外だったのは、綾夏まで後をついてきたことだ。

心配そうな顔で英輔の腕に自分の腕を絡めながら、彼女はやわらかな声でたしなめた。

「英輔、嘉音さんだって女の子なんだから。ちゃんと落ち着いて話してって言ったでしょ」

そして私に向き直り、得意げな色を隠すように微笑んでみせた。

「嘉音さん、どうか怒らないでね。英輔、昔から気が短くて。私以外の人にはあんまり我慢が利かないの。でも、嘉音さんにも悪いところはあるわよ。英輔があんなに酔っ払ってたのに、ひとりにして帰るなんて」

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