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偽りの恋に溺れたあなたを、私は置いていく

偽りの恋に溺れたあなたを、私は置いていく

作家:  福餅あん完了
言語: Japanese
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概要

切ない恋

ひいき/自己中

親友

クズ男

妻を取り戻す修羅場

不倫

恋人の神谷蓮(かみや れん)は、交通事故から目を覚ましたあと、一時的な記憶障害を起こした。 私の親友の森川凛(もりかわ りん)を、自分の婚約者だと勘違いしていたのだ。 彼にこれ以上のショックを与えないため、私・小野美月(おの みづき)は仕方なく、凛と身分を入れ替えることにした。 お互いに決めたのは、あくまで身分を演じることだけ。恋人としての義務は果たさない、と。 蓮の記憶が戻ったら、すべて元通りにする。 ところが半年が過ぎても、蓮には、記憶が戻る気配がまるでなかった。 そんなある日、私は何気なくネットで、同じ街の住人による悩み相談の投稿を見つけた。 【交通事故で記憶を失って、別の女性を彼女と勘違いした。今ではその人を本気で好きになってしまったんだけど、元の彼女にはどう説明すればいい?】 コメント欄で最も多くの「いいね」を集めていた回答には、こんなアドバイスが書かれていた。 【もちろん、そのまま記憶喪失のふりを続けるべき。進むも退くも自由自在。後で後悔したって、「ついさっき記憶が戻ったばかり」と言えばいいんだから】 そのコメントには、投稿者本人から「いいね」が付いていた。 顔を上げると、ちょうど蓮が凛と一緒に帰ってきたところだった。 蓮は両手にいくつものレジ袋を提げ、凛の後ろについて歩いていた。 彼女を見つめるその瞳には、愛おしさが今にも溢れ出しそうなほど満ちていた。 そういうことだったのか。 この「仮初めの芝居」を、蓮はとっくに本物にしてしまっていたのだ。

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第1話

第1話

「美月ちゃん、今日はどうしてこんなに早く仕事が終わって帰ってきたの?

さっき蓮とスーパーでレンコンを買ってきたのよ。あなたの大好きなレンコンと豚肉の味噌汁、どうかしら?」

蓮は彼女の後ろに付いてきていた。

私に軽く会釈をすると、そのまま台所へ入っていった。

蓮が記憶を失ってから、彼と離れたくない一心で、私はやむを得ず、彼と凛の家に居候する客になった。

本当は、私こそが正式な恋人なのに。毎日、嫉妬を押し殺しながら、彼が別の女に心から尽くす姿を見ていなければならない。

二人が目の前で手をつないだり、抱き合ったりするたびに、胸を刃物で切りつけられているような痛みに襲われた。

私は何度も心の中で自分を慰めるしかなかった。

蓮が記憶を取り戻せば、すべてはまた元の軌道に戻ると。

半年もの間、苦しみに耐え続けた。けれど、待っていた記憶の回復はいつまで経っても訪れなかった。

代わりに舞い込んできたのは、彼が凛に心を動かしてしまったという、あまりにも残酷な現実だった。

凛は私の視線を追い、台所で忙しそうにしている蓮に気づいた。

そして声を落とし、私の耳元に顔を寄せて申し訳なさそうに謝った。

「ごめんね、美月ちゃん。

私のせいだよね。蓮、今になってもまだ記憶が戻らなくて……」

私はうつむき、苦笑した。

彼女は知らない。

眠ったふりをしている人は、いつまで経っても起こせないのだ。

「でも安心して。私がちゃんと見張ってるから、蓮が外で他の女の子に手を出したりなんて、絶対させないわ」

私は「うん」と返事をしたが、胸の内は苦さでいっぱいだった。

「ちょっと物を取りに戻ってきただけだから、すぐ出かけなきゃ」

ちょうどそのとき、蓮が彼女に台所を手伝ってほしいと声をかけた。

凛は待ってましたとばかりに口を開いた。

「美月ちゃん、先に用事を済ませてきてね。帰ってきたら、ふっくら美味しい夕ご飯ができてるから」

私はその場に立ち尽くしたまま、台所の凛が、ニンニクをむいた手を蓮の鼻先に近づけるのを見ていた。

「ねえ、嗅いでみて。私の手、臭い?」

蓮は甘やかすように彼女の指先に口づけし、笑って答えた。

「臭くないよ。君はいつもいい匂いがする」

二人は笑いながらじゃれ合っていた。まるで、本物の恋人同士のようだ。

目の前の光景は、私が思い描いていた結婚後の暮らしと、何ひとつ違わなかった。

ただ一つ違うのは――その物語のヒロインが、私ではないこと。

私がもう出ていったと思ったのか、蓮がふと何気なく凛に尋ねた。

「美月が僕たちの家に住み始めて、もう半年だろ。まだ外で部屋を借りられてないのか?」

凛は返事に詰まり、しどろもどろに答えた。

「ううん……まだ。

美月ちゃんは女の子で、一人で外に住むのは危ないし、それに部屋代だって高いでしょ。

ここに住んでたほうが通勤も楽だし、私もそのほうが安心なの。

どうして急にそんな話をするの?」

蓮はレンコンの皮をむく手を動かしながら、強い口調で言った。

「もう出ていってもらおう。僕たち3人で一緒に暮らすのは、やっぱり不便だよ。

僕たちが何かするたび、家に他人がいることを気にしなくちゃならない。

それに、君が美月のせいで何かと我慢するのも嫌なんだ。

最初は君の好きな豚肉とレンコンの炒め物を作るつもりだったのに。

彼女がいるって見た途端、すぐに味噌汁に変えたんだろ。

自分の家なのに、どうしていつも他人みたいに遠慮してるんだ?」

凛は数秒、黙り込んだ。

そして突然、蓮の頬にそっとキスをした。

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第1話
「美月ちゃん、今日はどうしてこんなに早く仕事が終わって帰ってきたの?さっき蓮とスーパーでレンコンを買ってきたのよ。あなたの大好きなレンコンと豚肉の味噌汁、どうかしら?」蓮は彼女の後ろに付いてきていた。私に軽く会釈をすると、そのまま台所へ入っていった。蓮が記憶を失ってから、彼と離れたくない一心で、私はやむを得ず、彼と凛の家に居候する客になった。本当は、私こそが正式な恋人なのに。毎日、嫉妬を押し殺しながら、彼が別の女に心から尽くす姿を見ていなければならない。二人が目の前で手をつないだり、抱き合ったりするたびに、胸を刃物で切りつけられているような痛みに襲われた。私は何度も心の中で自分を慰めるしかなかった。蓮が記憶を取り戻せば、すべてはまた元の軌道に戻ると。半年もの間、苦しみに耐え続けた。けれど、待っていた記憶の回復はいつまで経っても訪れなかった。代わりに舞い込んできたのは、彼が凛に心を動かしてしまったという、あまりにも残酷な現実だった。凛は私の視線を追い、台所で忙しそうにしている蓮に気づいた。そして声を落とし、私の耳元に顔を寄せて申し訳なさそうに謝った。「ごめんね、美月ちゃん。私のせいだよね。蓮、今になってもまだ記憶が戻らなくて……」私はうつむき、苦笑した。彼女は知らない。眠ったふりをしている人は、いつまで経っても起こせないのだ。「でも安心して。私がちゃんと見張ってるから、蓮が外で他の女の子に手を出したりなんて、絶対させないわ」私は「うん」と返事をしたが、胸の内は苦さでいっぱいだった。「ちょっと物を取りに戻ってきただけだから、すぐ出かけなきゃ」ちょうどそのとき、蓮が彼女に台所を手伝ってほしいと声をかけた。凛は待ってましたとばかりに口を開いた。「美月ちゃん、先に用事を済ませてきてね。帰ってきたら、ふっくら美味しい夕ご飯ができてるから」私はその場に立ち尽くしたまま、台所の凛が、ニンニクをむいた手を蓮の鼻先に近づけるのを見ていた。「ねえ、嗅いでみて。私の手、臭い?」蓮は甘やかすように彼女の指先に口づけし、笑って答えた。「臭くないよ。君はいつもいい匂いがする」二人は笑いながらじゃれ合っていた。まるで、本物の恋人同士のようだ。目の前の光景は、私が思い描いていた結婚後の
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第2話
凛が自分から口づけしたその光景は、まるで棘のように、私の心に突き刺さった。あの頃の彼女は、私に神様に誓って約束してくれていた。できる限り蓮と距離を置く、と。私の前では、蓮と顔を合わせることさえ、避けられるなら避けていた。それなのに、いつからだろう。今では、こんなにも自然に、自分から蓮に触れられるようになっていた。「心配してくれてるのは分かってるよ。この話はまた今度にしよう。今は外にいい部屋もなかなか見つからないし」蓮はすでに手を打っていたらしく、すぐに口を開いた。「先日、友人に頼んで部屋を見てもらったんだ。僕たちの家からも、美月の勤め先からも近いところだ」凛は仕方なく頷いた。「分かった。美月ちゃんが帰ってきたら、私から話すね」目頭が熱くなり、涙をこらえて、私はあたりを見回した。この、私が自分の手で少しずつ飾り上げてきた新居を、まじまじと見渡した。蓮が記憶を失ってから、私はこの家の主人から、ただの居候へと変わった。私の物はすべて、あの小さなゲストルームに追いやられた。たった半年で、凛は私が残した生活の痕跡を、すっかり塗り替えてしまっていた。そして今度は、蓮が荷物をまとめて出て行けと言っている。台所から漏れてくる笑い声が、耳に痛い。私は深く息を吸い込んだ。そして振り返らず、足音を忍ばせて家を出た。会社へは行かなかった。最後に残ったわずかな望みにすがるように、病院へ向かった。もしかしたら、あの投稿はそもそも蓮が書いたものではないのかもしれない。もしかしたら、彼はまだ記憶を取り戻していないのかもしれない。もしかしたら、凛に優しくしているのも、凛を私だと思い込んでいるからなのかもしれない。「神谷蓮さん?」医師の高木(たかぎ)先生は分厚いカルテの束から、ようやく彼の名前を見つけた。「3か月前に電話して、病院で再検査を受けるよう伝えたんです。そのとき、もう記憶は戻ったと言っていました。あの日はちょうど十五夜で、家族が揃う良い日に回復できて良かったですね、と私もお祝いしました」私は言葉を失った。十五夜、凛の両親が手作りの月見団子を届けに来た。蓮は自ら車を運転して駅まで迎えに行き、丁重に二人を家へ招き入れた。同じ日、私の両親も大荷物を抱えて京市へやって来ていた。なのに蓮は、二人
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第3話
エレベーターで下へ降りながら、私はこの3か月間の蓮の言動を思い返していた。今になって考えてみれば、彼の演技は本当に稚拙だった。ただ、私がずっと「記憶を失っているから」という言い訳で彼をかばっていただけだ。考え事に夢中になっていたせいで、うっかり隣にいた人につられて、産婦人科の階でエレベーターを降りてしまった。はっと気づいたときには、もうずいぶん歩いていた。引き返そうとした、まさにその時、私はここにいるはずのない人影を見てしまった。蓮だ。今頃、凛と家で一緒にご飯を作っているはずじゃないのか。無意識に診察室の前で足を止めると、ちょうど中の医師の声が聞こえてきた。「妊娠していますよ。8週目です。お子さんは、どうしますか?」凛が答えるより先に、後ろにいた蓮が、食い気味に答えた。「もちろん産みます」蓮は手にした超音波検査の結果報告書を握りしめ、待ちきれないというように手を伸ばし、凛をぎゅっと抱きしめた。「先生の話、聞いただろ?僕たちに子供ができたんだ!」彼はもう、これからのことまで考え始めていた。「まだお腹が目立たないうちに、先に籍を入れて結婚式を挙げよう。明日、僕の両親に電話して相談する。時間がないから、少し慌ただしくなるかもしれない。君には我慢させることもあると思う。でも安心して。君に必要なものは、何一つ欠けさせないから」蓮は入口に背を向けていた。しかし凛は、入口に立つ私とちょうど目が合ってしまった。無表情で立ち尽くす私を見て、彼女の顔から血の気が引いた。そして、蓮を勢いよく押しのけた。凛の視線を追って、蓮が振り返る。私の姿を目にした瞬間、その瞳に一瞬だけ、かすかな動揺が走った。「美月、仕事に行ったんじゃなかったのか?どうして産婦人科にいるんだ?」私は彼の問いには答えず、じっと凛を見つめたまま、知っていてなお尋ねた。「あなた、妊娠してるの?」凛は哀れにうつむき、私の顔を見られずにいた。蓮は眉をひそめ、彼女を庇うように前に立った。「僕たちは婚約者同士だ。ベッドで感情が高ぶって、避妊するのを忘れてしまうことだってある。妊娠するのは別におかしいことじゃないだろ」私は自嘲気味に笑った。それが彼に向けた言葉なのか、それとも自分自身に言い聞かせた言葉なのか、自分でも分からなかっ
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第4話
胸の奥を、まるで刃物で深くえぐり取られたようだ。ぽっかりと開いた傷口に、冷たい風が容赦なく吹き込んでくる。涙を彼に見られないように、私は顔を上げられなかった。声も、できる限り平静を装った。「考えすぎだよ。凛は私の親友なんだから、彼女の妊娠を喜ばないはずがないでしょ。どうして私が彼女を傷つけると思うの?」蓮の視線は、しばらく私に留まっていた。私が彼の記憶が戻ったことを知っているかどうかを、確かめているのかもしれない。やがて、彼の表情は少し和らいだ。「僕が言いたいのは、二人は親友なんだから、これからは君にも凛のことをいろいろ気にかけてほしいってことだ」私はもう何も言わなかった。しばらくすると、凛がアイスクリームを食べるのを口実に、私を台所からリビングへ呼び出した。何か言いたそうにしながら、目には涙を浮かべている。けれど私は、ただ淡々と尋ねる。「いつのこと?」彼女は申し訳なさそうな顔で、私の前で涙を流しながら訴える。「あの日、私と蓮は二人とも酔ってしまって。終わったあと、ちゃんとピルは飲んだの。でも、たぶん飲むのが遅かったのかもしれない。それなのに、まさか妊娠するなんて……」このこと、彼女は私に一切話していなかった。私はまるで馬鹿みたいに、蓮は記憶を失って人違いをした哀れな人だと思って、凛は私の一番の親友で、絶対に私を裏切るようなことはしないと信じていた。でも今になって、ようやく気づいた。すべては、私ひとりの身勝手な思い込みだったのだと。私の知らないところで、二人はとっくに一線を越えていたのだ。凛は突然、私の足元に跪き、自分の頬を叩いた。「私なんて、死んで償っても足りない。約束を破って、美月ちゃんを裏切った。一時の心の迷いで、取り返しのつかないことをしてしまったの。あなたが一言言ってくれれば、明日病院へ行って、この子を堕ろす!」「もういいよ」私の言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。「え……?今、なんて……?」私はスカートの裾を掴んでいた彼女の手を、そっと振りほどいた。「だって、この子には何の罪もないから」凛は目を大きく見開き、信じられない様子で私を見つめた。「じゃあ、どうするの?美月ちゃん、あなたはどうするのよ!」そのとき、蓮が料理を乗せた皿を手に台所
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第5話
まさか私がこんなにあっさり出て行くとは、蓮も思っていなかったらしい。去っていく私の背中を見つめ、その場で何分も呆然としていた。そして無意識に足を踏み出して、追いかけようとした。ところが、ソファに座っていた凛がふいに口を開いた。「こんな遅くに美月ちゃんに荷物をまとめて出て行かせるのは、やっぱり良くないわ。彼女、真っ暗なのが一番苦手なのよ。外はもう真っ暗だし……あなたが行って、連れ戻してきて。せめて、前に見つけてくれた賃貸の部屋まで送ってあげてもいいから。そうだ、行く前に家の塗り薬を出してきてくれる?膝がちょっと痛くて、薬を塗ったほうがいいかも」凛はズボンの裾をまくり上げ、青あざができた膝を見せた。蓮はすぐに足を止め、大股で彼女のそばへ歩み寄った。「膝がこんなに腫れてるのに、何も言わずに一人で我慢してたのか?あいつにあんなことをされても、まだあいつのことを気にかけてるなんて」蓮は怒りながら、指でぴんと凛の額を軽く弾いた。まるで、さっき私を追いかけようとしていたのが彼ではなかったかのように。凛は小さく言い訳した。「自分で足を滑らせただけだって、言ったでしょ。これくらいの怪我なら、もう慣れてるから」蓮は数秒の間を置いて言った。「慣れてる?前にも、あいつに陰で同じようなことをされてたのか?」凛はためらいながら頷いた。蓮は、呆れたように彼女を睨んだ。「本当に馬鹿だな。あいつに好き放題されて、それでも黙って耐えてたのか?いったい、あいつにどんな魔法をかけられたんだか。分かった。僕はもう行かない。彼女は手も足もある大人なんだから、外で迷子になるわけでもないだろ。ここでじっとしてろ。僕が薬を塗ってやる」凛は目を伏せ、自分の膝に薬を塗っている蓮の姿を見つめながら、小さく呟いた。「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」蓮は顔を上げ、彼女の額を指先でつついた。「バカだな。君は僕の彼女だ。君以外の誰に優しくするんだ?」「じゃあ、もし私があなたの彼女じゃなかったら?もし美月ちゃんがあなたの恋人だったら、彼女にも同じように優しくする?」蓮の手が空中で止まり、口元の笑みもわずかに消えた。「妊娠中なんだから、余計なことを考えるな。そんな話、ありもしないことだ」凛はどうし
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第6話
凛のラインもまとめてブロックしようとした、まさにその時、彼女から突然メッセージが届いた。【あの指輪の投稿は、蓮が無理やり私につけさせて投稿したの。でも約束する、蓮の記憶が戻ったら、私はすぐに消えるから。これから二度と現れない。あなたたちの生活を邪魔したりもしない。お願いだから、この子だけは許して。子どもには何の罪もないから】私は手を止めた。傷つけられた事実は、もう変えられない。失われたものも、取り戻せない。今さらそんなことを言われても、何の意味があるのか分からない。彼女が自分から手を差し出さなければ、指輪が勝手に彼女の指にはまるわけじゃない。自分で身を守る気さえあれば、子どもが勝手に彼女のお腹に宿るわけでもない。【あなたたち二人のことは、私には関係ない。今日から、私たちはもう友達じゃない。互いの連絡先、削除しましょう。蓮から、あなたをいじめただろって責めるメッセージが何度も来るのも、もう御免だから】メッセージを送ったあと、彼女からの返信を待つことなく、一方的に連絡先を削除した。私は大きく息を吐いた。ようやく胸につかえていたものが、少しだけ取れた気がした。それからは、新しく入った同僚と最後の引き継ぎに集中した。夕食を食べていると、母から突然、慌てた様子で電話がかかってきた。「美月、蓮くんと喧嘩でもしたの?彼がSNSに別の女の子にプロポーズしてる動画を載せてるのを見たんだけど?」母は少し間を置いてから続けた。「その子、前にあなたが連れてきて、私たちにも会わせた子よね。あなた、あの二人は一時的に恋人のふりをしてるだけだって言ってなかった?」私はようやく思い出した。昨夜、思い出せなかったあのことが何か。私は慌てて両親に説明した。「凛が妊娠したの。蓮の子よ。私と彼は、もう終わったわ」私は一度言葉を切り、さらに付け加えた。「それに、蓮はずっと前に記憶を取り戻してたの」母は賢い人だから、すぐにすべてを察した。「まさか、あの子がね……見た目は大人しくて、いい子そうだったのに。結局、あなたを裏切ったってわけね。まあ、これでよかったのよ。一度のことで、周りにいた恩知らずな二人の本性が分かったんだから。もう腹が立って仕方ない。今すぐ二人とも削除するわ」私は「
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第7話
昼間は暑すぎるというので、お客様の希望で、朝のうちに内見をすることになった。不動産の仲介業者も、もちろん付き合うつもりでいた。そのせいで早朝、蓮と凛の二人がまだベッドで眠っているというのに、何人かの人が私から預かった玄関の鍵を使って、家の中へ入ってきた。そして、家のあちこちを見て回り始めた。主寝室のドアを開ける物音で、蓮は目を覚ました。彼は目の前の光景を見て、すぐに凛の体を布団で隠すように包み込んだ。「朝っぱらから勝手に人の家に入り込むなんて、住居侵入だぞ!警察を呼ぶ!」不動産屋は、私の指示通り一歩も引かない。「小野様から弊社に売却のご依頼をいただいております。この家はすでに購入希望者が決まっています」蓮は冷笑し、ベッドサイドのスマホを手に取って、そのまま110番に電話をかけた。「今すぐ出て行け!妻が着替えをするんだ」不動産屋は鼻で笑っただけで、まったく動じなかった。そのまま買い手を連れて、ほかの部屋の内見へ向かった。ただ、目の前でこんな騒ぎに巻き込まれた購入希望の夫婦は、さすがに迷い始めた。すると不動産屋はすぐに胸を張って保証した。「ご予算内で、これほど内装の良い物件はありませんよ。そのままお荷物を運べば住めますから、リフォーム代もかかりません。今日、はっきり申し上げておきます。たとえ警察が来たとしても、お二人の購入手続きに支障はありません」夫婦は顔を見合わせ、結局残ることにした。警察が来たとき、場の空気は張り詰めていた。2組がリビングのソファの両端に座り、互いに1歩も譲らない。「通報したのはどなたですか?」蓮が立ち上がった。「この3人が早朝に僕の家に不法侵入し、僕と婚約者のプライバシーを著しく侵害しました」不動産屋も動じず、さっと不動産権利証と私の売却委任状を取り出した。「この家の所有者欄に書かれているのは、小野美月様お一人だけです。売却は全権委任を受けております。小野様の仰せでは、本日中にこの家から退去しない場合、家の中にある物はすべてこちらで処分して構わないと指示を受けています」警察は書類を確認し終えると、互いに顔を見合わせ、軽く頷いた。「神谷さん、何か言いたいことはありますか?」蓮はずっと黙ったままだった。「賃貸契約書を提示できないのであれば、彼の言う通
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第8話
「長い間、私の家を占拠してたんだから、家を取り戻すだけで済ませてあげたのは、私が寛大だったってことよ。それでも出ていきたくないなら、好きにすればいい。その時は、あなたたちの荷物を全部ゴミとして捨てさせるから。それから、あなたが借りた部屋は、凛と二人でゆっくり楽しんでちょうだい」彼はその場で呆然とし、声は少し掠れていた。「いつ、僕が記憶を取り戻したって知ったんだ?」「そんなこと、もうどうでもいい。記憶喪失のふりをして凛を選んだ、その瞬間から、私たちはもう終わってたの」そう言って私は電話を切り、電話番号をブラックリストに入れた。蓮はバルコニーに長いこと立っていた。リビングに戻ってきたときには、背中が丸まっていた。彼がずっと考えていた、どちらに転んでも自分が損をしない計画。それは今や、凛という一つの道を最後まで進むしかない状況に変わっていた。凛は、彼が私に電話していると分かると、いても立ってもいられずに駆け寄ってきた。「どうだった?美月ちゃん、売るのをやめてくれるって言った?」蓮はしばらく沈黙してから、小さな声で言った。「荷物をまとめよう」凛は腹立たしげだったが、どうすることもできず、荷造りを始めた。そんな彼女の不満そうな顔を見て、蓮はなだめるように言った。「安心しろ。賃貸は一時しのぎだ。結婚したら、ちゃんと新居も買う。赤ちゃんに、あちこち引っ越しばかりさせるわけにはいかないだろ」凛はようやく顔をほころばせ、深い愛情を込めて彼の手を握った。「私たち3人が一緒なら、どこに住んだって私は構わないよ」その言葉にすっかり機嫌をよくした蓮は、彼女を強く抱きしめた。「昔の僕は目が曇っていた。あんな心が狭くて意地の悪い人を好きになったんだな。これからは絶対に君を裏切らない」凛の顔が一瞬、強張った。そしてようやく気づいた。「記憶、取り戻してるの?じゃあ、あなた……」蓮は彼女の手をぎゅっと握りしめ、熱い告白をした。「数ヶ月前に戻ったんだ。君と離れたくなくて、ずっと黙ってたんだ」凛の顔に、一瞬の後ろめたさが走った。残念ながら、蓮は自分の世界に浸っていて、彼女の異常な表情にまったく気づかなかった。翌朝、私は売却代金を受け取った。蓮は結局、凛を連れて、あの日私のために借りた部屋
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第9話
母は物見高い性格だから、本当に電車に乗って結婚式を見に行った。そしてわざわざ動画を撮って、私に送ってきた。結婚式が半ばまで進んだ頃、見知らぬ男が突然壇上に上がり、司会者のマイクを奪い取った。「この結婚、俺は認めない」誰もその男を知らない。会場中の人々が、困惑したように顔を見合わせた。ただ一人、凛だけが顔面蒼白になり、顔を覆いながらこっそり蓮の後ろに隠れた。蓮は不機嫌そうに、私がわざわざ呼んで邪魔をさせた相手だと思い込んだ。すぐに警備員を呼んで追い出そうとした。ところが、男が次に放った言葉は、さらに衝撃的だった。「凛、お前の腹の中のガキを引き取ってやる男と結婚すれば、俺に何もできなくなると思ったか!俺こそが、その子の実の父親だ。大きくなったって、俺を『父さん』と呼ばなきゃならねえんだぞ」「なんだと?」蓮は怒りで、目を見開いた。男の嘲る声は、いっそう得意げに響いた。「何だ、何も知らないまま、あいつと結婚するって決めたのか?お前、寝取られ願望でもあるのか?他人の子どもの父親になるために、自分から飛び込んでくるなんてな!」凛は蓮の腕にしがみつき、小さな声で言い訳した。「私、彼なんて全然知らないの!蓮、お願い、私を信じて」そして話をすり替え、突然言い出した。「絶対、美月ちゃんがわざと連れてきた人よ。私たちの結婚式をめちゃくちゃにするために」私は以前、彼女がSNSにあの投稿をしたときから、どこか見覚えがある気がしていた。大量に残っていた過去のチャット履歴を何度も遡って、ようやく思い出した。蓮が事故に遭う前、凛も同じように、SNSで自分と恋人の交際を堂々と公表していたのだ。その後、蓮に何か気づかれるのを恐れて、その投稿を非公開にした。私はただ、あの不動産屋に「うっかり」彼女の結婚の知らせをあの男に漏らしてもらっただけ。彼女にやましいことがなければ、こんな騒動にはならなかったはずだ。男は冷笑した。「美月ちゃん?俺はそんな女は知らねえ。俺が知ってるのは、お前だけだ。それも、ただ知ってるだけじゃない。お前の太ももの内側にアザがあること、胸に赤いホクロがあることも知ってるんだぜ……」その言葉を聞いた蓮の母は、その場で怒りのあまり気を失った。会場は一瞬で大混乱に陥った。それでも蓮は、凛を
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第10話
「ほんと、ついてないわ」母はたちまち顔を曇らせ、すぐにドアを閉めようとした。蓮はとっさに足をドア枠へ差し込み、母が閉めるのを強引に阻んだ。「あの日の結婚式に、お母さんも来てましたよね。美月に頼まれて来たんでしょう?彼女は今どこにいるんです?一目でいいから会いたいんです」母は冷笑し、両手を腰に当てた。「招待状まで送りつけてきたんだから、そりゃ見物に行くでしょう。うちの娘は、あんたが呼べばすぐ来て、追い払えばすぐ消えるペットじゃないのよ。そんな暇があるなら、凛が身ごもってる、あんたの『息子』でも見に行けば?何しろ、老後の面倒を見てもらうつもりなんでしょう」母はこれまで彼に優しくて穏やかに接してきた。こんな口調で話しかけたことは、一度もなかった。蓮はその場でしばらく呆然とし、我に返れずにいた。母は嘲笑を漏らした。「まさか今さら、こんなことを言うつもりじゃないでしょうね?『記憶を失って人違いをしていただけで、本当に愛していたのはずっと美月でした』って。蓮くん、まさかうちの家族みんなが、あんたに好き勝手騙される馬鹿だとでも思ってるの?」蓮の顔に浮かんだ、図星を突かれたような後ろめたさが、すべてを物語っていた。母は腹立たしそうに目をむき、彼の肩を掴んで外へ押し出した。「帰りなさい!今すぐ、うちから出て行って!」二人が言い争っていると、買い物に出ていた父がちょうど帰ってきた。父は手にしていた袋を放り投げ、蓮の肩を掴んで、顔面に拳を振り下ろした。「このクソ野郎、よくも美月に会いに来たな!今日こそ、この恥知らずの裏切り者をぶっ飛ばしてやる!」蓮は抵抗せず、途切れ途切れに言った。「僕は、凛に騙されていたんです。ただ、美月に弁解する機会が欲しかっただけなんです」私は父が頭に血を上らせて、相手を大怪我させてしまうのではないかと本気で心配になった。慌てて口を挟んだ。「父さん、もうそのくらいでいいよ。管理人さんに頼んで、警備員に追い出してもらえばいいから。近所の人に見られて、笑いものになるのも嫌でしょう」何しろ、私が彼を家に連れてきたとき、近所の人たちにもかなり見られていた。父がようやく我に返った、そのときだった。蓮が突然、狂ったように手を伸ばし、母が持っていたスマホを奪い取
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