Share

第279話

Author: 風羽
夜、二人は子供を連れて白金御邸へと帰宅した。

正月の立都市はことのほか華やかで、街のあちこちが火樹銀花に彩られていた。

車内では、澄佳と澪安が興奮気味におしゃべりし、大人の二人は静かに外の灯火を眺めながら、それぞれの思いに沈んでいた。

京介はそっと舞の手を握った。

舞はそれを拒むことなく、そのまま寄り添っていた。

家に着いたとき、澄佳はすでに夢の中で、口元にはよだれが光っていた。

澪安もまた、眠りながら甘い寝言を洩らしていた。

京介は、子どもたちを一人ずつ抱いて階段を上がっていく。

舞は疲れたろうと運転手に手伝わせようとしたが、京介が首を振った。

「すぐに大きくなって、もう抱けなくなる。今のうちに、いっぱい抱いておきたいんだ」

その言葉に、舞は小さく微笑み、それ以上何も言わなかった。

夜が更け、京介は子どもたちを抱きかかえて寝室へと運んだ。

淡い照明が彼の横顔を照らし、その表情には限りない慈しみと切なさが滲んでいた。

彼はそっと、何度も子どもたちの頬に口づけを落とした。

——あと、何回抱きしめられるだろう。あと、何度名前を呼べるだろう。

澄佳は背が伸びていた。

澪安もずっしりと重くなった。

愛情に包まれ、二人の子どもたちは静かに、たくましく成長していく。

ただ——この先、自分がいなくなったら。澄佳は夜泣きするだろうか。澪安は目覚めて「パパは?」と探すのだろうか。

ベッドの傍で、京介は長く彼らを見つめ、名残惜しそうにその場を離れられずにいた。

足音が聞こえて初めて、彼はふっと表情を緩めて舞を見た。

「もう待ちきれない?プレゼントが欲しいんだろ?」

京介が用意した新年の贈り物は、二つあった。

一つは、高級ジュエリー。【幻夜】と名付けられたエメラルドのセット。

二百億円の価値があるそれは、多くの女性が夢見る至高の一品だった。

舞も女である以上、その価値の高さは見逃せなかった。

だが、母になった今、それを身に着ける場面は少ない。結局、ジュエリーは厳重な金庫にしまわれた。

「この原石、俺が自分で選んだんだ。三ヶ月かけて仕上げた。お前が着けたら、絶対に誰よりも輝くと思ったから」

クローゼットの鏡に映るふたりの姿を見つめながら、京介が低く呟いた。

舞は無言で金庫の鍵を閉めると、そのまま寝室へ戻ろうとした。

だがその瞬間、
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 私が去った後のクズ男の末路   第303話

    澄佳「うち……もうお金持ちだよ」澪安は小さな顔を真っ赤にして、「じゃあ、ぼくがお医者さんになる!」澄佳はしばらく黙ってから、小さな声で言った。「……ママがね、そういうことは全部やるって。私たちは元気に、大きくなって幸せに育てばいいんだって」横で聞いていた山田は、胸の奥が熱くなり、思わず目元をぬぐった。——奥様は、本当に子どもたちをよく育てている。京介の病のせいで、家の中はずっと重苦しい空気に包まれていた。それでも、今日は大晦日。夜になって、輝は何束かの線香花火を買って帰ってきた。暮れなずむ庭に、黒いワゴンが滑り込む。輝は京介の従兄で、背丈も顔立ちもよく似ている。澄佳は一瞬、目を見間違え、駆け寄って抱きついた。「パパ!」輝はあえて否定しなかった。少しでも喜ばせてやりたかったのだ。自分にも娘がいる——赤坂瑠璃が産んだ茉莉。だが、会える機会はほとんどない。あの女の心は氷のように冷たい。しばらくして、澄佳は間違いに気づいた。目が赤くなり、恥ずかしそうに「伯父さん……」とつぶやいた。輝は澪安を抱き上げ、ふたりの子どもを両腕に収めた。「さあ、伯父さんが花火で遊ばせてやる。今年は新しい色が出たんだ。すっごくきれいだぞ!」澄佳は首をかしげ、小さく尋ねた。「伯父さん、線香花火って……お願いごとできる?」輝は笑って答えた。「もちろんできるさ」やがて、周防祖父の書斎の前にたどり着き、輝は中に向かって声をかけた。「おじいちゃん、これから花火をやるよ!」——もし祖父が生きていたら、きっと大きな袋いっぱいの花火を持たせてくれただろう。輝は思った。祖父は一番のご利益持ちだ。あの人の前で、子どもたちに願いごとをさせたい。京介はまだ若い。こんな悪い男を、神様だってそう簡単には連れて行くまい——線香花火の光が、小さな夜空を照らす。……その頃、ひとりの長身の影がバルコニーに立ち、寂しげに夜を見下ろしていた。山田がやってきて、ゆったりとしたダウンコートを肩に掛ける。「外は冷えますよ。中に入って、年越しそばを食べましょう。今日は大晦日です」京介は動かず、顔を同じ方向に向けたままつぶやいた。「……硫黄の匂いがする。子どもたちが線香花火で遊んでるのか?」山田は笑った。「さす

  • 私が去った後のクズ男の末路   第302話

    周防夫人はそっと涙をぬぐった——本当に一番つらいのは、自分ではなく舞なのだと、周防夫人は胸の奥で悔やんでいた。……夜が更けた。ふたりが同じ布団で眠る、最後の晩。京介は舞を待たず、ひとりで眠りについた。どんな夢を見ているのか、舞には分からない。けれど——その寝顔がやわらかく穏やかだったから、夢の中にはきっと痛みはないのだと思った。彼の荷物をまとめる。着慣れた服のほかにはほとんど何もない。見えず、覚えてもいない彼にとって、物や名誉は何の意味も持たないのだ。最後に、舞は願乃のぬいぐるみ——まだ赤子のミルクの匂いが残る、淡いピンクのウサギをひとつ、スーツケースに忍ばせた。「これを京介の枕元に置いてあげて」そう山田に頼む。京介が願乃をとても気に入っていることを、舞は知っていた。深夜、澄佳と澪安がやってきた。ふたりとも、父が病気で実家に戻って療養することを理解しているのか、とても静かにベッドのそばで見つめている。澪安の目は涙でいっぱいだった。澄佳も小さな顔を枕に寄せ、沈んだ表情をしていた。舞はそっと二人の頭を撫でた。「お父さんに会いたくなったら、おばあちゃんの家に行ってね。でも静かに、起こさないように」澄佳は大きくうなずいた。「私と澪安、分かってる」澪安が顔を上げた。「ママ……パパと一緒に寝てもいい?」舞は鼻の奥がつんと痛み、声が震えそうになるのをこらえた。「もちろんよ」子どもたちの前で崩れた顔を見せまいと、背を向けて気持ちを整え、二人のコートを脱がせて一人ずつ抱き上げ、大きなベッドに寝かせた。澄佳は兄に場所を譲り、澪安は父の胸にすっぽりと身を丸めた。——そう、物心つく前から、いつもこうして父の腕の中で眠ってきたのだ。澪安は心臓の鼓動を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。澄佳は後ろから兄を抱きしめた。夜は水のように冷たく、小さなナイトランプの灯りが家族を包み込む。五人揃った静かな夜。願乃が目を覚まし、かすかに泣き声を上げた。舞は赤子を抱き寄せ、やさしく背を叩く。ミルクを作って飲ませると、すぐにすやすやと眠りに落ちた。舞は小さな頬に顔を寄せ、胸が締めつけられる。——京介と共に過ごした、数え切れぬ喜びと悲しみ。まだ「許す」と言えていないのに……ど

  • 私が去った後のクズ男の末路   第301話

    京介は、しばらく手探りをしていたが、指先に温かなものが触れた。……泣いている?舞は彼の指先をそっとつかみ、もう一度、やわらかく問いかけた。「……気を遣っているの、そんなに辛い?」京介は静かに目を閉じ、ひと呼吸おいてから、思案するように口を開いた。「見えなくて、記憶もない人間の世界は……荒れ果てていて、時には恐怖すら伴う。明日がどうなるか分からないからだ。何もできず、毎日決まった時間に食事をして、眠る——それが全部のような気がする。だから、いっそ闇の中に横たわっていたほうがいい。安心できるし、心地もいいから。でも分かっている。昔の俺はこんなんじゃなかった。きっと、もっと魅力的だったはずだ。じゃなきゃ、お前が俺と結婚なんてしなかっただろう」……やがて、男はゆっくりと瞼を開けた。「今は……少し疲れている。あとどれくらい生きられるのかも分からない」底知れぬ深淵のような瞳。舞はそのまぶたにそっと触れ、わずかに震える指先を止められずにいた。しばしの間を置いてから、彼女はゆっくりと顔を彼の胸元へと埋め、心音に耳を傾ける。京介は拒むことなく、一枚の掌を静かに彼女の背へ添えた。それは、声なき慰めのようだった。彼はもう覚えてはいない。それでも——彼女を労わってくれている。舞は思った。半年前、京介が下したあの決断はきっとこの日を迎えないためだったのだ。彼はずっと誇り高い人だった。舞はそっと顔を横に向け、窓の外の落葉したガジュマルを眺めた。枝は裸同然だが、二ヶ月もすれば青葉が茂り、濃い緑の陰を落とすだろう。そして——ふいに心を決めた。「京介……私は、もっとあなたの声を聞くべきだった。これからは、知らない女と寝る必要もないし、無理に愛し合うこともない。好きなことをしていい。起きているときにぼんやりしても、眠りたいときに眠っても構わない。でも、あまり遠くには行かないで。私が会いに行ける距離にいて……子どもたちも、あなたに会えるようにしてほしい」彼女の脳裏には、いくつかの場所がよぎった。昔暮らしていたアパート……あるいは、白金御邸の隣に別荘を買うことも考えた。けれど最終的に、舞は小さくつぶやいた。「京介……家に帰ろう」周防家の邸宅——そこが、彼にとって一番いい場所だった。京

  • 私が去った後のクズ男の末路   第300話

    まもなく、ドアの外から使用人の声がした。「奥様、周防夫人がスーツケースを持ってお見えです」——やはり来たか。舞は予想していた。淡々と返した。「わかった。すぐに降りるわ」彼女は京介の腕の中からそっと抜け出し、優しく声をかけた。「顔を洗って、朝ごはんを食べましょ」舞は京介を洗面所へ連れていき、自ら歯磨き粉を出し、タオルを絞って差し出す。彼の顎には、青く短い無精ひげが生えていた。舞はシェーバーを取り出し、丁寧に剃ってやる。最後に温かいタオルでそっと拭き取ったところで、手首を軽く掴まれた。京介の声が静かに落ちる。「……そこまでしなくてもいい。別々に寝たほうがいいかもな」舞は顔を上げた。「……気を遣ってるの?」京介はしばらく黙ってから、低く答えた。「……そうじゃない。ただ……どこか、まだ馴染めない」朝のこと——身体が反応していた。だが、彼はそれを抑え込んだ。彼は知っていた——妻は仕事のできる女で、容姿も体つきも一流だ。それでも、どうしても本能のままに彼女を抱くことはできなかった。心の奥底では、ある女性を愛している——そんな感覚があった。それが妻なのかどうか、彼自身にもわからなかった。愛がなければ、たとえ身体が衝動に駆られても、彼は彼女を抱こうとはしなかった。舞は、彼の手をそっと包み込んだ。「……時間が経てば、慣れるわ」京介の瞳は、深い闇のように沈んでいた。……その朝、京介は一階には降りず、リビングで朝食をとった。澄佳と澪安は、すでに学校が冬休みに入っていたが、早起きして父に付き添っていた。願乃の面倒は使用人が見てくれていた。一方、舞はゆっくりと一階へ降りる。キッチンでは周防夫人が料理に奮闘していた。元はといえば、上流階級の暮らししか知らない彼女。朝食を作るつもりが、もう少しでキッチンを火事にしそうになった。舞の姿を見て、周防夫人は気まずそうに言った。「……良かれと思って、やっただけよ」——断られるのが、怖かった。けれど、舞の言葉はあっさりしていた。「住みたいなら、どうぞ」周防夫人の目に涙が浮かんだ。「舞……必ず京介と子どもたちの面倒をしっかり見るわ。あなたの足を引っ張るようなことは絶対にしない。あなたは外のことに集中して。家の

  • 私が去った後のクズ男の末路   第299話

    舞はベビーベッドに手を添え、願乃の安らかな寝顔を見つめながら、低く呟いた。「この子も澄佳と同じ。パパ似だね。澪安だけ、私に似てる」そう言い終えたとき、彼女の瞳にはほのかな涙が滲んでいた。夜はさらに深く、静けさに包まれていた。舞は入浴を済ませ、軽くスキンケアをしたあと、寝室に戻った。部屋の灯りは読書灯ひとつだけ。ベッドの上では、白いシャツを着た京介が枕元にもたれて座っていた。ベビーベッドは、彼の手が届く距離まで不思議と近づいていた。——京介は、何も言わないけれど、願乃のことがとても気になるのだと、舞にはわかっていた。舞は布団をめくり、温かい寝床に身を滑り込ませる。男の体温でぽかぽかと熱くなっていて、彼女はそっと彼の腰に頭を預けた。何も言わず、ただその胸によりかかる。男女の髪が絡まり合い、静かな夜がそこにあった。どれほど強い女でも——長い不安と疲労を癒やしてくれる時間はきっと必要なのだ。それに、舞の中ではまだ不安が渦巻いていた。京介の病は治るのだろうか。玉置先生に会えるまで、安心などできるはずがなかった。沈黙の中、京介が口を開いた。「……俺たち、昔は仲良かったのか?」舞はそっと微笑んだ。「うん、すごく。仲が良くなきゃ、三人も子どもはできないでしょ?」京介の瞳が、ふっと暗く沈んだ。しばらくの沈黙のあと、彼は手探りで舞の肌に触れ、低い声で尋ねた。「……どうして願乃に母乳をあげない?」舞は彼の手首を掴んだが、彼は手を引かず、どこか固執したような表情を見せた。舞は目を閉じて、小さく呟いた。「……忙しすぎるのよ」——その直後、彼女の視界が反転した。京介が覆いかぶさってきたのだ。薄手のシルクのナイトウェアでは、肌の温もりを隠せない。彼はその漆黒の瞳で彼女をじっと見つめた。それから——何の情も交えず、自分の「所有物」を確認するように、彼女の体の隅々を触れていった。まるで、医者の検査のように冷静に。そして最後に、彼の高く通った鼻先が舞の頬に触れ、静かに香りを吸い込んだ。「……何してるの、京介」舞は低く問いかけた。彼は黙って彼女を見つめ、そして、そっと身を引いて隣に横たわった。舞の胸は、早鐘のように高鳴っていた。——もしかして、京介は、私に失望したのだろうか

  • 私が去った後のクズ男の末路   第298話

    宴が終わり、周防夫人は車に揺られて帰宅した。家に入るなり、クラッチバッグをソファへ放り投げ、魂の抜けたような顔で座り込んだ。その様子に気づいた寛の妻が心配そうに声をかけた。「お義姉さん、どうなさったの?」周防夫人は彼女を見て、それから寛と礼兄弟の顔を交互に見つめた。そして突然、ソファの肘掛けに身を伏せ、わっと泣き出した。「今夜は……舞を助けようと思ってたのに、結局、私が助けられてしまったの。社交の場で、あんな目に遭うなんて……今さらだけど、彼女がどれだけ大変な思いをしていたのか、わかった気がする……私、もっと早く、ちゃんと向き合っていればよかった……」寛の妻は、そっと寄り添い、優しく慰める。礼は鼻で笑った。「やっと、わかったのか?昔、あれだけ言っても聞かなかったくせに。もしあのとき——」責めるような言葉が出かけたが彼は飲み込んだ。……今さら、何を言っても無駄だ。周防夫人もまた、自責の念でいっぱいだった。「伊野祖母の体調も良くないし、舞の母も身動きが取れない。いま彼女には、信頼できる誰かが必要なのよ。礼、今からでも私、引っ越して彼らと暮らすわ。京介の世話もしたいし、子どもたちの面倒も見たい」礼は冷静に返した。「舞は、あなたに心を開いてないだろう」周防夫人の頬に涙が伝う。「それでもいいの。頭を下げてでも、そばにいたいの」周防家の面々は、その姿に目を見張った。——まるで、別人のようだった。……夜の白金御邸。京介は、記憶も視力も失っていたが、頭の冴えは相変わらずだった。たった一日で、主寝室の構造をおおよそ把握し、手探りながらも慎重に歩けるようになっていた。小さな願乃のベビーベッドは、主寝室に置かれている。夜は母と一緒に眠るのが習慣だ。使用人はミルクを作りに行っていた。冬の夜、赤ん坊の身体から漂うミルクの香りは、優しく人の心を和ませる。お腹が空いたのか、願乃は「んーんー」と甘えた声を出していた。たまらなく愛らしい。京介にはその姿は見えない。けれど、聴覚と嗅覚が研ぎ澄まされている彼は、すぐに気づいて起き上がった。音のする方へ手を伸ばし、ベッドの縁に触れる。騒いでいた願乃は、好奇心いっぱいの黒い瞳で、上から覗き込む父の気配を感じ取った。嬉しかったのだろう。彼

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status