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私が貴方を死なせません!
私が貴方を死なせません!
Author: まつなが しろ

回想:前世と今世の記憶

last update publish date: 2026-10-06 00:27:15

 私がその景色を忘れることはないだろう。

 うなされるほど夢に見た、彼が死するその瞬間を。

「ルカぁっ!!」

 今まさにその光景が目の前で起きようとしている。ミノタウロスの大斧が彼の前で振り上げられ、彼の後ろには少女が一人庇われていた。

 彼がいかに優れた魔法騎士であったとしても、少女を庇ったままでは得意の風魔法を使う余力なんてないだろう。

 だから私は叫んで、そのままミノタウロスと彼の合間に滑り込み、持っている盾で斧の切先を受け止めた。

 この瞬間のために私は生きてきたんだから、受け止めた斧の重さと勢いで折れた腕なんてなんでもない。

 確かに耳に響いた骨の折れる音と泣き叫びたいくらいの強い痛みを感じながら、それでも私は彼を護り続ける。

 たとえこの目で今まさに、走馬灯が映っていても。

 ********

「お父様、私を勘当してくださいな!」

 片田舎のカリスと呼ばれる領地から首都であるラザニーのタウンハウスに越してきたその日、幼い私は家に帰るなり家族が揃う居間でそう言い放つ。

「な…何を言い出すイザベラ!」

 しかし当然お父様は怒って私にそう返した。それもそうだろう、たった六歳の令嬢がいきなり親に向かって「勘当してくれ」だなんて、私が親でも卒倒しかねない。

 だけど私はその反応を承知でこの話を切り出した。何故なら私はあることをきっかけに自分の“前世”というものを思い出したからだ。

 ****

 それはつい十五分程度前のこと。私は家族と共に引っ越してきたタウンハウスでやることもなく暇を持て余し、こっそりと引越し作業を進めるタウンハウスを抜け出して散歩をしていた。

 しかし六歳児が早々帰り道など覚えていられるはずもなく、案の定帰り道がわからず彷徨ってしまったのである。

 半べそをかきながら通りを彷徨っていると、何やら立ち止まっている人間を見かけた。相手はどうやら道に迷っているというわけでもなさそうだったので、何か知ってるんじゃないかとその時の私は思っただけ。

「あの…」

 そう小さく声を相手にかけた時、振り返った彼の姿を見て私の脳は弾けたように前世の記憶を解き放つ。

 確かに、声をかける人間は本能的に危なそうでない人間を選んだつもりではあった。本当にただ帰り道を知りたかっただけで、それ以上に何か意図があったわけじゃない。

 でも目の前にいたのは、私が前世の人生で最も推していたキャラ——『神託の剣』というタイトルの少年漫画に出てくる脇キャラ、ルカ・キャリントンその人だった。

 私の前世は、転生ものにありがちな日本のあるブラック企業に勤める限界営業課の事務担当だったけど、まさか本当に転生するなんて。

 転生前の名前は片桐《かたぎり》|瀬名《せな》。そして滅多にない休みをようやく手に入れたある日、私は公園から飛び出した子供をトラックから護ろうとして背中に衝撃が走ったところまでは…一応思い出せる。

 その時私は死んだのだろうと思うと、せめて助けた子が生きていることは祈りつつ…問題は目の前に居る本編よりまだ幾分か若い推しのこと。

 週刊発売の雑誌で連載されていた『神託の剣』は、文字通り国に仕える聖女であるヒロインが神託を受けて主人公である勇者を探し出し、魔族の侵攻を抑えるため仲間と共に魔王の住まう城を目指す…という物語。なんとも触りはありきたりだけど起伏の差がうまく面白い漫画だった。

 そしてその中で私の推しであるルカ・キャリントンは、王国騎士団団長…の弟で副団長というなんとも地味な立場。しかし作中ではその冴えた頭脳を発揮させ、旅に出ている勇者パーティの一人と深い間柄であることもあり出番が少ないわけではなかった。

 そう、あの時までは。

「どうした、迷子か?」

「!」

 自分から声をかけたというのに、彼が振り返ったその衝撃で固まってしまっていたことに気づく。

 作中では確か二十七歳だけど、いまイザベラの体は六歳だから、ざっくり計算して今は本編の十年くらい前か…そうなると相手はまだ高校生くらいなんだな。

 それでも、長く目にかかったプラチナブロンドの前髪とその奥にある細く垂れた目元で光る新緑の瞳は変わらない。

 相変わらず生きてるだけで綺麗な人だな…と思っていると目の前のルカ…さんが私と視線を合わせるようにしゃがんでくれる。

「見かけない顔だな…名前は?」

「い、イザベラ・アンブローズです…」

「アンブローズ? あぁ、確かこのあたりに越してくると申請があったな。家がわからないのか?」

「はい…」

 視線が同じ高さになった分、さっきよりも近くで彼の前髪の奥にある新緑の瞳がちらちらと視界に入ってしまって、いやでも心臓が大きく音を立ててしまう。

 あぁ、すごい…と確かに思ってしまった。目の前の存在が直感的に“コスプレじゃない”ってわかってしまうと心が弾むほど感動してしまう。

 だけど、

「家まで送ろう。あのあたりは少し裏に入っていく道を使うから、子供だけでは危険だ」

「え、そんな…」

「気にしなくていい。あぁ…自己紹介がまだだったな、僕はルカ・キャリントンと言う。この辺りを見回っている騎士だ」

「ルカ…さん」

 改めて彼の名前を聞いて、私は少し絶望した。記憶が蘇ったその瞬間から、今見ているこれが夢であったらとか、彼が他人の空似だったらいいのにとか、そんなことを心のどこかで考えてしまっていたから。

「じゃあ行こう。今頃ご両親も探しているだろうから」

「…ありがとうございます」

 それなのに私は、差し出された彼の手を取ってしまった。固くて力強くて、剣のタコのようなゴツゴツがたくさんついた彼の手を。

 だけど私は、イザベラ・アンブローズは勇者たちの冒険を妨害する悪役令嬢であることを。

 そして彼は、作中半ばである少女を護って死んでしまうのだと…私は知っている。

 なら私は、どうしてこの記憶を取り戻したのだろう。

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