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貴方と出会って一年経って(2)

last update publish date: 2026-10-06 00:38:11

「すぅ…は…ぁ…」

 心を無にするようなイメージで何度か深呼吸を繰り返す。それと同時に両手を胸の前に構えた。

「…」

 静かに目を開けて数秒、掌の前にゆらりと拳大の炎が浮かぶ。そのまま私は人の顔程度までそれを大きくしてから、何事もなかったかのように炎を消した。

「よし…」

 今日も基礎は順調なようだ、と次は右腕を眼前に伸ばす。

 今私の魂が入っている体の本来の持ち主であるイザベラ・アンブローズは、『神託の剣』内でも高い人気を誇る悪役令嬢だ。

 イザベラは勇者として城にやってきたケントに一目惚れし、彼と仲のいいヒロインである聖女エルシィを妬んで何かと横恋慕や嫌がらせをしてくるキャラクターでもある。

 しかし同時に彼女は上級魔法まで易々と使えてしまう炎魔法の天才で、敵に回ってしまうには厄介なキャラクターだ。

 アンブローズ家というのが元々魔法に強いようで、炎、水、土、雷、風の五元素の中でも炎魔法に特化した血脈らしい。お父様が教えてくれた。

 とはいえお兄様は炎だけでなく雷と風も若干使えるのでそれはそれで羨ましい。魔法の属性は先天的な才能に依存するらしく、イザベラは炎の素養しか持っていない。

 まぁだからこそ炎魔法であれば極めれると漫画の中の彼女を信じてこうして練習を重ねている。

「『火蜥蜴招来《コール・サラマンダー》』…」

 伸ばした手の向こうを見つめて一つ呟く。すると目の前に炎の輪が現れ、その内側から炎の体を持つオオトカゲが現れた。

 のそり、と現れたそれは私の方を見て指示を待っている。『火蜥蜴招来《コール・サラマンダー》』は文字通りサラマンダーと呼ばれる炎のオオトカゲを召喚する魔法。炎の精霊の一種であるサラマンダーを召喚し、一時的に使役することができる。

 とは言え私はまだ無詠唱でこの魔法を使えない。詠唱破棄はできるとはいえ戦に使うなら魔法名の詠唱すらしてる暇はないんだけどな。

「サラマンダー」

 私が召喚したサラマンダーに声をかけると、相手は小さく反応を示す。なので私は用意した的に向かって指を差しサラマンダーの視線を誘導して、

「アタック」

 そのまま攻撃の指示を出した。するとサラマンダーは反射的に三発の火球を作り出し正確に的に当てる。当然木でできた的は燃え上がり、地面に崩れ落ちた。

 とは言え下は土なので後で水でもかけておけば問題ない。

「オッケー、ありがと」

 そう言って私は懐から一枚のクッキーを取り出してサラマンダーに手渡す。するとサラマンダーは嬉しそうに目を細めてクッキーを受け取り消えていった。

 基本的に精霊との契約には対価が伴う。でも一時契約から生涯契約にもできたりと幅は広い。

 対価は食べ物とか相手の好きなものであることが多く、お菓子で対価を払える子が来てくれると正直助かっている。お菓子は作ればいいしね…。

 精霊を元の世界に帰すための合図として対価を与えることが多いけど、もし対価を払う前に何かで精霊が帰ってしまったら、そのために召喚し直すのがルールだと教えられた。

「安定しないな、中級でも無詠唱とはいかないなんて」

 現状の己の実力に悔しさを強く感じる。

 魔法には基本的に呪文の詠唱、詠唱を破棄して名前のみで発動、完全な無詠唱の三段階が存在していて、当然どんな魔法だって無詠唱が好ましい。

 でも私は中級魔法すら無詠唱で出すことができず、悔しさでギリ、と奥歯が鳴った。

 鍛錬を始めて一年で結果を焦るのはよくないとわかっていても、こんなことではと思ってしまう。

「こんなんじゃ足りない、足りないよ…」

 こぼれ落ちた言葉にも焦りは感じている。焦ったらよくないとわかっているのに、それなのに死ぬ気で握りしめた拳から血の一つも出ないことすら悔しかった。

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