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第92話

作者: Hayama
last update 最終更新日: 2026-01-23 17:00:00

あれから、お義母様が来ることはなかった。

その静けさは、むしろ不気味だった。

あの人が何もしてこないはずがない。

そう思っていたからこそ、何も起きない日々が続くほどに、私は逆に落ち着かなくなっていった。

何かが迫っている気配だけが、背後にずっと張りついていた。

けれど、湊さんは変わらず穏やかだった。

私の不安に気づいているのかいないのか、いつも通りに笑ってくれる。

そして何も起きないまま、パーティーの前日を迎えることになった。

「…ふぅ、」

クローゼットの前で、ひとつ息を吐く。

胸の奥に溜まっていたものを、そっと外に逃がすように。

それでも、心のざわめきは消えなかった。

ゆっくりと手を伸ばし、取っ手に触れる。

冷たい金属の感触が、指先にじんわりと伝わってくる。

扉をそっと開けると、上の奥の方に隠しておいた箱がある。

手を伸ばして取り出すと、指先にうっすらと埃がついた。

私はそれを軽く払って、箱の蓋に手をかける。

中には、淡いピンクのドレス。

柔らかなチュールに、繊細なレース、胸元にあしらわれた小さな花の刺繍。

どれも、あのときの私が選んだものだった。

初めてのパーティー。

湊さんの隣に立つ自分を想像して、鏡の前で何度も合わせてみた。

少し背伸びした色だったけど、それでも、着てみたかった。

けれど、あの夜…

私はこのドレスに袖を通すことなく、ただ箱の中に戻すしかなかった。

私が、湊さんに見合う人間だったら、このドレスを着て、笑えていたのだろうか。

それ以来、このドレスは箱の中でずっと眠っていた。

まるで、私の期待や喜びごと、封じ込められていたかのように。
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