ANMELDEN私は灯里(ともり)、お母さんに連れられて、心理検査を受けに行った。 質問票に記入していて、私が「よく悲しい気持ちになる」にチェックを入れた途端、お母さんは手を伸ばし、すぐにチェックを消した。 「何を悲しむことがあるの?家で不自由なんてさせてないでしょう?」 私が「人と話すのが怖い」を選ぶと、お母さんはまた眉をひそめた。 「小さい頃はあんなに明るかったじゃない。適当なことを書かないで」 私は言い返さなかった。 お母さんが悲しくないと言うなら、私は「まったくない」に直した。 お母さんがよく眠れていると言うなら、私は「よく眠れない」を消した。 1枚の質問票を書き終える頃には、ほとんどすべての答えをお母さんの望むとおりに選び直していた。 お母さんはそれを二度見返し、満足そうにうなずいた。 「そう、それでいいの。適当なことを書いちゃ駄目でしょう?もし間違った結果が出て、病気でもないのに病気だと判定されたらどうするの?」 結局、検査結果は「正常範囲」だった。 お母さんはようやくほっとした。 帰り道、私はずっと袖口の下に隠れた傷痕をなぞっていた。 鼓動だけがやけにはっきり聞こえるのに、目の前の世界はぼやけ、遠ざかっていった。 最後には、ただ真っ白な空白だけが残った。音もなく、何もなかった。
Mehr anzeigen私の葬儀は3日後に行われた。お母さんは、用意していた白いワンピースを私に着せなかった。それは、お母さんが一番気に入っていたデザインだった。以前、親戚の家へ行くたびに、お母さんはいつも私にそれを着るように言った。女の子はきれいな格好で、おとなしくしていなさい。男の子のような服ばかり着てはいけないと言った。今度は、クローゼットの一番下から、私が一番好きだった黒いパーカーを取り出した。その服は大きすぎるからと、お母さんはずっと着るのを許してくれなかった。「元気がないように見えるし、周りにお母さんが服を買ってあげていないと思われるでしょ」今、お母さんはそれを胸に抱き、泣きながら係の人に言った。「これを着せてください。この子が好きな服だから」お母さんが私の代わりに決めなかったのは、これが初めてだった。葬儀会場には大勢の人が来た。叔母さん、叔父さん、担任、それから教室で私を「メンヘラちゃん」と呼んでいたクラスメートたち。みんな遺影の前に立ってうつむき、誰もお母さんを見ようとしなかった。担任が紙の束を持ってきた。「クラスのみんなが灯里さんに書いた手紙です」お母さんは受け取らなかった。「この子が生きていたときに、どうして書かなかったんですか?」担任の顔から血の気が引いた。「ここまで深刻だとは、私たちも思わなかったんです」「この子は試験中に吐いたんです」お母さんは担任を見つめた。「みんなの前で苦しいと言ったのに、あとどれほど深刻な状態を見せれば、あなたたちは信じたんですか?」担任は何度か唇を動かし、最後に「すみません」とだけ言った。数人の男子生徒が保護者に連れられてきた。そのうちの一人は泣きながら、ただの冗談で、本当に私に死んでほしかったわけではないと言った。お母さんは長いあいだ、その子を見つめた。以前、お母さんも同じことを言っていた。お母さんは少し叱っただけ。お母さんは傷つけようとしたわけじゃない。どうしてそんなに弱いの?お母さんは子どもたちを叱らず、謝罪の手紙の束を押し返した。「もう、灯里には読めないんです」手紙が1通、床に落ちた。表には私の名前が書かれていた。私はそばに立ったまま、拾わなかった。生きていた頃、私はずっと謝罪の言葉を待っていた。
お母さんは私の手を離そうとしなかった。看護師が私を霊安室へ移すよう促しても、お母さんはベッドの前に立ちはだかって動かなかった。「この子は寒がりなの。あんなところへ連れていかないで。眠っているだけ。もう少し話しかければ、目を覚ますから」お父さんが抱きしめようとすると、お母さんは力いっぱい突き放した。「あなたにも責任がある!部屋のドアを外させたとき、どうして止めなかったの?グループLINEでみんなが灯里を大げさだと責めたとき、どうしてあなたまで同じことを言ったの?」お父さんはうつむき、涙を床に落とした。「あのとき、君は全部子どものためだと言った」お母さんは固まった。その言葉を、お母さんは何度も口にしてきた。それまで、その言葉は盾のようだった。私がどれだけ抵抗しても、お母さんはその後ろに隠れ、自分が間違っているとは決して思わなかった。今、その盾はお父さんからそっくりそのまま返され、初めてお母さん自身に突き刺さった。「子どものため……」お母さんはうつむき、青白い私の顔を見た。「それなのに、どうして灯里は死んだの?」誰も答えなかった。叔母さんと叔父さんが病院へ駆けつけた。叔母さんはお母さんを見るなり、目を赤くして抱きしめた。「お姉ちゃんのせいじゃないよ。灯里のためにあれだけ尽くしたんだから。灯里が自分で思いつめただけだよ。あんなことをするなんて、誰にも分からなかったでしょ?」お母さんはゆっくり顔を上げた。私はその表情をよく知っていた。以前なら、誰かに悪くないと言われるたび、お母さんは涙を拭い、また背筋を伸ばしていた。けれど、今度は叔母さんを押しのけた。「灯里が勝手に思いつめたんじゃない。私が話すことを許さなかったの」叔母さんは一瞬、言葉を失った。「お姉ちゃんだって、灯里が考え込んでもっとひどくなるのが怖かっただけでしょ」「私が灯里の質問票を書き換えたの」お母さんの声はかすかだった。「あの子が『悲しい』を選ぶと、私が消した。『不眠』を選んでも、消した。灯里は何度も私に訴えていたのに、一度も信じなかった」叔父さんが眉をひそめた。「今そんなことを言って何になるんだ?もう灯里はいない。全部自分のせいにするなよ」「なら、誰のせいにするの?」
お母さんの手が宙で固まった。お母さんはその言葉を見つめた。まるで急に読めなくなったかのようだった。「そんなはずない」お母さんは封筒を裏返し、表の【世界で一番、私を愛してくれるお母さんへ】という言葉を見ると、慌てて言った。「お母さんが一番あんたを愛しているって、ちゃんと分かっていたでしょう。ただ怒っているだけよね?」誰も答えなかった。私はそばに立ち、そのまま先を読み続けるお母さんを見ていた。【お母さん、愛してくれているのは分かってる。毎日ご飯を作って、学校への送り迎えをして、自分の時間を全部私のために使ってくれた。だから苦しくなるたびに、自分が悪い子だと思った。こんなによくしてもらっているのに、私がつらいなんて思っていいの?】お母さんの唇がかすかに震えた。感謝の言葉だと思ったのだろう。目にわずかな光が浮かんだが、次の一行がそれを消した。【でも、お母さん。その愛のせいで、私は苦しいと言えなかった。眠れないと言うと、お母さんは、私の世話のためにもう何年もよく眠れていないと言った。学校に行きたくないと言うと、お母さんは、仕事を辞めて私の勉強を支えているのだから、聞き分けのないことを言ってはいけないと言った。息ができないと言うと、お母さんは、お母さんを死ぬまで追い詰めないと気が済まないのかと聞いた。そのうち、私がお母さんに助けを求めるたび、最後にはいつも私がお母さんに謝っていた】お母さんは急にしゃがみ込み、めくっているうちに落とした日記帳を拾った。お母さんは1ページずつさかのぼった。【私は時間どおりに起きた。ご飯を全部食べた。泣かなかった】同じような文が日記帳を埋め尽くしていた。前にこれを見たとき、お母さんは私がようやく言うことを聞いたとしか思わなかった。今になって初めて、どのページの最後にも消した跡があることに気づいた。お母さんが指で強くこすると、鉛筆の筆圧で残ったへこみが少しずつ浮かび上がった。【今日もまた動悸が激しかった】【学校に行きたくない】【お母さんに抱きしめてほしい】最後の一文は何度も消され、紙は破れる寸前だった。【でも、お母さんには言えない】お母さんの涙が突然、紙の上に落ちた。お母さんは、私が机にかがみ込んで日記を書いていたとき、自分が
救急車が到着すると、お母さんはストレッチャーにすがりつき、訴え始めた。「この子は一時の気の迷いでこんなことをしただけです。数日前に検査を受けたばかりで、病気ではありません。昨日だってご飯を2杯食べたのに、本当に死のうとしたはずがないでしょう?」お母さんは断言した。医師がうなずきさえすれば、ストレッチャーに横たわる私が目を開け、またうそをついたと認めるとでもいうように。私はお母さんのそばについていき、そっと言った。「うそなんてついてないよ」お母さんには聞こえなかった。生きていたときも、私の声を一度も聞いてはくれなかった。初めて学校で息ができなくなったとき、私はトイレに隠れてお母さんに電話をかけた。「お母さん、私、死にそう。迎えに来てくれない?」電話の向こうで数秒の沈黙があった。「あんたの勉強の世話をするために、仕事まで休んでいるのよ。これ以上、お母さんにどうしろっていうの?」それでも、お母さんはあとから駆けつけた。お母さんは先生の前で、私がテストから逃げようとしたと言い、謝るよう迫った。それからは動悸が激しくなるたび、助けを求めるより先に、もうお母さんに迷惑をかけてはいけないと思うようになった。病院に着くと、私は救急処置室へ運び込まれた。お母さんは医師を引き止め、バッグから心理検査の結果を取り出した。「ほら、ここには『判定:正常範囲』とはっきり書いてあるでしょう」医師は急いだ様子で、この検査結果だけではすべてを判断できないと答えた。お母さんの顔がたちまち曇った。「私はこの子の母親ですよ。この子のことが分からないとでも?甘やかされてわがままになっただけです。こんなことをして、これから私が口を出せないように脅しているんです」私はお母さんの前に立ち、ふいにドアを外された日のことを思い出した。私はドアノブを握り、せめてドアを閉められる場所をひとつ残してほしいと頼んだ。お母さんは泣きながら私に聞いた。「お母さんはあんたのために、安心して眠ることさえできないのよ。どうして少しもお母さんを思いやってくれないの?」結局、先に手を離したのは私だった。お父さんがお母さんに、もうそのくらいにしろと言った。けれど、お母さんは目を赤くして聞き返した。「私の言ったことの、どこが間違