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私の鼓動が止まるとき

私の鼓動が止まるとき

Von:  わたしはブタAbgeschlossen
Sprache: Japanese
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Zusammenfassung

ひいき/自己中

後悔

幽霊目線

原家族問題

家族修羅場

私は灯里(ともり)、お母さんに連れられて、心理検査を受けに行った。 質問票に記入していて、私が「よく悲しい気持ちになる」にチェックを入れた途端、お母さんは手を伸ばし、すぐにチェックを消した。 「何を悲しむことがあるの?家で不自由なんてさせてないでしょう?」 私が「人と話すのが怖い」を選ぶと、お母さんはまた眉をひそめた。 「小さい頃はあんなに明るかったじゃない。適当なことを書かないで」 私は言い返さなかった。 お母さんが悲しくないと言うなら、私は「まったくない」に直した。 お母さんがよく眠れていると言うなら、私は「よく眠れない」を消した。 1枚の質問票を書き終える頃には、ほとんどすべての答えをお母さんの望むとおりに選び直していた。 お母さんはそれを二度見返し、満足そうにうなずいた。 「そう、それでいいの。適当なことを書いちゃ駄目でしょう?もし間違った結果が出て、病気でもないのに病気だと判定されたらどうするの?」 結局、検査結果は「正常範囲」だった。 お母さんはようやくほっとした。 帰り道、私はずっと袖口の下に隠れた傷痕をなぞっていた。 鼓動だけがやけにはっきり聞こえるのに、目の前の世界はぼやけ、遠ざかっていった。 最後には、ただ真っ白な空白だけが残った。音もなく、何もなかった。

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Kapitel 1

第1話

「だから、何ともないって言ったでしょ。あんたのことは、医者よりお母さんのほうがよく分かってるわよ。まったく、無駄足だったわ」

帰りの車で、お母さんは検査結果を撮影し、親族のグループLINEに送った。

わざわざ【判定:正常範囲】という部分を丸で囲んでいた。

【今日、検査に連れていったけど、何ともなかったわ。灯里が勝手に思い込んでいただけみたい】

送信した途端、親戚たちから次々と返信が来た。

叔母さんからは【うつ病のはずがないって、前から言ってたでしょ。こんなに恵まれた家なのに、何がつらくてうつになるの?】と届いた。

叔父さんは【今の子はスマホばかり見て、覚えた言葉をすぐ自分に当てはめるんだ】と送ってきた。

最後に、お父さんから返信が来た。

【何ともなくてよかった。もう騒ぐな。お母さんがどれだけ大変な思いで世話をしているか、少しは考えなさい】

お母さんは満足そうにスマホを置いた。

「ほら、みんな何ともないって言ってるでしょ。あんたが少しぐずっただけなのに、お母さんは朝早く起きて付き添ったのよ。

うつだなんて。事情を知らない人が聞いたら、お母さんがあんたを虐待しているみたいじゃない」

私は画面を見つめたまま、うなずいた。

「うん。私は何ともない」

お母さんは少し驚いた。私がこんなに早く認めるとは思っていなかったのだろう。

私はうつむいた。

助けを求めるたび、お母さんはいつも私より先に取り乱した。

「お母さんだって、自分がうつだなんて言えないのよ。あんたよりずっとつらいんだから。あんたのために朝から晩まで勉強の世話をして、栄養を考えた食事をあれこれ作って、こんなに心を砕いてきたのに。それでも、お母さんの世話の仕方が悪かったっていうの?」

今回病院へ来たのも、お母さんが一晩中泣いて訴えた末、意地になって決めたことだった。

「分かった。病院に行きましょう。お母さんのせいで、あんたがどうなったのか見てやるわ」

今度は、もう言い返せなかった。

この日から、私はすっかり普通になった。

朝はお母さんに起こされなくても、6時30分ちょうどに起きた。

お母さんが作った朝食を、残さず食べた。

吐き気がしても、最後のひと口まで飲み込んだ。

学校へ行く前、お母さんは私のバッグとスマホを確認した。

私はそばに立って待ち、どうして私のものを勝手に調べるのかとは、もう聞かなかった。

メモアプリに書きためていた暗い言葉を消されても、私は止めなかった。

「こういうことは、書けば書くほど大げさになるの」

お母さんはスマホを返した。

「これからは、楽しいことをもっと書きなさい」

授業中、私はもう机に伏せなかった。

先生に当てられれば、立って答えた。

隣の席の子に最近はよくなったのかと聞かれ、私はお母さんの口調をまね、笑顔で答えた。

「もともと何ともなかったの。少し前は、考えすぎていただけ」

放課後に帰宅すると、自分からお母さんを手伝って野菜の下ごしらえをし、床を拭き、洗濯物を干した。

叔母さんと電話で話すお母さんの声は、すっかり明るくなっていた。

「一度検査を受けたかいがあったわ。この子もやっと分かったみたい。

前は毎日、暗い顔をして、家族みんなが自分に借りでもあるみたいだったけど、病気じゃないと分かったら元気になったの」

電話の向こうで、叔母さんが笑った。

「だから言ったでしょ。子どもにそんなに悩みがあるはずないって」

お母さんが振り返って私を見た。

私はしゃがみ込み、お母さんの足元にある汚れを拭いていた。

お母さんは満足そうに言った。

「やっぱり、逃げても何も解決しないって分からせないとね」

私はうつむいたまま、拭き続けた。

汚れはとっくに消えていた。

それでも、同じ場所を何度も拭き続けた。

夜10時、お母さんが私の部屋のドアを開けた。

私はもうベッドに横になっていた。制服はきちんと畳み、翌日提出する宿題は、バッグの一番上に入れてあった。

お母さんはようやく笑った。

「ほら、普通にしているほうがいいでしょう。

お母さんが前から口うるさくしてきたのも、あんたが道を踏み外さないようにするためよ。大人になれば、あんたのためだったと分かるわ」

私はお母さんを見た。

「ありがとう、お母さん」

お母さんは明かりを消した。ドアの外で、お父さんに音声メッセージを送った。

「安心して。本当にもう何ともないわ。今はとても言うことを聞くし、怖いことも言わなくなったから」

お父さんから「それなら、検査結果はどうして取っておくんだ?」と返ってきた。

「もちろん取っておくわ。また騒ぎだしたときのためよ」

足音が少しずつ遠ざかっていった。

私は目を開けたまま、机を見た。

デスクライトの下には、心理検査の結果のコピーが置かれていた。

【判定:正常範囲。抑うつ傾向は認められません。良好な家族間コミュニケーションを心がけてください】

私は長い間それを見つめてから、新しい日記帳を取り出した。

最初のページに、こう書いた。

【今日は時間どおりに起き、朝食を残さず食べた。授業中はぼんやりせず、放課後はお母さんを手伝って家事をした。

私は元気に過ごしている】

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第1話
「だから、何ともないって言ったでしょ。あんたのことは、医者よりお母さんのほうがよく分かってるわよ。まったく、無駄足だったわ」帰りの車で、お母さんは検査結果を撮影し、親族のグループLINEに送った。わざわざ【判定:正常範囲】という部分を丸で囲んでいた。【今日、検査に連れていったけど、何ともなかったわ。灯里が勝手に思い込んでいただけみたい】送信した途端、親戚たちから次々と返信が来た。叔母さんからは【うつ病のはずがないって、前から言ってたでしょ。こんなに恵まれた家なのに、何がつらくてうつになるの?】と届いた。叔父さんは【今の子はスマホばかり見て、覚えた言葉をすぐ自分に当てはめるんだ】と送ってきた。最後に、お父さんから返信が来た。【何ともなくてよかった。もう騒ぐな。お母さんがどれだけ大変な思いで世話をしているか、少しは考えなさい】お母さんは満足そうにスマホを置いた。「ほら、みんな何ともないって言ってるでしょ。あんたが少しぐずっただけなのに、お母さんは朝早く起きて付き添ったのよ。うつだなんて。事情を知らない人が聞いたら、お母さんがあんたを虐待しているみたいじゃない」私は画面を見つめたまま、うなずいた。「うん。私は何ともない」お母さんは少し驚いた。私がこんなに早く認めるとは思っていなかったのだろう。私はうつむいた。助けを求めるたび、お母さんはいつも私より先に取り乱した。「お母さんだって、自分がうつだなんて言えないのよ。あんたよりずっとつらいんだから。あんたのために朝から晩まで勉強の世話をして、栄養を考えた食事をあれこれ作って、こんなに心を砕いてきたのに。それでも、お母さんの世話の仕方が悪かったっていうの?」今回病院へ来たのも、お母さんが一晩中泣いて訴えた末、意地になって決めたことだった。「分かった。病院に行きましょう。お母さんのせいで、あんたがどうなったのか見てやるわ」今度は、もう言い返せなかった。この日から、私はすっかり普通になった。朝はお母さんに起こされなくても、6時30分ちょうどに起きた。お母さんが作った朝食を、残さず食べた。吐き気がしても、最後のひと口まで飲み込んだ。学校へ行く前、お母さんは私のバッグとスマホを確認した。私はそばに立って待ち、どうして私のものを勝手に調
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第2話
日記を書き始めて7日目、月例テストの最中に吐いた。テスト用紙が配られると、教室中の音が、ふっと遠のいた。試験監督の足音も、答案用紙をめくる音も、窓の外から流れる校内放送も、すべてが混じり合ってひとつの雑音になった。鼓動だけがどんどん速くなり、胸を打つたびに痛んだ。担任が私を支えて廊下へ連れ出し、お母さんに電話をかけた。30分後、お母さんが学校へ駆けつけた。担任が言った。「顔色がよくありません。今日はもう帰宅させましょう」「その必要はありません」お母さんはバッグから、あの心理検査の結果を取り出した。最近はいつも持ち歩いていて、折り目の縁はもう毛羽立っていた。「数日前に検査を受けて、何の問題もなかったんです。それなのに月例テストのときに限って吐くなんて、こんな偶然がありますか?」廊下には、ちょうど教室を出ていたクラスメートが何人かいて、検査結果と私を交互に見ていた。担任が声を落とした。「強いストレスが原因かもしれません」お母さんの目がたちまち赤くなった。「ストレスがあるのは、この子だけですか?私はこの子の世話で自分のこともできないんです。心の病気だと言うから、すぐ検査に連れていきました。結果には、はっきり病気ではないと出ています。それなのに、またこんな騒ぎを起こして。私はいったい、どうすればいいんですか?」私はその場に立ち尽くした。クラスメートたちの視線が、針のように突き刺さった。前のときも、テスト中だった。苦しくなって試験会場から飛び出した。駆けつけたお母さんは、みんなの前でいきなり私の頬を叩いた。「ほかの子はみんな平気なのに、どうしてあんただけ問題ばかり起こすの?」具合が悪いと言えば、大げさだと言われた。動悸が激しくておかしいと言えば、テストから逃げたいだけだと言われた。だから今回は、お母さんがこちらを向いて私に尋ねた。「まだテストを受けられる?」私はうなずいた。「受けられる」お母さんはようやくほっとした。「ほら、この子も自分で受けられると言っています」私は試験会場へ戻された。最後列のそばを通ったとき、誰かが小声で言った。「あの子、うつ病なんじゃなかったの?」別の誰かが笑った。「うつ病?なんちゃってうつでしょ。お母さんが検査結果まで
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第3話
部屋のドアが外されてから3日目、学校で保護者会が開かれた。お母さんは30分早く教室に着いた。担任が生徒の心の健康について話すと、お母さんはすぐに手を挙げた。「先生、ちょうどそのことをお話ししたかったんです」お母さんはバッグから、心理検査の結果を取り出した。「娘も少し前に自分はうつ病だと言い出したので、お金を払って検査に連れていきました。でも、何の病気でもなかったんです」教室は保護者で埋め尽くされていた。お母さんは話すほどに興奮していった。「今はネットのせいで、子どもはすぐ自分にレッテルを貼るんです。成績が悪ければ不安のせい、学校に行きたくなければうつ病、親が少し注意すれば家庭環境のせいで傷ついたと言う。私たち親がきちんとしつけなければ、子どもはだめになってしまいます」何人かの保護者が、つられるようにうなずいた。誰かが尋ねた。「娘さんは今、どうなんですか?」お母さんは笑顔で、教室の後ろに立っていた私を見た。「もうよくなりました。ほら、あんたから皆さんに話しなさい」全員が振り返って私を見た。私は教壇の前へ歩いていった。お母さんが検査結果を私の手に押し込んだ。「さあ、話して」握り締めた紙に新しい折り目がついた。私は無理やり笑顔を作った。「以前は私が考えすぎて、お母さんや先生にご迷惑をおかけしました。今はもう大丈夫です。もう騒ぎません」教室に拍手が響いた。一人の保護者がお母さんを褒めた。「しつけがお上手なんですね。やっぱり、子どもは甘やかしたらだめですね」お母さんは目を細めて笑った。「すべて、この子のためです」翌日、教室に入ると、後ろの席にいた男子生徒たちが私の口調をまねた。「私は病気じゃありません。考えすぎていただけです」黒板には、誰かが【判定:正常範囲】と書いていた。その横には泣き顔が描かれ、下にはこう書かれていた。メンヘラちゃん。クラス中が笑っていた。午後の体育の授業で、先生から800メートル走るように言われた。2周目に入ると、また動悸が激しくなった。胸の中に濡れた綿を詰め込まれたようで、息を吸うたびに痛んだ。後ろから誰かが叫んだ。「メンヘラちゃん、また始まったぞ」別の誰かが笑いながら続けた。「でたらめ言うなよ。あの子
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第4話
翌日、お母さんはリビングにスマホを立てた。椅子を2脚運んできて、私を隣に座らせた。「笑って。そんな暗い顔をしないで」私は無理に口角を上げた。「これでいい?」「もっと自然に」お母さんは録画を始め、慣れた様子でカメラに笑いかけた。「最近、子どもがすぐにうつだと言い出すけれど、どうすればいいのかと、たくさんの保護者から聞かれます。でも、そんなに病気の子がいるわけではありません。スマホを見すぎて、考えすぎて、誰もきちんと注意しないだけなんです」お母さんは心理検査の結果をカメラの前に掲げた。「うちの娘も少し前に騒いだことがあります。病院で検査を受けさせたら、何の問題もありませんでした」カメラが私に向けられた。お母さんがテーブルの下で私の脚を軽くつついた。「自分でみなさんに話して。もう大丈夫よね?」私はスマホに映る青白い顔を見つめた。「もう大丈夫」「どうして前は自分が病気だと思ったの?」「私が大げさに騒いだだけ」「お母さんに虐待されたことはある?」「ない」「お母さんが厳しくするのは、あんたのためよね?」私はうなずいた。「うん」お母さんは録画を止め、何度も見返した。「今度は上手に言えたわね」お母さんは動画を保護者のグループLINEに投稿し、ひと言添えた。【子どもの問題に甘い顔をしてはいけません。甘やかすほど悪化します】30分もしないうちに、コメント欄はお母さんを褒める言葉で埋まった。しつけが上手だと言う人がいた。どうすれば子どもが言うことを聞くようになるのかと尋ねる人もいた。動画を学校のグループLINEに転送する人までいた。午後、担任からお母さんに電話がかかってきた。「動画が広まって、クラスの一部の生徒が話題にしています」お母さんは笑った。「見せておけばいいんです。何でもないのに病気のふりをしないよう、あの子たちにも教えられますから」電話を切ると、お母さんは私にも動画を見せた。動画の中の私は、ずっと笑っていた。コメント欄にはこう書かれていた。【こんなに元気そうなのに、どこが病気なの?】別の人はこう書いた。【厳しくしつけられていなかっただけでしょう。ほら、もう治ったじゃない】お母さんは私の目の前にスマホを置いた。「誰
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第5話
救急車が到着すると、お母さんはストレッチャーにすがりつき、訴え始めた。「この子は一時の気の迷いでこんなことをしただけです。数日前に検査を受けたばかりで、病気ではありません。昨日だってご飯を2杯食べたのに、本当に死のうとしたはずがないでしょう?」お母さんは断言した。医師がうなずきさえすれば、ストレッチャーに横たわる私が目を開け、またうそをついたと認めるとでもいうように。私はお母さんのそばについていき、そっと言った。「うそなんてついてないよ」お母さんには聞こえなかった。生きていたときも、私の声を一度も聞いてはくれなかった。初めて学校で息ができなくなったとき、私はトイレに隠れてお母さんに電話をかけた。「お母さん、私、死にそう。迎えに来てくれない?」電話の向こうで数秒の沈黙があった。「あんたの勉強の世話をするために、仕事まで休んでいるのよ。これ以上、お母さんにどうしろっていうの?」それでも、お母さんはあとから駆けつけた。お母さんは先生の前で、私がテストから逃げようとしたと言い、謝るよう迫った。それからは動悸が激しくなるたび、助けを求めるより先に、もうお母さんに迷惑をかけてはいけないと思うようになった。病院に着くと、私は救急処置室へ運び込まれた。お母さんは医師を引き止め、バッグから心理検査の結果を取り出した。「ほら、ここには『判定:正常範囲』とはっきり書いてあるでしょう」医師は急いだ様子で、この検査結果だけではすべてを判断できないと答えた。お母さんの顔がたちまち曇った。「私はこの子の母親ですよ。この子のことが分からないとでも?甘やかされてわがままになっただけです。こんなことをして、これから私が口を出せないように脅しているんです」私はお母さんの前に立ち、ふいにドアを外された日のことを思い出した。私はドアノブを握り、せめてドアを閉められる場所をひとつ残してほしいと頼んだ。お母さんは泣きながら私に聞いた。「お母さんはあんたのために、安心して眠ることさえできないのよ。どうして少しもお母さんを思いやってくれないの?」結局、先に手を離したのは私だった。お父さんがお母さんに、もうそのくらいにしろと言った。けれど、お母さんは目を赤くして聞き返した。「私の言ったことの、どこが間違
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第6話
お母さんの手が宙で固まった。お母さんはその言葉を見つめた。まるで急に読めなくなったかのようだった。「そんなはずない」お母さんは封筒を裏返し、表の【世界で一番、私を愛してくれるお母さんへ】という言葉を見ると、慌てて言った。「お母さんが一番あんたを愛しているって、ちゃんと分かっていたでしょう。ただ怒っているだけよね?」誰も答えなかった。私はそばに立ち、そのまま先を読み続けるお母さんを見ていた。【お母さん、愛してくれているのは分かってる。毎日ご飯を作って、学校への送り迎えをして、自分の時間を全部私のために使ってくれた。だから苦しくなるたびに、自分が悪い子だと思った。こんなによくしてもらっているのに、私がつらいなんて思っていいの?】お母さんの唇がかすかに震えた。感謝の言葉だと思ったのだろう。目にわずかな光が浮かんだが、次の一行がそれを消した。【でも、お母さん。その愛のせいで、私は苦しいと言えなかった。眠れないと言うと、お母さんは、私の世話のためにもう何年もよく眠れていないと言った。学校に行きたくないと言うと、お母さんは、仕事を辞めて私の勉強を支えているのだから、聞き分けのないことを言ってはいけないと言った。息ができないと言うと、お母さんは、お母さんを死ぬまで追い詰めないと気が済まないのかと聞いた。そのうち、私がお母さんに助けを求めるたび、最後にはいつも私がお母さんに謝っていた】お母さんは急にしゃがみ込み、めくっているうちに落とした日記帳を拾った。お母さんは1ページずつさかのぼった。【私は時間どおりに起きた。ご飯を全部食べた。泣かなかった】同じような文が日記帳を埋め尽くしていた。前にこれを見たとき、お母さんは私がようやく言うことを聞いたとしか思わなかった。今になって初めて、どのページの最後にも消した跡があることに気づいた。お母さんが指で強くこすると、鉛筆の筆圧で残ったへこみが少しずつ浮かび上がった。【今日もまた動悸が激しかった】【学校に行きたくない】【お母さんに抱きしめてほしい】最後の一文は何度も消され、紙は破れる寸前だった。【でも、お母さんには言えない】お母さんの涙が突然、紙の上に落ちた。お母さんは、私が机にかがみ込んで日記を書いていたとき、自分が
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第7話
お母さんは私の手を離そうとしなかった。看護師が私を霊安室へ移すよう促しても、お母さんはベッドの前に立ちはだかって動かなかった。「この子は寒がりなの。あんなところへ連れていかないで。眠っているだけ。もう少し話しかければ、目を覚ますから」お父さんが抱きしめようとすると、お母さんは力いっぱい突き放した。「あなたにも責任がある!部屋のドアを外させたとき、どうして止めなかったの?グループLINEでみんなが灯里を大げさだと責めたとき、どうしてあなたまで同じことを言ったの?」お父さんはうつむき、涙を床に落とした。「あのとき、君は全部子どものためだと言った」お母さんは固まった。その言葉を、お母さんは何度も口にしてきた。それまで、その言葉は盾のようだった。私がどれだけ抵抗しても、お母さんはその後ろに隠れ、自分が間違っているとは決して思わなかった。今、その盾はお父さんからそっくりそのまま返され、初めてお母さん自身に突き刺さった。「子どものため……」お母さんはうつむき、青白い私の顔を見た。「それなのに、どうして灯里は死んだの?」誰も答えなかった。叔母さんと叔父さんが病院へ駆けつけた。叔母さんはお母さんを見るなり、目を赤くして抱きしめた。「お姉ちゃんのせいじゃないよ。灯里のためにあれだけ尽くしたんだから。灯里が自分で思いつめただけだよ。あんなことをするなんて、誰にも分からなかったでしょ?」お母さんはゆっくり顔を上げた。私はその表情をよく知っていた。以前なら、誰かに悪くないと言われるたび、お母さんは涙を拭い、また背筋を伸ばしていた。けれど、今度は叔母さんを押しのけた。「灯里が勝手に思いつめたんじゃない。私が話すことを許さなかったの」叔母さんは一瞬、言葉を失った。「お姉ちゃんだって、灯里が考え込んでもっとひどくなるのが怖かっただけでしょ」「私が灯里の質問票を書き換えたの」お母さんの声はかすかだった。「あの子が『悲しい』を選ぶと、私が消した。『不眠』を選んでも、消した。灯里は何度も私に訴えていたのに、一度も信じなかった」叔父さんが眉をひそめた。「今そんなことを言って何になるんだ?もう灯里はいない。全部自分のせいにするなよ」「なら、誰のせいにするの?」
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第8話
私の葬儀は3日後に行われた。お母さんは、用意していた白いワンピースを私に着せなかった。それは、お母さんが一番気に入っていたデザインだった。以前、親戚の家へ行くたびに、お母さんはいつも私にそれを着るように言った。女の子はきれいな格好で、おとなしくしていなさい。男の子のような服ばかり着てはいけないと言った。今度は、クローゼットの一番下から、私が一番好きだった黒いパーカーを取り出した。その服は大きすぎるからと、お母さんはずっと着るのを許してくれなかった。「元気がないように見えるし、周りにお母さんが服を買ってあげていないと思われるでしょ」今、お母さんはそれを胸に抱き、泣きながら係の人に言った。「これを着せてください。この子が好きな服だから」お母さんが私の代わりに決めなかったのは、これが初めてだった。葬儀会場には大勢の人が来た。叔母さん、叔父さん、担任、それから教室で私を「メンヘラちゃん」と呼んでいたクラスメートたち。みんな遺影の前に立ってうつむき、誰もお母さんを見ようとしなかった。担任が紙の束を持ってきた。「クラスのみんなが灯里さんに書いた手紙です」お母さんは受け取らなかった。「この子が生きていたときに、どうして書かなかったんですか?」担任の顔から血の気が引いた。「ここまで深刻だとは、私たちも思わなかったんです」「この子は試験中に吐いたんです」お母さんは担任を見つめた。「みんなの前で苦しいと言ったのに、あとどれほど深刻な状態を見せれば、あなたたちは信じたんですか?」担任は何度か唇を動かし、最後に「すみません」とだけ言った。数人の男子生徒が保護者に連れられてきた。そのうちの一人は泣きながら、ただの冗談で、本当に私に死んでほしかったわけではないと言った。お母さんは長いあいだ、その子を見つめた。以前、お母さんも同じことを言っていた。お母さんは少し叱っただけ。お母さんは傷つけようとしたわけじゃない。どうしてそんなに弱いの?お母さんは子どもたちを叱らず、謝罪の手紙の束を押し返した。「もう、灯里には読めないんです」手紙が1通、床に落ちた。表には私の名前が書かれていた。私はそばに立ったまま、拾わなかった。生きていた頃、私はずっと謝罪の言葉を待っていた。
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