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第2話

作者: カフェイン中毒男
逸平はその後4日間も家に帰らなかった。

あの夜出て行って以来、逸平は会社に泊まり込んでいた。

逸平は連日残業をしていたため、他の社員たちも帰りづらくなっている。

3日連続で23時まで働かされたある社員が我慢の限界に達し、逸平の秘書に聞いた。「在原さん、社長は一体どうしたんですか?家に帰らないんですか?」

在原行人(ありはら ゆきと)は首を横に振った。在原に聞かれても分からない。

「あなたたちだけじゃない。私も限界だ」専属秘書として逸平のペースに常に合わせなければならず、他の社員以上に苦労している。

「どうにかしてください。今まで定時で帰れてたのに、急に残業なんて無理ですよ」

「そうですよ。あなたは社長のお気に入りなんですから、説得することぐらいお得意じゃないですか。お願いしますよ」

在原は社員たちにせがまれ、自分自身のためにもと覚悟を決めて逸平に相談に行った。

入ってきた在原の様子を見て用件を察した逸平は「用件があるなら早く言え」と切り出した。

在原は切り出した。「社員一同、社長がいつお帰りになるか気になっておりまして……社長が帰られないと誰も帰れないのです」

逸平は書類をめくる手を止め、ガラス越しに外を見やると、社員たちは慌てて散っていった。

在原に視線を戻した後、「皆は通常通り帰ってよい。俺のことは気にしないでくれ」と返した。

在原は困った顔で、「社長がお帰りにならないと、私たちも帰れません」と言った。

逸平が時計に目をやると、針はまだ17時を指していない。

逸平は考えた。4日も経てば、流石に葉月の機嫌も直っているだろう。

逸平はそうして書類を閉じて立ち上がり、上着を手に取ると「今日は早めに帰る」と在原に告げた。

在原は返す間もなく、逸平はドアを開けて出て行った。

お庭が美しい夕焼けの色に染まっている中、車を止めた逸平はハンドルを握り、右手人差し指でリズムを刻んでいた。

なぜか家に入る勇気がない。

車の助手席には花束と赤いベルベットの長方形の箱が置かれていた。

贈り物の箱は、あの日喧嘩別れした際に渡せなかったプレゼントで、中にはルビーのネックレスが入っていた。葉月は肌が白いから、これを付けたらきっと似合うだろうと逸平は思った。

車の中で15分ほど座った後、逸平はようやく荷物を手に取りドアを開けて降りた。

逸平がこんなに早く帰宅したことに、南原は驚いていた。

「ご主人様、お帰りなさいませ」

逸平は軽く頷き、「うん」とだけ返した。

リビングに入ると、あたりを見回したが葉月の姿はなく、部屋全体が重苦しい静寂に包まれている。

「葉月は?」逸平は贈り物と花束をテーブルに放り投げながら聞いた。

「奥様はまだお戻りになっておりません」

「まだ帰ってない?」袖のボタンを外す手が突然止まった。

逸平は南原を見た。「葉月はいつ出かけた?」

南原は即座に答えた。「いつもと同じ時間でございます」

逸平の不機嫌な様子と、葉月が電話に出ない状況を見て、南原は笑顔で取りなした。「奥様は今日お仕事がお忙しいので、もう少ししたらお戻りになるかもしれません」

逸平は冷たい表情で携帯を取り出し葉月に電話をかけたが、聞こえてきたのは「おかけになった電話は現在電源が入っておりません」という機械的な女性の声だ。

「電源が入っていない?」逸平は思わず冷笑し、指の関節が真っ白になるほど手に力を込め、再び番号を押したが結果は同じだ。

南原は傍らで息を殺している。

「いい度胸だ」逸平はそう呟き、携帯を握りしめながら階段を上がった。

高価なジャケットは床に投げ捨てられ、鈍い音を立てた。

部屋の中を行き来する逸平の足音は、まるで嵐の前触れのように響いた。

「葉月め、誰の許可を得て失踪なんて真似をしているんだ?」

静まり返った部屋には当然返答はなく、ただ逸平の荒々しい感情が渦巻いている。

20時。

葉月はまだ戻らず、電話も依然として通じない。

南原がこっそり何度かけても、毎回電源オフの状態だ。

逸平は食卓に座り、顔は真っ黒に曇っている。

南原も余計なことは言えず、心の中で祈るしかない。「奥様、どうか早くお帰りください。せめて電話に出てください」

21時を過ぎても、葉月からの連絡は依然としてない。

外はもう真っ暗で、ダイニングだけが灯りをともしていた。あの夜、葉月がここで逸平の帰りを待っていたのと同じように。

逸平は少しイライラして、テーブルの上に置いてある冷め切った料理を舐め回すように見て、指先で無意識に携帯の縁を撫でていた。

葉月、お前は本当にたいしたもんだ。度胸がますます大きくなってきたな。

すらりとして整った指が「井上家」の番号の上でほんの一瞬止まった。少し躊躇いながらも、指先はゆっくりと携帯の画面をタップした。

相手はすぐに出たが、家のお手伝いさんによると、葉月は今日実家には帰っていないという。

画面から出る微かな光が逸平のこわばった顎のラインを照らした。逸平は葉月の友人の電話にかけた。

呼出音が二回鳴った後、すぐに相手に切られた。逸平の目の色がわずかに陰を帯びた。逸平はもう一度かけ直した。

二度目の電話はしばらくしてからようやく繋がり、繋がると逸平はすぐに低い声で聞いた。「葉月はそっちにいるか?」

望月則枝(もちづき のりえ)は馬鹿にするようにクスッと笑い、不機嫌な口調で返した。「どうしたの、逸平?奥さんが見つからないの?今さら焦ってるんだ?」

則枝がそう言うのを聞いて、逸平は則枝が葉月の居場所を知っていると察した。

「葉月はどこだ?」

「あなたには関係ないでしょ?」則枝は答えた。

逸平は怒りのあまり笑いそうになった。「葉月は俺の妻だ。関係ないわけないだろ?」

則枝がまだ何か言おうとした時、横から葉月に電話を取り上げられた。「私よ」

葉月の声を聞いて、逸平はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。「今どこにいるんだ?迎えに行く」

電話越しに聞こえる葉月の声は落ち着いているように聞こえたが、逸平には葉月が少しイライラしているのがわかった。「大丈夫」

逸平は携帯を握る手に無意識に力を込め、手の甲には血管が浮き出る。

「葉月、お前はどこにいるって聞いてるんだ」

電話の向こうではしばらく沈黙が続く。葉月は則枝を見て、壁掛け時計の数字もちらりと見た。もうすぐ22時になる。

「今病院にいるの」

逸平が病室のドアを開けた。スーツの上着は無造作に腕に掛けられ、シャツの袖口はまくり上げられ、冷たく白い前腕と手首がのぞいている。

逸平が到着した時、則枝は既にいなくなっており、今は病室に葉月一人だけが残されている。

葉月は病室の入り口に背を向け、誰かがドアを開けて入ってくる音が聞こえたが、振り返ろうとはしない。

逸平はベッドまで歩み寄り、上から葉月を見下ろすようにして、淡々とした口調で言った。「どうしたんだ?」

しばらく沈黙が続き、葉月はもう答えないだろうと逸平が諦めようとしたその時、ようやく返事が返ってきた。「事故に遭ったの」

逸平は少し驚き、目に一瞬の動揺が浮かんだが、すぐに冷淡さに覆われる。「どこを怪我したんだ?」

「死にはしないわ。わざわざ清原社長に気を遣っていただかなくても結構です」

逸平は眉をひそめ、葉月の態度に不快感を覚えたが、それでも聞いた。「付き添いの人を手配しようか?」

「必要ないわ。大したことないから、明日には退院できる」

葉月はただ足を擦りむいただけで、医者が何か他の問題がないか心配して、一晩入院して様子を見るようにと言っただけだった。

逸平は薄い唇をぎゅっと結び、葉月もまた黙り込んだ。病室は地獄のような静けさに包まれる。

逸平はベッドの脇に座り、冷たい視線で葉月を見つめた。葉月は相変わらず横向きに寝たままで背を向けており、まるで意地を張っているかのようだ。

逸平は突然口を開いたが、声には刺すような冷たさがにじんでいた。「どうした、わざと俺に連絡せず、こんなマネまでして。まさか俺がお前のことを気遣ったり心配するとでも思ったのか?」

葉月は唇を歪ませながら笑った。「あなたは色んな女といちゃいちゃするので忙しいんでしょ?私のことを構ってる暇なんてないでしょ。あなたには迷惑はかけないわ、自分の立場はわきまえているから」

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