加賀野春美は、啞然とする。どんなに一生懸命に尽くしたとしても、この一瞬で星野美優に全て奪われてしまったからだ。
涼介が空港まで迎えに行くと言い、春美に運転させた。そして自分を放って、再会を楽しんでいた。
その後。車に乗り込む春美の運転で車を走らせる。涼介と星野美優は、後部座席に座るが、ずっとベタベタとイチャついていた。
無言で運転していると、美優が春美を気にする。
「ねぇ~この女性は見ない人よね? 新しい使用人?」
「あ、ああ彼女は加賀野春美。俺の秘書だ」
「あ~そうなんだ!? てっきり使用人かと思っちゃった。ごめんなさい、加賀野さん。こんな綺麗な人が使用人なわけがないですよね」
えへへと間違えちゃったと笑う星野美優。
(この人……何回使用人と言うのかしら?)
見た目は無邪気で可愛らしいのだが、何か言葉に棘があるように気がした。
その後。彼女を用意した高級マンションに送り届けると、春美と車で帰ろうとする。
しかし星野美優は降りる直前で涼介の腕を引っ張る。
「涼介さ~ん。せっかく帰国したのに、もう離れ離れになっちゃうの? せっかくだからお茶でも飲んで行ってほしいな。荷物も重いし」
猫のような声で離れたくないと甘えてくる。
「分かった。じゃあ、荷物を下ろしてから行くから先に入っていてくれ」
「本当!? うん、分かった」
星野美優は嬉しそうに言うと、車に降りて先にマンションの中に入って行った。
涼介は黙って車のトランクから彼女の大きなキャリーバッグを取り出す。春美は慌てた。
「えっ? 涼介さん、彼女のマンションに入るの!?」
「当然だろう彼女がそう望んでいるんだ。それと、彼女の前では名前で呼ぶな。勘違いされたら困る」
「勘違いって……私は、あなたの婚約者よ!?」
まるで他人事のように発言をする涼介。春美が婚約者だと主張と、ギロッと睨みつけてきた。
「勘違いすると言ったはずだが? 君と俺の関係は彼女が戻ってくるまでの代理に過ぎない。美優が戻ってきたんだ。この婚約はなかったことにしてもらう」
「そ、そんな……」
ショックを受ける春美。しかし涼介は当然だという顔をする。
「婚約破棄だ! 今後は何の関係もない、ただの秘書としてわきまえろ」
彼は、婚約破棄を突き付けてきた。恐れていたことが起きてしまった。
「で、でも……そんなの許されないわ。親同士が決めたことなのに。あなたは、それでいいの?」
しかし彼は、ハッ? と鼻で笑った。
「そんなのどうにでも出来る。君が黙って、それを受け入れてくれればいいだけだ。心配するな、俺の恋人や妻にはなれないが、気が向いたら抱いてやるよ。それで大人しく満足しろ」
それだけ言うと肩をポンと叩いて、そのままマンションの中に入って行った。
春美はボー然としたまま車の運転席に乗り込んだ。一時間ぐらい待ったが、戻る気配はない。
その後はどのように戻ったか覚えていない。ただ分かったことは婚約破棄されたことぐらいだった。
そして、次の日から春美は涼介の婚約者ではなく、ただの秘書として過ごすことを余儀なくされた。
しかもマネージャーだけだと不満がる星野美優のために、涼介が時々現場に付き添うことに。その間のスケジュールの管理は当然、春美にやらせられた。
それでも春美は彼から離れることは出来なかった。
昔の事が頭から離れられない。それに初めてを捧げてもいいと思うぐらいに好きだったからだ。
また涼介も自分から離れて行くとは思っていない。愛されていると自覚があるから。
それに、ただの秘書になったとしても、扱いが変わるわけではない。都合のいい女としか見ていなかった。
両親達には多忙による生活と性格の不一致性。そして春美が浮気をしたことにされた。
加賀野の義両親は、そんなことはないと信じてくれたが、神崎家は涼介の意見を信じてしまった。
後で、あんまりだと涼介の両親から抗議の電話が来るが、それなら婚約破棄で結構だと言い返してくれたのは唯一の救いだった。向こうの両親は慌てたみたいだが。
そしてハッと春美は目を覚ました。気づいたら自分が住んでいたマンションのベッドの上で眠っていた。「えっ……? ここって、私の住んでいた部屋??」 どういうことだろうか? 刑務所に入れられて、星野美優の実母が訪れてきた。真実を聞かされたことで人生に絶望をして自ら命を絶ったのに。 慌ててスマホの日付を見てみると、どういうことだろうか? 過去に戻っていた。 2年前。まだ監禁されていない頃だった。「私……過去に戻ったきたっていうの!?」 春美は頭をかかえながら整理する。タイムループというのだろうか? 自分の恨みや絶望に反応して、こんな非現実的なことが起きてしまった。 そうしたらスマホが光り出した。見てみると星野美優からメッセージが届いていた。 春美の表情が一瞬強張るが、手に取って読んでみる。『愛しのダーリンがお泊まして看病してくれたの。朝なんてお粥を作って食べさせてくれたの。あなたは、こんなことをしてもらったことがある?』 まるで挑発的な文章だった。内容からして彼女が風邪をひいたと言って、涼介を呼び出した次の日のようだ。 涼介はずっと彼女の看病をしていた。自分が風邪をひいた時は移ったら困ると言って無視するくせに。 あの時は、事務所に出勤したら彼は春美に強引に迫ってきた。理由は星野美優が風邪で抱けなかったから。大切な彼女の代わりをさせられた。 社長室で強引に抱かれながら、一体どれだけ屈辱的な気持ちになったか分からない。(あの……性欲おばけが。許せない) 春美は過去に戻ったことを理解すると、どうしようもない怒りが湧き上がってきた。 一度目の人生で星野美優を殺すという復讐は果たした。だが、そのせいで刑務所に入れられてしまったが。 本当は殺してやりたい。今すぐにでも。 でも、下手にやったら義両親に迷惑をかけてしまう。自分を信じてくれた人達を悲しませたくない。それに義父を守らないといけない。 慎重にやらないと。逆上した涼介にひき逃げとして殺されてしまった義父。(ひき逃げ……? そういえば) 前世で、星野美優の実母・中森京香が言っていたこと。 星野美優が海外に留学したのは役者の修行のためではない。ひき逃げ事故を起こして、それに庇うために涼介が偽装したのだ。つまりは逃げるため。「離れ離れになったのは自分達が原因なのに、その代わりをやらせてい
透明のガラスに挟まれたしきりに、受話器で会話をする。『初めまして。私は中森京香(なかもり。きょうか)星野美優の実母よ』 中森京香の言葉に春美は衝撃を受ける。まさか彼女の実母が自分に会いに来るとは思わなかったからだ。 だが、確かに言われてみれば、星野美優の面影はあった。メイクのせいで分かりにくいが。「星野美優の実母って……本当なの!?」『ええ、本当よ。あんたのせいで計画が台無しにされたけど』「計画って、どういう意味!?」 そうしたら中森京香はフフッと笑った。『そのまんまよ。美優と私は計画を立てていたの。あの男……星野総一郎は、直前になって病んだ妻を選んで、私を捨てたのよ。美優まで産まれていたにも関わらず。財産は私達に譲るって言っていたのに……秘書の座までクビにされた。だから復讐を目論んだのよ。8歳になった美優に、星の痣を彫らせて、行方不明になった娘のふりをさせた。そして、あの子が全ての財産を奪うはずだったのよ!』 それは星野美優が春美に偽る計画だった。そうだと予想はしていたが、まさか真実を直接聞かされるとは。「やっぱり……本当だったのね!? 私が……星野グループの本当の娘なのは」 こんなところで分かるなんて。義母の言葉を思い出す。 だが中森京香はフンッと鼻で笑った。『……どうやらそうみたいね? 美優から聞いて知った時は、あの女にそっくりで驚いたわよ。まさか……こんなに近くに居たなんて』「ここまで来て、何がしたいのよ!? 罪悪感で私の罪を軽くしてくれる気になったの?」 ここまでやっておいて、真実を話してくれるとは思わないが。 それを聞いた中森京香の顔は険しくなる。目を吊り上げて怒鳴ってくる。『冗談じゃないわよ。あんたが美優を殺さなかったら、計画が全て上手く行っていたのよ。だから、最期にあんたに教えてあげようと思ってきたのよ』「……何を?」『実母・星野智美が精神的に病んで、あんたを捨てたのは私の計画を知ったからだと思うのよ。赤ん坊のあんたを人身売買しようと、連れ出す計画を立てていたから』「……えっ?」『……でも直前で失敗。あんたがさえ居なくなれば、離婚を踏み切ってくれると思ったのに。まあ私は捨てられたけど、あの女がおかしくなったことで別に計画が生まれた。全て奪うつもりで……美優も勘づいていたはずよ。あんたが本物の令嬢だって』
春美はその日、寝ている間に県外にある神崎家の別荘に連れて来られた。 それから数日後。新しく雇われたお手洗いさんは森と違い、不愛想で決められた仕事しかやらなかった。 買い物とかは頼めばやってうれるが、それ以外はきつく言われているのか断わられる。そのため避妊薬は服用することは出来なくなってしまった。 そして恐れしい事件が起きた。 朝になり、出された朝食を食べているとテレビのニュースが流れてくる。『昨日の夜、東京都○○区で五十代の男性がひき逃げに遭い、死亡しました。死亡した男性の名は、加賀野和彦さんです』 ガタッと持っていたティーカップを落とした。 ひき逃げで亡くなったのが義父だったからだ。慌ててテレビに釘付けになる。間違いなく報道された男性の名前は義父・加賀野和彦だった。犯人は、まだ見つかっていない。 場所は勤めている銀行の近く。付近の駐車場に停めていた車を取りに行く途中で巻き込まれたらしい。そのため事件性の疑いで調査中。 その後に芸能ニュースが流れてきた。『人気女優・星野美優。熱愛が噂されていた芸能プロダクションのイケメン社長・神崎涼介と結婚。今日○○プリンスホテルで結婚式を盛大に行わる』と大きく報道された。 よりにもよって義父が亡くなった翌日に結婚を発表して式を上げるとは。 しかし春美はハッとする。たまたま重なったのではなく、ワザと合わせのだと気づいた。 義父を殺したのは、この2人だと確信する春美。 義両親に必ず責任を取らすと言っていたのは涼介だ。義両親に下手に動かれたのは困るのは彼だ。だから邪魔になって殺したに違いない。事故と偽るつもりで。 春美は怒りでバンッとダイニングテーブルを叩く。(絶対に許さない。アイツを殺してやる) 自分をこんな目に遭わせておいて義父を殺し、そのすぐ後に幸せな結婚式を見せつけるなんて……人間のすることではない。 それは春美だけではなく、義両親までバカにされたのと同じ。春美の精神は既に正常ではなかった。2年以上もマンションに閉じ込められて、全ての生活を制御されてきたのだから無理はないだろう。 その後は、どうやって外に出たか春美は全く覚えていない。ただ血塗られた包丁を握っていた。 その後は車を運転して、涼介と星野美優が式場を挙げる予定の○○プリンスホテルに向かった。 そして包丁を隠すように式場に入
その時だった。ドンドンと森がドアを叩いて声をかけてきた。「春美様。大丈夫ですか? 長いようですが?」「だ、大丈夫」 そう言いながらも我慢が出来ず、ドアを開けると森の胸元に飛び込んで、うわ^んと泣いてしまった。 何かを感じたのか森は、よしよしと背中を優しく叩いてくれた。 しかし事態が急変する。それを知った義父が涼介を呼びつけて、詰め寄ったのだ。彼は「実は蒸発して行方不明になったんだ」と言って、それを否定する。蒸発で通そうとしてきた。 矛盾ばかり言ってくる彼に、義父は怒りを静めるのに必死だった。落ち着くために息を吐くと冷静に抗議した。「これ以上、娘を隠し通す気なら、こちらも考えがある。君の両親と警察に話して、君の住んでいるマンションを徹底的に調べてもらう」 それに焦りを感じた涼介。もし両親に聞かれたら、春美を隠し通せなくなる。夜、春美の住んでいる部屋に来るなり、彼女の頬を思いっきり叩いた。「お前は、なんてことを言ってくれたんだ!? そのせいで一緒に居られなくなってもいいのか!?」「一緒もなにも……私達は、もう別れているわ」「例え別れていても、お前は俺のものだ。離れるなんて絶対に許さない。ああ~もういい。今回の件は、森に責任がある。お前にスマホを渡したのだから。今日限りでクビにする」「そ、そんな……彼女は何も悪くないのに」「春美に余計なものを渡した時点で重い罪だ。クビだ! 二度と春美の前に現れるな」 涼介は、怒りで森にクビを言い渡してくる。「願いです。旦那様……クビだけは」「そんな……これは私のせいよ。お願いだから、クビにしないで」 春美と森は一生懸命に取り消してくれと頼んだ。しかし涼介の怒りは収まらなかった。「クビと言ったらクビだ。お前の義両親には必ず責任を取ってもらう」「……えっ? 何をする気よ!?」「それだけではない。しばらくのお前は別のところに住んでもらう。落ち着いたら、百戸してやるから、しばらくそこで大人しくしていろ」「ちょっと、ちゃんと答えてよ!? 義両親に何をする気よ? そんなに気に入らないなら、私を捨てたらいいいじゃない。何で、そこまでするの!?」 春美は必死になって涼介に食ってかかった。そこまでする必要性があるのだろうか? 神崎涼介が溺愛しているのは星野美優なのに。大切にしているのなら彼女だけを愛した
迷惑をかけると分かっていたが、どうしても限界だった。 事情を詳しく話すと、義母は泣いていた。「お義母さん。泣かないで」『だって……こんな事になるとは思わなかったの。春美……ごめんなさい。あなたに隠していたことがあるの』「……えっ?」 そうしたら義母は重い口を開いた。……あなたは、施設で捨てられたと言っていたわよね? 幼いあなたを私達が引き取った時に園長先生から、あるモノも一緒に頂いたの」』「あるモノ?」『それはロケットペンダントよ。拾った時に籠と一緒に入っていたらしいわ。あなたが、大きくなって母親のことを聞いてきた時に、渡してほしいと言われたの。その中には、あなたにそっくりな若い女性が赤ちゃんを抱いている写真が貼ってあったわ。母親の写真だと思う』「えっ!? それは本当?」 知らなかった。自分の出生の手掛かりは、赤色の星の痕だけかと思っていたからだ。 まさかロケットペンダントがあったなんて。しかも赤ちゃんの頃の自分を抱いた母親の写真。『なかなか渡せなかったの。あなたが私達に笑顔を向けられるたびに。本当の娘として育ってきたから、それを見せたら実の母親を恋しくなるのではないかと思って。奪われる気がして……勝手な嫉妬で隠してしまったわ』「……お義母さん」『……でも、それが間違いだったのかもしれない。星野グループが載っている雑誌を読んだ時に、気づいたの。若い頃の写真だったけど、社長夫人の顔があまりにも、あなたに似ていたのよ』「……えっ?」 それって、どういうことだろうか? 星野グループって、星野美優の実家だ。 だが、すぐに嫌な予感がした。確か、涼介が言っていた。 星野美優も赤ん坊の頃に、施設の前に捨てられた過去があった。そして彼女と春美はお互いに同じ年で首筋に星の跡がある。『……雑誌には、事情により赤ちゃんと離れ離れになってしまったと書いてあったわ。必死に探していて、やっと見つけた子が女優の星野美優。ねぇ……もしかして、本当の娘さんって、あなたのことじゃない?』 春美は衝撃を受ける。もしかしてと思ったことが、義母の言葉から聞かされてしまった。 もし、そうだとしたら……? 事実としたら、星野美優と加賀野春美は入れ替わったことになる。本当だったら、春美が星野グループの社長令嬢だということだ。(そんな……だったら、彼女は今まで噓をつ
『神崎社長とは、どれぐらいのお付き合いなんですか?』『婚約のことですが。プロポーズは、どのような言葉で?』 星野美優は恥ずかしそうに少し下を向くが、すぐに前を見直した。『涼介さん……あっ、神崎社長との真剣なお付き合いは2年前に。私が留学から戻ってきた後に、ずっと好きだったと言われて。私が女優だから諦めていたと。でも離れて、その気持ちを再確認して、後悔したくないと言われました』『まぁ、素敵ですね。では、それで交際を始めたと?』『はい。その言葉に心を打たれて。こんなに愛してくれる人が居て、私は本当に幸せ者です』 そう言いながら目尻に涙を浮かべて微笑んでいた。 春美は、それを聞いた瞬間「どこが?」と思った。いや……ある意味、正解ではあるが。 きっと、ネットでは2人のことは大絶賛だろう。理想のカップルとか、プロポーズまで素敵だとか言われているのだろう。 ハハッと笑ってしまう。言っていることは噓ばかり。 何が付き合ったのは2年前だ。ずっと前に繋がっていたくせに。海外に行っても連絡を取り続けていた。(自分だけ愛していると言っているけど、涼介は私とも関係を続けているじゃない。しかも子供だって作ろうとしているのよ) 激しく抱いては、子種を散々まき散らして行くぐらいなのに。 本当に子供を作ってしまおうか? そうしたら彼の心が少しは自分に向くだろうか? 彼は確かに星野美優を愛している。大切に扱ってはいるし、誰よりも気にかけている。 だが、満足はしていない。 事実、涼介は抱いている時は、春美を強く求めてくる。何度もキスをしてくるし、自分の名前を呼び続ける。今朝だって、そうだった。春美は、グッとスプーンを強く握る。(彼女が居なくなれば……彼は私のこと愛してくれるのに) だが、ハッとすぐに我に返る。(いけないわ。意識をちゃんと持たないと) ここ最近になって2人のことを考えると、よくない思考ばかり考えてしまう。 精神的に参ってしまっている。 2年も閉じ込められているのだ。少しずつだが春美の心を蝕んでいく。 春美は、これままでは良くないと思い、立ち上がる。だがフラッと身体がふらついてしまう。咄嗟にテーブルに、もたれたから倒れずに済んだが。「春美様。大丈夫ですか!?」「ええ、ちょっと目眩がして。お手洗いに行きたくなったから。森さん、手伝ってくれる