「一緒のシフトはいるのははじめてだよね?」
事務所からでてきた斉藤は春陽の横に立った。
「斉藤慶司(さいとうけいじ)です、よろしく」
振り向いただけでは視線が斉藤のユニフォームの胸元だったため春陽は顔をあげた。
「渡辺春陽です……」
156センチしかない春陽は大体の人を上目に見ないといけないが見上げないとならず、それが春陽を萎縮させる。
--お客さんはいないし、売場の手直しでも行ってようかな。
横に年の近い人間が立つのは居心地が悪かった。
あの日以来、春陽は自分から誰かの近くによる事がなかった。不運にも春陽と組んでしまったりグリープが同じになったり、たまたま隣に並んでしまう事があると女子ならば眉間を寄せ嫌な顔をするが春陽の存在を無視した。男子ならば吐く真似をしたり悪口を言ったりした。
自分の近くに普通の他人は来たがらないと春陽は認識していたので斉藤が普通に真横に立った事が対処できず自分から離れようとした。
「渡辺さんは高校生だよね?」
更に話しかけられて春陽ば内心ビクリとした。
「はい……」
「何年?」
会話が続く。
「……1年です……」
「まだ1年?若いなぁ。俺は大学2年、この隣駅近くにある大学に通ってるんだ」
「はぁ……」
「渡辺さんはどこの高校?」
--質問、続くの?
そう思うが他人をあえて不愉快にさせたくは無い。
「新島商業です」
隠すほどでもないため答える。
「商業高校なら検定とかあるし高校は部活もあるし、忙しいでしょ。バイトもけっこう入っているみたいだし、大変じゃない?」
「……」
「あれ?俺変なコトきいた?」
「あ、大丈夫です……。私、部活には入っていないので……」
「新島商業って有名な部多いよね、公立だけど野球は甲子園いっていたりバスケやバレーも強かったよね?」
春陽の通う県立新島商業高校は文武において公立では有名な学校だった。野球部は過去数回甲子園出場、プロ選手も出している。バスケ部やバレー部も県代表になったことがある。他にも柔道部や弓道部なども強豪とされている。文に関しても高校数学オリンピック出場や高校生クイズ大会上位進出など有名であった。
「バイトは、うちシングルマザーなので……」
他人の家庭の生活苦など話をやめるだろうと春陽はあえて家庭環境の話しをした。
「高校から家の為にバイト、渡辺さんは偉いんだね」
関心したように斉藤が言ったので春陽の心の中に不思議な気持ちが渦巻く。
「俺はさ、自分がやりたい事に未練があって親と喧嘩して今の大学に編入したんだ。そしたらウチの親学費出してくれなくて!今は苦学生になったんだ」
嘘か本当か?斉藤は自分の身の上話を楽しげに話した。
斉藤があまりに普通に話すので春陽の萎縮もとけていた。だからか。
「やりたい事ですか?」
自然と春陽から言葉がでていた。
それには自分自身が驚いた。
「うん、やりたい事」
斉藤の眼鏡越しの目が優しく微笑んだ。
--?
その笑顔に一瞬だけ既視感を覚えた春陽だったがそれがなんなのかはわからず受け流してしまった。
「タバコちょうだい、27番」
1人の客が入ってくるなりレジ前にたちタバコを指さした。
「はい、27番のタバコですね!」
春陽は慌ててタバコを取ろうとしたが「はい」既に斉藤がタバコを取り春陽に差し出した。
「あ、ありがとうございます」
タバコを受け取る為手を出すとタバコを持った斉藤の指と春陽の指が微かに触れた。
「あ、ごめんなさい!」
春陽が慌てて手を引っ込めた為タバコが落ちそうになったが斉藤は瞬時に掴み、今度はタバコを直にテーブルに乗せた。
「ありがとうございました」
客を見送ってからもあんな些細なことでと春陽は恥ずかしさに俯く。
--指先が触れただけなのに急にあんな手を引っ込めるなんて、過剰だと思われる。でも私なんかに触ってしまって気分悪くするかな?
「渡辺さんは、彼とかいないの?」
「!」
突然の質問に春陽は目を丸くした。
「い、いません!私なんかと付き合う人いません!」
全否定で叫んだ。
「……」
春陽の反応に驚くと共に斉藤はその言葉に違和感を覚えた。
「いきなり変な質問しないで下さい」
「ごめん、指触れただけであの反応ははじめてだったから……」
苦笑いしながら言う斉藤に悪気はなさそうだったので春陽は早くこの話題を終わらせたかった。
--私なんかを好きになる人がいるはずない、だって私が私を1番嫌いなんだから。
女子高校生の話題の大半は恋愛絡みだと世間一般はなっているのだろう。
しかし春陽は恋愛に関してまったく興味が無かったのだ。
以前、エアネストというアイドルが大好きだった時。その中でも春陽の推しはメインボーカルのKEIというメンバーだった。異性に興味をもてたのは多分あの一度きり。しかし春陽の中でエアネストのKEIは現実ではなくあくまでも商品だと理解した上での好きだったのでやはり恋愛には結びつく事はなかった。
3年近く経つのにエアネストの事を思い出すと悲しくなる。エアネスト解散後もメンバーの内数人はまだ芸能活動をしていたがその個人を応援する気持ちもおきず、新たな推しグループなどを見つける気持ちもおきず。
今の春陽は趣味も何もなく本当に毎日がただ繰り返し去っていくだけのものだった。
だからなのか、斉藤が先程言ったやりたい事に興味がわいた。
一度進学した大学も捨て、家族にも反対されながら未練があるものなんて、少し羨ましい気持ちにもなった。
「さっき言った斉藤さんがやりたい事は何なんですか?」
話題を変える為でもあったが今度は春陽が質問した。
「映画」
「映画?」
「そう、映画を作りたいんだ」
予想外の答えに春陽は驚いた。春陽にとって映画は娯楽で観に行く物でしかなかったから。
「作るんですか?」
「そう、作るんだよ。構想を考え台本を作ってキャストを考えてそれを形にするんだ」
例えばね……、と今まで構想したいくつかの話を斉藤は接客の合間に話してくれた。
「おはようございます」
少し遅れていたお弁当の最終便の配達員が入ってきた。
30分も我慢できるのかと思っていたにもかかわらず既に時間は19時30分になろうとしていた。
店長やおばさんの会話に相槌打つだけも続くのが10分程が限界だったのに1時間近く話しをしていたのだ。
とても不思議だったが春陽は嫌ではなかったと感じていた。
それからすぐに一般商品とドリンクも搬入されたため春陽も斉藤も品出しに追われて時間が過ぎていった。
「渡辺さんはもうあがる時間でしょ?」
時計を見ると既に22時を回っていた。
「はい、すみません。お先にあがります」
春陽は事務所に戻りロッカーにユニフォームをしまいコートとマフラーを羽織った。
「それじゃあ、お先に失礼します」
まだ夜勤が残る斉藤に挨拶をした。
「お疲れ様、きをつけてね」
春陽はぺこりと頭を下げ店を出た。
暖房の効いた店内とは違い外は肌が痛くなるような寒さだったが、春陽の心はほんのり暖かかった。
普通に他人とお喋りできた事が少し嬉しかった。
自分は何時も独りで大丈夫だと気丈に言い聞かせていてもたまらずに寂しさを覚える事がなかったわけではないのだ。
--今日のシフトは、楽しかったな
その思いを春陽は正直に受け止める。
ウィルモット店内。 「準備はいいか?」 映像配信用に集めたわずかなスタッフとコンパクトな FDR-AX45カメラを構えた慶司、そして端に立つ誠と廉に見守られ12時までのカウントダウンにはいった。 「5.4.3.……」 「さて、ちょうど12時ですね!」 「配信をみてくれているファンの皆様、1年ぶりです!」 「エアネストのHIROです」 「YUZUです!」 「TANIです!」 アイドルらしく明るく、元気で爽やかに。3人は挨拶した。 「今日発売のスーリール、聴いてくれたかな?」 「笑顔がテーマの楽曲でオレとHIROのツインボーカルになっているんだけど……」 「ボクのラップ箇所が無いんだよ!何で⁉︎」 「なぁ、3人メインの楽曲だと思ってたらYUZUがハブられてたんだよな」 「あ、HIRO酷い!」 そんな感じで配信は進行していく。 出だしから接続者数は相当な数になっていた。 エアネストはTANI、KEI、YUZU、HIRO、MAKIの同級生5人が中学2年生の4月にデビューしたアイドルグループだった。アイドルグループの数が増え競争は激しかったが一定数のファンを獲得しテレビにもレギュラーででれるグループには成長した。 しかしある事情でメインボーカルのKEIが芸能活動できなくなる事になった。メンバーとずっとマネージャーとして5人を支えてきた兄的存在の誠は真剣に話し合いをして5年で活動を終える事を決めた。 MAKIも芸能活動を引退し趣味だった料理を勉強する為1年イタリアへ留学を決めた。 TANIは谷直樹として俳優業に舵を切り、サラサラな黒髪、シャープなアーモンドアイには艶のある黒い瞳、唇は薄めで東洋美男子を絵にしたような見た目からモデルとしても活躍していた。HIROも俳優として活動をはじめていた。つり目気味の丸みをおびた瞳は明るいブラウンで少しくせ毛のブラウンの髪と合わせて「茶トラ」と呼ばれ人気を得ていた。茶トラのニックネームは自らのインスタにあげた飼い猫、茶トラのチャーとのツーショットが「似てる!」とバズった為でもあった。YUZUに関しては元々の明るさとトークのうまさでタレントとしてバラエティ番組に多く出演していた。タレ目気味のクリッとした瞳もサラっと揺れる柔らかいライトブラウンの髪も「あざと可
大塚舞(おおつかまい)は自分が変わっていると自覚している。だから自分が友達付き合いが非常にヘタなことも自覚していた。 明るく大雑把で見た目はまぁまぁな美人、くるもの拒まずの気質から人は多く寄ってきた。 しかし集団で同じでないと駄目、ノーも言えない女子のグループ行動が大嫌いだった。 高校2年生に進級するとクラス替えがおこなわれた。 この機会に1年時の縁は綺麗にリセットして新たな友達を探すことにしていたのだが休み時間の教室は自分のようなタイプの女子に数人の女子が集まった光景ばかり、現在自分の周りにも呼んでもいないのに3人程が集まって話をはじめていた。 彼女達の話題は限定で復活したらしい男性アイドルの話で舞はまったく興味がなかった。好きなメイクや服の話も女優やアイドルの真似ばかりの話でイライラした。 素材がまったく違うのに流行でしか服もメイクも選べないなんて! --つまらない!誰か私と友達なれる子いないの⁈ キョロキョロと教室を見回す。 ピタリと左後方の奥で目を止めた。 --彼女は…… 窓際最後列の席に座りのんびりと外を眺めている姿があった。 ふわっとウェーブのかかったダークブラウンの髪が肩にかかる毛先で跳ねている。かおの輪郭は丸みがありバランスのよい丸い目が可愛らしい。 --誰だっけ? クラス替えの後に初見の人もいるからと全員の自己紹介を1時間かけておこなわれたのだが、舞の記憶に彼女はまったく残っていなかった。 「舞、どうしたの?」 舞の様子に気づいた1人がたずねた。 「あの隅の子、誰だっけ?」 3人は舞と同じ方向に顔を向ける。 「あぁ、渡辺さん?渡辺春陽さん」 「知ってるの?」 1人が名前を教えてくれた。 「小学校も中学校も一緒だったけどクラスが同じになったのは今回がはじめてだよ。昔からいつも1人でいるイメージしかないけど」 「ふーん、そうなんだ……」 彼女の雰囲気は柔らかそうで気持ち良さそうだけど。 昔からいつも1人だとは。付き合い辛い子なのかな? 自分で試してみればいいか。大事なのは自分が友達でいられる子を見つけることだから、そう考えて舞は次の休み時間を待つことにした。 しかし運悪いのか次の休み時間は授業準備の手伝いを言われていたらしい春陽が早々に消え、両手に
「悪い、俺一度抜けて彼女を家まで送ってくる」 斉藤は仲間の元に戻りそう言った。 「彼女?」 「え、マジ?」 仲間は興味深かけにきいてきたが斉藤は違うとこたえた。 「バイト仲間の子、まだ高校生だよ。映画に興味もって欲しくて今日のチケットあげたの俺だから安全に送り届けないとだろ」 「へぇ」 「じゃあ1時間位でもどるから」 仲間にはそれだけ言って春陽の元へ駆け寄る。 困った様に待つ春陽はどこか小動物のようだった。 小さな背格好のせいなのか、周囲に怯えた様な態度のせいなのか。 斉藤は他意もなくかわいいと感じた。 「お待たせ、行こう」 ためらいがちで動かない春陽の手をとり歩きはじめる。 その手にビクッとなった春陽だが素直に斉藤の背後を歩いてついていく。 「アパートがこのすぐ近くだから一回寄って車で送って行くね」 わざわざ車をとりにいき送ってもらうなど迷惑だろうとわかっていたが繋がった手を春陽は離せなかった。 だから。 「ありがとうございます」 と、返した。 ミニシアターをでて商店街の奥に少し入りこむと小さな公園があった。ブランコと滑り台しか遊具はなく、あとはベンチが1つと立派な桜の木が一本だけ立つ。 その公園の横で斉藤は指を指した。 「あのアパートだから」 公園の真向かいにアパートが2つ並んで建っていた。 アパートの窓は東南にある公園側に向いており、この桜の木が満開になった時にはこのアパートの部屋から絶景が見れるのだろうと春陽は少しうらやましくなった。 「桜、好きなの?」 数度桜の木を見上げる春陽に斉藤はきいた。 --好き? 桜の開花宣言をきいても、満開になっても桜の花を綺麗だと感じても心をときめかすこともなかった。実際に花見をほとんどした事が無かった。 ならば何故今年は昼通った公園でも今もこんなに心惹かれるのだろうか? 桃色の花があんなに心に残るのか? 春陽自身わからなかった。 「わかりません、ただ……」 ただ。 「今年の桜は綺麗だな、と」 春陽の答えに斉藤は笑った。 「まだ数輪しか咲いてないよ?」 「そうですね」 春陽はもう一度桜の木を見上げた。 見上げる春陽の瞳に斉藤はクスリと笑みながら。 「満開になったらまた
「おはよう」 斉藤が事務所に入ってきた春陽をみて挨拶をした。 「あ、おはようございます」 ぺこりと頭を下げて春陽は斉藤に挨拶を返した。 土曜日の朝6時になる頃。 外はまだ薄暗い。 「今日は何時まで?」 「13時までです」 シフトをはじめて一緒に入った日から1ヶ月程経ち、斉藤との挨拶や少しの会話は春陽も慣れてきた。 「明日は?仕事?」 「いえ、明日はお休みです」 3月に入ってから卒業旅行でお金が欲しいからと高校3年生のアルバイトが余分にシフトに入った為春陽の休みが普段より少し多くなっていた。店長は悪いね、と頭を下げたが春陽は別に気にしなかった。 あれから斉藤が映画に興味をもってもらおうと春陽に数枚映画DVDを貸してくれていたのでそれらを観る時間にあてられていたのだ。 斉藤が面白いよと貸してくれる映画は洋画邦画問わず様々なジャンルだったがどれも春陽も気に入った。 映画は高いから観に行くこともなかったし、TV放送の映画すら観なかったのでここまで映画を楽しめる様になり斉藤には感謝している。 「明日の午後駅前のミニシアターで幾つかのサークルと合同で短編映画の上映をするんだけど、観てみない?誰か誘うならその分のチケットも渡すけど」 バイトと学校以外ほとんど家を出ることのない生活をおくる春陽には誘う相手、すなわち友達などいなかった。 「あ、興味なかったかな?」 こたえに困っていた春陽に斉藤がハハ……っと申し訳なさそうに苦笑いして言った。 「あ、違います!興味は凄くあります!」 凄く!でもないかもしれないが……、とも思ったが春陽は斉藤の申し訳なさそうな顔に慌てて否定した。 「行く友達、いなくて……」 「……」 「私1人で……」 誘える友達すらいないなんて変に思われてしまうだろうな、と恥ずかしいのか惨めなのか複雑に春陽の心が軋んだ。 「映画鑑賞なんて1人でも複数人でいってもかわらないよ、真っ暗な中で黙ってスクリーン観るだけなんだから」 斉藤の受け流しにホッとする。 「そうですね、なら私1人分をいただけますか?」 斉藤は自分のバッグからチケットをとりだし春陽に差し出した。春陽はそれを受けとり失くさないよう大切にサイフの長札入れにしまいこんだ。 --一緒に行くわけでもないけ
「一緒のシフトはいるのははじめてだよね?」 事務所からでてきた斉藤は春陽の横に立った。 「斉藤慶司(さいとうけいじ)です、よろしく」 振り向いただけでは視線が斉藤のユニフォームの胸元だったため春陽は顔をあげた。 「渡辺春陽です……」 156センチしかない春陽は大体の人を上目に見ないといけないが見上げないとならず、それが春陽を萎縮させる。 --お客さんはいないし、売場の手直しでも行ってようかな。 横に年の近い人間が立つのは居心地が悪かった。 あの日以来、春陽は自分から誰かの近くによる事がなかった。不運にも春陽と組んでしまったりグリープが同じになったり、たまたま隣に並んでしまう事があると女子ならば眉間を寄せ嫌な顔をするが春陽の存在を無視した。男子ならば吐く真似をしたり悪口を言ったりした。 自分の近くに普通の他人は来たがらないと春陽は認識していたので斉藤が普通に真横に立った事が対処できず自分から離れようとした。 「渡辺さんは高校生だよね?」 更に話しかけられて春陽ば内心ビクリとした。 「はい……」 「何年?」 会話が続く。 「……1年です……」 「まだ1年?若いなぁ。俺は大学2年、この隣駅近くにある大学に通ってるんだ」 「はぁ……」 「渡辺さんはどこの高校?」 --質問、続くの? そう思うが他人をあえて不愉快にさせたくは無い。 「新島商業です」 隠すほどでもないため答える。 「商業高校なら検定とかあるし高校は部活もあるし、忙しいでしょ。バイトもけっこう入っているみたいだし、大変じゃない?」 「……」 「あれ?俺変なコトきいた?」 「あ、大丈夫です……。私、部活には入っていないので……」 「新島商業って有名な部多いよね、公立だけど野球は甲子園いっていたりバスケやバレーも強かったよね?」 春陽の通う県立新島商業高校は文武において公立では有名な学校だった。野球部は過去数回甲子園出場、プロ選手も出している。バスケ部やバレー部も県代表になったことがある。他にも柔道部や弓道部なども強豪とされている。文に関しても高校数学オリンピック出場や高校生クイズ大会上位進出など有名であった。 「バイトは、うちシングルマザーなので……」 他人の家庭の生活苦など話をやめるだろうと春
学校でたった1人過ごす事になれて数年、春陽は中学3年生になっていた。教室の窓から外を眺めると落ちた枯葉が校庭の地面を風に煽られ走っていた。1カ月程前まではまだ半袖でも過ごせる日があったのに12月を間近に控えてやはり寒くなったと感じる。 あと10日程すれば自分の誕生日がやってくる。しかし春陽は自分の誕生日が好きではなかった。自分の誕生日周辺は不幸ばかり起きるから。 産まれた日は父と祖父母の死。 1歳になる時には祖父の死。 8歳の時には友達を失った。 大なり小なり、誕生日にはいい事がないのだ。 --今年も何かあるのかな?風邪ひく位ならいいけど。 誰かを、何かを失うのは嫌だと心底思う。誰かを、何かを失うならばいっそのこと自分を失ってしまえばいい。母と祖母以外に悲しむ人もいないのだから。 しかし、その大事な母と祖母を悲しませる事は自分にはできない。 だから3人で過ごす誕生日は2人の前では笑顔でいなければ、と春陽は思った。 それに近年、誕生日でもいいコトがあった。 現実の身近な人は誰も彼もシングルマザーの家庭だから、貧乏だから、笑顔も見せない無愛想なブスだからなどと散々人を傷つけてくるけれど。 数年前、祖母とみていたテレビの映像に自然と笑顔になっている自分に気づいた。それはデビューしたてのアイドルグループが出演していたバラエティ番組だった。全ファンにむける平等な笑顔やトークに癒され、その歌に元気付けられた。 それから彼等が出るテレビ番組やラジオ番組は欠かさず録画、録音して見聞きし、雑誌記事は本屋で立読みをした。今まで何かに情熱を傾ける事がなかった反動もあったのかもしれない、春陽の1人きりの推し活は熱がはいっていった。推し活が3年目を迎えようとした中学1年の時、いつか彼等のライブに行きたいと思っていた春陽はその準備としてファンクラブへ入りたいと思った。母にお願いするのは簡単な事ではあったがたった数千円が家にとってどれだけ大事か解っていた春陽は母にファンクラブの会費を誕生日プレゼントにして欲しいと頼んだのだ。 物として残らないからと最初は渋った母も春陽の必死の頼みにおれてくれた。そして祖母は少ない自分のお金から毎年発売されるアルバムを誕生日プレゼントしてくれるようになった。 今年もまた更新をしてもらい、9月に発売された