LOGIN学校でたった1人過ごす事になれて数年、春陽は中学3年生になっていた。教室の窓から外を眺めると落ちた枯葉が校庭の地面を風に煽られ走っていた。1カ月程前まではまだ半袖でも過ごせる日があったのに12月を間近に控えてやはり寒くなったと感じる。
あと10日程すれば自分の誕生日がやってくる。しかし春陽は自分の誕生日が好きではなかった。自分の誕生日周辺は不幸ばかり起きるから。
産まれた日は父と祖父母の死。
1歳になる時には祖父の死。
8歳の時には友達を失った。
大なり小なり、誕生日にはいい事がないのだ。
--今年も何かあるのかな?風邪ひく位ならいいけど。
誰かを、何かを失うのは嫌だと心底思う。誰かを、何かを失うならばいっそのこと自分を失ってしまえばいい。母と祖母以外に悲しむ人もいないのだから。
しかし、その大事な母と祖母を悲しませる事は自分にはできない。
だから3人で過ごす誕生日は2人の前では笑顔でいなければ、と春陽は思った。
それに近年、誕生日でもいいコトがあった。
現実の身近な人は誰も彼もシングルマザーの家庭だから、貧乏だから、笑顔も見せない無愛想なブスだからなどと散々人を傷つけてくるけれど。
数年前、祖母とみていたテレビの映像に自然と笑顔になっている自分に気づいた。それはデビューしたてのアイドルグループが出演していたバラエティ番組だった。全ファンにむける平等な笑顔やトークに癒され、その歌に元気付けられた。
それから彼等が出るテレビ番組やラジオ番組は欠かさず録画、録音して見聞きし、雑誌記事は本屋で立読みをした。今まで何かに情熱を傾ける事がなかった反動もあったのかもしれない、春陽の1人きりの推し活は熱がはいっていった。推し活が3年目を迎えようとした中学1年の時、いつか彼等のライブに行きたいと思っていた春陽はその準備としてファンクラブへ入りたいと思った。母にお願いするのは簡単な事ではあったがたった数千円が家にとってどれだけ大事か解っていた春陽は母にファンクラブの会費を誕生日プレゼントにして欲しいと頼んだのだ。
物として残らないからと最初は渋った母も春陽の必死の頼みにおれてくれた。そして祖母は少ない自分のお金から毎年発売されるアルバムを誕生日プレゼントしてくれるようになった。
今年もまた更新をしてもらい、9月に発売されたアルバムを買ってもらえる事がとても楽しみだった。
香織の給料が振り込まれる11月30日。香織はATMで生活費分をおろし、その中から春陽の誕生日プレゼントであるファンクラブ会費を振り込もうとしたのだが。
振り込みの為に確認したスマホ画面をみて驚いた。
21時までの夕勤を終え帰宅した香織はまだ勉強をしている2階の春陽の部屋へむかった。「春陽、今大丈夫?」
春陽はドアの方に振り返ると「うん」と手にしていた鉛筆をノートの上に置いた。
香織は言いにくいそうに「あのね、……」と口をひらく。
「どうしたの?」
香織が言い淀む事はめずらしい。
「昼間の休憩の時にね、約束の会費を振り込もうとしたんだけど……。
香織は手にしていたスマホを春陽に渡す。
春陽はまだ自分のスマホがないため香織のスマホでファンクラブの手続きを全て行っていた。
画面はファンクラブのお知らせページがひらかれていて、春陽は画面に視線をおとした。
--お知らせ 日頃より当ファンクラブへのご支援まことにありがとうございます。この度は事情により12月以降更新となる会員さまの更新受付並びに新規入会手続きを停止いたしております。詳しくは12月1日12時よりメンバーによる記者会見をおこない発表致します。
「会費、振り込めなかったの……」
春陽はショックと不安でその後勉強をする気にはなれなかった。ベッドにはいっても眠る事もできなかった。
春陽には自分のスマホが無いため学校に行ってしまえば12時からの会見内容を帰宅するまで知る事ができない。学校に行きたくない、イジメにあって気持ちが落ち込んでも思う事がなかった願いだが、それが無理だとはわかっていた。 学校に着いても授業に集中できないまま昼休みになった。普段ならば他の生徒の会話も内容を留めず右から左へと流していた。けれど。」
「ねぇ!エアネストが解散だって!」
スマホを教室で使うことを禁止していても守る生徒が少ない事は教師も目をつぶっている。
女子生徒の1人がスマホの画面を他に見せながら叫んだ。
春陽もその女子生徒へ顔をむけた。
「ウソっ…。」
「やっと売れてきたのに何で今?!」
「ショックすぎる!」
女子生徒の周りに集まって騒ぎ立てる。
--解散……?
春陽は頭は真っ白になった。
エアネストが春陽の唯一の活力源だった。
女子達から総無視され影で悪口を言われても、男子達からブスだ臭いだと罵られても、教師達がイジメを無視するどころか春陽を空気の様にあつかっても。エアネストの推し活で頑張れていたのに。
--失くなってしまう。
物心つかない頃の父や祖父母の死より、友達からの裏切りなんかよりも、春陽の心は潰れてしまいそうな痛みをおぼえた。
--本当に先か後か当日か、誕生日は嫌な事が起きる。
15歳の誕生日もお祝いする気分で迎えるコトができなかった。
勉強は嫌いではなかったけれど学校は嫌い。生徒同士で協力することも協調性をもつことも春陽にはできなかったから。だが、できないという言葉は少し間違えかもしれない。
相手から拒否されるから先に春陽から協力をしないし、協調もしなかっただけだから。
だから高校には進学しなくてもいいと考えていた。進学するならば高校卒資格も得られるような専門学校でよかった。
しかし専門学校は予想以上に授業料がかかることを知った。
それに香織が高校だけはいっておいてほしいと願っていた。
仕方なく経済的に負担が少なく、卒業後はすぐに就職できるだろう商業高校へ進学をした。
商業高校では検定試験がいくつもあり土日が潰れてしまうこともあったが、それでも時間を作り春陽はアルバイトをはじめた。バイト先は近所にあったコンビニで、平日は火水木の週3日17時から22時までの夕勤土日は出れる日だけ朝6時から働いた。
慣れない頃は声が小さい、動作が遅いと怒る客もいて気分もかなり落ち込んだが店長や一緒に働く近所のおばさんがよい人で救われた。「渡辺さん、今日の夕勤はボク19時までしかいられないけど夜勤の斉藤くんがきてくれるから安心して」
ユニフォームのファスナーを首元まで上げ終わったタイミングで店長が事務所に顔をだしてそう告げた。
--斉藤さん……。
春陽の頭の中にボヤっと背の高い青年の姿が浮かんだ。
確か自分よりも少し後に入った夜勤の大学生、背が高くいつも寝癖で跳ねた髪に確か眼鏡をかけていた。
自分が夕勤であがる時にちょうどすれ違う為挨拶だけはしているが。
--安心か。
店長かおばさんと組むのがほとんどでそれ以外でも店長の奥さんや妹さんが臨時ではいっていたので他人と、それも苦手な男性とはいる事に不安だらけだ。
--荷物もくる日だし、品出しと掃除していればあまり関わらなくてすむかな。
今日は新商品が多く入る火曜日だった。
--私みたいなのとわざわざ話をしようとも思わないか。
春陽が自然に会話できるのは母と祖母だけだった。少し気をつかう程度ならバイト先の店長家族とおばさん、それに常連の年寄りでも大丈夫にはなった。
-まぁ、3時間の我慢だから。
そう励まして定時5分前ではあるけれどレジにはいった。
18時をまわる頃は学校帰りの生徒や仕事帰りのサラリーマン、子供を習い事に送るのだろうか親子連れで店内は夕方のピークをむかえていた。2月にはいったばかりの寒さにお客の大半がレンジで温めを希望する為レジは2台開けていても数人のレジ待ち列ができていた。
てんてこ舞いの状況の中「おはよう」と頭の上から声がかかった。
「あ、おはようございます……」
見上げると斉藤がレジ前に立っていた。
「あとで自分でとるからピザまんとポテト、コード決済でお願い」
と言ってスマホをだした。
「はい、」
レジのタッチパネルでピザまんとハッシュポテトを打ちコード決済の為にスキャナーをスマホにかざす
「ありがとう」
そう言って斉藤は店長側のレジ横にある入口から入り買った品を自らとり事務所に消えた。
--来るの早い……。
春陽はそんなコトを思ったがすぐに接客に意識を戻した。
ピークが終わり店内に客がいないのを確認すると店長は事務所に入った。すぐに出てきた時ユニフォームは脱がれていた。
「斉藤くん、もう入れるらしいからボクはもうあがるね、何かあったら電話してくれて大丈夫だから。渡辺さん、じゃあね」
店長はそう言いながら店を出て行く。
「お疲れ様でした。
春陽は見送るしかなかった。
ピークは多分先程のが1番だっただろう。お弁当の最終便がくるのは19時少し過ぎ。一般商品とドリンクがくるのは19時半。
掃除は17時までのパートさんが帰り際に終わらせておいてくれていた。
--30分、何しよう?
ウィルモットで働くミユキこと黒田深雪(クロダミユキ)21歳はパシオンエンターテイメントに所属するモデルだ。175センチの長身がコンプレックスだった高校時代。修学旅行ではじめて行った原宿で事務所の人に声をかけられた。両親は賛成をしてくれたわけではないが反対もしなかった。自分で決めればいい、とだけ言われた。進学予定だった専門学校をやめて卒業と同時に事務所と契約、寮に住みながら事務所の育成カリキュラムを受けた。1年経ってモデルとしていくつか仕事がくるようになって寮も出ようかと思った時に事務所の野村から声をかけられた。「寮を出るなら少し離れるけど事務所所有の花塚のマンションにいかない?時間がわりと自由なバイト先も付けるよ。都内来るまで乗り換えなしで70分しかかからないし、いい話だと思うんだけど」花塚からなら上野へも新宿へも電車一本で70分しかかからない。都心より物価もだいぶ安いと聞く。事務所所有のマンション家賃は相場の7割程度で寮より自由が効く。更に時間がわりと自由なバイト先まで紹介してくれるなど、深雪が断る理由はなかった。そして紹介されたバイト先がオープンして間近のウィルモットだった。2つ年上の正木廉さん。野村がマネージャーをしていたアイドルグループエアネストのメンバーのひとりだった人。中学時代に好きだという友達がいて名前は知っている程度のアイドルグループ。1番人気のグループの顔的存在KEI、身長も高くてかっこいいTANI、ヤンチャで明るいYUZU、ツンデレ王子のHIROの4人に比べてイマイチパッとしなかったメンバーがMAKIだったと記憶していた。花塚駅前に建つ事務所所有のマンションへ引っ越しを終えると一応の面接の為に開店前の店へ足を運んだ。「すみません、面接に来た黒田です」店のドアを開けて声をかけると奥から男性が1人近寄ってきた。「黒田深雪さん、ですね。その手間のテーブルにかけて下さい。飲み物はコーヒー、紅茶どちらがよいですか?」自分より少しばかり背が高いだろうか。見上げるほどではないから180弱程度か。短めにカットされた硬質の黒髪は軽く流す様にワックスで固められている。あらわになた額から鼻筋の美しさが際立つ。整えられた髪と同じく硬質の眉と切れ長気味の目。--実物、めちゃくちゃカッコいいじゃん!深雪は心の中で叫び声をあげた。「
舞がコーディネートした服を持って試着室で着替える。「フェミニンスタイルは本当はショートよりもセミロング位がいいんだけど…。春陽、切っちゃうし!」そこは舞にはかなり気に入らない部分だったらしい。天然パーマの春陽には短い方が楽ではあるのだが。これから湿度が上がってくる時期になれば尚更に。でも、さすがファッション学部 ファッションデザイン専攻で学んでいるだけはあって舞のセンスの良さは間違いない。舞が選んだ服を着た鏡の中の姿は別人に見える。カーキの薄手ニットセーターに若草色のシアーブラウス。下は8部丈のダークグレーのシフォンパンツ。「着れた?」試着室の外側から舞が声をかける。「着れた」試着室のドアを少し開き春陽が顔だけ出した。「着れたなら見せてよ、改善もできないでしょ」「そうなんだけど……」普段、お洒落をすると言っても持っている服の中でする程度だった。1番まともなお洒落でも先日着たワンピース程度なのだ。大人可愛いフェミニンスタイルなどハードルが高かった。「ほら!」舞が力まかせにドアを開ける。「……」「……」「やっぱり可愛いじゃない!」「に、似合わないよね!やっぱり!」「……」「……」「え?」結果、舞のコーディネートした服を購入、さらにそれに合わせたライトブラウンのショートブーツを購入した。「せっかくなら全部買ったモノに着替えてしまえばよかったのに」ランチ時の混雑回避の為13時を回ってからウィルモットへと向かった車内で舞が残念そうに言った。「きっとあの男も驚くと思うけど」「男って……正木さんのこと?」「だって、春陽に絶対気があるでしょ?あの男」ズバっと言った舞は自分の言葉に不機嫌になる。しかし、春陽が付き合う事を決めるならばあの男よりは正木廉の方が百倍位応援できると考える。春陽は苦笑いしながら気のせいだよ、と話を流す。「それに、やっぱり私は男の人はいい」「……」「嬉しい事に子供はもう桜がいるし。おばあちゃんも舞ちゃんもいるから今更誰かと付き合うとか考えなくてもいいの」ハンドルを握る手に僅かに力が入るのを舞が気づく。「何かあった?」「特に無いよ」笑って答える春陽だが、それが嘘だと言うことは舞にはすぐにわかることだった。「ほとんどの男を馬鹿だと思っている私ならまだしも、可愛くて性格もよくて、子連れだ
舞との久々の電話から数日。『やっと時間空いた!明日のランチ一緒に食べよ!』舞から早々に連絡があった。「あら、久々に出かけてくるの?」「うん、明日のランチにウィルモットに行ってくるけど。おばあちゃんも一緒に行く?」「あら、誘ってくれるの?」ゆり子はでも今回はいいわ、と断ってさらに桜も置いていっていいわよ、と付け足した。金曜日なので朝はバイトに行ってしまう為早朝から昼過ぎまで桜を頼む事になる。「おばあちゃんが休めなくなっちゃうよ」春陽は心配で言ったが。「桜の面倒みている位がいいのよ。TVみてボーっとしていたら私がぼけちゃうわ。久々だからゆっくり話もしたいでしょ?」確かに、舞と話ができるのは久々なのでゆっくりとしたかった。「でも、次は私も連れて行ってね。彼の店なんでしょう?」「近いうちに絶対連れていく!」「なら、明日はゆっくりしてきなさい」何時も何時も、ゆり子の優しさに春陽は感謝する。10時少し過ぎた時間で退勤をおしてコンビニから舞のマンションへ向かう。来客用の駐車スペースに駐車してエレベーターで上がる。ピンポンを押すとすぐに玄関ドアが開けられる。「おつかれさま」一働きしてきた春陽に舞が労いの一言を言う。「言ってもらえるほどは働いてないよ」春陽は苦笑いを浮かべる。「働く気持ちが大事よ。それに朝のコンビニは大変でしょう?」朝のコンビニは確かに1番大変なのかもしれない。店舗によって時間が変わるがお弁当配達が1日3回ある内で1番大量の品が搬入される。その他パンの搬入も早朝だ。レジ横に並ぶチキンなども早朝が最初の準備となる。他10時迄に発注作業と精算作業がある中で接客があり、出勤時のピークはレジから中々離れる事はできない。「まあ、大変だけど短い時間だから」「少し休んでから出る?」気づかって聞いた舞に首を振る。「ランチの前に久々に舞ちゃんと買い物もしたいし」「そうだよね、春陽ってば会わない間にまた髪切っちゃうし……。お洒落から離れちゃっているから私が服をみてあげないと!」「髪はこの方が楽なんだけど」激安カット店で注文が「ただ短く」の髪型は舞には不評のようだった。「楽を優先しすぎて20歳の女盛りを捨てちゃダメ!春陽の可愛さがもったいない!」美人の舞にならわかるけれど、背が低めでパッとしない自分がそこまでお洒落にこだわ
「あれ?廉さん、これは?」夕方のバイトにきてくれたスズカとニイナがレジに置かれていたブラウンのウサギのぬいぐるみに気づき可愛いと話しはじめる。「あ〜、昼前に甥っ子連れて動物園行った時にUFOキャッチャーやらされた」「え〜かわいい」「景品はこれだけなんですか?」「もう1つのウサギは知人にあげたし他は全部甥っ子がもって帰ったから」「えー、誰にあげちゃったんですか。欲しかったなぁ」「あ、でもウサギのぬいぐるみって事はその知人て女性ですか?」「……あぁ」「え〜、なんかありそうな返事ですよぉ」「もしかしたら彼女ができちゃったんですか?!」「マユやミユキさんとか絶対にショックだね!」「だよね、本気で廉さん狙っていたし」「でも廉さんまったくそんな気配なかったのに……」「ちょっと2人とも、俺に彼女なんていないから」「えー」「じゃあ知人って男の人?子供じゃ知人なんて言わないし」「……」「いや、女の子だけど……」「「ほら!」」「でも彼女じゃないから!」「まさか、廉さんが、片思い?!」「どんなヒトかな?」「廉さんのタイプなら美人かな?」「……」「ねぇ、廉さん!どんなヒトですか?」興味津々の2人の瞳が期待いっぱいで廉を見つめる。「……あ〜」2人の勢いにおされて少しばかり身を退く。視界の端にブラウンのウサギが入る。廉の脳裏にウサギのぬいぐるみを手にした春陽の笑顔が浮かんだ。「「……!」」一瞬、廉の口元が僅かに綻んでその瞳ははじめてみた優しさと色気がまざり合い、目にしたスズカとニイナは顔を赤く染めた。ドキドキ、ドキドキ。2人の鼓動がはやまる。「何、何、何!?今の廉さん!」「廉さんがマジで恋?!」「「っていうか!私が廉さんに恋する!」」2人は同時に心の中で叫んだ。「そろそろ店開けるからもうこの話は終わりだ。ちゃんと仕事してくれよ」廉が時計を確認するとすでに17時まであと5分をきっていた。2人に注意する。「はーい」2人は素直に返事をした。17時、この日もウィルモットは普段と変わらない夜の営業をはじめた。お風呂からあがり髪を乾かすと桜を抱っこして自室に戻る。と、ちょうどスマホが鳴る。発信者をチラッと確認するとスマホの画面に「舞ちゃん」と発信者の名が出ていた。桜をベビーベッドへ寝かせて通話ボタンを押した。
光瑠に連れられてペンギンやカピバラ、猛禽類もみてまわる。たどたどしくも一生懸命に説明してくれる光瑠が可愛くて春陽とゆり子はその話をきちんと聞いていた。「水族館も行こう」と言うので春陽は頭に魚が泳ぐ水槽を思い描いた。「中は暗そうだから桜とここで待っているわね」と言いベンチに腰をおろしたゆり子を残して3人で水族館の中へ入った。「……!」春陽はすぐさま心の中で悲鳴をあげた。「キオビヤドクガエルって言うんだよ」光瑠が指差した先には鮮やかな黄色と黒の蛙がいた。「光瑠くんは蛙も好きなの?」気力で笑顔を作ってみせる。「5歳の誕生日に図鑑を買ってあげたら何故か爬虫類両生類図鑑が気に入って凄い速さで覚えちゃったんだよね。この水族館も何度か来たみたいだからここにいるモノは覚えたみたいでさ」「ここにはねワニもいるよ」「……ワニ」「みに行こう」引っ張る光瑠に抵抗もできず、なされるがままに春陽は足を進め続ける。「大丈夫?」「大丈夫ですよぉ」数種類のトカゲ達に囲まれながらも必死にカチカチの笑顔を保っている。「こんなに丁寧に説明してくれているからちゃんと聞いてあげないと」「お姉ちゃんも嫌いなの?」春陽の様子に光瑠が気づく。「ママもあーちゃんも、女の子はみんな蛙や蛇が嫌いでキャーキャー叫ぶんだ」「き、嫌いではないよ。苦手ではあるけど……」「お姉ちゃんは嫌いじゃないの?」光瑠は不安そうに聞いた。「渡辺さん、無理しなくていいよ」廉は心配して言った。「大丈夫、触れって言われたら流石に悲鳴あげるかもしれないけど。見てれば可愛いコもいるし……」 実際、色にはビックリしたけれど蛙は中々可愛い顔をしている。光瑠は無理に引っ張る事をやめ「あっちの水槽にはカクレクマノミがいるよ」と春陽の様子をうかがう様に手を握って言った。「カクレクマノミって映画になった魚ね。オレンジ色の」「僕も映画観たよ」「本物がいるの?」「いるよ、あっちに」春陽も繋いだ手に力を入れる。「正木さん、カクレクマノミ観に行きましょう」「あぁ」今度は3人並び歩いてカクレクマノミのいる水槽へ向かった。広さはないが満足度の高い水族館を堪能して外に出る。ベンチではゆり子が桜に飲み物を与えていた。「やっと戻ってきたのね、楽しかった?」「だいぶ待たせてしまってすみません」廉が慌
「何、このサル」駆け寄り、蓮の足にしがみ付いた男の子は桜を見て言い放った。「こら、そんな言い方しちゃダメだろ」廉が男の子の頭を軽くポンと叩きながら注意する。「……だって、サルみたいじゃん」それでもボソッと言った言葉に廉はため息をついた。「ごめんね、最近反抗ばかりなんだコイツ」「コイツじゃない!正木光瑠(まさきひかる)だよ!」男の子が名乗る。「光瑠は兄の子なんだ。今日の午後までこの子の面倒をみるために店は休みにしてあるんだ」「そうだったんですか。……それにしても、こんな場所で会うなんて凄い偶然ですね」花塚の何処かでならば買い物中など偶然会う事もあるだろうけど、まさか遠くないとは言え県外の動物園で会うとは思わなかった。「兄の家がこの近くなんだ。家に戻る前に動物園へ行きたいって言うから連れて来たんだけど、渡辺さんは?」「私は車がきたので祖母を誘ってドライブに来たんです。祖母がこの動物園をリクエストしたので」「渡辺さんが運転してきたの?」「はい、初めてのドライブでドキドキでしたけど」「無事に免許はとれたんだね」春陽が舞と共にウィルモットへ行ったのはまだ教習所へ通っている時だった。「はい、やっと自分でも自由に動けそうでワクワクしてます。今日はその1日目ですね」「確かに、車がないと不便だからな」駅周辺に住んでいるとはいえ、花塚では電車で何処かへ行けるとかバス路線が沢山ありバスが頻繁に走っているわけではない。したがって花塚辺りに住む人は高校卒業と共に免許を取り車を買うという車社会だった。「そうですね、桜がいて不便だと実感しました」ハハっと笑いながら話をしていると。「ねー、早くライオンの所に行こうよ!」飽きてきた光瑠が廉のズボンを引っ張り催促した。光瑠の邪魔をしないように「それじゃあ」と春陽はゆり子と桜の元へ足を向けたが。「あ」廉の手が春陽の手首を掴んだ。「よかったら、少し一緒に回らない?」「……」まさかの申し出に春陽は困惑してゆり子の方を向いた。「私は別に構わないわよ、賑やかになるのは歓迎よ。光瑠くんさえよければ」大人達を見上げている光瑠にゆり子は「一緒にいてもいい?」と聞いた。「おばちゃん達と観るの?」「光瑠くんがよかったらね」光瑠はゆり子と春陽を交互に見上げベビーカーの桜を覗き込むと少しばかり考え。「