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渡辺春陽1

Author: いのか
last update Last Updated: 2025-09-26 17:09:38

12月にはいっても小春日和が続いたある日の夕暮れ時、渡辺家に初の子供が産まれた。

  「こんな良い日にこんな太陽みたいな子が産まれてくるなんて」

  すやすやと眠る娘のぷくりと膨らんだ頬を触りながら父が言った。

  「名前、少し考えたのだけど…」

  ベッドに腰かけていた母はこの父も、両家の祖父母も沢山の候補を考えているコトを知っていたので控えめに言った。

  「はるひ…春の陽光の陽で「春陽」なんてどう?」

  ベビーベッドですやすやと眠る愛娘に両親は優しい目をむける。父もいくつかは候補を考えていたのだが、この心の暖かさを与えてくれた娘に「春陽」という名はピッタリだと思った。これから娘の日々にも春の様な暖かさが降り注ぎ続けばいいと思った。

  「春陽ちゃんか、いい名前だ…」

  優しく、愛おしく父が言った。

  その後病室に駆けつけた両家の祖父母も春陽という名をとても気にいり快諾してくれた。

  渡辺家は春陽を中心に病室で幸せなひとときを過ごした。

  それなのに。

  その幸せが数時間後には全て崩れてしまった。

  母、香織が家族を見送って暫く経った頃、窓の外からかすかに緊急車両のサイレン音が複数きこえてきた。そちらに視線をむけると再び緊急車両が病院前を通過していった。

  事故でも近くであったのかしら?香織はそう思いながら春陽の眠るベビーベッドを覗き込み愛らしい愛娘を見つめながら微笑んだ。どれだけ長い時間見つめていても飽きるコトはなかった。

  「春陽ちゃん、早くお家に帰ってパパと3人で暮らしたいね。 貴女の為にベビーベッドもベビーカーも色々用意してあるの。ベビーベッドの枕元にはパパが貴女のはじめての友達になるウサギさんのぬいぐるみがいるのよ、とても楽しみでしょう?パパはきっとまた明日もすぐに会いにきてくれるよ」

  今現在の幸せを噛みしめながら、更に未来の幸せを思って愛娘に語る声をドアのノック音が制止させた。

  「渡辺さん…」

  看護師がドアを開け入ってくる。その顔には何時もの笑顔は無く、次の言葉も出してよいのか悩んでいる様だった。

  「どうかしましたか?」

  「……」

  「何か、ありましたか?」

  看護師の態度に香織に緊張が走る。

  先程きいた緊急車両のサイレン音が頭の中で響く。

  これは聞いてはいけない話しだと自身の中から警告音がする。

  ドクン、ドクン、ドクン…。鼓動がはやくなる。

  「あの…、先程病院の直ぐ近くの交差点で事故があったんです」

  緊急車両サイレンの音が更に大きくなって香織の頭の中で響きわたる。

  「ウチの病院に運ばれた方が…」

  ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……。

  「渡辺さんの旦那様で……」

  ワタナベサンノダンナサマデ……

  ダ、ン、ナ、サ、マ、デ……!?

  その言葉を聞いた瞬間、香織の意識は闇に消えた。

  高齢運転手が急に反対車線へでてきたことが事故原因だったらしい。ハンドルをきり避ける暇もなく正面衝突した車には旦那である敦と後部座席に敦の両親が乗車していた。助けだされた時には既に敦は意識が無く、両親も微かな反応をみせるだけだったらしい。

  病院での蘇生治療のかいもなく死亡診断がされた。

  渡辺の義父には兄弟がいなかった。義母には妹が2人いたのだがお互い遠い県外に嫁いでいた。そして敦には兄弟がいなかった。遺体の状態の為にも早めに葬儀をあげる事になった。喪主となる香織は退院前の産後の身で春陽を病院に預けたまま敦と義両親の葬儀を行ったのだ。香織の両親が心配をして色々と手を貸したがそれでも身内である香織にしかできない手続きも多くまともに休む時間をとれないまま春陽と共に退院して自宅であるアパートへ帰ったのだ。

  それからは3人の役所手続きをし、義母の妹達の了解を得た上で2人の遺品を片付け住んでいた賃貸マンションを解約した。

  敦の遺品にはまだ手がつけられなかった。

  そうしてあっという間に49日の法要も終わった。

  無事に納骨を終えると香織は本当に大事な遺品だけを残し敦の衣類や日常品の整理も終えた。

  両親は香織にアパートをひきはらい自宅へ戻る事をすすめた。

  「産まれたばかりの春陽ちゃんをあなた1人が面倒みるなんてむりよ、古いけど家もあるしお父さんもまだ定年まで少しあるから収入があるわ。遠慮なんてしなくていいのよ」

  母のあたたかい言葉に香織は涙を流しながら首を縦に振った。

  実家に戻った香織は春陽を母に預けながら昼はスーパー、夜はファミレスで働きはじめた。

  父が現役で働けるのもあと数年。子育てにどんどんお金はかかっていくのだからと少しずつの貯金もはじめた。

  子育てと仕事の忙しさもあり香織は悲しみに陥る事も少なくはなった。

  ただたまに敦が用意したベビーベッドで敦が選んだウサギのぬいぐるみを抱きしめる春陽の姿を見ると強い喪失感を感じてしまうのは仕方がなかった。

  そうして日々は過ぎ。

  春陽の初めての誕生日がやってきた。

  春陽の誕生日は敦とその両親3人の命日でもあった。

  しかし3人は沢山春陽を愛していたからその日は何よりも春陽を大事にして欲しいと願っているはずだ。

  だから12月6日は春陽の誕生日が最優先された。

  真面目な仕事人だった香織の父もこの日は有給をとったため午前中のうちに4人でお寺へ行き僧侶に一周忌法要をしてもらい墓参りをすませた。その後帰り際にある寿司屋で昼食を済ませ帰宅した。

  「さて、プレゼントでも買いに行くか」

  休む間もなく父が母に言った。

  春陽の誕生日プレゼントを買いに行くと出て行った両親は孫への買物だと楽しそうに家を出て行った。

  それなのに。

  両親が出てから2時間少しが経ちそろそろ帰宅する頃だろうと思い香織はキッチンでお湯を沸かしはじめた。

  その時、スマホの着信音が聞こえてきた。慌ててリビングに戻るとスマホを持った。

  「もしもし、お母さん?」

  発信者の名前は母になっていた。

  「どうしたの?」

  返事は無く、代わりに微かな嗚咽する音が聞こえてくる。

  「お母さん?何があったの⁉︎どうしたの⁈」

  不安がよぎる。それは1年前に味わったそれと同じものだった。

  「今、……総合病院にいるの」

  母は泣きながら声を出した。

  香織はすぐにタクシーを呼び財布とスマホ、春陽の小さな靴とブランケットをバッグに投げ入れると春陽を抱きかかえて外に出た。数分待つとタクシーが到着しすぐに乗り込むと「花塚総合病院に行ってください!」叫んだ。

  2人は商店街でプレゼントを買い終え帰宅する為に駅前のバス停へむかっていた。夜にはケーキも食べるけど帰宅したら飲むお茶の供にお団子でも欲しい、ちょうど駅前にはお気に入りの和菓子屋がある。「駅前でお団子買っていきましょう」と言いまだ青だった横断歩道を渡りはじめた。その時2人に気づかなかった左折車が2人を襲った。

  母は軽症ですんだものの車に直接ぶつかった父は重症で運ばれたのだ。

  昏睡状態が続いた父は2週間後、息をひきっとった。

  たった1年で大事な家族4人を見送ることになり香織はたまらずに大泣きしてしまった。

  「香織、あなたには春陽ちゃんがいるのよ。泣くのは今日だけにしなさい……」

  葬儀の日、父を亡くし今は自分よりも辛いだろう母は香織の頭を撫でてそう言った。

  「お母さん……」

  優しい母の手に香織は今まで以上に強くならないといけない、そう思って愛娘をみつめた。

  春陽は香織の横にちょこんと座り抱っこして欲しいと手を伸ばしてくる。

  春陽をギュッと抱きしめると春陽はニコリと笑った。

  春陽がいる、お母さんもいる。大丈夫、頑張れる。

  1年前に行なった数々の手続きを早い段階で終える。慣れなくてもいい、慣れたくなんて無い事に香織は少しばかり慣れてしまっていた。

  そして春陽の保育所をなんとかみつけ香織はスーパーのパート時間を延ばしてもらった。母も知人が経営する食堂で昼のパートをはじめた。

  大変ではあったが平穏な3人の生活がはじまったのだ。

  春陽が小学3年生になった頃、香織はある変化に気づいた。

  春陽が小学生になり文章を書けるようになると香織の帰りが遅くなってしまう事もあり2人は交換日記を始めた。春陽はそれまで沢山友達の名前を書き誰と何をしたのかを書いていた。

  それがいつの頃からか友達の名前が書かれなくなっていた。

  --いつ頃からだっただろうか?そんなには前でなかったはず。

  香織は交換日記のページを1日、1日と毎戻りながらながめた。はっきりとはしなかったがどうやら8歳の誕生日あたりからだとはわかった。

  --この頃に何があった?

  香織は記憶をさぐるけれど特に思いつく事は無かった。

  春陽8歳の誕生日少し前。

  「春陽ちゃんの誕生日、12月でしょ?10月誕生日だった愛美ちゃんには誕生日会よんでもらったし私達も5月によんであげたでしょ?だから春陽ちゃんも愛美ちゃんや私達をよんでくれるよね?」

  休み時間。

  春陽の机に数人の女の子が寄ってきて言った。

  確かに10月、友達である間宮愛美(まみやまなみ)の誕生日会が日曜日に行われて招待された春陽は出席した。

  5月にも2人の誕生日会へ呼ばれ出席した。

  特に愛美の家は父親が立派だとかでそれはそれは立派なバースデーケーキ、豪華な料理、色々な飲み物がだされ春陽はワクワクした。可愛らしい人形や新しいゲームで遊びとても楽しい日だった。

  しかし、春陽は自分の家の事情も幼いながら理解していた。

  祖母は持病のリウマチが少し悪化し食堂のパートを暫く前に辞めた。その為、母は仕事を入れていなかった土曜日の夜と日曜日も働きはじめた。

  誕生日会したいなどとワガママを言いだす事はためらわれた。

  「お母さんにきいてみるね」

  顔はニコリと笑顔をつくりながらこたえる。

  「私達楽しみにしてるからね!」

  女の子達はそう言うと愛美の机へとむかった。

  休みの日に皆で遊べるのは嬉しい、だから母にお願いしてみよう。そう考える春陽を見ながら愛美の机に集まった女の子達はクスクスと笑った。

  「本当にやるのかな?」

  春陽に最初に声をかけた浅田麻里(あさだまり)が言った。

  「無理に決まってる!」

  隣に立つ石川由宇(いしかわゆう)が確信したように言った。

  麻里と由宇は愛美の横に何時もついていた。

  「だってあんなに貧乏なんだもの!」

  麻里と由宇は息が合ったように言う。

  「麻里ちゃん、由宇ちゃん……そんな言い方悪いよ」

  言葉はかばう様だけど口の端をわずかに上げて高橋小春(たかはしこはる)が言った。

  「本当に春陽ちゃんに悪いよ」

  愛美は3人に言う。

  しかしその顔は微笑んでいた。

  「だって、本当に貧乏じゃない?」

  「ねー」

  「着てる服だってボロの古着だし!」

  「愛美ちゃんへのプレゼントなんて確か鉛筆と消しゴムだけだったよね!私達にもそうだったけど!」

  「イラスト入りでもあれはないよね!」

  「愛美ちゃんだってそう思うでしょ!」

  ウサギのイラストが付いた鉛筆と同じイラストの消しゴム、可愛らしかったけれど愛美はそれを一度も使ってはいなかった。

  「可愛かったよ?」

  ニッコリと笑う。

  「従妹のスミレちゃんが気に入っていたわ」

  愛美は自分で封を開けることもなく5歳下の従妹にあげてしまっていた。

  香織が家にいる時、春陽は誕生日会の話をした。

  期待せずに聞いた誕生日会を母は誕生日なのだからと快諾してくれた。

  誕生日会に呼ぶ人数を香織と祖母に伝えておいた会の当日、2人はできうる限りで準備をしてくれていた。

  呼ばれた4人はニコニコと春陽にプレゼントを渡し出されたケーキや料理を食べ、春陽の部屋で遊び帰っていった。

  片付けをはじめたその時、愛美のスマホが忘れられているのに気づき春陽は家を出た。玄関から少し走ると話をしている4人の後ろ姿がみえた。

  「まなみちゃ……」

  呼びかけようとした春陽は言葉をとめた。

  「思った以上だったね」

  「まぁ、料理は不味くなかったけどさぁ」

  「ケーキ位は安くても普通ショートケーキが出ると思ったのに」

  「ホットケーキって……」

  アハハハ!

  「どれだけ貧乏なの?って!」

  「ホント」

  3人の会話に春陽はその場にかたまってしまう。

  気配を感じたのか愛美がゆっくりと振り返る。

  春陽の姿をみつけるとニコリと笑顔をつくった。

  「春陽ちゃん、私のスマホ持ってきてくれたの?ありがとう。忘れてママに連絡できないと思ってたところなの」

  愛美の言葉に3人も春陽に気づき気不味そうな顔をする。

  「……」

  沈黙が暫く続いたが、愛美の声でその場の緊張がとかれる。

  「春陽ちゃん、さっきの会話聞いちゃったの?でも仕方ないよね。全部本当の事だから。だからって私達は春陽ちゃんを無視とかイジメとかしていないでしょ?」

  笑顔で言い切る為、正論だと思わされる。

  実際に正論だった。春陽は彼女らにイジメられた記憶など無かった。言っていた事もただの感想だと言われればそうなのだ。

  3人も直ぐに笑顔になって春陽に言った。

  「春陽ちゃんが貧乏でも私達は友達だもんね!」

  「ホットケーキも美味しかったよ!」

  「誕生日会は楽しかったよね!」

  「……」

  春陽は何もこたえられなかった。自分ならば友達のそんな話はしないだろうから。

  だから。

  「忘れていたよ」

  それだけを口にし春陽は愛美にスマホを渡すとクルリと向きをかえて走り出した。その目は真っ赤になりポロポロと涙が溢れ出していた。

  その誕生日会の翌日から春陽は4人と話す事がなくなった。

  可愛くて頭の良い愛美はクラスの人気者で、今までその愛美のグループに属していた春陽を避ける子はいなかった。が、春陽が距離をとり愛美達も声をかけなくなると他の子達の態度も変化していった。

  シングルマザーの家庭でギリギリの生活をする春陽はイジメの対象者としては最適だった。

  「臭いお前の履き物だから」と、履き物をトイレの便器に捨てられていた事もあった。「ブスが近づくなよ」と、クラスで2人組やグループを作る時にどこにも入れてもらえない事もあった。「泥棒」と、何かが無くなると真っ先に疑われる事もあった。

  春陽は学校という世界で完全に孤立してしまったのだ。

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