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第9話

Author: 春うらら
怒りのため、芳子の胸は激しく上下し、涼介を見つめる瞳には失望の色が滲んでいた。

涼介は頬に鮮やかな平手の跡をつけたまま、芳子に向かって言った。

「おっしゃる通りだ。だから、俺が貧乏だった頃に玲奈に出会わなくて幸いだった。彼女に苦労をさせる必要がなかったのだから」

その言葉が落ちた瞬間、結衣の手が強く握りしめられて、心臓から全身に激痛が走った。

彼が以前に口にしたどんな酷い言葉も、この一言の破壊力には及ばなかった。

彼は玲奈を心から思いやって、彼女が自分と共に苦労することを恐れている。

では、自分が彼と共に過ごしたあの数年間は、一体何だったというのだろう?

結衣のばか!あの男にあんなに傷つけられて!それでもまだ目を覚ませないのか?

芳子は結衣の方を見た。彼女の青白い顔を見て、その目に痛ましげな色が浮かんだ。

「結衣ちゃん、あの子はかっとなって言っただけよ。気にしないで。私がちゃんと叱っておくから……」

「おばさん」

結衣は彼女を見つめながら、できるだけ落ち着いた表情で口を開いた。

「彼をかばう必要はありません。彼が本心で言っていることは分かっています。私はずっとあなたのお嫁さんになりたいと思っていました。

でも、もうその機会はないようです。結婚式は……キャンセルしましょう。ごちそうさまでした。今夜はありがとうございました」

彼女は立ち上がって、バッグを持つとそのまま振り返らずに去っていった。涼介の方を一瞥だにすることなく。

芳子は、身動き一つしない涼介を怒りに燃える目で見据えた。

「早く追いかけないの?!言っておくけど、私がお嫁さんとして認めるのは結衣ちゃんだけよ!

もし彼女を取り戻せなかったら、もう私のことを母親だと思うんじゃないわよ!」

ドアが閉まる瞬間、結衣は背後から涼介の声がはっきりと聞こえてくるのを聞いた。

「母さん、俺はもう彼女を愛していないんだ。どうして無理に彼女と結婚させようとするの?たとえ結婚したとしても、俺は玲奈と別れるつもりはない。

それに、俺と玲奈が付き合って三年になるのに、彼女はずっと別れようとしないんだ。何とかして俺と結婚しようと必死なんだ。

そんな彼女が、本気で結婚式をキャンセルすると思うか?さっきの言葉だって、母さんを脅すための口実に過ぎない。

心配しないでよ、あいつはしつこいんだ。どうやっても離れないから!」

彼の声には軽蔑と嘲りが込められていて、結衣が絶対に自分から離れていくはずがないと、本気で確信しているようだった。

だからこそ、これほどまでに無遠慮に、容赦なく彼女を傷つけることができるのだ。

結衣はジンジンと痛む目をしばたたかせ、一度も振り返らずに去っていった。

今度こそ、本当に彼を諦める決心がついた。

この傷だらけの関係を、彼女は懸命に修復しようと努力した。今、別れることを決めたのだから、もう何の心残りもなかった。

ダイニングでは、依然として険悪な空気が漂っていた。

芳子は涼介を指さしながら、怒りで全身を震わせた。

「よくもそんなことが言えるわね!そもそも結衣ちゃんがいなかったら、今のあんたがあるとでも思ってるの?!

結衣ちゃんの真心をそんな風に踏みにじって!いつか彼女が本当にあんたから離れる決心をした時、後悔したってもう遅いのよ!」

涼介は冷たい表情だった。

「もし彼女が本当に離れたいと言うなら、俺はようやく解放してくれたことに心から感謝するだろう。

それに、俺の成功は俺自身の努力の結果だ。彼女がいなかったとしても、俺の成功は

変わらない」

確かに結衣は、彼が最も落ちぶれていた時にそばにいてくれた。しかし、彼が事業で成功した後、彼女をないがしろにしてきたわけではない。

今、彼女に贈っているプレゼントは、どれをとっても数百万、数千万の価値があるものばかりだ。

彼女一人でこんな高級品を買えるとでも思うのか?

涼介は、自分は結衣に何の借りもないと、本気でそう思っていた。

「もういい!もういいわ!あんたも一人前になって、大会社の社長になって、私の言うことなんか聞く耳も持たなくなったのね!

そういうことなら、あんたももう私のことを母親だなんて思わなくていいわ!」

芳子の顔が怒りで蒼白になっているのを見て、涼介は立ち上がった。

「母さん、今はかっとなってるだけだ。喧嘩したくないんだ。冷静になったら、また顔を見に来る」

「今日、あんたがこの家から一歩でも出たら、私はもうあんたを息子だとは思わないから!」

涼介は足を止めた。一瞬黙り込んだが、やはりドアを開けて出て行ってしまった。

母親の家を出ると、涼介は直接篠原玲奈の元へ向かった。

ドアを開けた瞬間、玲奈の目に喜びの色が浮かんで、そのまま彼の胸に飛び込んだ。

「社長、どうして来てくれたの?」

涼介は彼女を受け止め、その腰を引き寄せてキスをした。

一しきりキスをした後、彼は彼女の腰の柔らかな肉をつまみながら言った。

「君に会いたくなったから、来たんだよ」

玲奈は顔を赤らめながら、彼を叩くふりをした。ふと彼の頬にある平手の跡に気づいて、顔色を変えると、慌てて彼の腕の中から身を引いた。

「社長、そのお顔の跡、誰にやられたの?もしかして、汐見さん?」

そう言う彼女のアーモンド形の瞳には涙が浮かんで、心からの心配が滲んでいた。

涼介は首を横に振った。

「違う」

玲奈は彼の頬に手を伸ばそうとしたが、痛ませるのを恐れてためらった。

「痛い?薬、塗ろうか?」

玲奈が救急箱を取りに行こうと振り返った瞬間、男の腕に強く引き戻された。

「薬なんていらないさ。君がキスしてくれたら、もう痛くない」

「もう、いやっ!」

彼女が甘えて拗ねる様子に、涼介は再び欲情し、そのまま彼女をソファに抱き寄せた。リビングにはすぐに、顔が赤らむような甘い声が響き始めた。

……

翌日の夕方、結衣が法律事務所を出るとすぐ、長谷川芳子が入口から少し離れたところに立っているのが見えた。

彼女はあまり厚着をしておらず、風が吹きすさぶ中、その顔はすでに凍えて青白くなっていた。

結衣に気づくと、芳子は青白い顔に笑みを浮かべて、急いで彼女の方へ歩み寄ってきた。

「結衣ちゃん、ちょっと話があるのだけど」

芳子は結衣に対していつも良くしてくれていた。相手の凍えて白くなった顔を見て、結衣はやはり気の毒に思い、口を開いた。

「隣にカフェがありますから、中に入って話しましょうか」

彼女が拒絶しなかったのを見て、芳子はほっと息をつき、急いで言った。

「ええ、そうしましょう」

二人はカフェに入り、窓際の席に座った。結衣はコーヒーとホットミルクを注文して、ホットミルクを芳子の前に押し出した。

「おばさん、温かいうちにどうぞ」

「ええ」

芳子はミルクを一口飲み、どこか居心地が悪そうな様子だった。

結衣は彼女が来た目的を知っていた。涼介を許すように説得するためだろう。

しかし、彼女と涼介の関係は本当に終わりを迎えていて、もう振り返るつもりはなかった。だから何も言わず、ただ俯いてカップのコーヒーを啜っていた。

彼女の素直な様子を見て、芳子の心に再び痛ましさと申し訳なさが込み上げてきた。

「結衣ちゃん、私が今日来た目的は、あなたも分かってるでしょうね」

結衣は頷いた。

「おばさん、もう何も言わないでください。彼とは縁がなかった、それだけです。もう無理強いするつもりはありません」

彼女の落ち着いた様子を見て、芳子は内心焦り、慌てて彼女の手を掴んだ。

「結衣ちゃんと涼介が付き合って、もう何年にもなるのよ。結衣ちゃんのこれまでの苦労は、私もずっと見てきたわ。

私はとっくにあなたを自分の娘のように思っているの。だから、私の顔に免じて、もう一度だけ涼介にチャンスをあげてくれないかしら?」

結衣はどうしようもなく言った。

「おばさん、無理に一緒になっても幸せにはなれません」

今の彼女と涼介は、一方は嫁ぎたくなく、もう一方は娶りたくない。無理に一緒になっても、憎しみ合う夫婦になるだけだ。

芳子は首を横に振った。

「涼介はただ、一時的にどうかしているだけなのよ。彼が目を覚ませば、きっとあなたこそが彼に一番ふさわしい人だって分かるはずだわ。

結衣ちゃん、以前、私があなたの命を救ったことがあったでしょう。あの時の恩に免じて、もう一度だけ涼介にチャンスをあげて。本当にこれで最後にするから。

それに、あの秘書のことは、二人が結婚する前に、私が彼にきちんと整理させるわ」

芳子は、自分がいつか命の恩を盾にして、結衣に涼介への最後のチャンスを与えるよう迫ることになるとは、夢にも思っていなかった。

自分がしていることが卑怯であることは分かっていた。しかし、涼介に結衣のような素晴らしい女性を逃してほしくなかったのだ。

結衣は俯いた。四年前、芳子が確かに自分の命を救ってくれた。

あの頃、結衣は法律事務所に入ったばかりで、毎日夜十二時まで残業していた

ある日の帰り道、疲労困憊で注意力が散漫になっていた彼女は、赤信号に気づかず、吸い寄せられるように車道へ足を踏み出してしまった。

大型トラックが猛スピードで迫っていることにも気づかずなかった。

まさに轢かれそうになった瞬間、ちょうど差し入れを持って訪ねてきた芳子が、とっさに彼女の腕を掴んで引き寄せたのだ。

二人はもつれるようにして地面に倒れ込んで、大型トラックは風を切る音を残してすぐ脇を走り抜けていった。

彼女を救うために、芳子は骨折し、一ヶ月間入院した。

退院した後、芳子はもう結衣を一人で通勤させるのが心配でならなくなって、涼介に毎日送り迎えをさせるように言いつけた。

玲奈が現れる前は、涼介は確かに毎日、結衣を送迎してくれていた。

涼介が初めて約束を破って迎えに来なかったのは、ある雨の日だった。彼は会社で会議が長引いて抜けられないと言い、結衣に自分でタクシーで帰るように言った。

後になって結衣が知ったのは、その日、玲奈が足を捻挫し、彼が玲奈を満員電車に乗せたくなかったために、結衣に嘘をついたということだった。

一度そうなると、あとはなし崩しだった。

二人の間の小さな亀裂は、いつしか取り返しのつかないほど大きくなり、越えられない深い溝となっていた。

結衣と涼介の間には、もう埋められない隔たりができていたのだ。彼らは、とうに違う道を歩んでいたのだ。

我に返って、結衣は期待に満ちた目で自分を見つめる芳子を見た。

「おばさん、たとえ私が彼にもう一度チャンスを与えたとしても、無駄なんです。私たちは、別れる運命なのですから」
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Comments (3)
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幸子
本当にバカな男だねぇ
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長野美智代
涼介とは早く別れて、涼介と愛人がいる会社なんて辞めて新しい場所で心機一転頑張りましょう。貴方には力があるのですから。
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YOKO
はやく別れた方が良いよ。こんな下半身で行動するゴミなんて廃棄処分が平和になるから。
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