Masuk日頃はウインドウショッピングしかしないようなお店で、ブランド品の服やら高級コスメブランドの化粧品などを買いそろえられながら、芽生は思ったのだ。
(全部デパートで買うとか高すぎるよぅ!) と。 いつもならメイクグッズはドラッグストアなどでプチプラのモノを買っているし、服だってファストファッションを扱っている『ウニクロ』とか『ファッションセンターしまむた』なんかで買うようにしている。 京介に連れられて入った佐山の顔を見た途端、細波は物凄くイヤそうな顔をして、すぐさま芽生の腕を放した。 そうして佐山が近寄るより早くあっという間に逃げてしまう。 余りの諦めの早さに、こちらの頭が追いつかなかったくらいだ。 芽生に対する細波の異常なまでの執着を思うと、不自然な気さえしたけれど取り急ぎ芽生の確保が最優先事項だ。「ぶんぶん……」 今にもくず折れそうな心許ない様子の芽生のそばへ寄れば、即座にギュッとしがみつかれた。怖い思いをしたのだから仕方ないのかもしれないが、正直これはまずい。 佐山は芽生に縋りつかれながら、絶望的な思いで前方を見詰めた。*** 神田芽生を見失ってすぐ、佐山は重い懲罰を受けることを覚悟した上で相良京介に連絡を入れた。『芽生に逃げられたか』 だが佐山が話す前にカシラはすでに現状を把握しているみたいにそう言って、『なぁ佐山よ。俺はお前に寄り道を認めた覚えはねぇんだがな?』 電話の先、恐らくは紫煙とともに吐き出しているんだろう長い吐息を落とした。 カシラが苛ついているときや、心を落ち着けたいときに煙草を吸う癖があることを知っている佐山は、それだけでゾクリとさせられる。「申し訳ありません」 芽生がATMに寄りたがってごねたとか、腹が痛いと嘘をついて逃げたとか、言い訳したいことは色々あったけれど、そんなことをしたところで意味がない。それが分かっている佐山は謝罪のみを口にしたのだが、すぐさま『ワオンモールだな?』と畳みかけられて、カシラはすでに芽生の携帯のGPSをチェック済みなのだと悟った。「はい。間違いありません」 罰なら芽生を無事見つけたあとでいくらでも受けるつもりで、佐山が一階を目指しながら答えたら、『分かった。とりあえず話はあとだ。テメェは今やるべきことをやれ』とだけ告げられて電話が切れた。*** そんなことがあったから、相良京介がこちらに向かっていることは何となく察しがついていた佐山だ。でも
「そんなの決まってるじゃん。芽生ちゃんがワオンモールによく来てたの、知ってるからだよ。このお菓子屋さんもお気に入りで、来るたびに何か買って帰ってるよね?」 細波が言う通り、芽生は行きつけのお店がモール内で何階のどの辺りにあるのかまで大体把握している程度には、ここへ足繫く通っていた。でも、そんな話、細波にしたことなんてなかったはずなのに。「な、んで細波さんがそれを……?」 ゾワリと全身に鳥肌が立つのを感じながら芽生が声を震わせれば、「カムカムのみんなにもよく話してたでしょ? ここで買ったお菓子の差し入れもしょっちゅうしてたはずだ」とさも当たり前のように返される。 確かに同僚たちとそんな話をしたことはあるけれど、それはすべからく裏――休憩室など――でのこと。ホール内で私語なんてほぼしたことはないから、客である細波に聞かれていること自体おかしい。 そのことに気付いた芽生だったけれど、現状でそれを突っ込んで聞くのは怖くて、グッと口を噤んだ。 なのに――。「あそこのみんな、ちょっと欲しがってるモノとか渡すと、みんな快く色々話してくれて、ホントやりやすかったのに……」 はぁーと大きな溜め息を落とされて、聞きたくなかった告白をされた芽生は、無意識に「イヤッ!」と細波を拒絶していた。「お客様、如何なさいましたか?」 店の真ん前で揉めていたからだろう。 さすがにおかしいと思ったらしい洋菓子店の女性店員が、芽生たちに声を掛けてきた。 芽生はすぐさま彼女に助けを求めようとしたのだけれど、そんな芽生を隠すみたいに立ち塞がった細波が、「すみません、お騒がせして。この子、僕の大事な人なんですけど……ちょっと齟齬があって拗ねてしまっているみたいなんです」と、頼まれてもいないのに『さかえグループ』の名刺を取り出して「怪しい者じゃありません」とニコッと微笑んでみせる。 地元でも――というより日本でも有数の、超有名な大企業の名刺は、細波に〝怪しくない男〟の信頼を持たせるには十分だったらしい。「こちらこそ申し訳ありません。失礼いたしました」 名刺を見た途端、ペコッと頭を下げて店員が引き下がってしまう。
(ちょっと待て、ここ……) 迂闊だった。 自分が塞いでいた通路とは反対側にも通り抜けられるようになっていたことに今更のように気が付いた佐山は、それでも念のためと女子トイレ前の壁にもたれ掛かって芽生の携帯電話を鳴らしてみる。 マナーモードにしていたとしても、バイブ音くらいは聞こえてくるかもしれないと思ったからだ。 トイレを出入りする女性たちから、奇異なものでも見るみたいにチラチラと視線を投げ掛けられたけれど、そんなの知ったことじゃない。「神田さん! 大丈夫か!?」 一応トイレ内に向かって叫んでみたりもしたけれど、反応がない。それを確認して、ますます気持ちが急いた。(くそっ。あの女、逃亡しやがった!) 今更だが、ソワソワと自分の顔色をうかがっていた芽生の様子を思い出した佐山は、チッと舌打ちをする。(あいつが行きそうなところ――) はやる気持ちを落ち着けながら考えを巡らせて、自分たちにペナルティを課すために、芽生が『たちばな庵』の塩大福を要求してきたことを思い出した佐山は「菓子屋……!」とつぶやいて、一階を目指した。***「芽生ちゃん、カムカムを辞めちゃったのは何故?」 芽生の家が燃えたことを知っている細波が、自分がファミリーレストランを辞めたと言い切ったことに違和感を覚えて、芽生は「どうしてそれを……」と漏らさずにはいられなかった。(普通は辞めたって思うより前に、家のことに追われて休んでいるかも? って考えるよね?) その答えは聞かなくても分かっていたのに思わず声に出してしまったから、「そんなの、他のスタッフさんに聞いたからに決まってるじゃん」と気持ちの悪い回答を聞く羽目になってしまった。「僕ね、辞めたあと芽生ちゃんがどこでどうしてるか知らない? ってみんなに聞いてみたんだよ? なのにさ、芽生ちゃん、お店に顔も出さずに代理の人が来て辞めるって伝えたらしいじゃん? だからみんな詳しいことは知らないって。それってさ、大人としてどうなの?」 ギュッと手首を握る手に力が込められて、「僕、火事のあとも毎
ワオンモールは芽生にとって庭のような場所だ。一人暮らしをしていた頃から、休日にはよくバスへ乗って遊びにきていたから、何の売り場がどこにあるのか大体把握している。 三階に百円ショップや服飾売り場があるから、まずはそこを目指したい。百均で小さな卓上ツリーを買って、京介には紳士服売り場でネクタイを購入しようと目論んでいる。 長谷川建設の皆さんや、佐山、それから相良組の面々には一階にある洋菓子店を回って美味しそうな焼き菓子を買って渡せたらと思っているのだけれど。(わー、どうしよう! みんなマスクしてる!) このところ長谷川建設とマンションとの行き帰りしか外出をしていなくて失念していた。 季節はインフルエンザシーズン真っ盛り。ニュースで、今年はインフルエンザの罹患者数が例年になく多いと言っていたのを思い出した芽生は、今更のようにポケットからハンカチを取り出して口と鼻を覆った。もし自分が感染症に罹りでもしたら、京介にも迷惑をかけてしまう。それだけは何としても防ぎたかった。(マスクも買わなきゃ……) そう心に決めた芽生は、(まずは百均ね)とルートを定めて足早に歩き出す。 お目当てのクリスマスツリーもマスクも、季節ものだからだろう。比較的分かりやすい場所に置かれていてすぐに手に取ることが出来た。 けれど、会計に思いのほか手間取ってしまった。 百均はいつもそうだ。 なにかとレジに長蛇の列が出来がちで、買い物をしながら(今、空いてるな!?)と思っても、自分がレジへ行く頃には何故か順番待ちの列が出来ている。今日も正にそのパターンで、佐山の陰にビクビク怯えている時間勝負な芽生としては気が気じゃなかった。 無事会計を済ませてすぐ、買ったばかりのマスクをつけていそいそと紳士服売り場を目指した芽生は、京介に似合いそうなワインレッドのブランドものネクタイを一本買うと、プレゼント包装をしてもらうために一階のサービスカウンターを目指した。 レシートと一緒に、買ったばかりの商品をカウンター内の女性へ手渡して番号札を受け取ると、ちょっとだけ買い物をして来たい旨を彼女に告げて、
結局、その後もよそへそれようとするたび、佐山から物言いがついて、あっという間に最短ルートでATMへ到着してしまった。 さすがに暗証番号などを入力するシーンでは少し離れたところにいてくれた佐山だったけれど、視線はガッツリと芽生の背中を捉えて離さない。それを痛いくらいにひしひしと感じながら、芽生は金を下ろした。「ほら、用が済んだなら帰るぞ」「あ、あの……ブンブン、私……」「あ? 寄り道はしねぇぞ?」 まだ何も言っていないのに、と思った芽生だったけれど、歩きながらふと見上げた標識に、名案を思い付いた。「寄り道っていうか……私、トイレに行きたい」 異性に告げるにはちょっと恥ずかしい内容だけれど、相手が京介じゃなければ大抵は無問題だ。 立ち止まって弱り顔で佐山を見詰めたら、「便所なら会社出る時に行っただろ」とか。(はい、その通りです。でも、ここで負けるわけにはいかないのです)「えっと、寒くて冷えたのかも。その……お腹が……痛いの」 あえて恥ずかしそうに。行きたいのは小さい方ではなく大きい方だと眉根を寄せて訴えれば、佐山が「マジか……」とつぶやいた。 さすがに腹痛の人間に我慢しろとは言えなかったんだろう。佐山はサッと辺りを見回して、トイレまでの最短ルートを模索してくれて。「行くぞ」 今までは一定の距離を保って離れていた芽生の手を引いて歩き出した。 余りに速足で歩く佐山に「あ、あのっ、ブンブン、速い」と小走りしながら抗議すれば、「すまん」と速度を緩めてくれる。腹痛の人間を走らせるのは良くないと思ってくれたんだろう。(ごめんね。ホントはお腹、痛くないの) 心の中で謝りながらも、芽生は懸命に腹痛の演技をしながら佐山のあとを追った。「ほら、ここで待ってるからさっさと行ってこい」 ややしてトイレにたどり着いたのだが、さすがの佐山も余り近くまで付いて行くのは配慮に欠けると思ってくれたんだろう。 奥に行けばトイレ、という場所まで芽生を連れて行くと、そう言って壁にもたれ掛かった。 芽生はそんな佐山を横目に見つつ、はやる気持ちを押さ
「あそこらはダメだ」 元の勤め先であるファミリーレストラン『カムカム』の近隣に、カムカムがメインバンクにしていた南支店があるのだが、細波に見つからないためだろう。京介の指示であの辺りには近付いてはいけないと言われている。 もちろん、芽生だってそんなことは先刻承知。却下されるのが分かっていてわざと南支店の存在を示唆したのだ。こういう話し方をすれば、ATM行きを約束してくれた佐山は、芽生をワオンモールに連れて行くしかないと見越してのことだ。(ごめんね、ぶんぶん) 小賢しい真似をしている自覚はあるし、良くしてくれる佐山の裏をかこうとしていることに罪悪感がないわけじゃない。 でも――。 京介にクリスマスプレゼントを買いたいのは当然として、良くしてくれる長谷川建設や相良組のみんな、それからいつも送り迎えしてくれている佐山にも何かを渡せたらと思っている。 それとは別、小さな卓上ツリーを買って、食卓の上に置くのもテンションが上がっていいかもしれない。 古い一軒家に住んでいた時も、芽生は百円ショップで三百円商品として売られていた手のひらサイズの小さなガラス製のツリーを買って飾っていた。お手頃価格の割に、ボタン電池でイルミネーションも点る可愛いツリーだった。(あれも焼けちゃった……) 考えたら悲しくなりそうで、芽生はフルフルと頭を振って沈みかけた心を追い出すと、(ワオンモールには百円ショップも入っていたよね。せっかくだから新調しよう!)と気持ちを切り替える。 窓外を流れていく景色を眺めながら、芽生はこぶしをギュッと握り締めた。*** ワオンモールの平面駐車場は満車だったので、立体駐車場に車を停めた。 沢山の車がひしめき合う駐車場内は人の往来も結構あるし、防犯カメラもあちこちに設置されているから車を離れても大丈夫だと判断したらしい。あろうことか、佐山が芽生についてくると言う。「えっ。大丈夫だよ? ササッと行って帰ってくるから」 ソワソワと芽生が瞳を泳がせるのを目ざとく見つけた佐山が、「お前、何か企んでんだろ。一







