Share

第4話

Penulis: ふよう
「篠原さ〜ん!」

車が去ったあと、さっきまで圭吾のそばにいた新堂晃(しんどう あきら)が、わざと美羽の真似をしてからかうように言った。

「圭吾、お前がそんなに親切だったなんて知らなかったよ」

圭吾は鋭く黒い瞳でちらりと新堂を見て、低い声で答える。

「里奈の友達の母親だからだ」

新堂はすぐに納得したようだが、少し首をかしげた。

「その肩書きはともかく、彼女って、もともと桜庭京介の奥さんだろ?この街でも有名なべっぴんさんなんだよ。それにしても不思議だよな。普通、桜庭の奥さんにあんなふうに手を出すやつなんて、そうはいないはずなのに……芦田たちも、なんであんな態度だったんだろう?」

圭吾は眉間に静かな影を落としたまま、何も言わない。

新堂はニヤッと笑う。「でもさ、あんなべっぴんさんを、桜庭が守れないんじゃ誰が守るんだろうな」

圭吾はその言葉にも反応せず、腕時計に目を落とす。

「……行こう」

「はいはい、続きはまた今度な」

ふたりもクラブ「雅」をあとにした。

……

家に戻ると、美羽は限界まで張りつめていた身体からふっと力を抜けて、ソファに沈み込んだ。

髪を束ねていたゴムを外し、真っ黒な髪が肩に流れる。頭皮を優しく揉みながら、ようやくほっと息をついた。

この先、芦田がどう絡んでくるかは想像もしたくなかったが、圭吾の存在がある限り、しばらくは彼らも大人しくしているはず。そう自分に言い聞かせるしかなかった。

圭吾は、この町でも古くから知られる名家の生まれだ。篠原家は昔からこの地域に根を張っていて、今や「篠原グループ」は業界のトップクラスに成長している。一族の中でも彼の家系は、ずっとこの町で力を持ち続けてきた。

彼自身も、大学を卒業してからすぐにグループに入り、現場からコツコツとキャリアを積み上げ、わずか数年で役員会を刷新するほどのやり手ぶりだった。その実力と決断力は社内外で広く知られていて、誰もが一目置く存在だ。

かつて京介も、圭吾には憧れと同時に、どうしても近寄りがたいものを感じると言っていた。

――でも、美羽はふと思う。今日あんなふうに圭吾の力を借りて、芦田たちを黙らせたこと、もしこれが圭吾の奥さんの耳に入ったら、何か誤解を招くんじゃないか。そんなことを考えると、胸が少しざわついた。

そのときスマホが鳴る。画面には【香澄】の名前。

「ママ、今夜そっちに泊まっていい?明日土曜だし、週末はママと一緒にいたい」

「もちろんよ。すぐ迎えに行くね」

美羽はすぐに気持ちを切り替え、タクシーで香澄の学校へ向かった。

ちょうど校門の前で、香澄と里奈が一緒に歩いて出てくるのが見えた。二人とも明るく笑っていて、揺れるポニーテールも元気いっぱい。

美羽は笑顔で手を振った。

「香澄、里奈ちゃん!」

「ママ!」

香澄が駆け寄って抱きつき、里奈も小走りで近づいてくる。美羽を見上げる目がキラキラと輝いていた。

「おばさん、お久しぶりです。なんだか前よりも、さらに綺麗になりましたね」

「里奈ちゃんも、どんどん可愛くなってるわよ」

里奈はにっこり笑いながら、美羽の手をぎゅっと握って、ふと素直な気持ちを口にした。

「どうしてそんなに綺麗なんですか?私も大人になったらおばさんみたいになりたいな」

美羽は思わず吹き出してしまう。里奈は本当に面食いな子だ。

そもそも里奈が香澄と友だちになったのも、美羽に一目惚れしたから。二人の性格も気が合って、すぐに仲良くなった。

香澄はときどき「ママが綺麗だから、名門お嬢様の里奈が友だちになってくれたんだよ」とからかう。

「里奈ちゃん、香澄と帰るけど、大丈夫?お迎えは?」

里奈はちょっと唇を尖らせる。「みんな忙しくて、たぶん今日も運転手か秘書が迎えに来るはずだから、ここで待ってます」

美羽は今日、圭吾に助けてもらったばかりだし、気になって尋ねた。

「よかったら、うちに来て待ってる?夜、迎えに来てもらえばいいし」

「いいんですか?行きたい!おばさん、うちのおじさんに連絡入れますね。迎えは遅めでも大丈夫だって」

三人で美羽の今の住まいに向かった。

香澄は家に入ると、里奈に言った。

「ママとパパ、今離婚手続き中なんだ。だからここに引っ越してきたの。狭いけど、気にしないでね」

「全然そんなことないよ」

里奈は少し驚いた様子で部屋を見回す。美羽が工夫して飾ったリビングは、どこか温かみがあって居心地がいい。

古い家具にはかわいらしい花柄のカバーがかけられて、壁にはセンスのいいアートが飾られている。シンプルな内装なのに、どこを見ても美羽らしいセンスが光っていて、広くてちょっと寂しい自分の家よりも、ずっと落ち着く気がした。

「おばさんって、ほんとに綺麗だし、センスも抜群です!それに、香澄がいつも『ママの料理は五つ星シェフよりおいしいんだよ』って自慢してるんです」

「今夜、確かめてみて」

「やった!ありがとうございます!」

里奈は大喜び、香澄は苦笑しながら「里奈、遊んでばっかりいないで、ママを手伝ってあげて」

「はーい!」

小さなキッチンで、美羽と二人の少女たちがワイワイと賑やかに手伝い……のはずが、結局ほとんど美羽が全部やる羽目になった。慣れない手つきで二人がいるだけでキッチンはてんやわんやだ。

やがて料理ができあがると、里奈はお皿の盛りつけに目を輝かせ、一口食べて大騒ぎ。

「うわ、なにこれ!おいしすぎる……!」

口の中にまだご飯が残っているのに、感動しっぱなし。

香澄も得意げに「だから言ったでしょ。ママの料理はほんとに美味しいんだって。スイーツも最高だよ」

「おばさん、本当にお店出せますよ!絶対に毎日通います!」

美羽は笑って言った。「ありがとう、そんなふうに言ってもらえるとすごく励みになるわ。でも本当に、これからは料理を頑張っていこうと思ってるの。もっと腕を磨いて、いつか自分のお店を出すのが夢なんだ」

この数日、美羽は自分のこれからをずっと考えていた。

十年以上、表向きはセレブ妻だったけれど、本当は、家族のために毎日一生懸命いろんな料理やお菓子を勉強してきた。もともとは夫と娘のためだったのが、今ではその経験こそが自分の生きる力になりつつある。

まずは動画で発信してみようと思っている。人気が出てきたら、個人のオーダーも受けて、いつかもっと大きくなったら、ちゃんとしたお店も出してみたい。そんなふうに、新しい道を少しずつ描きはじめていた。

「ママ、私、全力で応援するからね。友だちにもいっぱい宣伝する!」

里奈もすかさず乗っかる。「おばさん、うちで何かイベントとかあったら、ぜひ来て料理してもらえませんか?私もお手伝いするし、絶対いっぱい宣伝します!それにまたこの美味しいご飯が食べられるなんて最高です!」

美羽は微笑んでうなずいた。「ありがとう。でも、その時はちゃんとご家族の許可ももらってね」

大人の話になったところで、美羽はふと気になって尋ねる。

「里奈ちゃん、家ではおじさんとおばさんと一緒に住んでるの?」

里奈は首を振って、屈託なく答えた。「おばさんはいないんです。うちのおじさん、結婚してなくて、もう完全な独り身のオジサンです」
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第10話

    動画はほかのショート動画に比べて少し長めだったが、圭吾は最後まで再生し続けた。一度見終わると、もう一度再生する。美羽のやわらかな声を聞きながら、画面に映る白い指先を見つめているうちに、圭吾の冷たい顔立ちにも、ほんのりと熱が宿りはじめる。目を閉じて、ふいに思い出すのは、あの夜、美羽を抱きしめたときの感触。彼女の柔らかな唇や、ふわりと香る匂い。あっという間の出来事だったはずなのに、今でもすべてが鮮やかに蘇ってくる。気がつけば、動画を何度も再生し直していた。それでもまだ足りなくて、圭吾は立ち上がり、バスルームに向かった。浴室から流れるシャワーの音だけが、しばらくの間、静かな夜に響いていた。……翌朝、里奈は朝食を済ませて玄関を出ると、いつもの送迎車ではなく、圭吾の車が待っていた。窓がすっと下がり、後部座席に圭吾が座っている。「乗って」「えっ、今日はおじさんが送ってくれるの?」圭吾は淡々と答える。「ついでだ」「そっか」里奈は特に疑いもせず、「たまたま仕事のついでかな」と思いながら車に乗り込んだ。車内ではスマホを取り出し、美羽の料理動画にコメントをつけたり、「再生回数」や「いいねの数」を嬉しそうにチェックしたりしている。「美羽おばさんは本当にすごいよね。料理だけじゃなくて、動画までこんなにセンスあるなんて……ねえ、おじさんもこの動画アプリ持ってる?持ってるなら、美羽おばさんのアカウントもフォローしてあげてね!」圭吾は特に何も答えなかった。里奈も気にせず、「どうせおじさんは動画とか見ないタイプだしな」とスマホをいじり続けている。ふと、里奈が思い出したように顔を上げる。「そうだ、おじさん。美羽おばさんにまだお礼してなかったよね?うちで料理してもらったんだから、ちゃんとお支払いしないと。タダ働きなんて、絶対ダメだよ」圭吾はちらりと里奈に目を向け、少しだけ口元を緩めた。「その件は俺が連絡しておく。お前は気にしなくていい」「うん、分かった」里奈は「なんだか今日のおじさん、ちょっと機嫌いい?」と首をかしげながらも、またスマホに視線を戻して、動画のコメントをチェックし始めた。学校に着くと、ちょうど香澄と顔を合わせ、二人で美羽の動画の話を始めて盛り上がる。そのまま二人で校門をくぐっていった。車の中で

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第9話

    京介の言葉に、美羽はもう何も感じなかった。その顔には、かつて夫に向けていた優しさや愛情は、もう微塵も残っていない。ただ静かで、どこか冷ややかな壁ができてしまったようだった。その距離を感じた瞬間、京介は思わず美羽の手をぎゅっと掴む。「美羽、俺が悪かった。許してくれないか?もう働かなくていいから。大変だろ、他人の家で料理するなんて、そんなのお前がやることじゃない」「やめて!手を離して!」美羽は力いっぱい手を振りほどき、すぐに席を立った。その表情には、もう一切の情も残っていない。「京介、離婚協議書にサインしたよね?もう復縁する気ないから。今後は香澄のこと以外で連絡しないで。一ヶ月後、役所で会いましょう」そう言い残し、美羽は京介の会社を後にした。美羽が出て行った直後、あの秘書が、媚びた声で京介にすり寄る。「社長……」だが、京介は冷たく彼女を突き放した。「出て行け!」女は驚いて怯えた表情を浮かべ、そのまま急いでオフィスを後にした。京介はしばらく無言で怒りを抑え、ゆっくりと目を細めた。それから、ふと美羽の冷たく毅然とした声を思い出し、不意に笑みを漏らす。十年以上も一緒に暮らしてきたのに、こんな頑固で強い一面があるなんて、今まで気づかなかった。その夜、京介は芦田と飲みに出かけていた。「京介、この前みんなで協力してやったのに、奥さん、結局シェフになっちゃったって聞いたぞ?もう本気で離婚する気なんじゃないのか?」今や、美羽が出張シェフの仕事を始めたことは、みんなの知るところとなっていた。京介の顔から、さっきまでの余裕がすっと消えていく。「ただの気まぐれだよ。こんなに長く大事にしてきたんだ。あんな贅沢な生活してきて、簡単に自立できるわけがない。あと一ヶ月もすれば、きっと自分から戻ってくるさ」芦田は京介とグラスを合わせて、少し笑みを浮かべる。「どうだかな?美羽さん、料理の腕も評判らしいぞ。うちにも来てほしいって人が何人もいるって噂だぜ?」「評判?そんなの子どもの遊びみたいなもんだろ。娘を喜ばせるためにちょっと料理してただけさ。もし本当に腕があったとしても、あいつにこの社交界の厳しさが耐えられると思うか?人の家で頭を下げて働くなんて、プライドの高いあいつにできるわけがない。それに、よりによって昔の奥

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第8話

    美羽は圭吾の突然の気迫に驚いて、思わず胸を押さえた。「篠原さん、私です」圭吾は深いまなざしで、そっと近づいてくる美羽を見つめていた。長い髪はふわりとカールして、繊細な顔立ちがいっそう引き立って見えた。柔らかなシルクのパジャマが、身体のラインをなめらかに映し出している。「篠原さん?」なかなか返事がなくて、美羽はそっと尋ねた。「もしかして、お酒を飲んでるんですか?」その声は、どこか優しくなだめるような響きがあった。圭吾はふと、今朝の美羽の姿、まるで熟れた桃みたいに、みずみずしくて思わず手を伸ばしたくなるような彼女を思い出してしまう。酒に酔った頭は、もう制御が効かない。圭吾は片手でネクタイをほどいてソファの脇に投げ捨てると、何の前触れもなく、すっと立ち上がった。その大きな体で美羽の前に立ちふさがり、長い腕で細い腰を抱き寄せる。そして、ためらいもなく、美羽の唇を奪った。「……っ!」美羽は一瞬呆然としたが、すぐに驚いて圭吾を突き飛ばし、何度も後ずさる。手の甲で唇をぬぐい、真っ白な頬が怒りで赤く染まった。「篠原さん、酔ってるんですね!」そのまま駆け上がり、階段の向こうに消えていった。圭吾はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと背を向ける。ふと見ると、執事が暗がりから出てきて、何事もなかったように尋ねる。「お夜食、お持ちしましょうか?」圭吾は黒い瞳を細め、冷たく答えた。「いらない。もう休んでくれていい」「かしこまりました」圭吾は階段を上がり、自分の部屋に戻ると、そのままバスルームに入った。シャツを脱ぎ捨てると、鍛えられた背中の筋肉が静かに浮かび上がる。冷たいシャワーが長い体を勢いよく打ちつけ、水音だけがしばらく響き続けていた。翌朝、美羽は誰よりも早く家を出た。一晩中ほとんど眠れず、落ち着かないままだった。帰宅してからも、昨夜のキスの感触がなかなか消えなかった。圭吾の酒の匂い、熱い息遣い、強く抱きしめられた手のひらの温度。ほんの一瞬のことなのに、いつまでも身体に残って離れなかった。余計なことを考えたくなくて、朝食を作りながら動画の撮影を始める。機材の扱いにも慣れていなくて、失敗ばかり。それでも夢中になって何度も撮り直した。ちょうど香澄が学校に着いた頃、電話がかかってくる

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第7話

    香澄は胸を張って言った。「うん、私のママだよ」「えっ、香澄のママがシェフ?冗談でしょ?」美羽は穏やかな笑顔で答える。「まどかちゃん、冗談なんかじゃないわ。思い切って新しいことにチャレンジしてるの。今は自分で料理の動画アカウントも運営してるし、もし料理を頼みたい時があれば、ぜひ声をかけてね」名前を呼ばれた女の子は、美羽に優しく声をかけられて、思わず顔をほんのり赤くした。ちょっと照れくさそうに、目を伏せる。「……えっ、私の名前覚えててくれたんですか?」「もちろんよ。香澄の友だちはみんな大事に思ってるから」美羽は、ほかの子たちにも優しく微笑みかけた。「何か聞きたいことがあったら、遠慮なく質問してね」美羽は最初から覚悟を決めていた。かつては桜庭家の奥さまだった自分が、今はこうしてシェフとして働いている。それがいつか噂の的になることは、もう分かりきっている。だったら今ここで、堂々とみんなに見せればいい。この件については、母娘で何度も話し合ってきた。香澄は、ママがどんな仕事をしていても、まったく気にしてない。「ママが真面目に働いているなら、それでいい」その気持ちはずっと変わらなかった。他の子たちも、ここは里奈の家ということもあってか、誰も嫌なことを言わなかった。それどころか、何人かは美羽の連絡先を知りたいと言ってくれて、「今度うちにも来てほしい」と声をかけてくれた。今日から始めたSNSのアカウントも、みんながすぐにフォローしてくれた。とりあえず今日の料理の写真を慌ただしくアップして、美羽の新しい挑戦が静かに始まった。その後、美羽はキッチンでひと息つくことにした。若い子たちだけの時間を邪魔しないよう、そっと距離を置いて、静かに見守る。キッチンの窓から外を眺めると、青々とした芝生の真ん中にある屋根付きのテラスで、圭吾がひとり電話をしている姿が見えた。今日は圭吾も、子どもたちのために仕事を休んで、昼食もろくに食べていない。今回こうして里奈が声をかけてくれたのも、実際には圭吾が「うちでやっていい」と許してくれたおかげだ。しかも、前にトラブルから自分を救ってくれたこともある。どうしても今日は、圭吾にちゃんとお礼がしたかった。「坂本さん、圭吾さんにちょっとしたお茶菓子を作りたいんだけど、いいかし

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第6話

    こんな圭吾を見るのは初めてだったので、美羽はなぜか少し気まずさを感じた。それは、彼の体から漂う熱気のせいかもしれないし、男らしさを間近で感じたのが本当に久しぶりだったからかもしれない。美羽は思わず一歩だけ後ずさりして、気持ちを落ち着けるために柔らかく挨拶した。「篠原さん、おはようございます」香澄もすかさず続く。「おはようございます、おじさん」圭吾が一瞬だけ美羽に視線を走らせる。今日の美羽はすっぴんだったけど、それでも肌は透き通るように白くて、どこか華やかさがにじんでいる。シンプルなTシャツに細身のジーンズ。本当ならごく普通の服なのに、大人の女性らしいしなやかなラインが自然に浮かび上がる。彼女自身は無自覚でも、その佇まいには成熟した魅力があり、まるで熟れた果実のような艶やかさがあった。圭吾は一瞬だけ喉が動いたが、表情は冷静なまま、母娘ふたりに軽く会釈した。「おはよう。どうぞご自由に」それだけ言うと、圭吾はすぐに階段を上がっていった。香澄はすぐに里奈の部屋へ行き、美羽は執事に案内されてキッチンへ。篠原家のメインシェフの坂本(さかもと)は、今日は美羽のサポート役。でも、坂本シェフはまったく気を悪くする様子はなかった。彼は圭吾のために仕えている専属シェフで、美羽は今日は里奈の依頼でパーティーの料理を担当しているだけ。そもそも立場がぶつかることはないのだ。それに、坂本シェフは初めて美羽を見た瞬間からずっと、どこか照れている様子だった。普段は無口で厳格なプロなのに、この日はずっと耳が赤くなっていて、どうやら美羽の美しさに魅了されているらしい。気まずさを隠すように、黙々と仕事に打ち込んでいた。その頃、里奈は香澄に無理やり起こされて、まだベッドでぐずっていた。やがてふたりして階下へ降りると、ちょうど圭吾も降りてきた。今日は黒のシャツに黒いスラックス、ノーネクタイで襟元は少し開き、鎖骨がちらりと見える。袖をまくった腕、引き締まった長身。スーツ姿のときとはまた違う、大人の余裕が感じられる。里奈は驚いたように声を上げる。「おじさん、今日は仕事行かないの?」圭吾は冷たく答える。「今日は週末だ」「え~、仕事中毒のおじさんにも休みがあるなんて!今まで見たことなかったのに。やっと年齢の限界を感じた?」そんな冗談に

  • 結婚がゴール?いいえ、離婚から私の物語が始まる   第5話

    美羽は少し驚いたけれど、とにかく誤解はなさそうで安心した。香澄と里奈は顔を寄せて、こそこそと何やら話している。どうやら「おじさん、なんで独身なんだろうね」、「絶対なにか訳ありだよ」といった話題らしく、二人でやたらと楽しそうにニヤニヤしていた。この年頃の女の子は、なんでもよく知っている。美羽はため息をつきながら言う。「もう、ごはん食べてからにしなさい。おしゃべりは後!」二人は急いで食事に取りかかる。食べ終わると、今度は「どうやったら動画がバズるか」、「どうしたら注目を集められるか」など、次々とアイディアを出して美羽に提案してくる。ショート動画やSNSのことは若い子たちの方がずっと詳しくて、どのアイディアも本当に新鮮だ。美羽はひとつひとつメモしながら、真剣にアドバイスを受け入れた。時間はあっという間に過ぎて、やがて里奈の家の運転手が迎えに来ることになった。二人とも名残惜しそうに玄関で抱き合い、別れを惜しむ。美羽が里奈を下まで見送ると、建物の前には一台の車が停まっていた。その車を見て、美羽は少し驚いた。昼間の圭吾の車だった。里奈もびっくりしたように声を上げる。「あれ、おじさんの車だ」すると後部座席の窓がゆっくり下がり、運転席から圭吾の顔が見えた。街灯の明かりが車内に差し込み、きりりとした顎のラインが浮かび上がる。圭吾は静かに美羽たちを見つめている。「おじさん、こんな時間にわざわざ迎えに来てくれたの?珍しいなあ。ほんと、びっくりしちゃった」里奈はちょっと皮肉まじりに言うけれど、あまり嬉しそうな様子はない。でも、ちゃんと紹介は忘れない。「おばさん、私の叔父です。おじさん、こっちは香澄のママ。前にもお会いしてますよね?」美羽はにこやかに挨拶した。「はい。篠原さん、こんばんは。里奈ちゃん、早く乗りなさい。またいつでも遊びに来てね。いつでも大歓迎だよ」「やったー、また遊びにきます!」里奈は元気に手を振り、圭吾も軽く会釈する。窓が上がり、車はゆっくり走り去っていった。車の中、里奈は思わず圭吾に愚痴をこぼす。「おじさん、今ごろ仕事終わったの?ほんと働きすぎなんだから。いい年して、結婚もしないで毎日毎日……そんな生活で楽しい?」圭吾は冷静な声で返す。「お前もその歳で恋愛に夢中になるのは感心しないな」

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status