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第3話

Author: パクチー好きの静香
あの頃の私は、つまらない意地を張っていた。

あんな目に遭ったと知られたら、智哉に嫌われるんじゃないか。そう思うと、どうしても言えなかった。

結局、あの日のことは誰にも話せないまま、ずっと一人で抱えてきた。

車が椎代山へ近づくにつれ、息が苦しくなっていく。

「行かない……!絶対に行かないから!」

体が勝手に後ずさる。

そんな私を見て、智哉もとうとう声を荒らげた。私を強く抱きしめ、苦しげに叫ぶ。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!もう莉奈とは会わない。それでいいんだろ!」

夜の闇に、悲痛な声が響いた。

まるで追い詰められているのは智哉のほうで、私が無理難題を押しつけているみたいだった。

そのとき、智哉のスマホから聞き慣れた着信音が流れた。莉奈専用の着信音だ。

苛立っていた智哉は、電話に出るなり怒鳴った。

「いい加減にしろ!もう電話してくんな!」

けれど、向こうが何か言った途端、智哉の顔から血の気が引いた。

ついさっきの言葉など、もう頭から消えてしまったらしい。智哉は青ざめた顔で私の肩を掴んだ。

「望美……莉奈が死のうとしてる」

その指がちょうど私の傷口に食い込み、滲んだ血が智哉の指を濡らしていく。けれど、彼はそれにも気づかなかった。

痛みで全身が震えているのに、私の声は不思議なくらい冷静だった。

「……じゃあ、行けば」

智哉は迷いもしなかった。すぐに私から手を離す。

「望美、これで最後にする。約束するから」

私は遠ざかっていく背中をただ静かに見送った。悲しみも怒りもなく、ただやっと解放されたような気がした。

これが初めてではなく、これで最後にもならないと分かっていたからだ。

家に戻り、私は傷の手当てをした。しばらくすると、智哉から電話がかかってきた。

「望美、莉奈は無事だったけど、まだかなり不安定でさ。今から病院に連れてく。卒業のこともあって、最近ずっと参ってるみたいなんだ。だから今回は大目に見てやってくれないか?

あ、それとさ、俺今ここを離れられないから、代わりに莉奈の卒業祝いにドレスを一着見立ててくれないか?少しでも元気出させたくてさ。あいつのサイズはバスト85、ウエスト59で、体重は48キロで……」

莉奈のことなら、何でも知っている。そんな智哉の声を聞きながら、私はぼんやりとリビングを見た。そこには、ウェディングドレスが掛けられている。

人のことには、あんなに気が回る人なのに。私がドレスのウエストを少し大きめに直していたことには、気づかなかった。

結婚式の日に教えて、驚かせるつもりだった。

私はわずかに膨らみ始めたお腹に目を落とした。とうとう涙がこぼれた。

智哉をLINEでブロックした。そして、中絶手術を予約した。

翌朝、激しくドアを叩く音で目が覚めた。

扉を開けるなり、智哉が私の腕を掴んで乱暴に引っ張った。怒りを必死に押し殺しているのが分かった。

「望美、お前はずっと優しいやつだと思ってた。まさか……ここまでやるとは思わなかった」

何を言われているのか分からず、頭が真っ白になった。

智哉は嫌悪を隠そうともせず、吐き捨てた。

「とぼけんなよ。莉奈が卒業できなくなったの、お前が裏で手を回したんだろ!」

莉奈が講義をサボって単位を落とし、卒業できなくなったことと、私に何の関係があるというのか。

言い返そうとした私を遮るように、智哉が鼻で笑った。

「黒田建吾(くろだ けんご)さん、広栄大学の教授だろ。関係ないなんて言わせないぞ」

――バチンッ!

その言葉を聞いた瞬間、何かがぷつりと切れた。気づけば、智哉の頬を平手打ちしていた。

私が継父の黒田と絶縁していることを、智哉は誰よりも知っているはずだった。

母の再婚後、一時は黒田姓を名乗っていた。けれど、あの男との関係を断ったあと、私は元の姓である水城に戻した。そこまでして、あの男との繋がりを捨てたかった。

5年前、弟と喧嘩したのをきっかけに、酒に酔ったあの男が私の部屋に押しかけてきた。そのままベッドに押さえつけられ、太い手で首を締め上げられた。

どれだけもがいてもあの男はびくともせず、水から引き上げられた魚のように、私は必死に息を求めることしかできなかった。もう駄目だと思ったそのとき、智哉が飛び込んできた。

怒り狂った智哉はあの男を殴り倒し、頭を何度も壁に叩きつけて半殺しにした。私は慌てて後ろから抱きついて止め、そこでようやく智哉は我に返った。

私が黒田をどれほど憎んでいるか、智哉は知っている。それなのに、私が黒田と手を組んで莉奈の卒業を邪魔したと思っているのだ。

指先から感覚がなくなり、全身が冷えていくようだった。

私は玄関を指さした。智哉をまっすぐ見て、一言ずつ告げる。

「出てって。……もう二度と、私の前に現れないで」

そう言い終えたとき、莉奈が飛び込んできて、その場に崩れ落ちるようにして土下座をした。

「望美さん……お願いですから、もう見逃してください!今まで私が悪かったなら謝りますから!でも、このまま卒業できなかったら、せっかくもらった内定まで取り消されるかもしれないんですよ……!私、これからどうしたらいいんですか……?」

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