Mag-log in私・清原怜(きよはら れい)は目が見えない。 それなのに、親友の南井理穂(みない りほ)はいつも「怜って本当に恵まれてるよね」と言っている。 幼い頃からずっと、幼なじみの馬淵将司(まぶち しょうじ)が、忘れずに私の手を引いてくれるからだ。 将司は冗談めかしてこう言ったことがある。 「お前って本当に悪い女だな。でも、俺は一生縛られても構わない」 だから結婚式の前夜、将司が裏アカウントに投稿した動画の内容を聞いたときも、疑うことすらしなかった。 「悪い女に狂わされた。どうしよう? 結婚まで絶対に手を出さないって決めてたのに、あいつの写真を見るたびに、どうしようもなく胸が騒ぐんだ。 あいつのせいで、俺の体はおかしくなっちまった」 コメント欄では、【今すぐその悪い女のところへ行って責任を取ってもらえ】と、将司をけしかける声が相次いでいる。 スマホの読み上げ機能でそれを聞きながら、私は恥ずかしさに頬を赤らめる。 けれど、一晩中待っても、将司が私の部屋のドアを叩くことはなかった。 結婚式当日、控室で待っていた私のもとに届いたのは、理穂のSNS投稿だ。 【最後の夜。明日から、あなたは別の人のものになる】 思わず、口元が引きつる。 これが「恵まれている」ということなら、いらない。理穂も将司も、もういらない。
view more式場は、息が詰まるほど静まり返っている。聞こえるのは、将司の荒い息遣いだけだ。修弥がタキシードの上着を脱ぎ、私の肩にそっとかける。「怜、行こう」その穏やかな声に、張り詰めていた心が少しずつ落ち着いていく。私は小さくうなずき、修弥の腕に手を添える。そのまま一歩ずつ、壇上を降りていく。背後から、将司のかすれた声が追いかけてくる。「怜!お前の目……俺、医者を探したんだ!本当だ!必ず治してみせる!もう一度だけ、俺を信じてくれ!」私は振り返らない。ただ足を止め、背を向けたまま静かに告げる。「将司、これからは、もうあなたに私の目になってもらう必要はないわ」将司から、すべての力が抜け落ちたようだ。彼はその場にひざまずき、遠ざかっていく私たちをただ見送っている。記者たちが一斉に押し寄せ、無数のカメラが私たちへ向けられる。修弥は私をかばうように歩きながら、低い声で尋ねる。「大丈夫?疲れたなら、僕にもたれていいよ」私はそっと肩を預ける。これまで感じたことのない安心感に包まれる。背後から、理穂の泣き叫ぶ声が響く。「将司、よくも利用したわね!私のことまで騙していたの!?」その直後、ガラスが割れる音が響く。誰かの悲鳴が上がり、通報する声が飛び交う。それでも振り返ることなく、式場の外へ出ていく。頬に降り注ぐ日差しが、ほんのりと暖かい。何も見えない。それでも、確かに感じる。……結婚式で起きた騒動は、瞬く間に世間へ広がっていった。馬淵家が経営する会社の株価は大きく下落し、将司と理穂が使っていた裏アカウントも特定された。二人が投稿していた動画も次々と拡散され、警察も捜査に乗り出した。理穂にはプライバシー侵害の疑いが持たれ、将司にも恐喝の疑いが持たれた。二人とも事情聴取を受けることになった。私は警察で事情を話し、必要な手続きを終えると、修弥に付き添われて家へ戻る。母は家の中にある家具や生活用品を、ほとんどすべて入れ替えていた。カーテンも、ソファも、ベッドも。将司が触れたものは、一つ残らず家から消えている。修弥が私の向かいに座る。「来週、海外から眼科の専門医が来る。怜の角膜はかなり傷んでいるけれど、視神経はまだ機能している。手術がうまくいけば、少しでも視力を取り戻せる可能性がある」指先が、わずかに震え
「これは昨日、会員制クラブで撮ったものよ。あなたを尾行させたわけじゃない。ただ、その店のオーナーと知り合いでね。防犯カメラの映像を送ってもらったの。まさか、結婚式の前日だというのに、女連れでそんな場所へ行くなんてね。私が見えないからって、何をしてもいいとでも思ってるの」将司が声を荒らげ、必死に弁解する。「違う!こんなの、今回だけだ!」「もういい」将司の言葉を遮る。「あなたと理穂が寝室で撮っていた動画も、二人の裏アカウントの投稿も、メッセージのやり取りも、全部、ここに入っている」将司の顔から、血の気が引いていく。理穂が悲鳴を上げる。「どうして、そんなものまで手に入れられたの!?何も見えないじゃない!」「見えなくても、聞こえるものはあるわ」私は静かに答える。将司はなおも言い募る。声には、泣き出しそうな響きが混じっている。「怜、もうやめよう。目が見えないお前が、俺なしでどうやって生きていくんだよ。俺みたいに、お前の面倒を見てくれる人なんて、他にいないだろ」「面倒を見てくれる?何のこと?」思わず、鼻で笑ってしまう。「私の家に、別の女との写真を飾ったこと?私に、あなたたちがお揃いでつけていた指輪を触らせたこと?それとも結婚式で、理穂を私の代わりに花嫁に仕立てたこと?」客席から、将司を責める声が上がり始める。けれど本人は、そんな声など聞こえていないかのように、膝をついたまま私のほうへにじり寄ってくる。「怜、俺が悪かった。もう一度だけ、俺にチャンスをくれ。今すぐ理穂とは別れるから」理穂は、自分の耳を疑ったように息をのむ。「将司……今、何て言ったの?」理穂は将司の肩をつかみ、必死に問い詰める。「昨日の夜、私に何て言ったのか、忘れたの?怜と結婚するのは、責任を取るためだって、本当に愛しているのは私だって言ったじゃない!」無数のシャッター音が、会場中に響き渡る。祝福に包まれるはずだった結婚式は、いつの間にか、救いようのない茶番へと変わっていた。将司は理穂の手を振りほどく。「余計なことを言うな!」そして、再び私へ顔を向ける。その声だけは、昔と変わらず優しい。「怜、覚えてるか?子どもの頃、お前は雷が怖かっただろ。一晩中、俺がお前を抱きしめてやった。お前、俺と結婚するって言ったじゃ
修弥は反論しなかった。ただ静かに将司を見据えている。「もし怜が本当に君を愛しているなら、君はこんな場所には立っていないはずだ」その言葉が、刃のように将司の胸へ突き刺さる。将司は力なく、修弥の襟元から手を離す。そして、こちらへ顔を向ける。「怜、何か言ってくれよ!6歳の頃からずっと俺のそばにいたじゃないか。俺を愛していないはずがないだろ?」長い沈黙のあと、ようやく口を開く。「あの時……どうしてあなたを助けたと思う?あなたが言ったからよ。『生きて海を見に行きたい。一番きれいな日の出を見たい』って。大切な友達だと思っていたから、あなたをかばった。そのせいで、見えなくなったけれど……」少し間を置いてから言う。「……ねえ、将司。私の代わりに、海を見てくれた?」将司は何か言おうとした。けれど、声にならず、何も返ってこない。その時、理穂が突然泣き出した。「将司は、毎年私を海に連れて行ってくれた……そういう理由だったの?てっきり怜が行きたがらないから、ついでに私を誘ってくれたんだと思ってたのに……」その一言で、すべてが明らかになった。将司が慌てて理穂を止めようとする。けれど、もう遅い。式場が、一瞬にして静まり返る。そして次の瞬間、ざわめきに呑み込まれる。「嘘でしょう……」「目が見えなくなった彼女を差し置いて、浮気相手を海に連れて行ってただなんて」将司から、明らかな動揺が伝わってくる。しばらくして、ようやく私のほうを向いた。その声には、初めて後悔がにじんでいる。「怜……まさか、そんなことまで覚えているなんて……」「将司に言われたこと、全部覚えているわ。私があなたにとって足枷だと言ったことも、人生を縛る鎖だと言ったことも、私なんか、あなたには釣り合わないと言ったことも……」将司の体がよろめく。「あれは……ただの勢いで言っただけで……」「一度なら、そうかもしれない。でも、陰で言って、人前でも言って、メッセージでも繰り返していた。大人なら、自分の言葉が人を傷つけたと気づいた時点で、謝るはずよ。でもあなたは違った。こうして追い詰められて初めて、謝罪を逃げ道に使おうとしているだけ」静かに首を振る。「将司、私たちは、もう終わりよ。これまで私があなたに注いできた愛情だけでも、あなたには一生かか
「何をやっているんだ!」声を荒らげる将司に、静かに答える。「見ての通りよ。結婚するの」将司は勢いよく壇上へ駆け上がり、私の腕をつかもうとする。けれど、修弥が私の前へ立った。「誰だお前!」将司の声が震えている。「怜は僕の妻です」修弥は小さく笑う。「馬淵さん、式場を間違えているよ」式場が一気にざわめく。あちこちでカメラのシャッター音が鳴り響いた。理穂が将司の腕にすがりつく。「将司、どういうことなの?」将司は修弥を無視し、こちらを睨みつける。「お前……俺を騙したのか?」私は修弥の手を強く握る。「私は、将司に言われた通りにしただけよ。家柄の釣り合う相手を選んで、結婚することにしたの」将司の息をのむ気配がする。「こんな結婚なんて、お前の両親が認めるはずがない!」その時、母が席から立ち上がった。「清原家を甘く見ないでちょうだい」続いて、父も口を開く。「お前のことは、とっくに見抜いていた。怜はお前を助けようとして視力を失った。それなのに、お前は感謝するどころか、怜の弱さにつけ込み、何度も自分の都合のいいように利用してきた。怜を騙せても、私たちまで騙せると思うな!それだけじゃない。清原家に入り込むため、愛しているふりまでしてきた。怜は目を失ってから、心を許せる友人も多くなかった。その親友と関係を持ちながら、ずっと怜を騙していたんだ」思わず息をのむ。両親は全部知っていた。かつて両親は何度も将司との結婚に反対していた。けれど当時の私は、それを頑固で身勝手な親の干渉だと思っていた。自由に恋愛することすら許してくれないのだと。両親が示してくれた証拠さえ、将司を陥れるための作り話だと信じ込んでいた。けれど今なら分かる。あれはすべて、本当だった。将司のことで両親とぶつかるたび、その言葉の奥には、いつだって私を守りたいという思いがあったのだ。将司が後ずさる。理穂の乱れた息遣いからも、動揺が伝わってくる。「誤解です!私と将司はただの友達で……」母が冷たく笑う。「人の新居のベッドで二人きりで寝るのが友達かしら。友達なら、怜のドレスまで着るのかしら?もう証拠は、すべてそろっているのよ」理穂は何も言い返せなくなった。将司が、はっとしたように私のほうを向く。「……盗聴でもさせてい
Rebyu