Share

第116話

Author: 藤原 白乃介
午前九時。

高橋グループ社長室。

照明とカメラの準備が整い、司会者は少し躊躇いながら尋ねた。「高橋社長、帽子を被って薄化粧をされては如何でしょうか。そうすれば映りがもっと良くなるかと」

智哉はその言葉を聞き、冷たい目を向けた。

「私が醜いと?」

司会者は額に冷や汗を浮かべた。「いえ、高橋社長は我がB市のルックスの頂点です。ただ、その包帯が少し目立ちすぎて。今回のテーマはコロナ後の経済回復なのに、その姿だと災難から生還したようで」

智哉は深い瞳を沈ませた。「経済回復に時間を取られ、彼女と過ごす時間がなかったせいでDVに遭っただけだが、何か問題でも?」

現場のスタッフ全員が凍り付いた。

衝撃的な情報を聞いたようだった。

高橋家の御曹司に彼女がいた。

しかも彼女は凄まじい。

DVまでしでかした。

なんてこった!

これは芸能界でもビッグニュースになるレベルだ。

ディレクターはすぐに笑顔で言った。「問題ありません。むしろ今回のテーマにぴったりです。高橋社長がこんなに庶民的だとは」

すぐに司会者を引き寄せて言った。「話題を変更しよう。この回は間違いなく話題になる」

一方その頃。

今日は佳奈の初めての法廷だった。多少緊張していた。

結局、今まで学んできたのは理論ばかりで、実戦は初めてだった。

雅浩は笑って彼女の頭を叩いた。「緊張するな。学校で見せた弁論の実力を出せばいい」

佳奈は頷いた。「ありがとう先輩、行ってきます」

この案件は清水夫人の著作権侵害訴訟だった。

相手のデザイナーは元モデルで、現在は数百万のフォロワーを持つ大物インフルエンサーだった。

巨大なファン層の支持があるだけでなく、B市一の論客である坂本弁護士まで雇っていた。

誰も清水夫人の勝訴を予想していなかった。

この件はネットで大きな話題となっていたため、法廷はライブ配信されることになった。

佳奈は一見落ち着いて弁護士席に座っているように見えたが、手のひらには薄い汗が浮かんでいた。

清水夫人は市長夫人で、彼女の訴訟を担当したい弁護士は大勢いた。

それなのに自分を選んでくれた。

その意図は分かっていた。

この業界では知名度が物を言う。知名度のない弁護士は、どんなに実力があっても依頼は来ない。

これは雅浩が用意してくれた最初の足がかりだった。失敗は許されない。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第945話

    匕首は寸分違わず直樹の腕に突き刺さった。 彼の手からリモコンが床に落ちる。 誠健は電光石火で身を躍らせ、そのリモコンを拾い上げた。 すぐに直樹へと襲いかかろうとしたが、その前に直樹が狂ったように笑い声をあげた。 「ハハハ、さすがだな誠健。結衣から聞いてたよ、お前は子供の頃からケンカ上手だってな。だからこうして備えておいたんだ。こっちにももう一つリモコンがあるんだぜ。試してみるか?俺たちが持ってる二つのうち、本物はどっちだと思う?」 その言葉に、誠健は思わず身を固くした。 これほど多くの人間を送り込んでも直樹を捕まえられなかったことから、彼の追跡回避能力がいかに優れているかがわかる。今、手にあるリモコンが偽物とは限らない。両方とも本物の可能性もある。 知里の命がかかっている以上、下手な賭けはできなかった。 誠健は必死に自分を落ち着かせ、直樹を睨みながら口を開く。 「直樹、今ならまだ引き返せる。外は特殊部隊で包囲されてる。逃げ道なんてないんだ」 直樹の表情が暗く歪んだ。 「俺は最初から逃げるつもりなんてねぇ。ただ結衣の仇を討ちたいだけだ。あいつが手に入れられなかったなら、この女だって手に入れさせねぇ。あいつを死なせたのはこの女だ。だから俺はお前にも同じ痛みを味あわせてやる。誠健、三十秒やる。それまでに動かなきゃ容赦しねぇぞ」 そう言うと、直樹は腕から匕首を抜き、痛みを感じる素振りも見せずに血の滴る刃を誠健へと放り投げた。 そしてリモコンを掲げ、高らかに告げる。 「今から三十数える。俺が1まで数え切っても何もしなけりゃ、お前はこの女が粉々に吹き飛ぶのを見届けることになる」 「30、29、28……」 一つ一つの数字が進むごとに、知里の胸は締め付けられるように苦しくなっていった。 彼女は必死に首を振り、涙に濡れた顔で誠健に訴える。 「誠健、お願い、死んじゃダメ。私、あなたが死ぬなんて絶対に見たくない」 彼女の涙だらけの顔を見た瞬間、誠健の頭に鋭い痛みが走った。 堰を切ったように、過去の記憶が次から次へと押し寄せてくる。 知里とふざけ合った日々。 知里が罠にはめられ重傷を負い、昏睡した姿。 恋愛番組で二人が絡み合った場面。 薬を盛られた自分を見て、知里が怒りにまかせて結衣を殴

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第944話

    誠健はギュッと拳を握りしめた。 冷たい声で言う。 「直樹?」 直樹は高らかに笑った。 「そうだよ、俺だ。ずっと俺を探してただろ?今日は思う存分会ってやろうじゃないか」 「彼女に指一本でも触れたら……お前の母親にお前の死体を引き取らせてやるからな」 直樹の笑いは陰湿に変わった。 「そんなに知里と離れるのが惜しいか?結衣があんなにお前を愛しているのに。今日という日は、お前がどれだけ知里を愛しているのか、見せてもらおうじゃないか 今から住所を送る。一人で来い。警察呼んだら……お前の可愛い子ちゃんを木っ端微塵にしてやる」 そう言うと、電話は一方的に切られ、位置情報と共に、知里の写真が誠健のもとに届いた。 写真を見た瞬間、誠健の背筋に冷たい汗が流れた。 知里は爆薬を身体に巻かれ、柱に縛り付けられていた。 彼は直樹の過去を調べていた。 幼い頃に自作の爆薬で実家を吹き飛ばした、正真正銘の化学の天才。 今は化学企業の研究部マネージャーに就いている。 だが結衣が死んでからというもの、直樹は姿を消し、まるで蒸発したかのようだった。 誠健は、何組も人を送り出して捜させたが、彼の行方は分からなかった。それが、まさかの不意打ち。どんなに備えても、知里を人質に取られるとは。 ――三十分後。 誠健は廃工場のボロ扉を蹴破り、一身黒ずくめで中に立った。 知里の姿を目にした瞬間、胸に何本もの刃が突き立てられたような痛みが走る。 「知里!」 目を覚ましたばかりの知里は、誠健を見ると恐怖に呑み込まれた。 だが直樹がどんな狂人かを誰より知っている。 必死に首を振る。 「誠健、来ちゃダメ!あいつの手にリモコンがある!」 誠健の足は止まらず、むしろ速さを増していた。 そこへ、柱の影から直樹が現れる。 邪悪な笑みを浮かべながら。 「あと一歩でも動いてみろ。今すぐお前ら二人まとめて吹き飛ばして、結衣の供養にしてやる」 誠健は即座に動きを止め、鋭い眼光で睨みつける。 「彼女を放せ。代わりに俺を人質にしろ。結衣の死は彼女とは無関係、責任は全部俺にある」 「ふざけるな!結衣が偽物だと疑ったのはこいつだ。だから石井家を追い出され、あんな惨めに死んだんだ。全部この女のせいなんだよ! こいつがお

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第943話

    知里の父は目を細めて笑いながら言った。 「ちょっと散歩がてら待ってたんだ。今夜は楽しかったか?」誠健は知里の手を握りしめ、大きくうなずいた。 「楽しかったです。俺たち、もう付き合うことになりました」その言葉を聞いた瞬間、知里の父と知里の母は同時に顔を輝かせて笑い出した。 「いいぞ、付き合うってのはいいことだ。近いうちにお前たちのじいさんとも話し合って、この話を決めようじゃないか。あの二人とも待ちきれないだろうからな」知里は慌てて制した。 「お父さん、そんなに嫁に出したいんですか。私たちやっと付き合い始めたばっかりですよ。もっと時間をかけて見極めないと、そんな急ぐことないでしょ?」「何を見極めるっていうんだ。俺は二十年以上も君のために見てきたんだぞ。それに、君たち二人はとっくに一緒になるべきだった。邪魔さえなければ、今ごろ俺はもうおじいちゃんになってたんだ」誠健もそれに合わせて言った。 「お義父さん、焦らないでください。来年にはきっと願いをかなえてみせますから」その「お義父さん」という呼び方に、知里の父の心は一気に満たされ、豪快に笑い声を上げた。 「ははは、いいぞ!じゃあ俺はじいさんに話をしてくる。お前たちはそのまま抱き合ってろ」そう言うと、知里の母の手を取って急ぎ足で家に戻っていった。 去っていく背中を見送りながら、知里は誠健を睨んだ。 「何を勝手に言ってるのよ。誰があんたと結婚するって?仮に結婚したとしても、そんなすぐに子どもなんて無理だからね」誠健は笑いながら彼女を抱き寄せた。 「わかってるよ。ただお義父さんたちを喜ばせてあげたかっただけだろ?」二人はそのまましばらく抱き合い、やがて知里は家に戻った。 玄関を入ると、父がすでに祖父と一緒に婚約の日取りについて話し合っているのが見えた。 彼女は肩を落として首を振り、階段を上がっていった。 少し歩いたところで、執事が声をかけてきた。 「お嬢様、お荷物が届いております」知里は何も考えずにそれを受け取った。化粧品を注文していたことを思い出し、それだと思ったのだ。 部屋に戻り、すぐに梱包を解いた。 だが、箱を開けた瞬間、彼女は悲鳴を上げた。 手にしていた物を放り出し、転げるように階段を駆け降りた。 物音を聞きつけた

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第942話

    知里は笑いながら誠健の頬をぺちぺち叩いた。「何ヤキモチ焼いてるのよ。玲央は私のこと好きじゃないってば」誠健は不思議そうに彼女を見つめた。「好きじゃないなら、なんで追いかけてくるんだ?宴会までついてきたりして」「ほんとバカね。あの佑くんですら気づいてるのに、あんたは全然わかってないとか、もう救いようがないわ」誠健は言われてもピンと来ず、ぽかんとしていた。しばらくしてようやく理解したのか、目を見開いて尋ねた。「まさか……麗美さんのことが好きってこと?」知里はあいまいに頷いた。「二人は五年前から知り合いよ。でもその時はうまくいかなくてね。玲央はあの時から、ずっとやり直したいって思ってるの」誠健は舌打ちしながら肩をすくめた。「そんな簡単にいくわけないだろ。麗美さんの今の立場、誰でも選べるってもんじゃない。玲央の身分じゃ、その候補にも入らないさ」「そんな考え、壊しちゃえばいいじゃん。自由恋愛って言葉、知らないの?女王様だって人間よ」「女王ってのは、あの資本家連中がコントロールしてる駒なんだよ。結婚だって政治の手段に過ぎない。女王の男になれる家ってのは、いわゆる超上流階級だけ。玲央は明らかにその枠外さ。だから、あの二人が結ばれることはない。君ももう無理にくっつけようとするな。縁がなかったと思って、忘れろ」知里が言い返そうとした瞬間、またもや誠健に唇を塞がれた。彼はそっと唇を噛み、ちょっと怒ったように囁いた。「君は今、俺の彼女だろ。俺のことだけ心配してればいい。他の男のことなんか、気にするなって。いいな?」「じゃあ、もし気にしたら?」「そしたら……三日間ベッドから立ち上がれなくしてやる。信じないなら、試してみな」知里は一瞬で黙り込んだ。なぜなら、彼がやろうと思えば本当にやる人間だと知っていたから。彼は三百回戦っても息切れしない男なのだ。一度、年始の三連休に大雪が三日間降り続いた時、二人はその間ずっとベッドで過ごした。本当に、誠健の言う通り、知里は三日間ベッドから下りられなかった。その時の恐怖を思い出したのか、知里は青ざめていた。そしてそんな知里の様子を見て、誠健は面白そうに目を細めた。「いつも怖いもの知らずの直球娘が、なんでこの程度のセリフで真っ青になるんだ?もしかして……

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第941話

    五彩にきらめく花火が、男の整った顔に映り込み、その深く澄んだ瞳をいっそう魅力的に照らしていた。その姿に、知里は思わず息を呑んだ。胸の鼓動が突然、何の前触れもなく激しく跳ね上がる。誠健の告白と、その優しさに――彼女は抗うことができなかった。いや、むしろ少し、欲してしまっていた。そのせいか、声もかすれてしまいそうになる。「誠健……」彼女はそっと名を呼んだ。誠健は小さく「うん」と答え、熱を帯びた唇で、知里の唇にゆっくりとキスを落とし始める。喉の奥は灼けるように熱く、掠れた声が漏れる。「知里、好きだ。一緒にいてくれないか?」誠健の熱を帯びた吐息に、知里の呼吸は乱れ、両手は彼の服の裾をぎゅっと掴んだ。彼女には、これから何が起きるのか分かっていた。本来なら、この瞬間はもっと早く訪れるはずだった。けれど、誠健が記憶を失っていたせいで、長く待ち望んでいた再会の時が、ようやく今になってしまったのだ。胸の奥がきゅうっと締めつけられて、目頭も赤く染まる。知里は熱を灯したまなざしで誠健を見つめ、堪えきれない想いをにじませた声で尋ねた。「誠健……また私を置いて行ったりしないよね?」潤んだ瞳の端がほんのり赤く色づいているのを見て、誠健の喉がつんと痛んだ。彼は顔を近づけて唇にキスを落とし、柔らかく囁く。「しないよ。これからは、もう絶対に離さない。生きるも死ぬも一緒、白髪になるまで一緒にいる」その言葉を聞いた瞬間、知里の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。誠健はその涙を、そっと唇で拭うようにキスしながら優しく見つめた。熱を帯びた唇は、彼女の頬を伝いながら徐々に下へ。そして再び、彼女の柔らかな唇を覆う。胸の奥に押し込めていた強い感情が、ついに堰を切ってあふれ出した。狂おしいほどの想いで、けれど優しさを忘れずに、彼は知里の唇を深く求めた。その強い刺激に触れた瞬間、誠健の脳裏にいくつもの映像がよぎった。それは、知里と激しく愛し合った記憶。その一つひとつが、どれほど幸せで美しかったか。彼の胸は締めつけられるように痛んだ。そうか――自分たちは、もうとっくに恋人同士だったんだ。あんなにも深く、あんなにも激しく愛し合っていたんだ。知里が彼に「好き」と言ってくれたこと。彼女が何度も

  • 結婚は断るのに、辞職したら泣くなんて   第940話

    彼は知里を背負いながら、子供の頃の話をし始めた。最初、知里は興味津々で聞いていた。だが、しばらくしてようやく気づいた。誠健って、記憶喪失だったんじゃないの?あの仲良しだった友人たちのことも、全部忘れたはずじゃなかったっけ?なのに、なんで子供の頃の話は覚えてるの?そう思った瞬間、知里の胸がギュッと締めつけられた。彼の耳元に顔を近づけて、そっと囁いた。「誠健……記憶、戻ったの?」その一言に、誠健はぽかんとした顔をした。そして足を止め、少し間をおいてから言った。「わからない……でも、この山を見たら、ふっとその話を思い出したんだ」「じゃあ、この湖のことは覚えてる?あの日、結衣が自分で落ちたくせに、私が突き落としたって言い張って、もうちょっとで私、人生終わるとこだったんだよ。あの時、私が証拠持ってなかったら、本当に終わってたんだから……覚えてる?」誠健はきっぱりと首を横に振った。「そのことは、まったく記憶にない」知里はさらに続けた。「そのとき助けに入ったの、あんただったんだよ。うちの父とあんたの父がそのことで大喧嘩して、家同士の関係も最悪になったの。覚えてない?」その話を聞いて、誠健の胸がきゅっと締めつけられた。当時の記憶はなくても、そこまでこじれたってことは、知里がかなり苦しんだに違いない。誠健はすぐに聞き返した。「……俺、そのとき、君を傷つけた?」「それはない。でも、あの事件以来、結衣は私たちの間に刺さったトゲみたいになった。彼女がいる限り、私たちは絶対にうまくいかなかった」誠健は悔しそうに奥歯を噛みしめた。「……偽者でよかったよ。あんな奴のせいで、俺の嫁が泣かされるとこだった」二人は話しながら歩き続け、いつの間にか山頂に辿り着いていた。山頂のあずまやから見下ろせば、まさに絶景が広がっていた。高橋家の本邸が見えるだけでなく、裕福な住宅街の夜景も一望できた。知里はその美しさに心を奪われていた。そのとき、耳元にパチパチという音が聞こえてきた。続けざまに、色とりどりの花火が空に咲き誇り、静かな湖面に反射して幻想的な景色を作り出していた。知里は思わず叫んだ。「わあああ、花火だ!すっごく綺麗!」誠健は、はしゃぐ知里の姿を見て、思わず口元を緩めた。そして彼女

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status