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第388話

Author: 藤原 白乃介
佳奈は高橋お婆さまを見送った後、ちょうど雅浩の家族三人が歩いてくるのを見かけた。

悠人の額には包帯が貼られており、どう見てもケガをしたばかりのようだった。

佳奈はすぐに駆け寄り、心配そうに声をかける。

「悠人、どうしたの?ケガしたの?痛くない?」

佳奈の顔を見た途端、悠人はさっきまで我慢していた涙をぽろぽろとこぼし始めた。

小さな手を彼女に伸ばして、悲しげな声を上げた。

「叔母ちゃん、悠人、いたいの……だっこしてほしい」

佳奈が抱きしめようと一歩踏み出した瞬間、綾乃がすかさず止めた。

「ダメよ、叔母ちゃんのお腹には赤ちゃんがいるんだから、抱っこはだめ」

悠人は少し不満そうに口を尖らせた。

「じゃあ……ちゅーして」

佳奈は彼の首に腕を回し、頬にそっとキスをした。

「これからは気をつけてね。ケガしちゃうといっぱい血が出るし、病気にもよくないの。分かった?」

悠人はしっかりと頷いた。

「わかってるよ。ママが弟を産んだら、悠人も手術できるって」

その言葉に、佳奈は驚いて綾乃を見つめた。

「綾乃姉さん、妊娠してるの?」

綾乃はほんのりと微笑んだ。

「やっと一ヶ月目。佳奈、一緒に外で日向ぼっこしない?」

佳奈はすぐに察した。綾乃と雅浩の間には、何かしらのわだかまりがあるのだと。

彼女は頷き、三人で病院の庭に出た。

ベンチに並んで腰かけると、佳奈は少し躊躇いながら尋ねた。

「先輩とは、今どうしてるの?」

綾乃は淡々とした声で答えた。

「悠人のパパとママ。私たちの関係はそれだけよ」

「でも……子どももいるのに、少しも進展はないの?」

綾乃は静かに佳奈を見つめ、そして低く言った。

「試験管ベビーなの。私たちは一度もそういう関係になってない」

その言葉に、佳奈の胸に複雑な感情が押し寄せた。

なぜなら――雅浩が好きだったのは、他ならぬ自分だから。

綾乃の前では、どうしても後ろめたさが拭えなかった。

「綾乃姉さん、私と雅浩の間には何もなかったよ。今の彼は、あなたと悠人のために家族になりたいと思ってる。……少しだけでも、彼にチャンスをあげてみたら?」

綾乃は苦笑いを浮かべた。

「佳奈、実は私、あなたに少し似てると思ってた。恋に対して、すごく一途なところとか。若い頃、雅浩が誰かを好きだって知ってた。でも、私は自分の魅力で振り向か
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