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第3話

作者: アリリ
直哉が戻ってきたのは、午前1時だった。ドアを開けた彼は、持ち帰りの卵雑炊が入った袋を提げていた。

それを見たとたん、鼻の奥がつんとした。

7年前、付き合い始めたばかりのころ、病気で入院した私のために、彼は長い時間並んで、私の好きな店の卵雑炊を買ってきてくれた。

「これからも、お前が具合悪い時には俺がそばにいるから」

その言葉を、私はずっと覚えていた。

雑炊を見つめる私を見て、直哉の表情が少し和らいだ。

「夕飯、食べてないんだろ?俺に腹立ててるからって、意地張ってメシ抜くようなことすんなよ」

私が動かずにいると、彼はそばに来て、額に手を当てた。

「熱はないのに、どうしてそんなに顔色が悪いんだ?」

懐かしい優しさに触れ、一瞬、今夜のゲームもただの度が過ぎた冗談だったように思えた。明日になれば、彼はこれまでと変わらず、式場の奥で私を待っていてくれるのではないかと。

直哉は雑炊の容器のふたを開けると、クローゼットからウエディングドレスのカバーを取り出した。

「雑炊、温かいうちに食えよ。ドレスは俺が持ってくから」

私ははっと顔を上げた。

「ドレスをどうするの?」

「美咲が上で待ってる。靴とベールだけじゃ物足りないから、どうしてもドレスも着たいって言うんだ」

雑炊を買ってきたのは、私を気遣ってのことではなかった。ドレスを持ち出す前に、ついでに私をなだめようとしただけだ。

「駄目」

私がクローゼットの前に立ちはだかると、直哉は眉を寄せた。

「10分だけ試着したら、明日ちゃんと返すから」

「このドレスは貸せない」

私はきっぱりと言った。

ドレスの裏地は、母が遺してくれた古いウエディングドレスを仕立て直したものだ。胸元には、母が手縫いで刺繍してくれた名前も残っている。

30回を超える仕立て直しに付き合った直哉は、そのことを誰よりよく知っているはずだ。

「たかが服だろ。代わりに新しいのを買ってやるから」

すでに苛立ちの混じる声だった。

「貸さないって言ってるの」

私はカバーをつかんだまま離さなかった。

引っ張り合ううちにファスナーが開き、真っ白な裾が床へ滑り落ちた。直哉はそれを見下ろし、このドレスが私にとってどれほど大切か、思い出したのかもしれない。ようやく彼の表情が少し緩んだ。

「もういい」

ところが、ドアの向こうから美咲の泣き声が聞こえてきた。

「直哉、紗奈が嫌がってるならもう無理強いしないで。私、やっぱり試着しなくていいから」

彼の目に浮かびかけたためらいが、たちまち消えた。私の指を無理やり剥がし、ドレスを奪い取る。

「お前のせいで、美咲があんなに泣いてるじゃないか」

ドアが閉まり、私はその場に立ち尽くした。爪が半ばから割れていた。

テーブルに置かれた卵雑炊から、湯気が少しずつ消えていく。

ふと、直哉が入ってきたとき、容器に注文票が貼ってあったことを思い出した。備考欄には、こう書かれていた。

【ネギ抜き】

私はネギが嫌いどころか、雑炊を食べるときにはいつも多めに入れてもらう。苦手なのは美咲だけだ。

この卵雑炊さえ、私のために買ったものではなかった。美咲が食べたがらなかったから、ついでに私のところへ持ってきただけだったのだ。

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