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結婚式前夜に親友を選んだ婚約者を捨てました

結婚式前夜に親友を選んだ婚約者を捨てました

By:  アリリCompleted
Language: Japanese
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結婚式を翌日に控えた夜、婚約者の友人たちが「花嫁チャレンジをやろう」と騒ぎ出した。 私、桐島紗奈(きりしま さな)と親友の小野寺美咲(おのでら みさき)が、私の婚約者である高瀬直哉(たかせ なおや)についてのクイズに、同時に答える。私が1問負けるたびに、花嫁の持ち物を1つ差し出すというルールだった。 最初のクイズは、直哉のいちばん好きな色だった。 私が黒と答えると、美咲は青と答えた。彼のクローゼットには青い服など1着もないのに、みんなは声をそろえて宣言した。 「美咲、正解!」 私は式で履くはずの靴を脱ぐしかなかった。 2問目は、胃の調子が悪い時、直哉が食べたいものだった。 私は卵雑炊、美咲はシーフードパエリアと答えた。 けれど、彼はひどい胃潰瘍を患っていて、魚介類を食べて救急外来へ運ばれたこともある。何年ものあいだ、夜中に卵雑炊を作ってあげていたのは私だった。 反論しかけた私に、直哉は冷たい顔を向けた。 「そんなに自分がいちばん俺のことをわかってるって言いたいのか?」 私はブーケも差し出すことになった。 そして、最後の問題。 「直哉が、明日の結婚式で隣にいてほしいのは誰?」 私が結婚指輪を握りしめる一方で、美咲は笑って自分を指さした。次の瞬間、直哉は私の前を通り過ぎ、彼女の手を取った。 たちまち歓声が上がった。 「大正解!」 ルールに従えば、これで私は指輪も直哉も失ったことになる。 直哉は私の指から無理やり結婚指輪を抜き取り、美咲の指にはめてから振り返った。 「ただの予行演習だろ。まさかゲームくらいで本気で怒ってるのか?」 笑い転げる親族や友人たちを見て、私はふと気づいた。答えが合っているかどうかなんて、どうでもよかったのだ。最初から、誰も私を勝たせるつもりはなかった。 私はベールを外し、美咲の腕に載せた。 「明日の結婚式も美咲とすればいいわ」

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Chapter 1

第1話

ついさっき、私は結婚式をキャンセルした。

あの人たちのゲームで花嫁がいつでも取り替えられるのなら、私だって、こんな花婿はこっちから願い下げだ。

あの人たちのことも、もういらない。

……

式場の外に出たところで、直哉に後ろから手首をつかまれた。指輪で擦りむいた傷からは、まだ血が出ている。

彼は眉をひそめると、スーツのポケットからハンカチを取り出して私の傷口を押さえた。

「ただのゲームだろ。こんな怪我をするほどのことか?」

その手つきは優しく、さっき無理やり指輪を奪ったのとは、まるで別人のようだった。

私はうつむく彼の顔を見つめ、ふと尋ねた。

「黒と青、本当はどっちが正解だったの?」

指にハンカチを巻いていた彼の手が、一瞬止まった。

「黒だ」

「じゃあ、胃の調子が悪い時は?」

「卵雑炊」

答えに迷いはなかった。私の答えがすべて正しく、美咲の答えはすべて間違っていると、彼はわかっていたのだ。それなのに、みんなと一緒になって私の負けだと言った。

「どうして?」

私が手を引っ込めて尋ねると、直哉はため息をついた。

「美咲は子どものころから、みんなに注目されることなんてなかったんだ。花嫁気分を味わいたかっただけだろ。明日、本当に俺と結婚するのはお前なんだから、何回か勝たせてやったっていいじゃないか」

私は指についた血を見つめた。

彼にとって、靴もブーケも指輪も、大したものではないのだろう。最後に私と結婚しさえすれば、それでいい。私の誇りも人前での体面も、彼に選ばれたと思える喜びも、美咲の機嫌を取るためなら踏みにじっても構わないのだ。

私が黙っていると、直哉は少し口調を和らげた。

「わかったよ。明日、式が終わったら美咲に直接謝らせる。とりあえず今は戻ろう、みんな待ってるから」

そう言って私の手を取ろうとする彼から、私は1歩下がった。

「疲れたから、部屋で休みたい」

直哉はやや顔を曇らせたものの、それ以上は引き止めなかった。

「わかった。落ち着いたら、グループチャットに大丈夫だって送っておけよ。お前を怒らせちゃったんじゃないかって、美咲がずっと泣いてるんだ」

数歩歩いたところで振り返り、彼は念を押した。

「ドレスをスイートルームに届けるの、忘れるなよ。美咲が、今の服じゃ靴に合わないから、全部そろえて着てみたいって」

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第1話
ついさっき、私は結婚式をキャンセルした。あの人たちのゲームで花嫁がいつでも取り替えられるのなら、私だって、こんな花婿はこっちから願い下げだ。あの人たちのことも、もういらない。……式場の外に出たところで、直哉に後ろから手首をつかまれた。指輪で擦りむいた傷からは、まだ血が出ている。彼は眉をひそめると、スーツのポケットからハンカチを取り出して私の傷口を押さえた。「ただのゲームだろ。こんな怪我をするほどのことか?」その手つきは優しく、さっき無理やり指輪を奪ったのとは、まるで別人のようだった。私はうつむく彼の顔を見つめ、ふと尋ねた。「黒と青、本当はどっちが正解だったの?」指にハンカチを巻いていた彼の手が、一瞬止まった。「黒だ」「じゃあ、胃の調子が悪い時は?」「卵雑炊」答えに迷いはなかった。私の答えがすべて正しく、美咲の答えはすべて間違っていると、彼はわかっていたのだ。それなのに、みんなと一緒になって私の負けだと言った。「どうして?」私が手を引っ込めて尋ねると、直哉はため息をついた。「美咲は子どものころから、みんなに注目されることなんてなかったんだ。花嫁気分を味わいたかっただけだろ。明日、本当に俺と結婚するのはお前なんだから、何回か勝たせてやったっていいじゃないか」私は指についた血を見つめた。彼にとって、靴もブーケも指輪も、大したものではないのだろう。最後に私と結婚しさえすれば、それでいい。私の誇りも人前での体面も、彼に選ばれたと思える喜びも、美咲の機嫌を取るためなら踏みにじっても構わないのだ。私が黙っていると、直哉は少し口調を和らげた。「わかったよ。明日、式が終わったら美咲に直接謝らせる。とりあえず今は戻ろう、みんな待ってるから」そう言って私の手を取ろうとする彼から、私は1歩下がった。「疲れたから、部屋で休みたい」直哉はやや顔を曇らせたものの、それ以上は引き止めなかった。「わかった。落ち着いたら、グループチャットに大丈夫だって送っておけよ。お前を怒らせちゃったんじゃないかって、美咲がずっと泣いてるんだ」数歩歩いたところで振り返り、彼は念を押した。「ドレスをスイートルームに届けるの、忘れるなよ。美咲が、今の服じゃ靴に合わないから、全部そろえて着てみたいって」
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第2話
ホテルの部屋に戻り、荷物をまとめ始めた。クローゼットには、式で着る3着の衣装が掛かっている。化粧台には私が手書きした誓いの言葉が置かれ、ベッドの枕元には、母が遺してくれた真珠の髪飾りがあった。母は亡くなる前、私の花嫁姿を見られないことを何より残念がっていた。それなのに今、ベールをかぶっているのは美咲で、あの靴を履いているのも彼女だ。私に残っているのは、この真珠の髪飾りだけだった。それをスーツケースにしまおうとしたところで、外からドアが開いた。私の靴を履いた美咲が、さっきゲームに参加していた友人たちを連れて入ってきた。「紗奈」美咲は目を赤くして、私の前まで来た。「もしかして本当に怒っちゃった?みんなのノリに合わせただけなんだけど、紗奈がそんなに気にすると思わなくて」口では謝りながら、靴を脱ぐ気配はない。それどころか鏡の前でくるりと回ってみせた。「でも、この靴、本当にかわいいね。ただ、1サイズ小さいから、擦れて足が痛くて」彼女は靴の箱を私の前に押し出した。「明日の朝、メイクの前にお店へ行って、1サイズ上のものに替えてきてくれない?」私は彼女を見た。「それ、私が結婚式で履く靴なんだけど」美咲の笑顔がこわばると、すかさず友人が割って入った。「靴1足くらい、いいじゃない。美咲だって今日、場を盛り上げようとして足を痛めたのよ。交換してあげるくらいどうってことないでしょ?まさか合わない靴のまま式に出ろっていうわけ?」明日結婚するのは、いったい誰なのか。私は一瞬、本気でわからなくなった。美咲は私の手元にある髪飾りに気づくと、ぱっと目を輝かせた。「それもすごくきれいだね」伸ばしてきた手をかわし、私は髪飾りを握りしめた。「これはあげられない」部屋が静まり返った。美咲の目元が、みるみる赤くなる。「ちょっと見たかっただけなのに。そんなに警戒しなくても……」そこへ、ちょうど直哉が入ってきた。傷ついたような美咲の顔を見るなり、彼女をかばって自分の後ろへ下がらせる。「紗奈、美咲は欲しいって言ったわけじゃないだろ。なんでそんなにむきになるんだよ」直哉を見て、私は言った。「お母さんの形見なの」この髪飾りが私にとってどれほど大切か、彼は知っている。以前には、私の手を握って約束してくれたことも
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第3話
直哉が戻ってきたのは、午前1時だった。ドアを開けた彼は、持ち帰りの卵雑炊が入った袋を提げていた。それを見たとたん、鼻の奥がつんとした。7年前、付き合い始めたばかりのころ、病気で入院した私のために、彼は長い時間並んで、私の好きな店の卵雑炊を買ってきてくれた。「これからも、お前が具合悪い時には俺がそばにいるから」その言葉を、私はずっと覚えていた。雑炊を見つめる私を見て、直哉の表情が少し和らいだ。「夕飯、食べてないんだろ?俺に腹立ててるからって、意地張ってメシ抜くようなことすんなよ」私が動かずにいると、彼はそばに来て、額に手を当てた。「熱はないのに、どうしてそんなに顔色が悪いんだ?」懐かしい優しさに触れ、一瞬、今夜のゲームもただの度が過ぎた冗談だったように思えた。明日になれば、彼はこれまでと変わらず、式場の奥で私を待っていてくれるのではないかと。直哉は雑炊の容器のふたを開けると、クローゼットからウエディングドレスのカバーを取り出した。「雑炊、温かいうちに食えよ。ドレスは俺が持ってくから」私ははっと顔を上げた。「ドレスをどうするの?」「美咲が上で待ってる。靴とベールだけじゃ物足りないから、どうしてもドレスも着たいって言うんだ」雑炊を買ってきたのは、私を気遣ってのことではなかった。ドレスを持ち出す前に、ついでに私をなだめようとしただけだ。「駄目」私がクローゼットの前に立ちはだかると、直哉は眉を寄せた。「10分だけ試着したら、明日ちゃんと返すから」「このドレスは貸せない」私はきっぱりと言った。ドレスの裏地は、母が遺してくれた古いウエディングドレスを仕立て直したものだ。胸元には、母が手縫いで刺繍してくれた名前も残っている。30回を超える仕立て直しに付き合った直哉は、そのことを誰よりよく知っているはずだ。「たかが服だろ。代わりに新しいのを買ってやるから」すでに苛立ちの混じる声だった。「貸さないって言ってるの」私はカバーをつかんだまま離さなかった。引っ張り合ううちにファスナーが開き、真っ白な裾が床へ滑り落ちた。直哉はそれを見下ろし、このドレスが私にとってどれほど大切か、思い出したのかもしれない。ようやく彼の表情が少し緩んだ。「もういい」ところが、ドアの向こうから美咲の泣
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第4話
10分経っても、ドレスは戻ってこなかった。30分待っても同じだった。直哉に電話をかけたが、すぐに切られてしまった。その一方で、美咲はインスタに動画を投稿していた。私のドレスを着た彼女が、ホテルのテラスに立っている。その足元に直哉が片膝をつき、自分の手で裾を整えていた。背景に流れているのは、私が結婚式のために選んだ入場曲だ。画面の外から、友人たちがはやし立てる。「ほら直哉、顔を上げて!花嫁さんを見て!」直哉は仕方なさそうに顔を上げ、美咲と目を合わせて笑った。画面越しでも、よく似合う2人だとわかる。動画の最後で、美咲が裾を持ち上げてくるりと回った。そのとき、腰のあたりで布の裂ける音がした。悲鳴を上げた美咲を直哉がすぐに抱き寄せ、そこで映像は途切れた。暗くなった画面を見つめていると、指が震え始めた。ドアを開けようとしても、手が震えてうまくノブを回せなかった。テラスに駆けつけると、みんなが美咲を囲んでいた。私のドレスには長い裂け目ができ、母が縫い込んでくれた名前も、真ん中から裂けていた。美咲は直哉の腕の中でうずくまり、泣きながら言った。「ごめんね。回ったときにうっかり裾を踏んじゃって……紗奈、怒らないで、ちゃんと弁償するから」私はしゃがみ込み、床に落ちた真珠を1粒ずつ拾った。母が最後に遺してくれたものが、今は彼らのゲームの小道具にされ、足元で踏まれている。「もう拾わなくていい。明日の朝、縫い直してもらおう」直哉に体を支えられ、私は彼を見上げた。「もう元には戻らない」切れたのは、糸だけではない。この世界に残っていた母の、最後の面影なのだ。それなのに、直哉はただ時刻を確かめただけだった。「もう遅いんだ。これ以上騒いだら、みんなの迷惑になるだろ」私はゆっくりと立ち上がり、彼の頬を平手で打った。テラスが静まり返った。頬を打たれて横を向いた直哉は、数秒後、信じられないという顔で私を見た。「紗奈、お前たかが服のことで俺を殴ったのかよ?」「紗奈、怒るなら私に怒って。ドレスを破ったのは私で、直哉は関係ないから」そう言って、美咲がすぐに彼の前へ出た。直哉は彼女を自分の後ろへ引き戻した。まるで話の通じない相手を見るような目で、私を見た。「美咲に謝れ」私は自分の耳を疑った。「今なんて言
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第5話
誰もが目に見えてほっとした表情を浮かべ、直哉の口調も和らいだ。「最初からそうしてればよかったんだ。ドレスは業者に直させるから、お前はとりあえず部屋に戻って寝ろ」彼は、私がまた折れたのだと思ったらしい。けれど私はただ、最後のわずかな力を、彼らのために無駄にしたくなかっただけだ。部屋に戻ったばかりのところへ、直哉の母、高瀬美智子(たかせ みちこ)から電話がかかってきた。美智子はドレスのことなどひと言も尋ねず、いきなり言いつけてきた。「式の前に挨拶に来る時間だけど、少し遅らせてちょうだい。美咲ちゃん、夜遅くまで遊んでたんだから、もう少し寝かせてあげないと」私は窓の外の、次第に明るくなっていく空を見つめた。「どうして、私の挨拶に美咲が関係するんですか?」一瞬の沈黙のあと、当然のような答えが返ってきた。「ゲームに勝ったでしょう。先にあの子に花嫁として挨拶させてあげようって、みんなで決めたの。ただのまねごとよ。本当に嫁に迎えるわけじゃないんだから」私は思わず笑ってしまった。「じゃあ、そうしてあげてください」私の声に何かを感じ取ったのか、美智子はたちまち不満をあらわにした。「紗奈さん、これから高瀬家に嫁いでくるというのに、そんな心の狭いことでは困るわ。美咲ちゃんには両親がいないのよ。かわいそうじゃない。あなたは何でも持っているんだから、少しくらい譲ってあげたらどうなの?」また、その言葉だ。私に両親がいたころ、美咲は私をうらやましがった。母が亡くなると、今度はみんなが、私には直哉がいるじゃないかと言った。何を失おうと、周りからはいつだって、私の方が彼女より恵まれていると決めつけられるのだ。「おばさま」私は美智子の言葉を遮り、続けた。「結婚のお祝いは、私には用意しなくて結構です」「どういうこと?」戸惑った声に、私は答えた。「美咲にあげてください」電話を切ると、ちょうどウエディングプランナーから最終確認の通知が届いた。開いてみて初めて、ほぼすべての内容が変わっていることに気づいた。私が決めた白いキキョウは、赤いバラに。半年かけて選んだピアノ曲は、美咲がいちばん好きなラブソングに。メイクの開始時刻まで、午前6時から7時半に変わっていた。いちばん早い枠は美咲に譲られていた。プランナーは言い淀みな
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第6話
結婚式当日、私はスーツケースを引き、ホテルの部屋を出た。式場の前を通ると、中ではスタッフが慌ただしく花を入れ替えていた。私が半年かけて選んだ白いキキョウが、台車で次々に運び出されていく。その代わりに飾られるのは、美咲の好きな赤いバラだった。入り口では、美智子が指示を出していた。「やっぱり赤は華やかでいいわね。美咲ちゃんの言うとおり、結婚式はにぎやかにしないと」美智子は私に気づくと、たちまち顔を険しくした。「昨夜あれだけ騒いで、まだ足りないの?早く戻ってメイクをしてらっしゃい。もうすぐお客様が来るわよ」私が足を止めずにいると、ようやくスーツケースに目を留めた。「その荷物は何?」「帰ります」美智子は一瞬ぽかんとしたあと、鼻で笑った。「あと数時間で結婚するのに、どこへ行くっていうの?紗奈さん、すねるのもいい加減にしなさい。本当に式を台無しにしたら、最後に恥をかくのはあなたなんだからね」私は黙って美智子をよけた。そのとき、背後から美咲の声がした。「紗奈」ホテルのバスローブ姿で追ってきた彼女は、まだ私の結婚指輪をはめていた。目を赤くして、私の前に立ち塞がった。「昨夜は、全部私が悪かったの。私のせいで式をやめたりしないで」謝りながらも、美咲は手を上げ、指輪を私の目の前に見せた。私が見逃すのを恐れるかのように。「指輪はすぐ返すから。靴もベールもブーケも、全部返す。ゲームはもう終わったんだよ」「ドレスは?」私が見つめると、彼女の顔がこわばった。「ドレスはもう直すように頼んだから」「髪飾りは?」美咲は無意識に髪へ手をやった。「直哉が、今日の写真撮影が終わってから返せばいいって言ってたから……」この人たちの言う「返す」は、美咲が使い終わってから、という意味なのだ。「そのまま持ってていいよ」私が笑って言うと、美咲は思いがけない返事に戸惑ったようだった。「紗奈、意地にならないで。それ、お母さんの形見でしょ」「私のお母さんの形見だってわかってたくせに」私は顔を上げて彼女を見た。「それでも、受け取ったんだね」美咲の目から、たちまち涙がこぼれた。「直哉がくれたから……断れなかったの」美智子はすぐに美咲を自分の後ろへ下がらせ、かばった。「美咲ちゃんはもう謝ったじゃない
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第7話
そのころ、結婚式場では、直哉が控室から私に3度目の電話をかけていた。やはり、つながらない。付き添い役の友人が、気を遣いながら声をかけた。「直哉、もうすぐ入場の時間だぞ。紗奈ちゃんまだ戻ってこないけど、どうする?」直哉はテーブルへ乱暴にスマートフォンを投げつけた。「あいつなら戻ってくるさ。このために1年も準備してきたんだぞ、本気で式をすっぽかすわけがない」誰もが、その言葉を疑わなかった。何しろ、ここ数年、喧嘩のたびに先に頭を下げてきたのは私だったからだ。直哉が記念日を忘れても、私は彼が仕事で忙しいのだと自分を納得させていた。直哉が私の誕生日に美咲の通院へ付き添ったときも、私は、両親のいない美咲には誰かの助けが必要なのだと自分に言い聞かせた。昨夜だって、最後には私が謝ると、みんなが思っていた。私は、それほど直哉を愛していた。誰もが、私は絶対に離れていかないと思い込むほどに。美智子が、顔をこわばらせて控室へ入ってきた。「まだ電話に出ないの?」直哉が何も言わないと、美智子は鼻を鳴らした。「調子に乗りすぎよ。こんなにお客様が集まっているのに、あの子ひとりのせいで式を止めるわけにはいかないでしょう」そうして美咲に目を留めると、その手を引いた。「あなたが先に直哉と一緒に入場してちょうだい。どうせ昨夜のゲームはまだ終わってないんだから。紗奈さんが戻ってきたら、交代すればいいのよ」皆も次々に同調した。「そうだよ、お客さんをいつまでも待たせるわけにいかないし」「紗奈ちゃんも、本当に式が始まったと知ったら、慌てて戻ってくるって」直哉は長いこと黙っていたが、最後に閉ざされた式場の扉を見た。「先に写真を撮ろう」彼はまだ、こうすれば私が出てくると考えていた。私のドレスを着た美咲が、私の立つはずだった場所にいる。それを見せつければ、私は耐えられなくなり、泣いて戻ってきて、折れるはずだと。午前11時58分、式が始まった。スポットライトを浴びて式場の奥に立つ直哉は、ずっと入り口を見ていた。音楽が流れ、けれど入ってきたのは私ではなかった。美咲が美智子と腕を組み、赤いバラの間を、1歩ずつ彼に向かって歩いていく。招待客たちがざわめいた。「あれ、桐島さんのお嬢さんじゃないわよね?」「花嫁さんの
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第8話
式が終わっても、直哉に勝ち誇った気持ちは少しも湧かなかった。控室のドアを開けるなり、彼は尋ねた。「紗奈は来たか?」部下は首を横に振った。「いらしていません。携帯電話もつながらないままです」直哉は蝶ネクタイを乱暴に外した。「あいつの家に行って、連れてこい」部下は複雑な表情を浮かべた。「社長。桐島様のマンションは、すでに退去手続きが済んでいるようです。お仕事の引き継ぎも完了したとのことです」直哉の動きが止まった。「いつだ?」「昨日です」昨日といえば、あの花嫁チャレンジが始まった日だ。直哉の中に、初めて不安が芽生えた。「新居は?」「先ほど弁護士から連絡があり、購入契約は解除されたとのことです。桐島様が契約から抜けられました。社長がお支払いになった分は、会社の口座に返金されます」直哉は、言われたことが理解できないように部下を見つめた。「あいつが勝手に契約を解除できるわけがないだろう?」「ご新居の頭金の半分は、桐島様がお母様から相続されたお金です。すでに弁護士へ回収を依頼されたそうです」部下は少しためらってから、付け加えた。「桐島様は、婚姻届も提出しないとおっしゃっています。ですので本日の結婚式は何の法的効力も持ちません」直哉の顔から、少しずつ血の気が引いた。直哉はようやく悟ったのだ。私が式をやめるふりをして彼に謝らせたかったのではなく、本当に、もう彼と結婚する気がなかったということに。そこへ美咲が入ってきた。まだ私の結婚指輪をはめた手で、おそるおそる直哉の腕をつかむ。「直哉、紗奈はただ腹を立ててるだけだよ。落ち着いたら、私も一緒に説明しに行ってあげるから」直哉は視線を落とし、その指輪を見た。昨夜、私の指から無理に外したとき、直哉は関節のところが擦れて血が出たことにすら気づかなかった。それなのに今、傷1つなく収まる指輪の輝きは、彼の胸に鋭く突き刺さったのだ。「外せ」美咲がきょとんとした。「何?」「その指輪を外せって言ってるんだ」急に冷たくなった声に、美咲は慌てて外そうとした。だが、指輪は1サイズ小さく、関節に引っ掛かってどうしても抜けない。痛みに彼女は涙ぐんだ。「直哉、痛いよ」以前なら、美咲が少し眉をひそめただけで、直哉はすぐに折れていた。けれど今は、指
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第9話
直哉がホテルの花嫁用スイートルームへ戻ると、部屋はがらんとしていた。私の服もスーツケースもなくなり、化粧台には外したタグが数枚残されているだけだった。分厚い結婚式の準備ノートは、まだあった。この1年の予定が、1つ残らず書かれている。直哉が何気なく開くと、最初のページには、結婚式のテーマカラーについて書かれていた。【直哉は派手な色が好きじゃないから、白いキキョウにする】次のページには、披露宴のメニュー。【直哉は胃が弱いので、魚介類はすべて胃に負担の少ない料理に変更】さらに、次のページ。【式の当日は胃薬を2回分用意しておく。空腹のままお酒を飲まないように気をつける】どのページにも書いてあるのは、彼の習慣や好み、体調のことばかりで、私自身に関する記述はほとんどなかった。直哉はふと、ゲームの問題を思い出した。好きな色、胃の調子が悪い時に食べるもの、いちばん忘れられない誕生日。私はすべて正解し、美咲はすべて間違えた。それをわかっていながら、直哉は美咲の勝ちだと言った。私なら自分のことをわかってくれる。それだけ深く愛されているのだから、たまに負けたくらいで離れていくはずがない。彼はそう思っていたのだ。最後のページには、ずっと前に私が書いたメモが1枚挟まっていた。【結婚式は、ひとつの儀式にすぎない】【本当に大切なのは、どんなときでも彼が私を選んでくれること】その下に、私が書き足した1行があった。【私の思い違いだった】直哉の指が震え始めた。彼は取りつかれたように部屋を探し回り、やがてごみ箱のそばで、落ちていた真珠を数粒見つけた。その横には、裂けたドレスの裏地の小さな切れ端もあった。「紗」の字が、半分だけ残っている。それを拾い上げると、昨晩自分が放った言葉が脳裏で蘇った。「お母さんが生きていたとしても、真珠が数粒落ちたくらいで、結婚式をこんなふうに台無しにしてほしくはないだろ」あのとき、私の顔から一瞬で血の気が引いた。それを見てもなお、彼は私に、美咲へ謝るよう迫ったのだ。亡くなった母親のことを持ち出せば、私が引き下がると知っていたからだ。彼はいちばん痛いところを突いて、別の女性を守った。直哉は、指の関節が白くなるほど布の切れ端を握りしめた。自分が思っていた以上に残酷な人間だったことに、直哉は初
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第10話
翌日、直哉は私が行きそうな場所を片端から捜した。母の墓がある霊園、以前住んでいた部屋、大学のキャンパス、私たちが初めてデートしたレストラン。どこにも私はいなかった。午後になってようやく、弁護士から1つの箱が届けられた。中には美咲の髪から外された真珠の髪飾りと、切り裂かれたウエディングドレスが入っていた。直哉は顔を曇らせた。「どうして、これを俺に?」弁護士は静かに答えた。「桐島様は、もういらないとおっしゃっています」「あれはあいつの母親の形見なんだぞ。いらないわけがないだろう?」「高瀬様」弁護士は彼を見た。「桐島様も、大切になさっていました。ただ、ほかの方が身に着けて結婚式を終えたものは、もうお母様からご自分への祝福ではないと。二度と見たくないそうです」直哉は立ち尽くした。私が持ち物を引き揚げることよりも、あれほど大切にしていたものを捨て始めたことが、彼には怖かったのだ。髪飾りもドレスもいらないのなら、彼自身ももういらないのではないか。そんな不安が、彼を襲っていた。「紗奈はどこにいる?」弁護士は答えず、ただ別の書類を彼に差し出した。海外の伝統衣装の修復機関から届いた、仕事の依頼書だった。私に、3年間のプロジェクトへの参加を打診している。日付は半年前。私は一度それを断っていた。その理由は1行だけだった。【結婚を控えているため、今は離れられません】そして昨日、私は改めて返信していた。【ぜひ参加させてください】その短い言葉を見つめる直哉の呼吸が次第に乱れた。彼との結婚がなければ、私は半年前に、もう旅立っていたのだ。直哉は慌ててスマートフォンを取り出し、部下に電話をかけた。「紗奈の乗る便を調べろ。今すぐだ」30分後、部下から取り急ぎ連絡が入った。「社長、桐島様は今夜9時20分発のロンドン行きの便に乗られます」時計を見ると、8時40分だった。彼は車の鍵をつかみ、血相を変えて飛び出した。空港へ向かう高速道路は、身動きが取れないほど渋滞していた。直哉は何度も時計を確認した。9時、9時5分、9時15分。車の列はピタリと止まったままだった。彼はとうとう車を置き去りにし、空港に向かって路肩を走り出した。革靴でかかとが擦りむけ、襟元は汗で濡れていた。彼がここまで無
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