เข้าสู่ระบบ「私ね、あの雪の日の翌日から夫に監禁されたの……」
「
足首をさすりながら言ったら、
「
旦那を
あの雪の日、
だけど、あの直後、
偉央と結葉が住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。 生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。 結葉は(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。 ――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。(よかった……) マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉はいそいそと中に入った。 すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。 結葉に気が付いた斉藤と白木が、何か話し掛けたそうに結葉を見つめてきたけれど、結葉は心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。 本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央がいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉だ。 上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いた。 個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。 けれど、結葉が「えっ」とその声に目を向けたときには、扉が閉まり切ってエレベーターは上昇を開始してしまった。 結葉は心の中で〝本当にごめんなさいっ。後でちゃんと伺います!〟と言い訳をすると、手にした紙袋をギュッと握りしめた。 たくさん詰めすぎたからだろうか。 ふと見ると、持ち手の付け根のところが破れて来ていて、結葉は落っことしたら大変、と紙袋を両手で抱き抱え直す。 そのせいで前が
「あのね、想ちゃん。私、今日も午前中、ちょっとだけお出かけしてこようと思ってて」 想に弁当を手渡しながら言ったら、「どこに?」と問われて弱ってしまった結葉だ。 素直に「偉央のところへ食べ物を届けに」と伝えるのはさすがにないと思ったら「昨日百均で……」と思わず口から出てしまって、自分でも何と続けたら良いのか分からずに戸惑ってしまう。「……百均?」 それでもそれを想に繰り返された途端、「欲しかったものが在庫切れでね。店員さんに聞いたら、他店舗から在庫を取り寄せるから後日もう一度出直して欲しいって言われたの」と驚くほどスラスラと嘘がつけてしまってびっくりする。「ああ、そうなんだ」 昨日結葉が買い物に出ていたことを知っていた想は、結葉の嘘にいとも簡単に騙された。「今日は、結構寒いし暖かくして行けな?」 想にポンと優しく頭を撫でられて、結葉は俯いてギュッと唇を噛んだ。 こんなにも優しくしてくれる想に嘘をついてしまった自分が、ものすごく醜いものに思えて「うん、有難うね、想ちゃん」と答える声が、不自然に震えてしまった。*** 独身の頃、ハムスターの福助を連れて、『みしょう動物病院』までバスで行ったことがある。 山波家近くの最寄りのバス停でお目当てのバスが来るのを待ちながら、結葉はその時のことを思い出していた。 母・美鳥が作ってくれたトートバッグに入れた福助が、キャリーケースの中でチョロチョロと動くたび、コトコトとケージが揺れるのを感じて、何度も何度も隙間から中の様子を確認した。 黒々としたまぁーるい目と視線がかち合うたびキュンと胸が高鳴った。 福助は、結葉が初めて飼った生き物だったからだろうか。 何て可愛いんだろう!とそのつぶ
「今日はちょっとおかず、多めに作りすぎちゃって。もしよかったら芹ちゃんも使って?」 卵焼きなんかはわざと多めに作って、芹のお弁当にも入れられるよう、切るサイズまで調整した結葉だ。 結葉の言葉に、たくさん並べられた惣菜の山を見て、芹が目をキラキラと輝かせる。「わぁ〜。すごい! 今日ってもしかしたらこれ入れさせてもらって、ご飯詰めたらお弁当完成じゃない?」 ヤッター!と諸手を挙げて喜ぶ芹を見て、「そんな風に言ってもらえるの、すっごく嬉しい」って微笑み返したら、横からヒョイッと手が伸びてきてつくねの照り焼きを一個、さらって行ってしまった。「あっ」 芹が抗議の声を上げる目の前で、純子が口をモグモグさせながら「ん〜、美味しっ♡」と微笑んだ。「お母さんっ!」 ムムッとする芹に、「まだ、たくさんあるから大丈夫だよ?」 結葉が苦笑しながらなだめてみたけれど、芹は自分の弁当箱のフタを閉めて包むまで、そんな母親を警戒し続けていた。 きっと芹にとってはハプニングとしか呼べない母子のやり取りも、結葉にはとっても微笑ましく見えた。 自然と口の端に笑みが浮かんでしまう。「おはよー。……って結葉、お前朝っぱらからなに楽しげに笑ってんの? 何か面白ぇーことあった?」 想が起きてきて、結葉の表情に気が付いてそんな言葉を投げかけてきた。 結葉がふるふると首を振っていたら、入り口付近で立ち止まった息子を押すようにして「こら、想、でっかいのが通路を塞ぐな」と公宣がキッチンに入ってくる。「みんな、おはよう」 一家の大黒柱の起床に、みんなが一斉に「おはよう」と返した。 皆が話している間も、一人黙々と朝食の準備をしていた純子が、「
散々酷い目に遭わされたくせに、その相手にこんなことをしたいと思っている自分の気持ちを、想に理解してもらうのはすごく難しい気がした。 何より、離婚したい相手に対して、未だにこんな気持ちを抱いていることを想には知られたくないと思ってしまったのだ。(想ちゃんは、私のためにすごくよくしてくれているから……イヤな思いをさせたくない) 正直、結葉は昔みたいに想に惹かれ始めていて……想と家族みたいに暮らせている今の生活を、とてもとても大切に思っている。 それを壊しかねないこの愚行は、秘密裏に処理しないといけないと考えた。(すっごく怖いけど……きっと大丈夫……だよ、ね?) 行く前に匿名で『みしょう動物病院』に電話して……受付に偉央さんが勤務中かどうかを確認する。 「いる」って言われたら「分かりました」って答えて電話を切ってから、マンションにこっそり入って冷蔵庫の中に料理だけ仕舞って……コンシェルジュのお二方にその旨をお伝えする、というのはどうだろう。 あの日、逃げるようにあの場を後にしてしまったから、散々お世話になったコンシェルジュのふたり――斉藤と白木――に、ちゃんと礼を言えていなかったのもずっと引っかかっていた結葉だ。 あの時借りた制服も、結局想に返しに行ってもらってしまった。(行ったら、それも含めてお礼を言おう。おかげさまで、元気に暮らしていますって伝えよう) そんな風に思った。 結葉は、想に内緒で偉央の部屋に侵入するという恐怖を、コンシェルジュの二人に礼を言うという大義名分でコーティングした。*** 翌日の早朝。 前の日から仕込んでおいたおかずと、今朝作ったおかずとをずらりキッチンに並べた|結葉《ゆいは
今朝想に宣言した通り、結葉は街に出ていた。 多くのショップが開店する十時過ぎを目掛けて外出してみたのだけれど、考えてみればここ数年、一人でこんな風に街に出てフラフラとショッピングを楽しんだことはなかったな、と思い出した結葉だ。(どうしよう。私、いま、すっごく楽しいっ) もちろん、休日などは偉央と一緒に大型モールに買い物に出たりはしていた。 だけど、あれはずっと偉央に監視されている感じがして気詰まりがして、心からウィンドウショッピングを楽しめていなかった。 そう言えば想に助けてもらってすぐの日、彼と一緒に出かけた市外のモールは、偉央とのショッピングと違って大分開放的な気分でアレコレ見て回ることが出来た。 でも、あの時はまだ気持ちに今ほどゆとりがなかった。(一人で自由に動き回れるのって……こんな感じだったっけ) 独身の頃は普通に出来ていたことだし、何なら一人でうろうろするのは寂しいから、誰かお友達と来ればよかったなぁとか思っていたと言うのに。 今は誰にも気兼ねせずマイペースにウロウロ出来ることが、ひたすらに幸せだと思ってしまった。 ただ、独身の頃と違うことがあるとすれば、いまは自由に使えるお金がないと言うこと。 一応カバンの中に、〝家事の対価〟という名目で純子から渡された三万円が入っているのだけれど、それは、単純に純子からの厚意に過ぎない。 だから、甘えてはいけないと思っている結葉だ。 ちゃんとお勤めを始めて、山波家に家賃なり何なりを収めることが出来るようになれたなら……今日これからひとまずお借りせねばならない封筒の中のお金に関しても、キッチリ満額揃えて純子にお返ししようと心に決めている。 だから浮き足立ってアレコレ不必要なものを買わないようにセーブしなくちゃ、と結葉は心を引き締め直した。 なるべく支出額が抑えられるようにと、結葉が一番
「想ちゃん。私、今日はちょっとだけ街へお買い物に出てみようかなって思ってるの」 朝。 いつものように想にお弁当を手渡しながら結葉が言った。 想は思わず「……平気なのかっ?」と差し出された弁当の包みごと結葉の手を握ってしまっていた。 そのことにハッと気づいて慌てて想が手を離したら、結葉も驚いたように手を引いた。 ――ゴトッ! 鈍い音を立てて二人のちょうどド真ん中に、支えを失った弁当が垂直落下した。「お弁当っ」「俺のっ」 二人同じように言って、慌てて手を伸ばしてかがみ込んだら、額同士をゴチンッとぶつけてしまう。 結果、今度こそ二人同時に「痛っ!」「痛っ!」と声が出た想と結葉だ。 結局弁当は想が拾い上げて、結葉は髪の毛の下、ほんのり赤くなった額をさすりながら「想ちゃん、ごめんね」と眉根を寄せた。「バーカ、お互い様だろ」 前髪が短めだからだろうか。 想の額がほんのり赤くなっているのが見えて、結葉は自分も見えないだけで同じだろうなぁと思った。「うん、頭もなんだけど……お弁当も」 想の手にした包みを指差したら「ああ、中身の心配?」とククッと笑われた。「多分大丈夫だろ」 想がそう太鼓判を押すのには、ちゃんと根拠がある。 結葉が作る想のお弁当は、想にたくさん食べさせたいという思いが一緒に入れてあるみたいに、中身が結構みっちり詰まっているからだ。 恐らく垂直落下したぐらいでは寄り弁になんてなっていないだろう。 それでもやっぱり作り手としては、中の様子が気になるらしい。「でも……一応どうだったか教えてね」 言い募るように