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第4話 不当な爵位剥奪会議と、泥を投げる淑女たちの舞踏会

Author: 鎧塚 玲
last update publish date: 2026-07-01 10:55:35

「……っ、この、脳漿まで筋肉で構築された単細胞の不法占拠野郎がっ!!」

デストーロ男爵家の私室に、淑女にあるまじき罵声が響き渡った。

私の手にあるのは、贅沢に金粉がまぶされた舞踏会の招待状。そして、心底胸糞が悪くなるほど流麗な筆致で書かれたゼクス王子からの直筆手紙。

『僕の隣に君がいない夜は、判決を待つ被告人のように孤独だ。どうか僕のパートナーとして、その美しい毒を振りまいてくれないか?』

「……孤独ならそのまま独房にでも入っていろ。公用文書を私物化して愛を囁くなんて、職権乱用も甚だしいわ。即刻、最高裁に叩き込んでやりたい……っ!」

私はその手紙をシュレッダーにかけたい衝動を抑え、深呼吸した。

舞踏会。それは表向きは優雅な親睦の場だが、私――縁切り師シーラにとっては、絶好の「商売時」だ。

愛の国アーモレにおいて、不純な関係を断ち切りたい貴族は数多い。

シャンパングラスを傾けながら耳元で囁かれる「あの男と縁を切りたい」「愛人の戸籍を抹消したい」という切実な悲鳴。それは私にとって、不当な契約を破棄するやりがいに満ちた「救済の種」なのだ。

だが、今回ばかりは勝手が違った。

舞踏会当日。

会場に足を踏み入れた瞬間、不自然なほどの沈黙と、その後に続く粘りつくような視線が私を襲った。

「待っていたよ。愛しい、僕のレディ」

目の前に現れたのは、眩いばかりのいかにも王子様のような(王子だけれども)キラキラした服に身を包んだゼクス王子。

服重そう。

彼は私の手を取り、指先にねっとりとした……法的に言えば『同意なき接触』に等しいキスを落とした。

「……殿下。お会いできて光栄です。ですが、少々お腹の調子が『緊急事態」を告げておりますので、失礼いたしますわ」

「えっ、シーラ? まだ一言しか――」

「お花摘みに行ってまいりますわ。おほほほ。」

私は王子の甘い声を物理的に遮断し、速攻でその場を離脱した。

あんな猛毒を至近距離で浴び続けたら、こちらの精神衛生上の過失致死が成立してしまう。

だが、逃げ込んだ先もまた「地獄」だった。

「あら、見て。あのみすぼらしいアリのような『男爵縁切り師』が、第一王子のパートナーですって」

「不吉だわ。あの女が歩くだけで、幸福な愛が腐っていく気がする。まるで汚物溜まりに咲いた猛毒草ね」

「デストーロ家なんて、国から抹消されるべきだわ。あんな忌々しい商売、不潔すぎてヘドが出る……っ」

聞こえてくるのは、生々しい馬耳雑言の雨。

「不潔」「汚物」「死神」――語彙力の欠如した、しかし悪意だけは鮮度の高い罵倒が私の耳を叩く。

だが、私は知っていた。

あそこで扇子で口元を隠し、私を蔑んでいる侯爵夫人は、先月「借金まみれの愛人と縁を切りたい」と泣きついてきた女だ。

隣で嘲笑っている男爵令嬢は、「婚約者の浮気を証拠隠滅したい」と私の事務所の床を這い蹲っていたはず。

『シーラ様、あなたしかいないの!』

そう叫んだ舌で、今は私を「国の不名誉」と断じるのか。

滑稽すぎて、笑い声さえ出ない。

……出ないわ。

実はこの舞踏会の裏で、デストーロ家の運命を決める緊急会議が行われていた。

議題は――『デストーロ家の爵位剥奪および国外追放』。

賛成派の中には、我が家の「顧客」たちが名を連ねているという。

彼らは言う。「縁切り師という存在そのものが、愛の国を汚す不名誉である」と。

「……ふふっ、最高だわ。最高に筋の通らない、不当な主張だこと」

私は化粧室の鏡で、自分の表情をチェックした。

青ざめている? 怯えている? ――いいえ。

私の瞳には、これまでで最も鋭利な「判決の光」が宿っていた。

いいわ、望み通り会議も踊らせ、舞踏会を続けなさい。

掃除屋を追い出した後のこの国が、どれほど醜い愛の残骸で埋め尽くされ、腐敗していくかも知らずに。

「あなたたちの投げたその泥……一粒残らず、利息をつけて返訴して差し上げますわ」

私はドレスの裾を翻し、再び会場へと足を進めた。

結論の出ない夜。踊り続ける貴族たち。

私はその中心で、自らのハサミを研ぎ澄ませていた。

「……ふう。ようやく空気が吸えるわ」

化粧室の個室で、私は手鏡を覗き込み、一糸乱れぬ淑女の仮面を再構築した。

外では、第一王子のパートナーという座に嫉妬した令嬢たちが、私の爵位が剥奪されるとも知らずに、せっせと安っぽい泥を投げ合っている。

「さて。私の家を『不名誉』と断じ、切り捨てようとする不届きな陪審員たちに、真実の告知をして差し上げなくてはね」

私は優雅な足取りで、舞踏会会場へと舞い戻った。

会場の中央、人だかりができているのは、ゼクス王子が「パートナーが戻らない」と、まるで迷子の子供のような顔で立ち尽くしているせいだろう。

子犬みたいでかわいい。

かわいい……?

その背後の重厚な扉の向こうでは、今もデストーロ家の爵位を剥奪するための会議が踊っている。

私はあえて、王子の元ではなく、会議室から出てきたばかりの「賛成派」の重鎮たちの前を通りかかった。

「あら、デストーロ男爵令嬢。まだこの場にいたのですか? 恥という概念をお持ちでないのかしら」

声をかけてきたのは、剥奪案の急先鋒、バカルス伯爵。

先月、「愛人との間にできた隠し子の認知を、法的に無効化してほしい」と私の事務所で鼻水を流して懇願した男だ。

「……バカルス伯爵。お元気そうで何よりですわ。爵位剥奪に賛成票を投じてくださったとか? 英断ですわね」

「ふん、当然だ。お前たちのような『縁切り師』など、愛の国アーモレには不要な汚物だ!」

周囲の貴族たちが同調するように嘲笑を浮かべる。

私の気持ちも知らずにね。

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