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再会2

Author: 東雲桃矢
last update Last Updated: 2025-12-18 14:30:32

「今回呼び出したのは、お前に伝えておきたいことがあったからだ」

「伝えておきたいこと?」

「お前が高校を卒業したら、縁を切る」

「え……?」

 鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。完全寮制であるこの学校に入れられた時に捨てられたと思い、泣き腫らしたが、それ以上の衝撃だ。

「修斗がいるから、あなたはいらないの。高卒くらいはしないと困ると思ったから、恭介さんはあなたをあの学校に入れたのよ。感謝しなさい」

「月野家はそのへんの庶民とは違うことくらい、お前も分かるだろ。跡取りは女より男だ。お前の母親は、本当に不出来だよ。お前みたいなゴミを産んだんだからな。男児も産めて、仕事もできる聖愛とは大違いだ」

「もう、あなたったら」

 聖愛は嬉しそうに恭介の腕に抱きつく。恭介もまんざらではなさそうだ。

「お前が卒業した時に、ある程度まとまった金をやる。一応、大学に通える程度の額をくれてやるつもりだ。今のうちに、今後どうしていくのか考えておくんだな。お会計、代わりにしておけよ」

 恭介は1万円札をテーブルに置くと、聖愛を連れて喫茶店を後にした。

 乃愛はしばらく動けずにいた。元々愛情がないと分かっていたとはいえ、15歳の少女にとって、両親に捨てられるのは、地球滅亡レベルの大事件だ。

「私は、どうしたら……」

 乃愛の正気が戻ったのは、寮でのこと。気づいたら自分の部屋にいた。手にはお釣りとレシートが握られていることから、会計はちゃんとしたのだろう。

「どうすればいいの……」

 ため息をつくと、LINEの通知音が鳴った。スマホを見ると、聖愛からだ。

『言い忘れてたけど、高校卒業したらスマホ解約するから。それと、月野家とは無関係ってことにしてよね。誰かになにか聞かれても、偶然苗字が一緒なだけって言いなさい』

 突き放すLINEに、何かが吹っ切れた。

 こんな人達にすがったって、仕方ない。

 高校を卒業したら、母に会おう。できれば、かつての使用人達にも。そして謝ろう。名前も改名して元に戻そうと考えた。

 このお金は、母のために使いたい。せめてもの償いだ。

 乃愛の決意は固いもので、買い物は必要最低限に抑えた。節約術をネットで調べ、飲料はスーパーで、文房具は百円均一で揃えるようになった。それまで近くのコンビニや文具屋を利用していたが、よっぽどのことがない限りは行かないと決意した。

 結果、お金
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