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第257話

Auteur: 青葉凛
ふと、以前実家に帰った時の母・琴音との会話が頭をよぎった。あの時、母は「以前、あなたの交際に反対したのは、相手の男がどうしても信用できなかったからなの」と寂しげに打ち明けてくれた。

そのせいで一時期は娘との間に深い溝ができ、大切な時間を失ってしまったことを、母は今も毎日悔やんでいるようだった。

「ありがとうございます、紫音さん。そんなふうに言っていただけて、本当に嬉しいわ」有加里は控えめに微笑んだ。

「さあ、挨拶はそのくらいにしよう。腹が減ってるだろ、紫音。さっきまで仕事してたんだから、まずは座って食べようぜ」州は妹の体調を気遣うように、ぶっきらぼうながらも優しい口調で促した。

「はーい!」紫音は元気よく返事をして席に着いた。兄の前では、彼女はいつまでも甘えん坊の妹に戻ってしまう。自分がどれほど愛され、大切にされているかを知っているからこその、無邪気な振る舞いだった。

隣でその様子を見ていた有加里は、仲睦まじい兄妹の姿に思わず目を細めた。州がどれほど妹を慈しんでいるか、その深い愛情が痛いほど伝わってくる。

けれど、有加里の瞳には次第に羨望と、拭いきれない寂寥感が混じり始めた
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    「だけどね、親としては、二人がこんな不毛な争いに巻き込まれて苦労する姿なんて見たくないのよ。そのせいで夫婦の絆にヒビが入ったらと思うと……」琴音は、どうしても納得がいかない様子で言葉を継いだ。「結婚してまだ日も浅いというのに、律くんは毎日会社で身を粉にして働いているじゃない。それなのに、報われるどころかあんな仕打ちを受けるなんて、一体何の意味があるっていうの?」あの親族たちの暴走が律のせいではないことも、今の彼にはどうしようもないことも、琴音とて頭では理解している。律が仕事に打ち込む姿勢は全面的に支持しているが、理不尽な泥沼の現状を見せられては、手放しで見守るわけにはいかなかった。「お母さん、心配しすぎよ。律は本当に私を大切にしてくれてる」紫音は柔らかく微笑み、両親の不安を払拭するように言った。「たしかに彼の手を煩わせることは多いけれど、それでも律は常に私を第一に考えて、たっぷりと愛情を注いでくれているわ。私はそれだけで十分幸せなの。だから、お母さんたちもこれ以上、彼に多くを求めないであげて」そして、きっぱりと付け加える。「それに、こんな状況が永遠に続くわけじゃないわ。絶対に解決策はある。今が一番の耐え時なのよ。ここさえ乗り越えれば、きっとすべてが良い方向に向かうはずだから」拝島家の親族たちは今、権力と財産にしがみつこうと最後の悪あがきをしているに過ぎない。病床の志津が彼らの身勝手な要求に首を縦に振らない限り、律もあんな連中をまともに相手にする気などないのだ。だから紫音たちがすべきことは、この嵐が過ぎ去るのを静かに待ちながら、グループ内部を少しずつ安定させていくことだけ。焦る必要はまったくない。時が来れば、おのずと視界は開けるはずなのだから。「はあ……二人とも気が休まらない日が続いているでしょうし、大きな重圧を抱えているのはわかっているのよ。親としては、見ているだけで胸が痛むわ。でも、私やお父さんがあなたたちにしてあげられることは、もう限られているしね」琴音は深い悲哀を滲ませたため息をついた。「実を言うと、あちらの会社の状況については州からも少し聞いているのよ。身内の連中が揃いも揃って律くんを目の敵にしていて、裏で結託して社長の座から引きずり下ろそうと画策していることもね」「お母さん……」「律くんの実力なら、外の敵から会社

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    そこまで言うと、紫音はふっと穏やかな笑みを浮かべた。「律は、ずっと前に私にはっきりと宣言してくれたの。『もしおばあちゃんが望むなら、自分はいつでも会社を彼らやあの息子に譲って身を引く覚悟ができている』って」その時の彼の静かな横顔を思い出しながら、紫音は言葉を紡ぐ。「長年、あの家で泥まみれになりながら会社を支えることに、彼自身も酷く疲弊していたのよ。仮に会社を手放したとしても、彼には自力で一から新しい会社を立ち上げるだけの手腕がある。むしろその方がいらぬ足の引っ張り合いに巻き込まれることもなく、よっぽど身軽になれるわ。……ただ、それを志津様がどうしても首を縦に振ってくださらなくて」それが今の、最大の膠着状態だった。「だから、今はどうすることもできず、板挟みの状態で静観するしかないの。律があの家で、毎日どれほど息がつまるような葛藤を抱えているか……私には痛いほどよく分かるから」紫音は軽く肩をすくめた。連中がどう足掻こうと、最終的な結末はどう転んでも自分たちにとって致命傷にはならない。最悪のときには、律と二人で全く新しい道を切り拓けばいいだけなのだ。だからこそ、紫音は拝島家の浅ましい連中のことなど、もう本心からどうでもよくなっていた。娘の口から事の顛末を聞き、琴音は律のことが不憫でならなかった。拝島グループのために、あれほど身を粉にして尽くしてきたというのに、こんな仕打ちを受けるなんて。もし本当に会社を手放すことになったら、律が積み上げてきた年月はどうなるのか。すべて無駄になってしまうなんて、あまりにも理不尽だ。今の拝島家に、祖母の志津以外、まともな人間は一人も残っていないらしい。律の母である朱美も、泥沼の権力争いには関わりたくないのか、一人で悠々自適に海外を飛び回っているという。もし朱美が国内にいたなら、間違いなく親族の悪辣なやり口に激怒し、大立ち回りを演じていただろう。ただ、朱美という人は昔から風の向くまま気の向くまま、徹底して自分の感情に素直に生きるようなところがある。そう考えると、あの奔放で潔い生き方が少し羨ましくも思えてくる。少なくとも、自分を押し殺して不幸になるような真似だけは絶対にしない人なのだから。事実、律自身も母の心情をよく理解していた。そもそも朱美が国を離れた一番の理由は、義父である宏が帰国したためだ。長年海

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