LOGIN落ち込む妹をどう慰めればいいか分からず、州はとにかく彼女を全肯定した。「今はすごく気まずいだろうし、ショックなのも分かる。でも、もう起きちまったことなんだ。少しずつでいいから、この事実を受け入れて、重いプレッシャーから抜け出せ。お前だって、こんなふうに悩むことなんて望んでないだろ?」「……うん。そうなんだけどね……」紫音は深いため息をついた。「これから、彼や蘭どういう顔で会えばいいのか、全然分からないの。私、なんだか二人の間に挟まれちゃったみたいで……もともと、私には直接関係のない問題だったはずなのに、どうして最終的に私がこんな泥沼に巻き込まれちゃったんだろうって……」思わず零れた愚痴に、州はふっと表情を和らげた。「それは、お前が優しすぎるからだよ」「え?」「アシスタントの蘭さんのことや、浩一のことを放っておけなくて、どうしても助けてやりたいって心から思っちまう……お前がそういうお人好しだから、全部自分で背負い込んじゃうんだろ?」州の言葉に、紫音は目を丸くした。「でも、それは決して悪いことじゃないし、お前のせいでもない。優しすぎるがゆえの貧乏くじってやつだ。……安心しろ、何があっても俺は一生、お前の絶対的な味方だからな」州はそう言うと、大きな手で紫音の頭をくしゃくしゃと撫でた。その温かく力強い手のひらに、紫音の張り詰めていた心が、じんわりと解けていくのを感じていた。兄の温かい言葉に、紫音の心はずいぶんと軽くなった。それでも、蘭のことを思い出すと、どうしても胸の奥がちくりと痛む。ここ最近、蘭が受けていた理不尽なプレッシャーや辛い思い。それに、自分が何も知らずに浩一と「親友」として親しく接していたことで、彼女を無意識のうちにどれほど傷つけていたのかと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。「お兄ちゃん……やっぱり私、何か間違っていたのかな」紫音は、すがるように州を見つめた。「最初から、浩一をさんあんなに特別視して『最高の親友』なんて言わなければよかったのかな。私が二人の間に無自覚に割り込んでいたせいで、蘭にも、浩一さんにも、嫌な思いをさせていたんじゃないかって……」「おいおい、またそうやって自分を責めるのか」州は呆れたように大きなため息をついた。「さっきも言っただろ、お前は何も悪くな
そんな妹の沈んだ横顔を見て、州は大きく息を吐き出し、わざと明るい声を出した。「ほら、そんな暗い顔するなよ!さっきお前が俺に言った言葉、そのままそっくり返すぞ。『終わったことをいつまでも悩んでいても、何も変えられない』ってな」州は紫音の肩を軽く叩いた。「過去のどうにもならないことを一人で抱え込んでウジウジ悩むより、今一番の問題に目を向けるべきじゃないのか?つまり、あいつと蘭さんのことだ」「……うん、そうだね」紫音は力なく頷いた。「私、本当に二人の力になりたかったの。親に交際を猛反対される苦しみは、私自身が一番よく分かってるから。二人がここまで来るのにどれだけ苦労したかも知ってるし、絶対に助けてあげたいって思ってた。でも……どうしたらいいのか全然分からないの。だって、あの二人の問題は、私たちが抱えていた問題よりもずっと根深くて複雑なんだもん」紫音は、今日の貴子の氷のような目を思い出し、身震いした。「貴子おば様は、すでに彼にふさわしい政略結婚の相手を完全に決めてしまってるのよ。しかも、おば様はものすごく支配的で、他人の意見なんて一ミリも聞き入れるような人じゃない。外野の私がいくら言葉を尽くしたところで、ただの無駄なあがきで終わっちゃう……それが悔しくて」紫音の無念さを汲み取るように、州は優しく頷いた。「そういうことなら、なおさらお前が首を突っ込むべきじゃないさ。家族の根深い問題ってのは、結局のところ当事者同士でぶつかり合って解決するしかないんだよ。周りがどうにかしてやれるもんじゃない」州は立ち上がり、大きく伸びをした。「だから、お前はもう二人のことで思い悩むのはやめて、自分の生活を大事にしろ。いいか?お前が元気でいることが一番なんだからな」そして、州は少しだけ憑き物が落ちたような、スッキリとした笑顔を紫音に向けた。「今日は話を聞いてくれてサンキューな。こうしてお前に全部吐き出したら、不思議と胸のつかえが取れた気がするよ。……最高の気分転換になった」自分の隣には、こうして親身になって話を聞いてくれる妹がいる。その事実だけで、州は救われるような思いだった。お互いに深く理解し合い、支え合える兄妹関係。誰にも代えがたい絶対的な安心感を与え合える存在。だからこそ、州は妹の紫音には、誰よりも心穏やかに、毎
吐き出されたのは、行き場を失った深い悲しみと無力感だった。今の州にとって、心の奥底にあるこのドロドロとした感情をさらけ出せるのは、世界でただ一人、妹の紫音だけだった。しかし同時に、州の心には強い葛藤もあった。紫音だって今、自分の生活や人間関係で色々な問題を抱え、大変な日々を送っているはずなのだ。それなのに、自分の過去の亡霊にまで付き合わせて、これ以上の負担をかけたくはない。誰かに聞いてほしいけれど、迷惑はかけたくない――そんな矛盾した思いに挟まれ、州はただ、自責の念に押しつぶされそうになっていた。「お兄ちゃん。私たち、きっとこれから少しずつでも、良い方向に向かっていけるよね。……絶対にそうなるって信じてる」紫音は自分自身にも言い聞かせるように呟くと、ふと視線を落とし、ずっと胸に閊えていた悩みを打ち明けた。「実はね、今日……すごくショックなことを知ってしまったの。もしかしたら、お兄ちゃんも気づいてたかもしれないけど……浩一さんが何年もずっと想い続けていた人って、私だったの。私、今日言われるまで、本当に一ミリも気づかなかった……」紫音の顔には、深い困惑と戸惑いの色が浮かんでいた。これから先、親友として彼にどう向き合えばいいのか分からない。おまけに、現在浩一と付き合っている蘭でさえ、彼の過去の想いにずっと前から気づいていたというのだ。自分の周りの人間がみんな知っていた秘密を、当の自分だけが知らなかった。その事実が、紫音の感情をさらにかき乱していた。そんな妹の告白を聞いて、州は小さくため息をついた。「……やっぱり、知っちまったか」「えっ……お兄ちゃん、やっぱり知ってたの?」「実はな、当時のあいつの態度は周りから見ればかなり分かりやすかったんだぞ。ただ、お前の頭の中では『浩一=ただの良い友達』っていう図式が完全に出来上がってたから、無意識のうちに恋愛対象から外して、気にも留めていなかったんだろうな」州はどこか懐かしむような目で、当時のことを振り返った。「あの時、俺はあいつにハッキリ言ったんだ。お前が好きになるのはあいつじゃない、だから諦めろってな。その後、お前が元婚約者と付き合い始めた時にも、もうお前に入り込む隙はないし、お前たちが結ばれることは絶対にないって念を押した」「そんな……お兄ちゃんが、そこ
紫音の声が微かに震える。「私ね、お兄ちゃんは誰よりも強くて、前向きな人だと思ってた。何があっても、二人で助け合って立ち向かっていけるって。でも、今のお兄ちゃんを見てると……すごく心配で、怖くなるの。私がお兄ちゃんの心の痛みを直接どうにかしてあげられないことが、もどかしくてたまらないよ」「紫音……」「だからお願い。ゆっくりでいいから、自分を許して、あの日の影から歩き出して。お兄ちゃんなら、絶対にできるって信じてるから」紫音は泣き出しそうな顔で訴えかけた。昔から優しくて、頼りがいがあった大好きな兄が、突然別人のように生気を失ってしまった姿を見るのは、紫音にとって胸が張り裂けそうになるほど辛かった。その涙目を見た瞬間、州はハッとして、慌てていつもの「頼れる兄」の顔を作った。「……ごめん。お前にこんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ」州は無理やり口角を上げ、紫音の頭をポンポンと優しく撫でた。「心配するな。これでもお前のお兄ちゃんだぞ? これまでだって色んな修羅場をくぐり抜けてきたんだ、こんなことで簡単に潰れたりしないさ。ただ、どうしても頭の整理がつかないことがあって……誰かに聞いてほしくて、ついお前に甘えちまっただけだ。俺なら大丈夫だから、安心してくれ」それは明らかに、妹を安心させるための強がりだった。ただ少しだけ、抱えきれなくなった感情の吐け口が欲しかっただけなのだ。だが、結果的に大切な妹をここまで深刻に心配させてしまったことに、州は静かに落ち込んでいた。これなら、今日はおとなしく家にいればよかったな……これまでも散々、自分の問題で紫音には迷惑や心配をかけてきたというのに。情けない兄貴だと、州は心の中で自嘲するようにため息をついた。「お兄ちゃんが強がってることくらい、私にはお見通しなんだからね」紫音は、兄の無理した笑顔をまっすぐに見つめ返した。「お兄ちゃんにだって、本当はすごく傷つきやすくて、誰かに慰めてほしい時があるのは分かってる。私だって、本当はもっとお兄ちゃんと色んなことを話したいよ。でも……」紫音は少しだけ視線を落とし、言葉を濁した。「有加里さんの話をするのは、ずっと怖かったの。私がうかつにその話題を出して、お兄ちゃんが心の奥に押し込めている一番辛い傷をえぐっちゃうのが嫌だった
その後も、浩一とは色々なことを話した。けれど、核心的な解決策が見つかるわけもなく、互いにただ胸の内を吐き出すだけ吐き出して、二人は電話を切った。通話を終えても、紫音の胸の中には、重く複雑な感情が渦巻いたままだった。浩一とは、間違いなく生涯の親友だ。何があってもこの絆は手放さない。それは互いに確かめ合うことができた。けれど――問題は、蘭のことだ。蘭は、全部知っていたんだ……それを思うと、紫音はひどく気まずい気持ちになった。浩一さんが私を好きだったことを知りながら、蘭はどんな気持ちで浩一さんと付き合い、そして私の前でアシスタントとして笑顔を向けてくれていたのだろう。知ってしまった以上、今まで通りに蘭と顔を合わせる自信がない。頭を抱えながら、紫音は重い足取りで自宅へと帰った。律は、今日は重要な会議があるため帰りが遅くなるらしい。静まり返ったリビングで、一人ため息をつこうとしたその時――突然、玄関のチャイムが鳴った。インターホンの画面に映っていたのは、兄の州だった。「お兄ちゃん?どうしたの、こんな時間に」慌ててドアを開けると、そこにはひどく思い詰めたような、暗い顔をした州が立っていた。普段の頼りがいのある兄の姿はどこにもなく、今にも泣き出しそうなほど憔悴しきっている。「……何かあったの?顔色がすごく悪いよ。もしかして、まだあのこと……引きずってる?」自分がどれだけ混乱していても、やはり家族のピンチとなれば放ってはおけない。それに、こうして兄の顔を見ると、不思議と心が落ち着くのを感じた。身内という存在がそばにいてくれるだけで、これほどまでに安心できるものなのだと実感する。リビングのソファに腰を下ろした州は、深く頭を抱え込み、苦しげな声を漏らした。「……どうすればいいのか、もう分からないんだ」絞り出すようなその声には、深い絶望が滲んでいた。「毎日、毎日……有加里を忘れようと自分に言い聞かせてる。もう終わったことなんだって。彼女はもう、どこにもいないんだって……でも、駄目なんだ。どうしても諦めきれない。忘れることなんてできない……!」州の震える肩を見て、紫音は胸が締め付けられた。「お前にこんな重い話をしても迷惑なのは分かってる。でも、誰かに話を聞いてもらわないと、俺……もう気が
浩一は自嘲するように笑い、そして、ふっと声のトーンを落とした。「でも、本当にそれだけなんだ。俺はただ、君の一番の親友としてそばにいたかった。だから、君がこれからも変わらずに友達でいてくれるなら……俺はそれだけで十分だ。君の幸せを、心から祈ってる」言葉とは裏腹に、電話の向こうの浩一の心の中は、かつてないほど荒れ狂い、限界を迎えていた。母さん……っ!紫音との関係はどうにか最悪の事態を免れたが、浩一の胸中には、母親である貴子に対する激しい絶望と怒りが渦巻いていた。紫音を巻き込み、自分の意思を無視し、挙句の果てに絶対に知られてはならない過去の秘めた想いまで、最悪の形で暴露した母親。もはや、あの母親との関係が修復する余地は一ミリも残されていない。今日この日をもって、親子の縁は完全に断ち切られたと言っていい。もうこれ以上、あの家に関わっていたら、俺だけでなく周りの大切な人間まで全員壊されてしまう。浩一はスマートフォンを握りしめながら、冷たい決意を固めていた。これ以上、母親と顔を合わせるつもりはない。徹底的に家と縁を切り、すべてを捨てる衝動が抑えきれないところまで来ていた。親たちが異国に戻らず、この国に居座って自分を権力闘争の駒として操り続けようと言うのなら。だったら、俺のほうから出て行ってやる。塚山の後ろ盾も、家督も何もかも捨てて、自分からこの場所を去ればいいだけのことだ。電話の向こうの浩一が、静かに息を吐く音が聞こえた。紫音は、胸の奥で渦巻くもどかしさを少しずつ言葉にして紡いでいく。「おば様、本当に決意が固かったわ。どうしてもあなたを、結衣と結婚させたいみたい。私も必死に説得しようとしたんだけど……今日は私にとっても予期せぬことばかりで、正直、頭が真っ白になっちゃって」紫音は自嘲気味に笑った。「結局、あなたの力になれなかったどころか、かえって事態をややこしくしちゃってごめんなさい。でもね、こういう問題って一朝一夕で解決できるものじゃないから、どうか諦めずに踏ん張ってほしいの」そして、紫音は声のトーンを少しだけ落とし、祈るように告げた。「それとね、浩一さん。……お願いだから、絶対に衝動的な行動だけは起こさないで」紫音の脳裏に、かつての苦い記憶がフラッシュバックする。親と激しく衝突し、家を







