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舞台裏1/思い出のフレンチトースト

Author: 伊桜らな
last update Last Updated: 2025-05-08 20:16:27

「――まだ、部屋に篭っておられるのか?」

「はい、あれから一度も……食事もいらないと言われてしまいました」

――ここは王宮。玉座の間。そこにいるのは男性が二人。公爵家当主であるオスマン・セダールントと国王陛下であるレクサス・エリザベス・エミベザだ。

「本当にジーク(あやつ)は……聖女様を追い出すなど」

「私は、私欲でメル様に頼ってしまいました。申し訳ありません」

「だが、怪我を負った者は元気なのだろう?」

「はい、傷などなかったかのように……それに、一年前に倅が怪我によって受けた症状も完治いたしました」

オスマンの息子・ギルバートは、昨年の討伐で大きな怪我を負い後遺症が残った。半年間のリハビリを経て三ヶ月前に復帰したばかりだった。

「ほぉぅ……」

こればかりはオスマンも驚いた。医者ですらもう治らないだろうと言われていていたし、前よりは劣るが討伐にいけるようになった時は奇跡だと言っていたほどだった。

「やはり、聖女だからか……?」

「それはまだ分かりませんが、あれほど見事な聖魔法は見たことがありません。ですが、メル様がいた世界には魔法自体が存在しないらしいのです。自分から不思議な力が現れて戸惑われているのでしょう」

「そうか。オスマン、聖女様を頼む。何か必要ならば言ってくれ」

陛下はそう彼に言うと何かを考え込むような表情になった。

「御意」

オスマンはそう答えると玉座の間を去った。

***

「旦那様、お帰りなさいませ」

オスマンが公爵邸に帰ると、もう二十時だった。

「ただいま……」

出迎えてくれたのは妻のエミリーと休暇中のギルバートだ。

「メルちゃん(彼女)の様子は変わらないかい?」

「ライラから聞いた話ですが、まだ部屋にも入らせてもらえないとのことです」

「えぇ、私も外から声をかけてはみたんですが返答すら返ってきませんでした」

ライラには返事するが「一人になりたい」と言うだけ。数日前まで笑顔を見せてくれたのが夢だったように思える。

「あの、旦那様。これメルちゃん……いえ、メル様に作ったんです」

「それは?」

料理人のアルベルトは「前に賄いで作っていただいたんです」と笑みを溢した。

「……君はメルちゃんと仲がいいのかい?」

「仲がいいというかお師匠さまみたいな感じです」

メルのことを話すアルベルトは目をキラキラさせながら話していた。

「メルちゃんの部屋に案内しよう。それは……君が届けてくれないだろうか」

「えっ? 俺ですか? ですが、未婚のご令嬢の部屋に入るのは……」

アルベルトは、一度躊躇ったが旦那様の表情で「わかりました」と頷いてしまった。

メルのメイドであるライラに案内されて彼女の部屋の前に着く。

「こちらがお嬢様のお部屋です」

「あ、ありがとうございます」

アルベルトは深呼吸をするとドアをトントントンとノックした。

「アルベルトです」

そう名前を告げると、足音が近づいて「アルベルト、さん……?」と聞いたことのないか細い声がした。

「うん、そう! 前作ってくれたフレンチ、とーすとっていうの作ったんだ」

アルベルトがドアに向かって熱を込めた。するとドアがゆっくり開いた。みんなが声をかけてもダメだったのに何故だろう……そう思ったけど。

「……フレンチトースト、食べたい」

顔を出して小さな声でメルは言った――。

[思い出のフレンチトースト]

 久しぶりに扉を開けると、アルベルトさんはトレーにフレンチトーストのお皿とナイフとフォークを乗せて持っていた。

「フレンチトースト、食べたい……」

 そうボソッと言った私に彼は「うん! もちろん!」と元気よく叫んだ。

「ふふ……アルベルトさん、中に入って」

「お、お邪魔いたします!」

 アルベルトさんは元気よく言い、部屋に入るとテーブルにトレーを置いた。

「……ありがとう」

「うまくできてるかわからないけど」

 私は椅子に座りナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切った。

「いただきます」

 一口サイズに切ったそれを口に入れると、甘い香りと濃厚な卵の味が口いっぱいに広がった。

「美味しい」

「本当か!?」

「うん。これはね、父に作って貰ったの……レシピも父の」

 このフレンチトーストは、お父さんの自作のレシピだ。私が悲しいことや辛いことがあった時、必ずフレンチトーストを作ってくれた。トッピングでアイスクリームやチョコレート、生クリームをたっぷりつけて。

「いい父さんだな」

「……うん、とても」

 また一口食べると、かかっている蜂蜜が甘くて美味しい。

「ごめんね、アルベルトさん……私わけがわからなくなって、怖くて」

「うん」

「お父さんに会いたい、元の世界に戻りたい……」

 アルベルトさんは、私がここではない異世界にいたことを知っている。だから私のは願いが叶うことはないと言うことも。

「困らせてごめんなさい……今のは忘れてっ」

 言葉にするともっとつらくて、これからもこの世界で生きていかなきゃいけないんだと実感する。

「俺はメルちゃんのお父さんに会わせることも、メルちゃんの世界に返してあげることも出来ない」

「……っ……」

「でも、メルちゃんはメルちゃんだよ。違う世界からきたとか関係ない。俺にとっては、美味しいものを教えてくれる大切な師匠だから」

 アルベルトさんは照れるようにそう言った。

「また、メルちゃんとパンが作りたい」

「アルベルトさん……」

 アルベルトさんが私の手を取ると微笑んだ。

「また作ろうよ、俺だけじゃ無理だ」

「……うん」

 籠っていた時、全部自分一人で生きていかなくちゃと思っていた。ただ、日本に帰りたくてお父さんに会いたくて……でもこの世界は、一人じゃないんだよね。拾ってくれたオスマンさんやエミリーさん、慕ってくれるアルベルトさんだっているんだから。

「ねぇ、アルベルトさん」

「ん?」

「私、また明日からパンを焼く。アルベルトさん一緒に作ってくれる?」

 私がそう言うと、パァっと笑顔になったアルベルトさん。彼は「あ、そうだ!」と私のことを見つめる。

「え? 何?」

「アルって呼んでよ。師匠が弟子にさん付けはおかしいだろ」

 確かに……。だけど呼び捨てはハードルが高いんだよなぁ。

「嫌?」

「ううん! 嫌じゃないよ……アル」

「良かった、改めてよろしくね」

 そうだ、オスマンさんとエミリーさんに謝らないと。

「旦那様と奥様に顔見せないと。あと、ギルバート様にもね」

「うん……」

 だけど私、ずっと好きなことやっておいてもらっているってただの居候じゃん……。成人しているのに、ただで衣食住を提供してもらうのはダメだよね。でも私に出来ることなんて――いや、待てよ?

「大丈夫だよ、俺が一緒に――」

「アル、私厨房で働きたい!」

「……え? 厨房?」

「うん! 私、オスマンさんに相談してみる。そうと決まれば行ってくる!」

 私は残りのフレンチトーストを平らげるとお皿をアルに任せて部屋を出た。

私は久しぶりに外に出て走る。きっと今はサロンでお茶をしているはず!

 私は、サロンの部屋のドアの前に立つと一度深呼吸をした。中にはオスマンさんの声が聞こえてきた。

 トントントンと3回ノックをすると、中から「はい」と声が聞こえてきたので私は中に入った。

「メルちゃん! 出てきてくれたんだね!!」

「オスマンさん、エミリーさん。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 まずは引きこもって迷惑や心配をかけたことを謝る。何も告げず、引きこもって食事も取らないなんて。迷惑すぎるよね。

「メルちゃん、頭を上げて?」

 オスマンさんの優しい声が聞こえて私は頭を上げた。

「確かに心配したよ。でも、メルちゃんは出てきてくれた。それだけで十分なんだよ」

「オスマンさん……ありがとうございます」

「あぁ」

 オスマンさんはそう言うと、優しく笑った。

「はじめまして、メル殿」

 えっと……この人、もしかして。あの時『ヒール』をかけた怪我をしていた人?

「私は、王宮にて騎士をしているギルバート・セダールント。あの日助けていただき誠に感謝申し上げる」

「あっ、あの時の……私はメル・フタバです」

 ギルバート様は、オスマンさんに似た茶色の癖のある髪に空のような青色の瞳を持つ男性だった。

「ギルバート様、私はただオスマンさんの言葉に従っただけです……それに殿はやめてください」

「では、メル様と呼ばせて頂きます。私のことも、ギルバートとお呼びください」

 口角を上げ笑った顔はエミリーさんに似ていた。

「はい、ではギルバートさんと呼ばせて頂きますね」

「あぁ、よろしく頼む」

 ギルバートさんはそう言うと、王宮にある寄宿舎へ帰って行った。

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