تسجيل الدخول告発状を渡してから、裁定の日までは数日ある。
王宮や学院側にとって、様々な調整と準備が必要だから。 それは私達にとっても同じだった。「これで裁定の日まで待てば良いのですね」
私は聖女様に訊ねる。
でも微笑みながらも、難しそうな表情をしていた。「実を言うと、告発状や証言だけでは厳しい部分があるの。疑わしきは罰せず、という言葉もある通り、黒かどうか怪しければアプリルは白と決まってしまう」
どこかで聞いたことがある。
つまり、断罪の場での証言とかが弱かったらアプリルは断罪されない訳ね。 確かに証拠といっても、あの切れ端だけじゃ弱い気もする。 でもマズい……そうなったら、私のハッピーエンドが無くなっちゃう。「どうすれば良いんですか!?」
ちょっと興奮気味に訊く。
せっかく告発状を書いたのに、無駄になるかもしれないなんて。 そんなのはイヤだ。「大丈夫。動か
【グルナ視点】 わたしは学院にある聖堂の高窓から、光を見上げていた。 優しい光がわたしを包んでくれて、気持ちが落ち着く。 大丈夫、あの二人の動向は分かっていない。 おそらく、廃都かどこかで果てている。 何も報告が来ないのが証拠かもしれない。 動向があれば、来るのだから。 特に廃都で果てているなら、報告する人間なんているわけ無い。『心配しているのですよ、グルナ』 優しい声が頭に響く。「大丈夫」『余裕みたいですが、そうなのかしら』 すると、聖女様の声が聞こえてくる。 わたしだけに聞こえる、導きの声。「えっ?」 まるでわたしの考えが間違っているかのように。『廃都は抜けようと思えば抜けられる。一人だけでは不可能ですが、アプリルの存在があれば……』「そんなこと」 少し俯きながら、聖女様の言葉を聞いていた。『どうでしょうね』 わたしを厳しい言葉で言い放った。 それから、少しして学院の侍女がわたしのところへ。「グルナ様、隣国の廃都に近い街において、マッサージで有名な露店があるようです」 マッサージで有名? どういうことなんだろう。「あの、どうしてその話題を?」「何日か前から金髪の少女が店主不在の間、行っているらしく、人気らしいです」 その言葉を聞いて、身体が震えた。 もしかして、サフィー・プラハなの? 彼女はマッサージが上手だった。 容姿が一致している。『だから言ったではありませんか。あなたが緩めたから、闇が息を吹き返そうとしているのです』 聖女様はわたしを糾弾した。 まるで犯罪者を逃がしたかのように。「でも、そこで終わる可能性だって」 小さな街で生きているだけ。 それならば、影響は大きくないはず。『いいえ。放置すれば、
荷物を整えて二週間以上過ごしていた宿を後にする。 ここから首都へ向かうことになる。 ニコラさんに頼んで旅路《たびじ》に必要な食べ物は、分けて貰った。 私のお金で買ったものもあるから。「サフィー、教会に行って良いかしら?」「は、はい」 アプリルがそう頼んできた。 確かに行ってみるのも悪くないかも。 聖女様の加護はないとしても、神頼みくらいはしても良いよね。「アプリルさん、本日出られるのですね」「ええ。お世話になりましたわ」 アプリルはカーテシーをしながら、教会のシスターに挨拶をしていた。「お祈りをしても?」 私はシスターに問いかける。「勿論」 この世界の教会における作法で、女神像に祈りを捧げる。 ふと目に入ったのは、聖女らしき肖像画が見えていた。 綺麗に描かれていて、描かれてから日数は経っていないみたい。 光が差していて、女神像よりも心なしか豪華だった。 まるで、祈りの中心が入れ替わっているみたいだった。「お美しいですね」 私はふと呟いていた。「はい、女神様は私達に見えませんが聖女様は度々現れます」「そうなんですね」 確かに、あの聖女様もいるのだから。 だからこそ、私は少し怖くなった。「我が国にもいらっしゃいますが、隣国の王国では有名な聖女様がいらっしゃるとか」「……グルナ・フスト様でしょうか」 私は絞り出すようにしながら問いかけた。 すると、シスターは驚いていた表情をしている。「よくご存じですね!」 知っているんだ。 となれば、このまま居続けても良くなかったかもしれない。「グルナ様は様々な奇跡を起こせるとか」「奇跡……」 確かにあった気がする。 不安になっていた人を安心させていたから。
宿へ戻って、荷物を片付けていく。「終わったね」 大きく息を吐いて、肩の力を抜いていった。「ええ。最後まで、ちゃんと」 アプリルが優しく微笑んでいた。「で、これからどうする」 下の食堂へ行って、椅子に座りながらニコラさんが私達に問いかけた。 テーブルにはスープやパンなどが置かれている。「お店は完全にお返しします」「分かった」 ニコラさんは頷いた。 これで、もう戻れない。 少し寂しいのに、不思議と後悔はなかった。 そして彼は地図を取り出した。「この街は、ここだな」 廃都の砂漠に近い場所を指さす。「で、この国の首都はここから北にある」 道を辿《たど》るように、とある場所に指を置く。 二重丸がある場所。「首都ならここよりも仕事はある」 そう落ち着きながら説明していった。「人も多いし、流れも速い」 私はそれに耳を傾けていく。「露店、給仕、倉庫、何でもな」 思ったより、色々ありそう。 良さそうに思えてくる。「首都……」 その響き、この世界でも変わらない。「大きい場所、だよね」 東京やソウルみたいな場所なのかな。 いや、世界が違うから雰囲気も同じじゃないけれど。 不安もあるけれども、期待も浮かんでいた。 今度こそ、普通に生きられるかもしれない。「ですが、この街に留まるよりは安全ですわ」 アプリルはそう呟いた。 私を見つめながら。「安全?」 ここでも安全はあるかもしれないけれど。「探られている以上、固定される方が危険ですから」 あの人物。 それ以外にもいるかもしれないけれど。 もし、この街にあの聖女様がやってきたら、それこそ大変。「ま
数日後。 私は、最後の露店を開くことに。 お店を返す決断をしたものの、ニコラさんの怪我が治るまで、私はここにいた。 だから今日が正真正銘の最終日。 もう慣れてしまった店の準備。 商品を並べていって、看板を出していく。 ああ、これでしなくなるんだ。 手に覚えてしまった動きだからこそ、終わる実感があった。「よし、今日も頑張ろう」 軽く頷きながら、お店を始めていった。「おはよう、今日も元気そうね」 少ししたら、常連の主婦がやってきた。 いつもの声で私に話しかけてくれる。「はい!」 笑顔で返事を。「ここの干し葡萄《ぶどう》、癖になっちゃったわ」「ありがとうございます!」 そう言ってくれて嬉しかった。 干し葡萄を買っていって、お店を離れていった。 ほんのちょっとだけ、寂しさがあったけれども。「肩、お願いしてもいい?」 今度はマッサージのお客さん。「もちろんです」 笑みを見せながらお客さんの肩を揉んでいく。 硬くなった肩を、少しずつほぐしていく。 力加減に気をつけながら。「あなた、前よりも上手くなったわね」「えへへ、ありがとうございます」 マッサージを終えたタイミング、お客さんからそう言われた。 私ははにかみながら答えた。 お客さんは嬉しそうな表情をしながら帰っていく。「板についてきたなぁ」 お客さんが落ち着いたタイミングで、隣の露店主がそう私に話しかけてきた。「えへへ……」 またはにかんじゃう。「最初は潰れると思っていたんだが」「ひどい!」 彼の冗談に頬を膨らませながらそう答えるけれども、内心では笑っていた。 ニコラさんはお店を返すまで手伝っていない。 近くのカフェで紅茶を飲んで見ているよう
私はニコラさんに頼んで、次の日も露店を営業させてもらった。 ニコラさんは少し身体を癒《いや》す必要があるから。 商品を準備して、看板を露店の前へ。 これでお店の準備は完了。「……今日も、やるんだよね」 軽く息を吸いながら、お店を開いていった。「やれるんだよね、ここで」 もしも、選択すればずっとお店を続けられる。 でも、それが正しいのかな。「おはよう、今日もやっているのね」 常連のお客さんがやってきた。 にっこりとしながら、私を見つめている。「はい!」 私はそれを見たら、嬉しくなってくる。 元気よく返事をしていた。「最近ここ、安心するのよ」 干し肉などを買っていって、帰っていった。「ありがとうございます」 はっきりとした居場所。 確かに、居たくなってくる。「肩、お願いできる?」 しばらくしたら、マッサージのお客さんがやってきた。「もちろんです」 私は笑顔を見せながら、マッサージを行っていく。 結構硬いけれども、ほぐしていく。 敦賀佐奈の時よりも上手くなっていると思う。「ありがとう、気持ちよかったよ」 お客さんの女性は微笑みを見せながら、香草袋もおまけで買っていった。 嬉しくなってくる。 露店で商品とマッサージをしている女の子が定着しようとしていた。「本当、ここで生きているかも」 ここで骨を埋めても、悪くないよね。 乙女ゲームのヒロインだったとしても、破滅しちゃったのだから。 残されたささやかな幸せのままに、生きていくのも悪くない。 誰かを断罪するためじゃなく、誰かに必要とされながら、生きている。 それからお客さんが増えていって忙しくなっていく。 でも、そんな気持ちを考えさせられるタイミングが。「このお店、いつからや
夕方になり、店仕舞いをしていった。 私は戻ってきたアプリルとロータスと共に売上げを確認していく。「思ったより回っているな」 帳簿と売上げ、在庫を見ながら、ニコラさんは感心していた。 思った以上だったのかな。「はい、何とか」 少しだけ微笑みながら返事をしていく。「何とかじゃねえよ。ちゃんとやってる奴の数字だ」 ニコラさんも笑みを見せながら、私が行ったことを褒めてくれた。 私は嬉しくなる。「で、どうする?」 しばらく見ていたニコラさんがそう問いかけた。「え?」 突然のことだったから、きょとんとしてしまった。 それを見たのか、ニコラさんは言葉を続けてきた。「このまま返すのか、それともーー続けるか」 二択を提示してくれた。 どちらも間違っていないともいえるような。「……続けても、いいんですか?」 聞き返して確認する。 このまま、私がお店をやってもいいんだ。「俺は構わねえ」 そうニコラさんは言ってくれた。「……うん」 私がサフィー・プラハになって初めて守れた場所。 自分の居場所になりつつある。 ここだったら、”普通に生きられる”。 元の世界に戻らないならば、この場所も良いかもしれない。「ここ、好きかも」 私は誰に言うわけでもなく、小さく呟いた。 それをアプリルは聞いたのか、一度だけ頷いた。「サフィー」 彼女は優しく語りかけるように話しかけた。「アプリル……」「残りたいのなら、残ればいいですわ」 笑みを見せながら私に話していく。「アプリルもそう思うんだ」「でも、それは”ここで終わる”ということでもあ
次の日、私は初めて王宮へ向かうことに。こんな場所、転生する前ですら行ったことがないし、行くことすら無いかも。 白い壁に大理石の床。 ドキドキしながら王宮の庭園へ向かう。 私は胸を高鳴らせながら回廊を歩いていた。 王子と話せるかもしれない……グルナ様が隣に座らせてくれるかもしれない……そう思うだけで、頬が自然と熱くなる。 その時だった。「あ、アプリル……?」 柱の陰から、アプリルが姿を現した。いつものメイド服で、手にはトレイを抱えている。「……サフィー」 呼び止められて、私は足を止めた。 けれど胸の奥には、なぜか冷たいものが走る。「なに? もうすぐお茶会なの。時間が無い
黄昏の中庭。 夕陽が石畳を赤く染めていて、儚さと美しさを出していた。 私の影もこの場所を彩らせている。 そんな場所にもう一つ影がやってきた。「……サフィー、少しお時間をいただけますか」 アプリルの声は静かで、それでも真剣さを出していた。「なにかしら?」 私はちょっと緊張しながら、話を聞くことにする。「グルナ様のことです」 アプリルは迷いなく言った。「どうか……あの方を信じすぎてはなりません。彼女は、かつてわたくしを破滅へと追いやった張本人です」「……!」 私の心臓が跳ねる。 昨日も、今日も、グルナ様は聖女のように皆を導いていた。 その姿と、アプリルの言葉がどうし
グルナ様と過ごす時間は、まるで光に包まれているようだった。 彼女は常に穏やかで、慈しみ深い。 モニカがどんなに私を陥れようとしても、グルナ様が一言「彼女は潔白です」と言えば、すべて覆される。 誰もが信じ、誰もが頷いて、私を庇ってくれる。 ーーそれはアプリルのときとは正反対だった。(あのとき、アプリルが必死に弁護してくれたのに、誰も耳を貸さなかった。でも、グルナ様が言うと、みんなが一瞬で信じた) グルナ様には力がある。(……やっぱり、グルナ様って私の導き手よ。アプリルは悪役令嬢) そんな思いが、日ごとに私の中で大きくなっていった。 昼休み、庭園の中央に人だかりが出来ていた。
【アプリル視点】 試験が終わった日の夕暮れ、わたくしは廊下の片隅でモップを動かしていた。 窓の外は茜色に染まり、嬉しそうな声が響く。サフィーのものだ。 ふと振り返ると、彼女はグルナの隣に立ち、嬉しそうに微笑んでいた。(……やっぱり、ああなるのね) 胸の奥に針を刺されたような痛みが走る。 わたくしが庇った時、誰も耳を傾けなかった。 でにグルナの一言で、空気はすぐに変わった。 あの奇跡のような光景に、サフィーの瞳はもうわたくしを映してはいなかった。「アプリル、何をしているのかしら」「いえ、わたくしは掃除をしているだけです」 この光景を見続けていたら、グルナに気づかれてしまっ