LOGIN告発状を渡してから、裁定の日までは数日ある。
王宮や学院側にとって、様々な調整と準備が必要だから。 それは私達にとっても同じだった。「これで裁定の日まで待てば良いのですね」
私は聖女様に訊ねる。
でも微笑みながらも、難しそうな表情をしていた。「実を言うと、告発状や証言だけでは厳しい部分があるの。疑わしきは罰せず、という言葉もある通り、黒かどうか怪しければアプリルは白と決まってしまう」
どこかで聞いたことがある。
つまり、断罪の場での証言とかが弱かったらアプリルは断罪されない訳ね。 確かに証拠といっても、あの切れ端だけじゃ弱い気もする。 でもマズい……そうなったら、私のハッピーエンドが無くなっちゃう。「どうすれば良いんですか!?」
ちょっと興奮気味に訊く。
せっかく告発状を書いたのに、無駄になるかもしれないなんて。 そんなのはイヤだ。「大丈夫。動か
荷物を整えて二週間以上過ごしていた宿を後にする。 ここから首都へ向かうことになる。 ニコラさんに頼んで旅路《たびじ》に必要な食べ物は、分けて貰った。 私のお金で買ったものもあるから。「サフィー、教会に行って良いかしら?」「は、はい」 アプリルがそう頼んできた。 確かに行ってみるのも悪くないかも。 聖女様の加護はないとしても、神頼みくらいはしても良いよね。「アプリルさん、本日出られるのですね」「ええ。お世話になりましたわ」 アプリルはカーテシーをしながら、教会のシスターに挨拶をしていた。「お祈りをしても?」 私はシスターに問いかける。「勿論」 この世界の教会における作法で、女神像に祈りを捧げる。 ふと目に入ったのは、聖女らしき肖像画が見えていた。 綺麗に描かれていて、描かれてから日数は経っていないみたい。 光が差していて、女神像よりも心なしか豪華だった。 まるで、祈りの中心が入れ替わっているみたいだった。「お美しいですね」 私はふと呟いていた。「はい、女神様は私達に見えませんが聖女様は度々現れます」「そうなんですね」 確かに、あの聖女様もいるのだから。 だからこそ、私は少し怖くなった。「我が国にもいらっしゃいますが、隣国の王国では有名な聖女様がいらっしゃるとか」「……グルナ・フスト様でしょうか」 私は絞り出すようにしながら問いかけた。 すると、シスターは驚いていた表情をしている。「よくご存じですね!」 知っているんだ。 となれば、このまま居続けても良くなかったかもしれない。「グルナ様は様々な奇跡を起こせるとか」「奇跡……」 確かにあった気がする。 不安になっていた人を安心させていたから。
宿へ戻って、荷物を片付けていく。「終わったね」 大きく息を吐いて、肩の力を抜いていった。「ええ。最後まで、ちゃんと」 アプリルが優しく微笑んでいた。「で、これからどうする」 下の食堂へ行って、椅子に座りながらニコラさんが私達に問いかけた。 テーブルにはスープやパンなどが置かれている。「お店は完全にお返しします」「分かった」 ニコラさんは頷いた。 これで、もう戻れない。 少し寂しいのに、不思議と後悔はなかった。 そして彼は地図を取り出した。「この街は、ここだな」 廃都の砂漠に近い場所を指さす。「で、この国の首都はここから北にある」 道を辿《たど》るように、とある場所に指を置く。 二重丸がある場所。「首都ならここよりも仕事はある」 そう落ち着きながら説明していった。「人も多いし、流れも速い」 私はそれに耳を傾けていく。「露店、給仕、倉庫、何でもな」 思ったより、色々ありそう。 良さそうに思えてくる。「首都……」 その響き、この世界でも変わらない。「大きい場所、だよね」 東京やソウルみたいな場所なのかな。 いや、世界が違うから雰囲気も同じじゃないけれど。 不安もあるけれども、期待も浮かんでいた。 今度こそ、普通に生きられるかもしれない。「ですが、この街に留まるよりは安全ですわ」 アプリルはそう呟いた。 私を見つめながら。「安全?」 ここでも安全はあるかもしれないけれど。「探られている以上、固定される方が危険ですから」 あの人物。 それ以外にもいるかもしれないけれど。 もし、この街にあの聖女様がやってきたら、それこそ大変。「ま
数日後。 私は、最後の露店を開くことに。 お店を返す決断をしたものの、ニコラさんの怪我が治るまで、私はここにいた。 だから今日が正真正銘の最終日。 もう慣れてしまった店の準備。 商品を並べていって、看板を出していく。 ああ、これでしなくなるんだ。 手に覚えてしまった動きだからこそ、終わる実感があった。「よし、今日も頑張ろう」 軽く頷きながら、お店を始めていった。「おはよう、今日も元気そうね」 少ししたら、常連の主婦がやってきた。 いつもの声で私に話しかけてくれる。「はい!」 笑顔で返事を。「ここの干し葡萄《ぶどう》、癖になっちゃったわ」「ありがとうございます!」 そう言ってくれて嬉しかった。 干し葡萄を買っていって、お店を離れていった。 ほんのちょっとだけ、寂しさがあったけれども。「肩、お願いしてもいい?」 今度はマッサージのお客さん。「もちろんです」 笑みを見せながらお客さんの肩を揉んでいく。 硬くなった肩を、少しずつほぐしていく。 力加減に気をつけながら。「あなた、前よりも上手くなったわね」「えへへ、ありがとうございます」 マッサージを終えたタイミング、お客さんからそう言われた。 私ははにかみながら答えた。 お客さんは嬉しそうな表情をしながら帰っていく。「板についてきたなぁ」 お客さんが落ち着いたタイミングで、隣の露店主がそう私に話しかけてきた。「えへへ……」 またはにかんじゃう。「最初は潰れると思っていたんだが」「ひどい!」 彼の冗談に頬を膨らませながらそう答えるけれども、内心では笑っていた。 ニコラさんはお店を返すまで手伝っていない。 近くのカフェで紅茶を飲んで見ているよう
私はニコラさんに頼んで、次の日も露店を営業させてもらった。 ニコラさんは少し身体を癒《いや》す必要があるから。 商品を準備して、看板を露店の前へ。 これでお店の準備は完了。「……今日も、やるんだよね」 軽く息を吸いながら、お店を開いていった。「やれるんだよね、ここで」 もしも、選択すればずっとお店を続けられる。 でも、それが正しいのかな。「おはよう、今日もやっているのね」 常連のお客さんがやってきた。 にっこりとしながら、私を見つめている。「はい!」 私はそれを見たら、嬉しくなってくる。 元気よく返事をしていた。「最近ここ、安心するのよ」 干し肉などを買っていって、帰っていった。「ありがとうございます」 はっきりとした居場所。 確かに、居たくなってくる。「肩、お願いできる?」 しばらくしたら、マッサージのお客さんがやってきた。「もちろんです」 私は笑顔を見せながら、マッサージを行っていく。 結構硬いけれども、ほぐしていく。 敦賀佐奈の時よりも上手くなっていると思う。「ありがとう、気持ちよかったよ」 お客さんの女性は微笑みを見せながら、香草袋もおまけで買っていった。 嬉しくなってくる。 露店で商品とマッサージをしている女の子が定着しようとしていた。「本当、ここで生きているかも」 ここで骨を埋めても、悪くないよね。 乙女ゲームのヒロインだったとしても、破滅しちゃったのだから。 残されたささやかな幸せのままに、生きていくのも悪くない。 誰かを断罪するためじゃなく、誰かに必要とされながら、生きている。 それからお客さんが増えていって忙しくなっていく。 でも、そんな気持ちを考えさせられるタイミングが。「このお店、いつからや
夕方になり、店仕舞いをしていった。 私は戻ってきたアプリルとロータスと共に売上げを確認していく。「思ったより回っているな」 帳簿と売上げ、在庫を見ながら、ニコラさんは感心していた。 思った以上だったのかな。「はい、何とか」 少しだけ微笑みながら返事をしていく。「何とかじゃねえよ。ちゃんとやってる奴の数字だ」 ニコラさんも笑みを見せながら、私が行ったことを褒めてくれた。 私は嬉しくなる。「で、どうする?」 しばらく見ていたニコラさんがそう問いかけた。「え?」 突然のことだったから、きょとんとしてしまった。 それを見たのか、ニコラさんは言葉を続けてきた。「このまま返すのか、それともーー続けるか」 二択を提示してくれた。 どちらも間違っていないともいえるような。「……続けても、いいんですか?」 聞き返して確認する。 このまま、私がお店をやってもいいんだ。「俺は構わねえ」 そうニコラさんは言ってくれた。「……うん」 私がサフィー・プラハになって初めて守れた場所。 自分の居場所になりつつある。 ここだったら、”普通に生きられる”。 元の世界に戻らないならば、この場所も良いかもしれない。「ここ、好きかも」 私は誰に言うわけでもなく、小さく呟いた。 それをアプリルは聞いたのか、一度だけ頷いた。「サフィー」 彼女は優しく語りかけるように話しかけた。「アプリル……」「残りたいのなら、残ればいいですわ」 笑みを見せながら私に話していく。「アプリルもそう思うんだ」「でも、それは”ここで終わる”ということでもあ
順調に露店は営業していった。 売上げも在庫も安定していて、順調にこの街で過ごしていた。 昼下がり、人通りが落ち着いてお客さんも少ないタイミング。 少し考える余裕が出てきた。「もう二週間かぁ」 短いけれども、ニコラさんの言われていた期間はもう来てしまった。 あとはニコラさんが戻ってくるのを待つばかり。 そうなると、お店は返さないといけないけれども。「久しぶりだな」 男性の声がした。「いらっしゃいませ」 お客さんだと思って、いつものように返事をしていた。 もう慣れちゃったな。「いや、客じゃない」「え?」 そう言われたため、私は一瞬狼狽えてしまった。 ギルドの人かなと思ったけれども、様子が違っている。 少し服が汚れている感じで、包帯を巻いている場所も。「悪いな、戻るのが遅れた」 申し訳なさそうにしながら、私を見つめていた。 その声は軽く言っているようで、どこか掠《かす》れていた。 長く歩いてきた人の声だった。「ニコラさん?」 もう一度見てみると、二週間前に会った男性の姿だった。 確かに雰囲気が少しだけ違っているかもしれないけれども、完璧にそうだった。「店、守ってくれてありがとうな」「生きていて良かった……」 安堵感《あんどかん》が私の胸に広がっていく。 ついにやりとげたような感じが。 店を守れた、というより。 約束を守れた気がした。「運が良かっただけだ。色々とあったがな」「盗賊に……?」 ニコラさんの持ち物は袋を持っているだけで、それ以外には無さそうだった。「ああ。しつこかった」 疲れたような表情を見せていた。 それでも露店を見ながら感心しているようだった。 商品の並び、袋詰め、看板。
風が、崩れた壁の隙間から吹き抜けた。 砂の音が途切れるたびに、心臓の鼓動がはっきり聞こえる。 この沈黙に耐えられなかったのかもしれない。 だから私は、ようやく口を開いた。 そう、私は告発状を書いてから、アプリルを守るために動いた。聖女様に従って、アプリルを断罪にさせていた、本心を偽りの仮面で隠して。 自らがヒドインになることで、彼女を守れると思ったから。 かつて見ていたざまぁ系の転生ヒドイン破滅小説。 転生したヒロインが悪役令嬢に冤罪を仕組んで、バレてヒロイン自身が破滅する。悪役令嬢は無罪放免に
次の日、サフィーは廃都へ追放される馬車に乗り込まれようとしていた。 群衆が彼女へ暴言や嘲笑を投げつける。 当然石だって投げつけられていた。「やめて……!」「……私はヒロインなのに」 でも、自身が主役を気取った悪役であるように叫び、泣いていた。 誰も信じないし、むしろそれを逆手に罵声が大きくなる。 乗り込まれる際でも、それは続いていく。 わたくしは、胸を痛めつける気持ちで乗り込まれる様子を見ていた。 サフィーがわた
【アプリル視点】「結構来たわね」 数時間は歩いただろうか。ちょっと休憩していた。 もう学院の建物はすっかり見えなくなっていた。 それにもう戻れないけれど。「はぁ……サフィーは干からびていないかしらね」 廃都には地下水があるとはいえ、心も病んでいくあの場所なら、そこまで時間があるとはいえない。 早めに行かないと。「……アプリル様」「あら?」 誰かが叫ぶ声がする。
王都に、穏やかな陽光が差し込む午後だった。 その日、王宮では国王陛下の体調が優れないという知らせが広がっていた。 病ではない。ただ、連日の政務の疲労と、加齢による衰え。 医師達が祈りを捧げる中、私はグルナ様の私室へと呼び出された。「グルナ様、陛下の容態は……?」 私の問いにグルナ様は微笑んだ。 彼女の微笑は、まるで春の陽だまりのように柔らかい。「心配はいりません、サフィー。陛下は神の御手の中におられます」 そう言って、彼女は机の上から小瓶を取り上げ