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ゆらめく炎 舞い降りてⅢ

作者: ふわり
last update publish date: 2026-06-30 19:13:22

カタリナは固く決意して、どこか遠くへと向かった。ただひたすら東へと。

 長い道のりを休むことなく歩き続けたカタリナは、すでに国境を越えて隣国へと足を踏み入れていた。時間を考えると、へカーソンが王都から帰り、事態を把握して捜索を始めているかもしれない。そう仮定すれば、国境を越えられたことはかなり運が良かったと言える。ここまでくればそうそう見つかることはないだろうから。カタリナは何を思っているのだろうか。その答えは意外なものだ。ただ東へ向かうだけの途方もない逃亡生活を、まだ十に満たない子供がしているのだ。ましてや信頼していたへカーソンの正体が、自分を機械にしようと考えていたのだから、卑屈になり死をも考えていても不思議ではない。しかしそうではないのがカタリナという人間だった。物事の序列を冷静に見極め、根幹部分を考える。つまり人道をわきまえない世界を作り上げ、機械による統治、人の価値の下落を推し進めた存在がいること。それが誰なのかは予測できる。その利己的な支配者を憎み、鳥籠の中の幸せに満足する人を憐れむ。カタリナ自身が、機械との生活を直に触れ、その脅威を目の当たりにしたからこそ、このままではいけないと強く思った。誰かが変えなければいけないと。今は逃げることしかできないが、いつか必ず悪魔が支配する棺桶のような国スカーデッド王国を打ち砕くと心に誓っていた。それがカタリナの根底にある正義感という強い光なのだろう。そして胸に光が灯れば、必ず運命の歯車が動き出すようになっているのが、この世界の理なのかもしれない。逃げるだけのカタリナの運命は、たった一人の男との出会いによって修羅の道へと誘われることになる。

 ただ東へと向かっていたカタリナは、道中一人の男と出会った。スカーデッド王国を出た後は、険しい山岳地帯を進んでいたので、人と出会うこと自体が久方ぶりの出来事だ。

「こんな場所に、子供が一人で、どうかしたのか?」

 何も言わずにすれ違おうとしていたカタリナは、その話しかけてきた男に少し嫌悪感を抱いた。

「何もない。ただ歩いているだけよ。」

「そうか。お互い様だな。」

 男はそう言うと、岩に腰掛けた。カタリナはその姿をゆっくりと見る。人間であることには間違いないのだが、血生臭さを隠しきれていないその男に警戒心を怠らないようにしているのだろう。

「あなたこそ、こんな所でなにをしているの?その血はいったいなに?」

「僕はね。逃げてきたんだよ。」

 それだけ言って男は黙り込んだ。

「いったい何者なの?」

 カタリナはそう問いながら、男をまじまじと見つめる。返り血ではなさそうだ。となると戦に負けて深傷を負っているのかもしれないが、カタリナには関係ないことだ。それにもう手遅れであることは、賢いカタリナにはすぐに理解できた。

「僕は東の国から来たんだ。約束を果たすために。」

「約束?」

 カタリナがそう聞くと、男は被りを振った。

「果たせそうにないけどね。」

 男もまた自分の末路を理解しているのであろう。潰えそうな灯火に最期の点火をして、カタリナに面している。そんな風にカタリナは感じたから、この男の話を聞く道を選んだ。

「死ぬのが怖くないの?」

「怖くないよ。死んで当然のことをしてしまったからね。」

「だったらなんで逃げるの?」

 カタリナのそのセリフは自分自身にも当てはまる。目の前で見たあまりにも強大な力に、自分の無力さを知り、それでも進む意思が消えなかった。だからこの男の気持ちが解らなくもない。

「それは。渡さなければならない物があるからだよ。せめてもの罪滅ぼしなんだ。」

 男の口調は淡々としていた。

「スカーデッド王国に行ったの?」

 カタリナは半ば確信を持って問いた。

「よくわかったね。そう。僕はあの国で、とある人に渡さなければならない物があったんだ。」

「その結果がその背中というわけね。」

 カタリナはこの男と出会った時から気づいていたのだ。背中に機械が埋め込まれていることを。分厚いコートで隠していたのだが、カタリナは観察力が鋭い。

「君はすごいな。なんでもお見通しだね。」

「お世辞はいい。誰に何を渡すつもりだったの?」

 カタリナがそう聞くと、男はゆっくりと口を開いた。

「少し昔の話を聞いてもらってもいいかな?」

「わかったわ。」

 すると男はポケットからタバコを取り出して咥えた。火をつけると一息吐き出す。

「私は東の国の大和の生まれなんだ。」

 カタリナは少し驚いた。そこは今カタリナが目指している場所だったからだ。男は話を続ける。

「特殊な家系でね。太古の昔、空に国があった時代。その王をお守りするのが我らの祖先の役割だったらしい。」

 ここまで言うと男は血を吐き出した。

「タバコ吸うからでしょ?」

 カタリナにそう言われて、男はタバコの火を消した。そして話を続ける。

「その時代の名残なのか、代々女に生まれた子共たちは過酷な運命を背負うことになるんだよ。」

「過酷な運命?」

「そう。戦わなくてはならない運命だよ。」

「戦う?いったい何と?」

「古代の機械。」

 カタリナはへカーソンから教えてもらった歴史の中に同じ言葉を聞いた記憶があった。古代から存在する機械で、今もなお特定の条件下で起動する。しかしへカーソンの話では、敵ではなく味方だと言っていたが、この男の口振りでは明確に敵と判断している。

「なぜ女だけが戦うの?」

「僕も詳しくは解らないが、古代の機械に対抗しうる武器が女にしか扱うことができないらしい。」

「そういうことね。」

 カタリナがそう言うと、男は大きくため息をついた。

「僕にも娘ができたんだ。嬉しかった。玉のように可愛くてね。でもね。その運命を背負わせたくなかったんだ。」

「どうしたの?」

 男は今にも溢れ落ちそうな涙を堪えながら、蚊の泣くような頼りない声で答えた。

「人売りに連れて行ってもらったんだ。最低なことだと分かっているよ。でもそれしか思いつかなかったんだ。愚かな父親なんだ。」

 カタリナはそれを聞いて、なんとなく理解した。今目の前にいるのが何者なのかを。しかし打ち明けることはしなかった。もう間も無く死を迎える哀れな男に、同情をしてやる義理はなかったからだ。それだけの過酷な人生を歩んできた。

「一つ頼まれてくれないか?」

 男がそう言うと、カタリナは黙って頷いた。

「これを預かって欲しいんだ。」

 男はそう言いながら、小さな小箱を取り出した。

「これはなに?」

「それが僕の家系に代々伝わる巫女の武器、フレアリングだよ。王をお守りした巫女の血を引く女にしか扱えない武器だ。」

「預かって、その先どうすればいいの?」

「僕の娘はスカーデッド王国にいるはずなんだ。きっと苦しんでいる。それがあれば戦えるはずなんだ。だから渡してほしい。」

 男の口ぶりが徐々に重くなっていく。タイムリミットは近づいているのだろう。

「わかったわ。」

 カタリナはそうとだけ言った。

「ありがとう。最期に君の名前を教えてくれないか?」

 男がそう聞くとカタリナは被りを振った。

「知らないままで逝った方が楽だと思う。」

「そうか。やはり君は娘によく似ている。」

 それが男の最期の言葉だった。カタリナは小箱を見つめた。機械に対抗する手段がこれだとすれば、使わない手はない。中のリングを取り出して、自らの右手の指にはめてみた。かなり大きいサイズでカタリナの細い指には全くそぐわなかったが、突然リングが眩い光を放ち、カタリナの指にピッタリと合うサイズに変わった。これでカタリナは確信した。死んだ男の正体が誰なのかと、自分が何者であるのかを。

「お父さん。ありがとう。」

 座ったまま死んだ男に向かって、カタリナはそう告げた。ゆっくりと頭を下げて、目を閉じる。追悼の意を込めているのだろう。

 その時。散々聴き慣れた声がカタリナの耳を襲った。

「カタリナ。こんなところにいたのかい。」

 歳の割に大きな体のその男はへカーソンだ。

「さぁ。家へ帰ろう。」

 へカーソンはその大きな手で、カタリナの体を掴もうとする。カタリナは心の中でリングの使い方を模索した。フレアリングという名から連想できるものは火。きっと火を操る何かなのだと。しかし発動条件が分からない。

「フレアリング。お願い。」

 カタリナが咄嗟に発したその言葉にリングが反応を示した。眩い光を放ち、炎が飛び出した。

「なんだい。それは?」

 へカーソンは少し驚いた様子だった。その隙をカタリナは見逃さない。今にも届きそうだったへカーソンの手から瞬時に距離を取る。

「この炎を剣のように振るえたなら。」

 カタリナが小さな声でそう呟くと、炎の形状が瞬く間に変化して燃える剣へと変わった。

「いったいどこでそんな物を拾ったのだ?」

 へカーソンはそう言いながらも、ジリジリと距離を詰めてくる。

「あとは私次第だよね。」

 カタリナは覚悟を決めて走った。今度は逃げずにへカーソンへと向かって。炎の刃を振り上げて一気に斬りかかる。その瞬間へカーソンの右腕が地面へと転がった。

「鋼鉄の腕を一振りで落とすとは。凄まじい剣だねぇ。」

 へカーソンは右腕を拾い上げて、再び引っ付けようとしたが、断面が熱で溶けてしまい合わなかった。

「やれる。」

 カタリナは再び炎の刃を振り上げて切り掛かったが、同じ手に二度喰らうほど、へカーソンは馬鹿ではなかった。へカーソンの左拳が、カタリナの小さな体を吹き飛ばしていた。

「あまり舐めちゃいけないよ。子供が。」

 カタリナは全身の痛みに堪えながら何とか立ち上がる。

「さっきは剣をイメージした。他のものならどうだろう。」

 カタリナの独り言はへカーソンには聞こえていない。

「フレアリング。銃になって。」

 カタリナの声に反応して、炎の剣が炎の銃へと変化した。カタリナはそれを手に取り、へカーソンに向けた。

「そんな物がこの機械に通用すると思うのかねぇ。」

「何かあるはずなの。形状変化以外の何かが。」

 カタリナはそう言いながら、二発銃弾を放つ。一発は的外れな位置へと飛んでいき、もう一発はへカーソンの左太ももを貫通した。しかし穴が空いただけでダメージは無さそうだ。

「痛くないんだよ。それくらいでは。」

「だったらもっと大きく。大きくなって。」

 カタリナがそう言いながら銃弾を放つと、炎の玉は徐々に巨大化し、へカーソンの元へ来た時にはボーリング球ほどの大きさになっていた。これには慌ててへカーソンも回避するしかなかった。

「何なんだ?その武器は。」

「わかってきたわ。これの使い方が。あとは私自身の能力次第ね。」

 カタリナはそう言うとフレアリングに祈りを込めた。

「フレアリングよ。炎の剣で全てを焼き尽くせ。」

 すると先ほどよりも長く鋭い炎の剣に形状を変えた。

「あとは私の能力次第。行こう。」

 カタリナは炎の剣を握り締め、へカーソンに向かって行った。へカーソンも咄嗟に切れた右腕を拾い上げて、剣の軌道にぶつける。しかし先ほどよりも鋭く熱い炎の剣は、紙でも切るかのように鉄を切り裂く。へカーソンは転がりながら回避した。

「まだよ。もっと速く。」

 カタリナは素早い動きで地を這うかのようにへカーソンの前へと走り、再び斬る。一度ではなく二度三度と剣を振り下ろす。へカーソンは避け切れず、徐々に体を失っていく。

「まだ。もっと速く。もっと。」

 カタリナの動きは止まらなかった。気づいた時に、目の前にあったのはただの焼けた鉄屑と化していた。

「これが機械と戦う手段。私がもっと強くならなければ。」

 カタリナはそう言うとフレアリングが入っていた小箱を取り出した。中には小さな紙が入っており、今後の道標が記されていた。

「強くなる方法がここにあるってことね。」

 カタリナは小箱をしまい、東の大陸に位置するグレイル山脈へと向かって歩き出した。

 グレイル山脈。人の寄り付かない秘境の地であり、生き物や草木すらも存在しない無の領域。大昔の話では、この地に存在した邪龍に戦いを挑んだ巫女が、命と引き換えに地形操作の舞を踊り、何者も存在できない地へと変化させたと伝えられている。焼け果てた木々や、燃える川。殺伐とした風景にカタリナは足を踏み入れていた。

「噂には聞いていたけど、これほどとは。」

 カタリナは体を襲っていく炎の熱に耐えながら、さらに奥地へと歩いていく。

 二日ほど歩いただろうか。空腹にも襲われながら、今にも倒れそうな体を懸命に支えながら歩き続けた。するとようやく大きな扉が目の前に現れた。

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