تسجيل الدخولカタリナは決意を固めて、中へと入って行った。中は想像以上に広く、真っ直ぐと奥へ続いていた。とりあえず進んでいくと、再び大きな扉があった。同じように石碑が建ててあり、カタリナはフレアリングを嵌め込んだ。
「第一の試練。炎は全てを焼き尽くす。」 扉は開き、カタリナは中へと入っていく。広い空間の中には、一人の老人が茶を啜っていた。 「ようやく来たか。わしは魏良。おまえさんが新しい炎の巫女かいな。」 魏良と名乗る老人は、飄々とした口ぶりだった。 「ずっとここにいるの?」 カタリナが聞くと、魏良は大きな声をあげて笑った。 「無駄話は良いじゃろう。早速第一の試練と行こうじゃないか。」 「待って。私は何をすれば良いの?」 「わしの攻撃を全て止めれば良い。ただし炎を使ってじゃ。」 カタリナは理解した。第一の試練とは、状況に応じたフレアリングの使い方を習得する事なのだと。 「わかったわ。やってみる。」 「よし。じゃあいくぞ。」 魏良はまず大きな剣を取り出した。 「手始めじゃ。」 向かってくる魏良を見て、カタリナはフレアリングに祈りを込める。 「フレアリング。炎の剣。」 カタリナは炎の剣で受け止めた。 「ほう。かなり扱えておるの。さては実践済みじゃな。しかし甘い。フレアリングは心と声に呼応するのじゃ。正しく示してやらなければ鈍らにしかならんのじゃよ。」 カタリナは徐々に押されていき、遂には吹き飛ばされた。まず驚いたのは、炎の剣なのにも関わらず、魏良の鉄製の剣を焼き切れなかった事。へカーソンとの戦いではいとも容易く出来たのだが、鉄の素材が違うのだろう。 「どうすればいいの?」 カタリナが聞くと、魏良は被りを振った。 「自分で考えるのじゃよ。フレアリングと一つになってみせよ。さぁ次じゃ。」 魏良は大きな弓を取り出した。目一杯まで弦を引き、カタリナに向けて解き放つ。 「避けちゃいかんぞ。炎で制するのじゃ。」 カタリナは考えた。フレアリングと一つになる。それに炎は全てを焼き尽くすという石碑の言葉。 「やってみる価値はある。フレアリング。お願い。私のイメージを汲み取って。」 フレアリングが眩い光を放ち、カタリナの周りに火柱が五本立ち上がった。その一つが盾の形へと姿を変えて魏良の放った矢を溶かしていく。 「ほう。なかなか飲み込みが速いのう。それならこれはどうかね。」 魏良は十本の矢を手に取り、一気に放った。 「全てを焼き尽くす炎。イメージは火龍。」 カタリナは火柱を一つに集め大きな渦を作った。それはまるで戸愚呂を巻いた火龍のように見える。 「炎天の龍。」 カタリナがそう叫ぶと、火龍は火を噴き上げながら、十本の矢を飲み込んでいく。 「十分じゃよ。おまえさんは歴代でも屈指の飲み込みの速さじゃ。フレアリングは炎を自在に操る。なればこその炎の巫女なのじゃ。既存の形に捉われる事なく、自在に操ってみせよ。」 「なんとなくわかった気がする。」 カタリナがそう言うと、魏良は声高らかに笑い上げた。 「今はそれで良い。第一関門は突破じゃ。おまえさんのこれからを祈っておる。さぁ次の試練へ向かうんじゃ。」 カタリナは魏良に頭を下げて広間の奥の道へと步を進めた。 再び長く熱苦しい道を進んでいく。魏良という男はここで生活しているのだろうか。そうだとすれば、よほどの精神力と肉体の強さが必要だと思う。本気で闘ったら勝つことは難しいだろう。そんなことを考えながらカタリナは歩いていた。 「あれが次の試練ね。」 目の前に立ちはだかる大きな扉。カタリナはその横にある無字の石碑に慣れた手つきでフレアリングを嵌める。 「第二の試練。大地を欺き、舞い踊れ。」 開かれた扉の先には青々とした神秘的空間が展開されていた。 「誰もいないの?」 カタリナは辺りを見渡しながらそう声かけたが、返事はなかった。 「どういうことかしら。」 カタリナは戸惑いながら、ゆっくりと奥へ向かって歩く。すると壊れた機械が放置されていることに気がついた。カタリナは、それの前へと立ち、じっくりと観察した。 「これは。完全に壊れているわね。」 カタリナがそう呟くと、機械が突然、電源が入ったかのように光り始めた。 「我。第二の試練。この空間全てが我の意思なり。炎を纏い華麗に舞ってみせよ。」 「びっくりした。舞うってなによ。」 カタリナの理解が追いつく前に、第二の試練は始まってしまった。カタリナは自分がこの空間の入り口に瞬間移動されていることに気がついた。 「放たれた光は我の意思なり。その場所へと汝を巻き戻す。突破してみせよ。」 「なるほど。光に触れずに突破しなければいけないってことね。それにしても速すぎて見えなかった。どうしたものかしら。」 カタリナはとりあえず突っ走った。光の動きに細心の注意を払いながら。しかし結果は同じである。気がつけば入り口に立っていた。それが何度も繰り返される。 「はぁはぁ。頭を使わなければ消耗する一方ね。何か方法はないかしら。」 カタリナは少し考えてから、閃いたように動き始めた。フレアリングに祈りを捧げて、周囲に火柱を起こす。 「燃え広がる炎の速さならもしかするかもしれない。」 カタリナは作り出した火の渦を龍の形へと変化させる。これは第一の試練で使った技だ。 「炎天の龍。」 カタリナは火龍の背中に飛び乗った。呼応するように火龍は全身から火を噴き出して飛んだ。光が到達するよりも速く動いているように見える。しかし、そう甘い話でもなかったのだ。これまでは正面からカタリナに向かって直線の光だけが放たれていたが、一つギアが上がったのだろうか。フロアの三分の一を越えた辺りから上下からも光が降り注ぐ。あっという間に、スタート地点へと逆戻りとなった。 「いったいどうすればいいのだか。」 カタリナの脳を難易度への絶望感と、蓄積された疲労感が同時に襲ってきた。 「ねぇ。ちょっと休んでもいいかしら?もう疲れて動けないわ。それになにも食べてないの。」 カタリナは、機械へとそう語りかけた。 「我。第二の試練。炎を纏い華麗に舞ってみせよ。」 「もういい。どうやらここにいるうちは何もしてこないみたいだし、勝手に休ませてもらうわ。」 カタリナは横になった。空腹の方はどうしようもないので、とりあえず疲労感だけは癒すために仮眠を取ることにした。しかしカタリナは大人びてはいるが、まだまだ十歳前後の子供である。仮眠のつもりが、ぐっすりと眠ってしまった。起きた時にはどれほどの時間が経ったのか調べる術はないが、気だるい体が睡眠の長さを教えてくれる。 「随分寝ちゃったわね。でもおかげでちょっとわかってきたかもしれない。炎を纏い華麗に舞うって意味が。」 カタリナはゆっくりと歩き出す。そしてフレアリングに祈りを込めた。 「炎よ。全てを知る万物の業となれ。」 放たれた炎はカタリナの周りに渦を巻く。 「まずは炎を纏ったわ。あとは舞えばいいのよね。」 光がカタリナを襲う。しかしカタリナはわかっていたかのように華麗に右へと交わした。今度は左へと。 「光の速さで物が近づいてくれば風が起こる。それは光自身も同じこと。その風が炎を揺らしてくれるから、私は別の方向に避ければいい。ってことね。」 カタリナはさらりさらりと正面からの光を交わしていく。そして三分の一の地点までやってきた。 「問題はここからね。」 カタリナが一歩進むと、上から光が落ちてきた。辛うじてそれを避けたのだが、カタリナは首を横に振る。 「こうじゃない。この光のパターンを先読みしないと。フレアリング。お願い。全てを見透す灯火となって。」 カタリナの周りを渦巻いていた炎が八つに分裂して、カタリナの周りを浮遊し始めた。 「あとは私が舞えばいいだけ。」 カタリナはフレアリングに祈りを込めて、二つの炎の扇子を手に持った。 「準備はできたわ。さぁ行こう。」 勢いよく突っ走る。光は上、下、正面の三箇所から次々に襲いくる。それを右に周り、左に周り、地を這うように舞って避ける。八つの炎玉の揺らめきで光の位置を察知して、その誤差を計算しながら、避ける位置を判断する。計算が狂えば一巻の終わりだが、カタリナに不安はなかった。 「もっと速く。もっと華麗に。」 カタリナの動きは徐々に速度を増していき、およそ人間の動きとは呼べないほどに速く美しかった。 「炎神の舞。」 カタリナはそう名付けた。光が到達するよりも速く、次の光の予測地点を判断して、舞っていく。その神がかりの動きで、残り三分の一地点へと到達した。 「そろそろ次のパターンがくる。」 今度は左右、後方からも光が襲ってきた。 「大丈夫。もう見切れる。」 カタリナは華麗な舞で、全方向から光に対応していく。どんどん突き進んでいき、ゴール地点目の前まで来た時、最後の試練が待っていた。避けた全ての光が屈折してカタリナ目掛けて向かってくる。 「終炎の舞。」 カタリナは両手の炎扇子を広げながら、光が当たるギリギリのタイミングで後方に宙返りする。それと同時にカタリナの動きの軌道に合わせて、炎が噴き上げた。全ての光を一点に集めて避けたために、次の光へのタイムロスが生まれた。その隙にカタリナはゴールの機械の前へと突っ走った。 「はぁはぁ。どう?試練は合格かしら?」 「我。第二の試練。汝の動き、まさに炎を纏いて舞い踊る巫女そのものであった。次の試練へと行くが良い。」 「はぁはぁ。どうもありがとう。」 カタリナは呼吸を整えてから、歩き出した。 扉を抜けて、さらに奥へ進んでいくと、大きな扉が現れた。しかし今度は石碑はなく、カタリナは少し戸惑った。 「開けていいのかな。」 恐る恐る扉に手を掛けると、簡単に開き始めた。 「今までと勝手が違うわね。」 カタリナの独り言が薄暗い部屋に響き渡った。 「試練はほとんど終わったみたいなものだからな。」 突然声が聞こえてきて、カタリナは驚いた。 「誰かいるの?」 カタリナが聞くと、空間に灯りがついた。そこに立っていたのは、背の高い美人な顔立ちの女性だった。 「突然声をかけて悪かった。私はフィナ=炎。いちおう大昔に邪竜を倒した英雄だ。まぁ正しくは地形を変えて生き物が生存できない状況にしただけなのだが。」 「そんな大昔の人が、なぜ生きてるの?」 「生きてない。魂だけをここに残して、次の炎の巫女を待っているのだ。」 カタリナは不思議そうにフィナの全身を見渡した。生きているようにしか見えない。 「よくわからないけど。私はここで何をすればいいの?」 「質問に答えてくれればいい。二つの試練は見ていた。歴代の中でも私に匹敵するほどの実力を持っているのは確かだからな。」 「質問に答えるのね。わかったわ。」 「では一つ目。おまえはその力を何に使うつもりだ?」 カタリナは少し考えてから答えた。 「機械に汚染された国を変えるために使いたい。」 「それはスカーデッド王国のことか?」 「そう。私はこの目で見てきたの。」 「ならば敵は機械だけではなく人間となるかもしれない。それでもその力を使うつもりか?」 カタリナは困った顔をして答えた。 「それでも変えたいの。」 「そうか。では次の質問だ。自分より遥かに強大な敵が目の前に現れた時、おまえはどうする?」 「んー。その時にならないとわからない。」 カタリナの答えにフィナは少し笑った。 「最後の質問だ。空の王を信じるか?」 「フィナさんは会ったことあるの?」 「あぁ。もちろんだ。私は彼のために戦ったのだからな。」 「だったら実在したってことだから、信じるしかないよね。」 「今もいると思うか?」 フィナのその問いにカタリナは少し考える素振りをした。 「今は機械で空も飛べてしまう時代だから、空の王の子孫が存在いたとしても通用するのかな。とは考えてしまうかもしれない。」 「おまえは正直な人間だな。聞きたいことは以上だ。最後に一つ伝えておく。二つの試練を乗り越えて、おまえは強くなった。しかしそれは基礎を知っただけのこと。これからさらに強くならなければ機械との戦い、ましてや古の機械とは戦いにすらならないだろう。十年。各地を巡って腕を磨け。そうすれば炎の巫女としての才能が開花して、おまえは私よりも強くなる。」 「十年かぁ。長いね。でももっと強くなれるのなら私はそうする。」 「うん。古代からの戦いをその手で終わらせてくれ。」 それがフィナの最後の言葉だった。カタリナは気付けばグレイル山脈の入り口付近に移されていた。 「とりあえずご飯を食べに行こう。」 こうしてカタリナの十年に及ぶ旅が始まったのだ。 そして十年後が現在のアクアストールに至っている。カタリナがスカーデッド王国へと戻ってきた時に、例の大震災が発生した。カタリナにとってはチャンスだった。震災のパニックに乗じて崩壊したサウンズロッドから出てくる中枢の人間を叩けば、この国の腐敗は止められる。そう考えたからだ。しかし宮殿サウンズロッドは崩壊するどころか、何もなかったかのように聳え立っている。賢いカタリナには違和感でしかなかった。街の崩壊具合と無傷の中枢。不自然な地震だと思った。まるで何者かが意図して部分的に破壊したかのような違和感。どちらにしても作戦を練り直さなけらならなかった。 救助活動を行っていた街人が立ち去った後に話は戻る。カタリナはサウンズロッドに近づいてみた。よく観察してみると、やはり一部の隙もない、精巧な建造物だった。外部から侵入するのはかなり骨が折れるだろう。とそんなことを考えていたら、嫌な雰囲気を醸し出した妙な男が近づいてきた。 「特殊警察のスタレスだ。これ以上宮殿に近づくな。」 スタレスと名乗った男は、見た目は完全に人間だが、それがただの人型であることをカタリナは瞬時に察知した。幼少期を機械と暮らしたからなのだろうか。カタリナには機械と人間の区別がはっきりと出来る。それは普通の人間には難しいことだった。特にこのスタレスのように人間要素が強い機械なら尚更だ。 「さっさと立ち去れ。」 スタレスの口調が強くなった。対するカタリナは正直嬉しかった。自分がどれほど強くなったのかを確かめるチャンスが、こんなにも早く訪れてくれたことに。 「聞こえないのか?立ち去れと言っているんだ。」 「いいえ。立ち去らないわ。」 「死にたいのか?」 「最初から殺すつもりでしょ?」 「面白い。国民から苦情があってな。宮殿を嗅ぎ回っている妙な女がいるって。どうやらおまえのことのようだ。」 スタレスは笑みを浮かべながらそう言った。おそらく相当の数の人間を殺してきたのだろう。殺人に対する快楽心と、内に秘める狂気性が滲み出ていた。 「それが私だったとして、どうするつもりなの?」 「殺すに決まってるだろ。俺は人殺しのプロだからな。」 スタレスは右腕に巻かれた包帯を破り捨て、機械仕掛けのそれを披露してみせた。 「人間辞めちゃったタイプね。」 カタリナは小さくそう言うと、フレアリングに祈りを込めた。 「死ね。」 スタレスは機械の右腕を、カタリナ目掛けて振り下ろす。カタリナはそれを軽々とした動きで避けた。スタレスの右拳は地面に大きな穴を開けた。それほどの威力があるということだろう。 「まるでサーカスね。」 カタリナが挑発するように言うと、スタレスはニヤリと笑った。 「これでも減らず口が叩けるかな。」 スタレスが右腕のスイッチを押すと、形状が変化して紫色の大剣となった。 「毒剣。触れれば象でも即死だ。」 「だからサーカスなのよ。」 「口の減らない女だ。もういい。潔く死んでしまえ。」 スタレスは毒剣をカタリナ目掛けて振り下ろした。カタリナは冷静にフレアリングに祈りを込める。 「フレア。炎剣の舞。」 カタリナは炎の剣を手に取って、舞を踊るかのようなステップでスタレスの懐へ潜り込んだ。そしてその炎の剣を胸に突き刺したのだった。 「なんだこれは?痛くも痒くもない。この程度で勝ったつもりなのか?」 スタレスがカタリナの方へ体を向けようとするのを、カタリナは静止する。 「やめたほうがいい。もう私の勝ちだから。」 「何を言うか。剣が胸に突き刺さった程度で俺に勝ったとでも思っているのか?」 スタレスはカタリナの方に体を向けた。その瞬間、胸に突き刺さった炎の剣が小さな球体へと変化する。 「なんだこれは?」 「だから言ったのに。動かないほうがいいって。もうおしまいね。」 「玉炎の棺。」 カタリナがそう呟くと球体は瞬く間に大きくなり、スタレスの巨体を軽々と飲み込んでしまった。当然の如く大きさに比例して、中の温度も上昇していき、体を飲み込む頃には、スタレスの肉も骨も鉄も、全てを溶かしてしまった。球体は姿を消す。そこにはもう何も残っていなかった。フレアリングは炎を自在に操ることができる特殊な武器である。その強度や温度、形状は、使い手の持って生まれた素質と、意志の強さに比例している。この十年でカタリナは強くなった。逃げることしかできなかったあの頃とは比べ物にならないほどに強く賢く成長していたのだ。おそらくスタレスはそれほど強い敵ではないのだろう。それでもへカーソンと戦ったあの頃に比べて随分ゆとりを持って勝つことができた。それは大きな自信となる。この国に蔓延るすべての根源、支配者を倒すことができるかもしれない。カタリナにとって大きな第一歩を踏み出したといえるだろう。戦争から2年。まだまだ途上ではあるが、幸せな雰囲気が街には溢れていた。壊れたものを立て直すことは非常にツラい作業と言える。しかし苦しい期間が長かったこの国では、その復興作業すら、幸福の風のように感じてしまう。カタリナは時折、海辺に腰掛けて、空と会話していた。(ねぇロシェ。今のこの国は笑ってる。笑ってるんだよ。私たちがずっと手に入れたかったモノ。この国が本当の意味で笑顔になれるってこと。それは叶ったんだよ。)「ママ?」小さな女の子が、カタリナの右手を握る。「どうしてママは1人でお話してるの?」カタリナは、女の子の頭に手を置いて答えた。「パパとお話してるんだよ。」「パパはお空にいるの?」「うん!いつも見守ってくれてるんだよ。」「いつかパパにも会いたいなぁ。」子供の悪気ない一言が、カタリナの心をエグる。「いつか……。きっと会えるよ!」カタリナは滲む涙をこっそりと拭った。民の祈りが草木を肥やすかのように、国は緑溢れる平穏な地へと変貌を遂げていく。小鳥の声も以前より溌剌としているようにも感じられる。カタリナは、ロシェとの間に生まれた奇跡の子に、ルーナと名前をつけていた。ルーナ・カエルム。それが次の時代を紡ぐ者。空と炎を紡ぐ者の名前だ。
「私に隠していることがあるよね?」「気づいていたのか?」「気づかないわけがない。」 カタリナは賢い。ゆえに人よりも小さな情報から結論を見出すことができてしまう。「ちゃんと話す。聞いてくれ。」 ロシェがそう言うと、カタリナは頷いた。「僕たちは時代を変えることができた。復興作業をする人たちの顔。辛いだろうに笑顔に溢れている。」 ロシェの言う通り、人々の表情に笑顔は戻りつつある。「そうね。」 カタリナは静かにそう答える。ロシェの服は先ほどよりも染み付いた血の量が増えてきている。「カタリナ。すまない。僕は。」 ロシェはそこまで言ったところで口から血を吐き出した。体には古の機械との戦いで負った傷が戻り始めている。「ロシェ。」 カタリナはロシェの肩を支えた。溢れてくる涙を必死に我慢しながら。目の前で起ころうとしている現象から目を背けてはならない。そんな風に思っているのだろう。ロシェは一度深呼吸をして話を続ける。「僕はやっぱりあの戦いで死んだんだ。カタリナがアクアリングに祈ってくれたから、最後に少しだけ新時代を歩く時間がもらえた。でももう時間切れみたいなんだ。」 ロシェはそう言いながら涙を拭う。「私はけっきょく、あなたに何もしてあげられなかった。全部一人で背負わせてしまった。」 カタリナは溢れ出る後悔を口にする。あの時一緒に戦っていればこんなことにはならなかったかもしれない。しかしそれを今更言っても時間は戻らない。「それは僕が望んだことだ。それにカタリナと過ごした時間は僕にとって大切なものになった。君がいてくれたからどんなことも乗り越えられたんだ。」 ロシェの言葉が、悲しみに暮れたカタリナを優しく包み込んでいく。「結婚の約束。守れなくてごめん。」 それにカタリナは被りを振る。「今日まで一緒にいてくれたじゃない。それで十分よ。」 カタリナは溢れ出る涙を拭い、ロシェの手を握った。「僕は空から見守り続ける。勝手なことを言うようだけど、これからも僕を愛していてほしいんだ。」「そんなの。あたりまえよ。」「ありがとう。カタリナはもう三つの鍵を手に入れている。あとはその想いを胸に舞えばいい。」 ロシェは最終奥義のことを言っているのだろう。しかし今のカタリナはロシェとの別れに頭を持っていかれていて、整理がつかない。「立派な国にしてくれ。」
数日後。王が死んだことを知った国は一時混乱に陥った。喜びを噛みしめる者もいれば、路頭に迷う者もいた。二人はその全ての人たちに手を差し伸べて、決して見捨てることはしなかった。その小さな努力が積み重なって、三ヶ月が経つころには、皆の顔は同じ方向へと向かっていた。何者にも支配されない幸せな国を築いていこうと。 ロシェとカタリナはアクアストールにいた。民たちの活躍もあり、ゆっくりだが確実に復興は進んでいるように見える。「カタリナ。一つ思い出したことがあるんだ。」 ロシェが唐突にそんなことを言い出した。「なに?」「炎の巫女の最終奥義についてだ。」 カタリナは目を丸くした。「もう戦いは終わったのよ?最終奥義は必要かしら?」「地形操作の舞を知っているか?」「知ってるもなにも。私はそれがされた場所で修行を積んだの。」「そうか。なら話は早い。フィナは邪竜を追い払うために何者と生存できない地形へと変化させた。これに逆があるとすれば?」 ロシェの話を聞いて、カタリナは驚いた。「つまり命が芽吹く地形に変形させられるってこと?」「そうだ。」「でもどうやって。やり方がわからないわ。」「僕の勘が正しければ、ここの地下に巨大な神殿があるはずなんだ。そこに手掛かりがあるかもしれない。」「それなら探してみましょう。」 二人はサウンズロッドの内部へと入った。月日が経っても中は何も変わっていない。迷路のような一階フロアはカタリナが、吹っ飛ばしていたので捜索は案外スムーズに進んだ。「カタリナ。ここだ。」 二人は地下への扉の前に立つ。そしてロシェがゆっくりとその扉を開いた。「随分長い階段ね。」「古の機械の封印にはそれなりの巨大な空間が必要だったと思う。この先はかなり広く続いているだろう。」 ロシェがそう言うと、カタリナは小さな炎で辺りを照らした。「行こう。」 二人は地下へと足を進める。階段を下り終えると、そこにはカルトゥナやガリュウの時とは比べ物にならないほど広大な敷地が広がっていた。「たしかに広いわね。」「あぁ。でもここがかつての空の城の地下だとすれば僕にはどこに何があるか理解できる。ついてきてくれ。」 ロシェはそう言うと奥へと歩き出した。カタリナもそれについて行く。しばらく歩くと、古い扉が視界に入った。「あそこだ。」 二人はそこに向かった。
ロシェとカタリナはグレートニールに向かって歩いていた。ロシェが古の機械と戦った時、カムはアクアストールを封鎖していたようで、目撃者などはおらず、民は王が死んだことなどもちろん知らないままであった。唯一変わった状況といえば、人型機械が活動を停止したことだろうか。人工気候装置が破壊されたことにより、太陽が常に出ているわけではなくなった今、あれだけの高性能な機械を維持する体内エネルギーが枯渇してしまったのだろう。道中には動かなくなった人型機械がたくさん転がっていた。この光景を見て、民たちは国の異変に気づくのだろう。「ねぇ。ロシェ。」 カタリナが突然口を開いた。「どうした?」 ロシェは優しく聞き返した。「本当にもう平気なの?体。」 カタリナが心配になるのも、仕方のない話である。なぜならあの時、ロシェの心臓は完全に止まっていた。たしかに死んでいたのだ。「あぁ。大丈夫だ。心配してくれてありがとう。」 ロシェは優しい笑顔でそう答えた。「それよりカタリナ。これからこの国をどう立て直していくんだ?」「そうね。もう王はいらないわ。みんなの力を合わせることが大事ね。」「そうか。国は壊すことよりも築くことの方が難しい。」 ロシェのその言葉に、カタリナはカムの言葉を思い出した。「そうよね。」「あぁ。みんなが同じ方向に向かうのが一番難しいことだと思う。ましてや率いる者を立てないのであれば。」「そうね。」 カタリナは少し俯きながらそう答えた。「カタリナ。何も焦る必要はない。ゆっくりと一歩ずつ進んで行けばいいと思う。」 ロシェは笑顔でそう言った。カタリナはその笑顔を見て、再び心に誓ったことがあった。この国を素敵な笑顔に包まれた国にしようと。 思い返せばアクアストールで全てが始まって、戦場から戦場へと移動を重ねた。あの時もロシェとカタリナはこの道を歩いていた。その時は気づきもしなかったのだが、ここにも美しい花は咲いている。きっとカタリナが目指している理想の国には、こういう小さな気づきが溢れているのだろう。安泰な平和とはまだまだ言い難いほど国は疲弊しきっているのが現状だけれども、二人は確実にその一歩を踏み出している。国民全てがその姿を描ければ、それが同じ方向を向くということに繋がる気がする。いつかは花が満開に咲くと信じて、二人は歩いている。「カタリナ。見て
カタリナは最上階の扉を開こうとしていた。ふと外が静かなことに気がつく。頭の中には色々な憶測が飛び交ったのだが、その雑念全てをかき消して、自分が成すべきことに注力すると決意した。そしてゆっくりと扉を開く。「ミレアを倒したか。」カムはソファに腰掛けたままそう聞いた。「えぇ。」カタリナはそうとだけ答える。「モニター見てみろ。空の王ロシェ=カエルムは死んだ。古の機械も滅んだ。全ては俺の想定の範囲で進んでいた。誤算だったのはおまえだけだ。」モニターには見るも無惨に穴だらけとなり横たわっているロシェの姿が映っていた。カタリナは込み上がってくる感情を懸命に押し殺した。「私は選択を間違えてしまったようね。」「そうだな。俺の想像を遥かに凌駕するおまえの力があれば、ロシェ=カエルムが死ぬことはなかったかもしれない。でもおまえは自分の目的を優先してここへ来た。」「あなただけは何が何でもここで葬る。」カタリナはフレアリングに祈りを込めた。「フレア。煉獄の監獄。」カムの周り半径十メートルほどに炎のサークルが形成された。「そこから出ようとすると、全身を焼かれ死ぬことになるわ。そのソファから一歩たりとも動かないことね。」カタリナのその言葉を聞いて、カムは背もたれに腰を預けた。「なぜそこまでして俺を恨む?」「恨んでないわ。ここにくる時、あなたの兄の墓を見たわ。あなたも根っこから腐ってるわけではないようね。無理に悪を演じている。そんな風に私には見えるわ。」「おまえは知らないのだろう?俺の父がどのような人物だったのか。心優しく民からも愛される王だった。しかし突然命を奪われたのだ。それなら俺は逆に悪のカリスマとして国を支配すると決めたのだ。」「そう。あなたには同情するわ。でもしてはいけないことに手を染めて、奪った命が多すぎる。」「そうだろうな。」カムは頭がいい。こう話してるうちに何か打開策を練っているのかもしれない。しかしカムの額に滴る汗からは現状に覚悟を決めているかのようにも見える。カタリナにはこの男がよく読めなかった。「たかだか炎を操るだけのちっぽけな存在だと考えていたが、まさかおまえがこれほどの力を有していたとはな。どうだ?おまえの信じる王はもう死んだのだ。俺のこれからを信じてみないか?」「ふざけないで。あなたにこれからはない。ここで確実に死ぬべき人間
「あちゃ。やっぱり強いな。」「もう十分でしょ?行かせてもらうわね。」カタリナはそう言うと、背中を向けて歩き出した。「待って。」「まだ何か?」「私まだやれるよ。もっと遊んでよ。」ミレアは立ち上がっていた。そしてダークリングに祈りを込めている。「カムという男は、あなたがそこまでして守りたい人なの?」カタリナの問いかけにミレアは被りを振った。「私は今、カム様を守るために戦ってるじゃない。楽しくて戦ってるのよ。」「そう。確かにあなたは巫女としての素質は高いわ。でもね。経験が浅い。あの頃の私を見ているかのようなの。」「経験値かぁ。そればっかりはどうしようもないね。」「これから積めばいい。その後にまた相手してあげるわよ。」「だめよ。私はもう決めてるの。自分の死場所はここだって。」「そう。ならもう何も言わないわ。」カタリナはフレアリングに祈りを込めた。「炎剣の舞。」「そうこなくっちゃ。闇剣の舞。」ミレアは闇の剣を持って、カタリナに向かって走る。「フレア。疾風の炎舞。」カタリナは炎の剣を持ったままそう呟いた。次の瞬間、カタリナはミレアの後ろに立っていた。ミレアの右腕を斬り落として。「見えなかった。」「でしょうね。」ミレアは斬り落とされた右腕を見ながら、小さく笑った。「これじゃあ。もうダークリングも使えない。」「それが狙いだからね。じゃあ私は行くわ。殺人の趣味はないの。」「待ってよ。ちゃんと殺してから行って。」「全て終わったら回復させてあげるから、そこまで待ってなさい。」カタリナがそう言うと、ミレアは株を降った。「そんなこと望んでない。ちゃんと殺してって言ってるの。でなければここから先に行かせるわけにはいかない。」「なぜ命を粗末に扱うの?」カタリナが聞くと、ミレアは少し考えてから答えた。「大事に扱っているからこそ、炎の巫女の手で終わりにしてほしいのよ。生きていてもいいことなんてないって分かっているから。」ミレアにも辛い過去があるのかもしれない。カタリナはかつての自分と重ね合わせた。「そう。分かったわ。でも私も急いでいるの。一瞬で終わらせてもらうわ。」「ありがとう。」カタリナは炎の剣でミレアの首を斬り落とした。「私も出会う人が違えばこうなっていたのかもしれないわね。」カタリナはそう呟くと、ミレアの骸に背を向け







