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記憶の断片と新たな敵

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-08-17 09:30:08

四人の連携が取れ始めた頃、虹色の黒頁が再び光を放った。

今度示されたのは、遙か東の山脈にある古い修道院。

「……ここにも、誰かが」

トアが地図を見つめる。

修道院へ向かう道中、エスティアが自分の過去について話し始めた。

「私も、実験の犠牲者だったの」

彼女の声は静かだった。

「でも、トアとは違う実験。私は『他者の詩を読む力』を植え付けられた」

「それが、咎読の起源……」

セリアが眉をひそめる。

「最初は、人の心を読めることが嬉しかった。でも……」

エスティアの表情が曇る。

「読みたくない心まで、勝手に入ってくるようになった。人の秘密、隠したい感情、全部」

ユウリは拳を握った。

花紋者を兵器にする実験は、想像以上に残酷だった。

「その実験を指揮していたのは?」

「『詩博士』と呼ばれていた人。本名は知らない」

エスティアが振り返る。

「でも、その人はまだ実験を続けてる。私みたいな子を、もっと作ろうとしてる」

山道は険しく、空気も薄い。

だが四人は黙々と歩き続けた。

虹色の黒頁が示す場所に、きっと重要な何かがある。

三日目の夕方、ついに修道院が見えてきた。

古い石造りの建物が、山の中腹にひっそりと佇んでいる。

「静か過ぎるわね」

セリアが警戒する。

「修道院なら、もっと人の気配があるはず」

近づくにつれ、異様さが明らかになった。

修道院の周囲には結界が張られており、その中だけ音が完全に遮断されている。

鳥の声も、風の音も、一切聞こえない。

「沈黙の結界……」

ユウリが眉をひそめる。

修道院の門をくぐると、中庭で一人の少年が座っていた。

銀髪で、年の頃は十二、三歳だろうか。

だが、その瞳には年齢に似合わない深い知性が宿っている。

少年は彼らに気づくと、ゆっくりと立ち上がった。

口を動かすが、声は聞こえない。

「……君たちが、『継承者』か」

その声は、少年の口からではなく、直接頭の中に響いた。

「テレパシー?」

エスティアが驚く。

少年は首を振り、自分の胸を指差した。

そこには、透明な花紋が浮かんでいた。

光も音もない、まるで存在しないかのような花。

「僕はティオ。この修道院で、『沈黙の詩』を守っている」

心の声で語りかけてくる少年。

ユウリは直感した——この子も、仲間になる運命にある。

「沈黙の詩?」

ユウリが心の中で問いかけると、ティオは頷いた。

「言葉にならない詩。音
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