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第9話(29)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-18 11:00:40

「いえ……、今夜は貸切だと説明しても、入れてくれとおっしゃるお客様が見えられているのですが、佐伯先生のお知り合いだと――……」

 ピンとくるものがあり、まさかと思いながら賢吾を見る。賢吾は、今にも人を食らいそうな、剣呑とした笑みを浮かべた。

「いいじゃねーか。俺の顔を立てて、入れてやってくれ」

 賢吾の言葉を受け、秦はすぐにボーイに指示を出す。

 案の定、姿を見せたのは、鷹津だった。相変わらずのオールバックに無精ひげだが、今夜はスーツを着ていた。

 肩越しに振り返りながら鷹津を確認した賢吾は、短く声を洩らして笑う。

「千客万来ってやつか?」

「……あんたが言える台詞じゃないだろ」

 呟きで応じた和彦は、こちらに向かって歩いてくる鷹津を見据える。先日、鷹津から与えられた屈辱は、和彦の胸の奥で傷となってジクジクと痛んでいた。

 一方、事情がわからない様子の秦だったが、先日、自分が腹を殴った男が現れたことで、いくら
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  • 血と束縛と   第29話(18)

     背後から、揶揄するように声をかけられる。ビクリと身を竦めた和彦は振り返ることすらできなかったが、傍らに立たれると無視するわけにもいかない。ゆっくりと顔を上げると、目の前に大きな手が差し出された。「怪我はしてないか、先生」「……手が汚れてますから。一人で立てます」 和彦が立ち上がろうと身じろいだ瞬間、強い力で腕を掴まれ、無理やり引き立たされた。驚いた和彦は目を見開き、南郷の顔を真正面から見つめる。南郷が、ニヤリと笑った。「ツンケンしたあんたが泥で汚れている姿は、実に加虐的なものを刺激される」 その発言に不穏なものを感じ、咄嗟に南郷の手を振り払おうとしたが、それ以上の力で引き寄せられる。後頭部に手がかかり、暴力性を秘めた南郷の目を間近で見てしまうと、それだけで和彦は息苦しくなる。 当然の権利のように南郷が唇を塞いできた。南郷の肩を押し退けようとして和彦は、自分の手が泥で汚れていることを思い出し、躊躇する。その一瞬の隙を、南郷は見逃さなかった。深い口づけで和彦を威圧してくる。「んっ、うぅ……」 熱い舌が強引に口腔に押し込まれ、我がもの顔で蠢く。不快さに総毛立つが、口腔を隈なく舐め回された挙げ句に、舌を搦め捕られてきつく吸い上げられているうちに、身の内を這い回るある感覚に襲われる。 肉の疼きだった。 おかげで、昨夜南郷の手で感じさせられた事実を改めて直視することになり、それが耐え難い苦痛となる。 和彦は、不自然な形で止まっていた手をようやく動かし、南郷の肩を押し退ける。服を汚してしまうなどとためらっている場合ではなかった。 一度は南郷から体を離し、後退りながら周囲を見回す。道の真ん中でなんてことをと思ったのだが、和彦の恥じらいを南郷は嘲笑った。「こんなところに、いまさら誰が来るっていうんだ。ぬかるんだ地面を見てわかっただろ。俺たち以外の新しい足跡がついてないことを。何をしようが、どんな声を上げようが、自由ってわけだ」 和彦は踵を返して駆け出そうとしたが、その動きを待っていたように南郷に背後から抱きかかえられ、引きずられる。そして、道の脇に建つ空き

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    「そう慌てるな。今、風呂を掃除しているところだ。散歩して汗をかいて帰ったぐらいで、ちょうどいい頃だ」「……だったら、部屋で待ってます」「なら、俺もつき合おう。なんなら、添い寝してやろうか?」 小馬鹿にしたような口調で南郷に言われ、和彦は唇を引き結ぶ。あからさまに昨夜の行為を匂わされると、ムキになって断ることすら、屈辱感に襲われる。引き返したところで、南郷なら本当に部屋に押しかけてきそうだと思い、仕方なく和彦は折れた。 この状況で南郷との力関係ははっきりしており、和彦ができるのは、南郷を怒らせない程度にささやかな抵抗を示すことだけなのだ。 痛い目には遭いたくないと、無意識のうちに和彦は、自分の左頬に触れていた。 昨日、英俊に撲たれた頬は、とっくに痛みは消えているが、受けた衝撃を蘇らせるのは容易い。憂うつな気持ちに、投げ遣りな心境も加わった。 和彦が沈黙したことを承諾と受け取ったらしく、南郷が歩き出す。向かったのは、昨日、ここを訪れたときに気づいた、建物の傍らにある石造りの階段だった。「――ここを下りていくと、村があった場所に出る」 ゆったりとした足取りで階段を下りつつ南郷が言う。後ろからついて歩きながら、和彦は話を聞く。興味がないからと、耳を塞ぐのはあまりに大人げがなさすぎる。「村があった?」「ずいぶん前に廃村になった。山が寂れて、村を出ていく人間が増えて、残った人間も生活が不便になって、やむなく山を下りる。そんな場所の家を嬉々として買うのは、俺たちのような者というわけだ」「……南郷さん、ここに来るのは初めてじゃないようですね」 南郷が、肩越しにちらりと振り返る。「あの家を使うときは大抵、目が離せない人間を閉じ込めて、息が詰まるような時間を過ごすんだが、今回は、違う意味で緊張する。あんたに怪我でもさせたら、俺は指を落として謝罪しなきゃいけなくなるからな」「謝罪って、誰に……」「もちろん、長嶺の男たちに。それ以外にも、あんたのファンは多いからな。どれだけ恨まれるか」 ここで階段が終

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  • 血と束縛と   第29話(13)

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  • 血と束縛と   第3話(33)

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  • 血と束縛と   第3話(36)

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