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第9話(3)

Author: 北川とも
last update publish date: 2025-12-13 08:00:17

 口元に笑みを浮かべながらも、賢吾の表情から静かな凶暴さがちらりと覗く。大蛇が巨体をしならせたような迫力を感じ、和彦は身を強張らせる。それでも口だけは必死に動かした。

「それを自分の力だと錯覚しそうで、怖いんだ。あんたに頼むだけで、自分に都合がいいように物事が進んで、片付いて……。そうすることに慣れていったら、ぼくはあんたと同じ、ヤクザだ」

「正確には、ヤクザのオンナだ。ヤクザに媚びて、尻を振って、自分の望みを叶える。オンナの特権だぜ」

 賢吾は、わざと和彦を挑発する言い方をしている。ここで反論しても話が進まないと思い、大きく息を吐き出してなんとか気持ちを落ち着ける。

「そう、なりたくないんだ……。ヤクザに近い存在になりたくない。なのに、鷹津という刑事から、ヤクザから引き離してやると言われたとき、即答できなかった」

「秦と危うく寝そうになり、鷹津からは、ヤクザから救い出してやると唆されて――。モテモテだな、先生」

「原因は、あんただ」

 和彦が断言すると、
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  • 血と束縛と   第20話(27)

    **** 脇から体温計を取り出した和彦は、微妙な表情を浮かべる。 朝、目が覚めて、いくらか体が楽になっていることに気づき、さっそく熱を測ってみたのだが、さすがに平熱に戻るほど甘くはなかったようだ。それでも、高熱が続くよりはよほどいい。 そう自分に言い聞かせながら、枕元に用意された新しい浴衣に着替えていると、内線が鳴った。これから朝食を運ぶと言われ、まだ食欲がない和彦は一度は断ったのだが、なんとなく押し切られてしまう。 慌てて帯を締め、脱いだ浴衣を畳んだところで、障子の向こうに人影が映る。「――先生」 呼びかけてきたのは、ハスキーな声だった。目を丸くした和彦が見ている前で障子が開き、トレーを手にした三田村が姿を現す。 三田村は、和彦の姿を見るなり表情を和らげた。「三田村、どうして……」 布団の傍らに座った三田村に問いかけると、答えより先に、肩に羽織りをかけられる。礼を言った和彦は、改めてまじまじと三田村を見つめる。「ぼくが寝込んでいると、知っていたのか?」「昨夜のうちに、本宅の人間から連絡をもらっていた。今朝は、寝ている先生の様子を見て黙って帰るつもりだったんだが……、顔を見せていけと、千尋さんが言ってくれた」「千尋が?」 深夜にこの部屋にやってきた千尋だが、いつ出ていったのか和彦は知らない。もしかして、朝方までついていてくれたのかもしれないが、本人に尋ねたところで答えてくれるとも思えない。 和彦がつい笑みをこぼすと、不思議そうに三田村は首を傾げた。「どうかしたのか?」「いや……。ぼくの周囲には、過保護な人間が多いと思ったんだ。たかが風邪で、なんだか大事だ」「たかが、と言うけど、熱が高いんだろ」 三田村が片手を伸ばしてきたので、和彦も身を乗り出して額に触らせる。無表情がトレードマークのはずの男は、一気に厳しい表情になった。「……熱いな」「これでも、昨夜よりは少し下が

  • 血と束縛と   第20話(26)

    「ダイニングに、チョコレートと一緒に、あんたへの酒を置いてある。……まだ誕生日プレゼントはもらってないけど、何か贈ってくれるらしいから、先にお返しをしておく」「はっきりと、バレンタインだからだ、と言ったらどうだ」「……好きに解釈してくれ」 ため息交じりに洩らした和彦は布団を引き上げ、口元を隠す。立ち上がった賢吾が客間を出ていくとき、こう言い残した。「用があれば、いつでも内線を鳴らせ。とにかく先生は、熱が下がるまでおとなしく寝てろ」 振り返った賢吾の表情は、怖いほど真剣だった。自分でも不思議なほど、そのことが和彦には嬉しかった。本気で心配してくれているとわかったからだ。** 夜が更けるにつれ、本宅は息を潜めるように静かになっていく。ただし、完全に人の気配が絶えることはない。 夜勤として常に誰かが詰め所にいて、外部からの連絡を受けているし、深夜になって帰宅してくる者もいる。そのため寝ている人間を起こす必要がなく、何かあれば詰め所にいる人間を気兼ねなく呼びつけてくれと、お粥を運んできた組員に言われた。 そのお粥を苦労して少し食べたあとから、和彦の意識は曖昧だ。うつらうつらとしていると、組員に話しかけられ、生返事を繰り返しているうちに着替えさせられ、薬を飲まされた。ときおり汗も拭ってもらった記憶もある。 わざわざ内線で人を呼ぶまでもなく、まさに痒いところに手が届くような甲斐甲斐しさだ。 先生にはいつも組員の面倒をみてもらっているから、と言われたような気がするが、もしかすると夢かもしれない。 熱を出して体はつらいが、人から世話を焼かれる状況は和彦にとっては新鮮で、同時に、心地よかった。 ヤクザの組長の本宅で、人恋しさを癒されるというのも妙な話だが、とにかく和彦は救われていた。 実家を出て一人暮らしを始めてから、病気で寝込んだときの自分はどうしていただろうかと、朦朧とした意識で思い出しているうちに、何度目かの浅い眠りに陥る。 ふと、傍らに人の気配を感じた。組員が様子をうかがいに来てくれたのだと思い、目を開くことすらし

  • 血と束縛と   第20話(25)

     無理やり笑みをつくって歩き出そうとしたが、千尋に腕を掴まれ引き止められる。人目があるというのに間近に顔を寄せられ、和彦のほうが動揺してしまう。「千尋、本当に何もないんだ」「……先生、まだ顔が赤いよ。それに、目の焦点がおかしい」 そこまで言われてやっと和彦は、自分の体調の悪さが疲労ではなく、病気からくるものだと知った。足元が覚束ないのは、熱が高いせいだ。 自分の額に手をやったが、体温はよくわからない。額だけでなく、てのひらまで熱くなっていた。急に体に力が入らなくなり、その場に座り込みそうになったが、寸前のところで千尋に支えられる。「先生、本宅に帰ろう」 顔を上げるのもつらくて、和彦はうつむいたまま頷いた。** 喉が痛くて小さく咳き込むと、それだけで頭を揺さぶられるような眩暈に襲われる。一度意識してしまうと、体がどんどん熱に侵食されていくようで、横になっていてもだるい。 和彦は客間の天井を見上げ、ゆっくりと瞬きを繰り返す。体はつらいが、精神的には奇妙なほど安らいでいた。 耳を澄ますと、廊下を歩く足音が聞こえてくる。それに、話し声も。人の気配を感じるおかげで、心細さとは無縁でいられる。それが安らぎに繋がるのだ。 長嶺の本宅に連れて来られた和彦は、そのまま客間に通された。事前に千尋が連絡を入れておいたため、部屋は暖められ、布団も敷かれていた。浴衣に着替えて和彦が横になる頃には、加湿器まで運び込まれたぐらいだ。 和彦にはもう、自分の症状が何からくるものかわかっている。疲労が溜まってきたところに風邪を引き、自分でも驚くような高熱が出たのだ。風邪を予期させる症状にいくつか心当たりがあるが、寝込んでしまった今となっては、遅いとしかいいようがない。 千尋には悪いことをしたと思う。時間を作ってもらったのに、結局何も楽しめないまま、本宅に戻ってきたのだ。和彦に付き添っていると言っていたが、自分に代わって組員が諭してくれ、なんとか客間を出ていってもらった。 苦労して寝返りをうった和彦は、タオルに包まれた氷枕に頬を押し当てる。全身が燃えそうに熱いくせに、ゾクゾクと寒気

  • 血と束縛と   第20話(24)

     車に乗り込むと、待ち合わせ場所を告げ、傍らに置いた袋に目を向ける。念のため、昨日デパートで買ったものはすべて持ち歩いていた。今日中にすべて渡せれば上出来だが、残念なことに、和彦と関係の深い男たちは皆忙しい。 これから会う千尋にしても、決して暇を持て余せる立場ではないのだ。もしかすると、和彦と夕食をともにするために時間を作ったのかもしれない。 夕食後、長嶺の本宅に少し顔を出そうなどと考えているうちに、車が車道脇に停まる。ちょうど、千尋との待ち合わせ場所であるビルの前で、和彦は車中から外を眺める。 すでに日が落ちかけた街中は、それでなくても人通りが多い。千尋はどこにいるのかと目を凝らしてみれば、待ち合わせらしい人がたむろしているスペースに、やけに人目を惹くスーツ姿の青年が立っていた。それが千尋だとわかり、和彦はそっと目を細める。 外見の若さだけなら、それこそやっとスーツが様になってきた新入社員のようでもあるが、物腰やまとっている雰囲気は、明らかに同年代の青年が持ち得ないものだ。覇気と鋭さ、危うい凶暴性のようなものを秘め、それでいて、強烈なほど魅力的だ。「――先生?」 運転席の組員に呼ばれ、我に返った和彦は袋を手に慌てて車を降りる。帰りは、千尋が乗ってきた車に同乗するか、タクシーで帰るつもりだ。 和彦が歩み寄ると、すぐに気づいた千尋がパッと表情を輝かせる。「それ、チョコ?」 開口一番の千尋の言葉を受け、和彦は袋の一つを手渡す。このとき、注意も忘れない。「往来で、大きな声で『チョコ』と言うな。お前はともかく、言われるぼくが恥ずかしい……」「ベッドの中じゃ大胆なのに、変なところで先生って初心だよね。顔まで赤くして」 和彦は遠慮なく、千尋のよく磨かれた革靴を踏みつける。何が楽しいのか、それでも千尋は楽しそうに笑っている。すこぶる機嫌がよさそうだ。 長嶺組の跡継ぎのくせに、チョコレート一つでこうも喜ばれると、和彦としては照れ臭い反面、嬉しい。「……安上がりだな、お前は」 ぼそりと和彦が呟くと、さらりと千尋に返された。「先生だって

  • 血と束縛と   第20話(23)

    **** バレンタイン当日、男としての面目が立つ程度に、和彦は成果を上げていた。 クリニックのスタッフに、何度かカウンセリングに訪れている患者、そして、エレベーターでときどき一緒になる、クリニックの下の階で働いている女性事務員から、チョコレートをもらったのだ。 前に勤めていたクリニックでは、まるでシステムが出来上がっているように、朝、医局のデスクにチョコレートが素っ気なく置いてあるのが常だった。そのせいか、手渡しされるというのは非常に新鮮で、純粋に和彦は喜んでいた。三田村が言う世俗的なイベントの楽しみ方を、初めて理解したかもしれない。 しかし、無邪気に喜んでいる場合ではない。 この日、最後の患者を見送った和彦はデスクにつき、真剣な顔で考え込む。自分がバレンタインデーを堪能したから、あとは素知らぬ顔をしていい道理はなく、和彦は和彦で、しっかり役目がある。 昨日デパートで買ったものを、日ごろ〈世話〉になっている人間に渡さなくてはならないのだ。あくまで、誕生日を祝ってくれた礼のためであって、男の身でバレンタインデーに積極的にチョコレートを配り歩くわけではない。たまたま、今日なのだ。 近しい男たちに説明したところで、ニヤニヤと笑われるのが目に浮かぶような理由を、和彦は必死に心の中で繰り返す。 やはり、一日ぐらいズラしたほうがいいのではないかと思わなくもないが、それはそれで自意識過剰な気もする。何事もない顔をして、淡々と渡すのが一番無難なのだろう。 時間通りにクリニックを閉めて、他のスタッフとともに掃除を始める。 処置室で器具の数を確認してから、掃除機をかけていたところで、ふと和彦は自分の体の異変を感じた。本当は、今朝マンションを出るときから漠然と違和感はあったのだが、さほど気にかけていなかった。 それが時間とともに無視できなくなり、とうとう――。 掃除機のスイッチを一度切って、大きく息を吐き出す。少し動くのも息が切れるほど、体がだるかった。暖房が効きすぎているのかやけに顔が熱く、なんとなく気分がすっきりしない。首を撫でた和彦は心当たりを考えて、すぐにピンときた。 

  • 血と束縛と   第20話(22)

     和彦に姿を見られたくないというより、和彦の中でまだ覚悟が決まっていないことを見抜いているのだろう。相手の老獪さと狡猾さを思えば、そうであっても不思議ではない。 結局相手は、一言も発することなく部屋を出て行った。ドアが閉まる音を聞いて数分ほど待ってから、和彦はやっと目隠しを取る。慎重に体を起こし、乱れたベッドの様子を目の当たりにして密かに恥じ入りながら、バスローブを拾い上げて着込む。 目隠しをしていた間に世界が一変するわけもなく、なのに和彦自身は、自分を取り巻く世界がなんらかの変化を起こしたように感じていた。〈長嶺の守り神〉と体を繋ぐということは、こういう感覚の積み重ねなのかもしれない。 明日も仕事なので、ここで寝入ってしまうわけにもいかず、バスルームに向かう。激しさとは無縁だが、時間をかけての交わりは、驚くほど和彦の体力を消耗する。しかし、歩けないほどではない。とにかく一刻も早く、休みたかった。 じっくりと体を温めたいのを我慢して、バスルームで簡単に体を洗うと、手早くスーツを身につける。髪は手櫛で整えただけで、鏡を覗く余裕すらなかった。 まるで追い立てられるように部屋のドアを開けた瞬間、和彦は声を上げた。目の前に南郷が立っていたからだ。落ち着いた態度からして、どうやら和彦が出てくるのを待っていたようだ。 南郷は無遠慮に和彦をじろじろと見たあと、指先を軽く動かした。「俺についてきてくれ、先生。オヤジさんから、あんたをしっかり送り届けるよう言われている」 ためらいは覚えたが、南郷を無視するわけにもいかない。先を歩く南郷のあとを、仕方なくついていく。 ホテル前にはすでに車が待機しており、和彦は南郷とともに後部座席に乗り込んだ。 車が走り出しても、シートに体を預けることなく、頑なに外の景色に視線を向け続ける。とてもではないが、ホテルの部屋での濃厚な行為のあとに、平然と正面を向くことはできなかった。南郷のほうを見るなど、論外だ。 しかし南郷は、そんな和彦に容赦なく視線を向けてくる。なぜわかるかというと、ウィンドーに南郷の姿が反射して映っているため、どれだけ嫌でも目に入るのだ。 まるで根競べのように顔を背けていたが、南郷が口元に

  • 血と束縛と   第1話(16)

    「――答えないなら、オヤジに直接聞くからな。先生に何をしたか、何を言ったか、全部聞いてやる。それに、俺が先生と別れる気がないことも言ってやる」 「やめろっ」  そう叫んだ和彦は、自分でも顔から血の気が引くのがわかった。あの男に、和彦が千尋を唆して行動を起こさせたと思われたら、そこで和彦のすべてが終わる。今度こそ、殺されるかもしれない。  千尋の父親からすれば、息子のおもちゃを取り上げるような感覚だろう。  恐怖で震える和彦の手を、痛いほど千尋は握り締めてくる。 「何、された……? こんなに怖がってる」 「何も……、何もされてない

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第1話(17)

     個室の外の気配をうかがいつつ、和彦は懸命に千尋を宥める。最初から千尋にどうこうしてもらうつもりはなかったが、状況としては変なことになっていた。和彦は、自分をひどい目に合わせた千尋の父親を、千尋から庇おうとしているのだ。もちろん自分のために。 「お前は、ぼくのために何もするな。……今はそっとしておいてもらいたい。お前たちの事情に巻き込まれるのはご免だ」 「オヤジが監視をつけていると思っているなら、俺が言って――」 「しばらく一人で過ごしたいんだ」  和彦がわずかに口調を荒らげると、途端に千尋は傷ついた子供のような顔をする。今さっき、組を継ぐと言い切

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第2話(5)

    「ぼくの生活も人生も、この何日かで全部変わってしまった。納得も釈然もしてないが、受け入れないと生きていけない。そんなぼくに対して、お前は何をしてくれる? ただ、甘えてくるだけか?」 「先生……」  ふっと千尋の腕の力が抜け、その間に和彦は体を離して靴を履く。 「お前は、平均的な二十歳に比べたら、甘え好きではあるけど、しっかりしているとは思う。……ぼくがお前より十歳も年上じゃなくて、お前の家庭の事情に関わってなかったら、もっと長く、楽しい関係を続けられたんだろうがな」  もう一度千尋の頭を撫でてから、和彦は三田村に伴われて玄関を出る。 「千

    last updateLast Updated : 2026-03-17
  • 血と束縛と   第2話(9)

    **** 段ボールに本を詰め込んでいた和彦は、インターホンが鳴って手を止める。一瞬ドキリとしたのは、賢吾が迎えにきたからではないかと思ったせいだが、次の瞬間には、それはないと否定する。  自分の都合で和彦を連れ回す男だが、身の安全を考えてか、朝のうちに絶対に連絡を入れてきて、三田村とともに部屋まで迎えにやってくる。知り合って間もないとはいえ、賢吾が一人になったところはまだ見たことがなく、必ず組の人間を一人は連れていた。あらかじめ決めたスケジュールの中で、賢吾は和彦を振り回しているのだ。  今朝、賢吾から電

    last updateLast Updated : 2026-03-17
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