Masuk【幼なじみ】×【神隠し】×【閉鎖村】 ──深い森には〝魔〟が棲んでいる。 ある日、一人の少年が森へ踏み込んだまま、二度と戻らなかった。 「神隠しだ」と、寂れた村人たちは囁いた。 十年後―― 失踪した兄・春樹(はるき)の面影を追うように、弟の直樹(なおき)は故郷の村へ戻る。 そこで再会したのは、かつての幼なじみ・浩美(ひろみ)。 だが、兄と瓜二つに成長した直樹へ向ける浩美の眼差しは、まるで春樹を見ているかのようで――。 そんな中、森で一体の白骨死体が見つかる。 その骨は、誰のものなのか。 春樹か。それとも、直樹か。 〝神隠し〟の森で、疑念と執着が絡み合うミステリーBL。 ※暴力・犯罪描写を含みます。ご注意ください。
Lihat lebih banyak子どもの頃、村の大人たちは本気でそう言っていた。
※「そこのお兄さん、乗っていかない?」
村へと続く林道を歩いていると、横を通り過ぎていったはずの車がバックし、すぐ脇に止まった。
メタリックなカマキリ色。
奇抜な車から顔を出したのは、見覚えのある男だった。「──
ずっこける真似をした
「で、どうする?」
まるで洋画のワンシーンみたいな
「さて、お客さん、どちらまで?」
車に乗り込んだ途端、浩美がからかうように聞いてきた。
どうせ行先など一緒のくせに。「M村まで」
「あいよ。安くしとくよー」その口調は、会っていなかった十年間など、まるで感じさせないものだった。
変わってないな、と小さく笑う。
浩美は、派手な見た目に反して妙に人懐っこい男だった。
村にいた頃も、いつも人に囲まれていたのを覚えている。(……俺とは真逆だ)
この十年で、自分はずいぶん色々なものを削ぎ落としてしまった。
愛想も、言葉も、人との接し方も。「にしても、ホント久しぶりだな。十年ぶりくらいか?」
前方の道路に目を向けたまま、浩美が尋ねてくる。
「まぁ、そのくらい、かな?」
滑るように車が発進する。
それと同時に、浩美のお喋りも調子よく走り出した。「そっか。でもそれなのに、いきなりどうしたんだ? 今まで全然帰ってこなかったくせに。つーか、ここって心霊スポットじゃん。白い服で林道をとぼとぼ歩いてるお前を見たとき、てっきりお化けかと思ったぞ。もうびっくりさせんなよ。ただでさえ変な噂が流れているのに。──それよりお前、今まで何してたの?」
ポンポンと切り替わる浩美の話題に圧倒され、すぐに反応できなかった。
「何って、別にたいしたことしてないけど……」
「ほう。それは無邪気な様子で、浩美が首を傾げた。
「二十──三だよ。そんなことより浩美、お前の方はどうしてるんだよ? こんな平日にプラプラして。人の心配をしている場合か?」
からかうように顔を覗き込むと、幼なじみはにやりと笑った。
「そりゃ、聞き捨てならんお言葉ですな。期待を裏切って申し訳ないが、ブラブラしているように見えても、俺は親父の秘書ってことで立派に働いてるの」
トントンと、指先で軽くハンドルを叩く。
「今だってこうして都内とここを行き来しながら、親父の付き添いしているわけだし。お前とは違うもん」
「もんって子どもかよ。俺よりも三つ年上のくせに。さすが市議会議員の二世様は違いますね。お気楽なこって」嫌味たっぷりに言ったが、浩美は怒るどころか楽しげに笑い出した。
「浩美」という女みたいな名前は、政治家一家である彼の祖父と父が決めたらしい。
将来、浩美が選挙に出る時、目立つ名前の方が有利だから──という理由で。つまり、子どもが生まれる前から、選挙ポスターだけは想定していたわけだ。
今聞いても、ぞっとする。「でも、なんか『二世』って面と向かって言われるのも久しぶりだな」
浩美は、選挙ポスターというよりメンズ雑誌に載っていそうな笑顔を浮かべながら言った。
少し間を置き、独り言みたいに呟く。「昔は
その名前を口にした瞬間だった。
浩美の横顔から、ふっと笑みが消えた。車内から、不意に音が消える。
フロントガラス越しに、交差点の信号が赤へ変わるのが見えた。浩美はブレーキを踏むと、ハンドルに肘を乗せ、助手席へ顔ごと向けた。
「なぁ」
浩美がゆっくり口を開く。
「お前がここに来たのってさ、今日があの日だからか?」
色の薄い瞳が、射抜くようにこちらを見据える。
無意識に、喉がごくりと鳴った。浩美は気づかないまま、話を続ける。
「俺はいつも、この日になると村へ帰ることにしてるんだ。昔、この森であんなことがあってから、ずっと」
ふっと浩美の声に影が差し、視線が窓の外へ逸れる。
「だからなんとなく、お前が今日帰ってきたのも、そういう理由なんじゃないかって思った」
一人で納得したように話す浩美を見て、思わず口を挟んだ。
「ちょっと待てよ、浩美。勝手に話を作るなよ。俺が今日ここに来たのはただの偶然だ。それに、お前が言ってる『あの日』って──……」
ハンドルを握りながら、浩美が
「お前、何言ってるんだよ?」
浩美の口元が、わずかに歪んだ。
「あの日って言ったら、一つしかないだろ」
一瞬、すべての音がなくなった気がした。
浩美の声だけが、車内に響く。「──お前たち兄弟が、村から消えた日だ」
信号が青に変わると同時に、車が勢いよく発進した。
ほんの数分しか話していないはずなのに、妙に長い時間を過ごした気がした。浩美は前方をきつく見据えたまま、続ける。
「十年前、お前たちは村からいなくなった。兄の
浩美の抑揚のない声を聞きながら、背中に冷たい汗が伝い落ちる。
「その一年後、直樹も家族とともに行方をくらました。以来どちらとも音信不通。そしてお前は──」
首筋に浩美の鋭い視線を感じた。
「お前はどっちの方だ? 兄の春樹か? 弟の直樹か?」
浩美の声が、低く掠れる。
「一体、どっちなんだ?」
浩美の声が、風に乗って届く。「俺がわからないとでも思ったのかよ? 昨日も言ったよな、もう迷わないって」 浩美は真っ直ぐ直樹を見つめた。「お前は間違いなく直樹だ。他の誰でもない」そう言うと表情を和らげ、直樹の頭をぽんぽんと叩いた。 けれど、直樹は俯いたまま動かない。「……おい、直樹?」不審に思った浩美が顔を覗き込む。「お前、泣いてるのか?」 「バッ……そんなわけないし」直樹は慌てて顔を背けた。「それより、お前こそなんでここにいるんだよ。あの薬、結構効くやつなんだけど」ごしごしと目元を拭いながら、改めて浩美を見る。 その視線に気づいた浩美は、なぜか得意げに胸を張った。「まあ、コテージの台所にあったコーヒー、全部飲んだからな」 「……は?」 「飲んだっていうか、最後の方はもう食ったに近いけど」ぺろりと舌を出した彼に、直樹は言葉を失った。「嘘だろ。何その無茶苦茶な理屈。いくらカフェインが入ってるからって、そんなのでどうにかなるわけ──」 「いいんだよ。要は気持ちの問題だ。何事も気合いでどうにかなる」 「いや、ならないだろ」即座に突っ込んだものの、浩美の身体は言葉とは裏腹にふらふらと揺れている。 目も半分閉じかけていた。「お前、全然どうにかなってないじゃん」これではこいつも穴へ落ちかねない。 見ていられなくなった直樹は、浩美の腕を自分の肩へ回し、その身体を支えた。「さんきゅ」と浩美は眠たげに呟いた。 そのまま閉じかけていた目を開き、今度は真剣な顔で直樹を見つめる。「なあ、直樹」 「ん?」 「お前が直樹だってことは、もう疑ってない」一瞬、言葉が消える。「でも、どうしてだ?」浩美の黒い瞳が、直樹を真っ直ぐに見つめる。「どうしてお前は、あの日この森で起きたことを、あんなに詳しく知ってる? 春さん
「違うっ!」途端、男が勢いよく身体を起こした。 「違うっ! 違うっ! オレはやっていない! 結局、あれは失敗したんだ! 春樹なら知っているだろう!? お前が止めに来たから──」男はじりじりと膝行りながら後ずさる。 そして突然、もつれるように立ち上がると、背を向けて森の奥へ駆け込んだ。春樹はその後ろ姿を眺めながら、ゆったりとした足取りで自らも森へ入っていく。──いくら逃げても無駄だ。 この森で、俺の知らないことなどないのだから。前方では、男の巨体が木々の間をふらふらと逃げていく。 春樹はその背中へ、静かに言葉を投げかけた。「俺はあの日、直樹がいないことに気づいて、すぐこの森へ向かいました」男の足が、わずかによろめく。「貴方がいつも少年たちを連れてきていた、この場所に」春樹は足を緩めない。「俺がここへ着いた時、貴方は直樹に手をかける寸前だった。あの子は地面に倒れて、頭から血を流していた」男の肩がびくりと揺れた。 足取りはよたよたとおぼつかなかったが、それでも前へ進もうとするように、両手だけが必死に宙を掻いていた。「暴れたから、殴ったんでしょう? そのせいで、直樹はあの日の記憶をすべて失った」そこで春樹は、わずかに目を伏せた。「……まあ、それは今はいい」再び男を見る。 神父の背中が、うす暗い木々の間をぬっていく。「あの時、血だらけの直樹を見た俺は、頭に血が上って貴方に掴みかかった。でも、体格の差には勝てなかった」淡々とした声が、濡れた森に響く。 鳥の声が遠くの空へと消えていく。「俺は貴方に首を絞められて──」 「埋めた!」男が突然振り返った。 立ち止まり、狂ったように両腕を広げる。「だって、そうするしかなかった! お前はオレの正体に気づいていたから!」男は後ずさった拍子に木の根へ足を取られ、ぬかるんだ地面へ派手に倒
「さっきから、そう言っているじゃないですか?」春樹は前屈みになると、すっと男の顔を覗き込んだ。 途端、男は短い悲鳴を上げて身を引き、背後の木の幹に背中を打ちつけた。春樹は、その様子を笑顔のまま見つめていた。 この顔が、男を何よりも怯えさせている。 それをわかったうえで、さらに追い打ちをかける。「残念ですよ」 「……な、何が……」 「もし貴方が〝神父様〟なんて呼ばれていなければ、もっと早く正体に気づいた人がいたかもしれない」男の顔が強張った。「神戸で起こした事件の記事を偶然見つけて、問い合わせる人だっていたかもしれない。でも、誰もそうしなかった」春樹は静かに目を伏せる。「村の人たちは、誰一人として貴方の本名を知らなかったから。〝神父様〟なんて大層な呼び名だけを信じて、安心しきっていた」 「……」 「本当に、残念です」春樹が目を伏せた、その瞬間だった。 男は力任せに腕を振りほどくと、春樹の脇をすり抜けた。そのまま背後にぽっかりと口を開ける森へ駆け込もうとする。 だが、一歩も入れなかった。 春樹が素早く回り込み、その進路を塞いだからだ。「どこへ行くんです?」男が息を呑む。「この森に逃げ込んだら、終わりですよ」春樹は背後の暗い森へ、ちらりと視線を向けた。「貴方が拐した少年たちが、きっと逃がしてくれない」 「……っ」 「俺、何度か見ましたよ。この森で」春樹は微笑む。「貴方が連れてきた子供たちを」男の顔が、ぎくりと強張った。「バ、バカなっ!」突然、声を荒らげる。「そんなはずないだろう! オレはちゃんと、あの子らを生きて街へ帰している!」 「……」 「ただ……ただ、服を少し、記念にもらっていただけだ!」ぬかるみに膝をついた男は、背中を丸めて震え始めた。 春樹はゆっくりとそ
あの日は、雨だったのだろうか。 それとも、晴れていたのだろうか。それすら、もう思い出せない。 だから今は、柔らかな春の小雨に濡れる森の姿を、目に焼きつけておくことにした。 細い雨が枝葉を濡らし、森全体をしっとりと沈ませている。「何をしているんですか? 〝神父様〟」声を掛けると、目の前の大きな背中がびくりと揺れた。 ゆっくりと振り返った〝神父様〟は、まるで迷子になった子供のような目をしていた。彼がいたのは、林道を進んだ先にある空き地の隅だった。 しゃがみ込み、地面に掘った小さな穴へ何かを埋めようとしている。「それ……子供の服、ですか?」 「直樹──どうして、こんなところに……」〝神父様〟は弁解するように両手を上げた。 その拍子に、手にしていた布がぽとりと地面へ落ちる。「直樹、これはね、故国にいる年老いた母が送ってきたものなんだ。彼女はいまだに、私に子供がいると思い込んでいてね。少し惚けているんだろう。私に息子なんていないのに……」そして、逃げるように話題を変える。「それより直樹、君こそどうしてここにいるんだい? 傘も差さずに。こんなに濡れているじゃないか!」そう言って伸ばされた手を、直樹はがしりと掴んだ。「……っ!」〝神父様〟が息を呑む。 あまりにも冷たい手に驚いたのだろう。「直樹!? こんなに冷えて……まるで幽霊みたいじゃないか」男は慌ててその手を擦ろうとした。けれど直樹は、それを許さなかった。 掴んだ手首を離さないまま、静かに言う。「その通りですよ、〝神父様〟」 「……え?」 「実は俺、直樹じゃないんです」男の顔から、表情が消えた。 直樹は微笑んだ。「俺は、春樹なんですよ」 「──っ!?」男の顔に、ありありと悪寒が走った。 掴まれた腕を振りほどこうとする。 だが、びくともしない。
直樹は思わず足を止めた。 振り返った影の顔は、兄にしては幼すぎた。(あれは──)「……直、樹?」足を緩めた隙に、子どもは木立の奥へ消えていた。 葉をかき分ける音だけが、徐々に小さくなっていく。自分の粗い呼吸音だけが鼓膜に響く。あの子は誰だ? なぜ、昔の自分と同じ顔をしていた?直樹は、泥と血で汚れた手で髪を掻きむしる。──じゃあ、ここにいる俺は誰なんだ?叫びが喉元までせり上がった、その時だった。「おいっ!」
夢を見る。 いつもの夢だ。森の中を、ひたすら走っている。 暗く、深い森を。視界の端を、白いものがよぎった。 白いシャツの華奢な背中が、木々の間をすり抜けていく。 風のように軽やかに。──あれは。「兄貴っ!」影がふっと振り返った。 だが、風に乱れた髪が顔を覆い、その表情までは見えない。白い影はそのまま森の奥へ駆けていく。 枯葉を踏み砕く音だけが、やけに大きく響いた。その時だった。「待ってっ! 兄貴っ!」
「じゃ、今日はこれで。──あ、そうだ、これ」コテージの玄関で、浩美が振り返った。 ポケットを探り、何かを差し出してくる。「ここの鍵だ」掌の上にあったのは、二つの鍵だった。 開きかけのドアから差し込む夕焼けの中で、鈍く光っている。直樹はそれを受け取り、ふと眉をひそめた。「ありがとう。でもこれ、合鍵までついてない?」持ち上げると、同じ形の鍵がチャラリと乾いた音を立てる。 直樹は片方をホルダーから外し、浩美へ差し出した。「一つは浩
「ちょ、とあんま、近寄んな」窓際まで追い詰められ、浩美の長い両腕が逃げ道を塞ぐ。 肩を押し返そうとしても、相手の体はびくともしなかった。「浩美、どけ」だが浩美は聞く耳を持たない。 さらに距離を詰めると、直樹の肩を掴んで強く揺さぶった。「いい加減、本当のことを言ってくれ。お前、本当に直樹なのか?」整った浩美の顔が、目の前まで迫る。「とてもじゃないけど信じられない。その顔も、仕草も……春さんにそっくりなんだよ」浩美の口元がひくりと痙攣した。「もしかしてお前……いや」浩美の喉仏がごくりと上下する。「……貴方は春さんなんじゃないですか?」