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第9話

Auteur: 秋の一葉
理仁は、完全に正気を失っていた。

彼は自らの転落をすべて私の「裏切り」と、清水会長による「執拗な追い込み」のせいにした。

理仁は匿名アカウントを使い、SNSやネット掲示板で私に対する誹謗中傷を始めた。

そこには、私が権力者に擦り寄るために枕営業を厭わず、陰湿な罠を仕掛けて元夫を追い落とした悪女であるかのように、巧妙な嘘が綴られていた。

彼は以前の仲睦まじい写真と、祝賀会での清水会長との写真を対比させ、尾ひれはひれをつけて「不倫の末の略奪」という物語をでっち上げたのだ。

事実無根の噂は、瞬く間にネット上で燃え広がっていった。

だが、私が動くより先に、栄金グループの広報チームが電光石火の如き速さで事態を収拾した。

彼らは各プラットフォームに対し、容赦のない法的措置を辞さないとする警告書を送付。同時に、理仁への公式な処分内容を、社印入りのプレスリリースとして公開した。

【元従業員・久我理仁による業務上横領および営業秘密の不正取得に関する処分公告】

言い逃れのできない事実が冷徹に突きつけられ、ネット上のデマは一瞬にして霧散した。

理仁にとって、本当のとどめを刺したのは他でも
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  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第10話

    数ヶ月後、法廷で判決が下った。理仁は、業務上横領、名誉毀損、そして脅迫罪などの併合罪により、懲役五年の実刑判決を言い渡された。後日、刑務所に収監された彼から一通の長い手紙が届いたが、私はその封を切ることさえせず、そのままオフィスのシュレッダーへと放り込んだ。一方、花音は、いつの間にかこの街から姿を消していた。風の噂では実家に戻ったとも聞くが、もはやこの業界に彼女の居場所などどこにもない。私の人生という物語の中に、もはやあの二人の居場所など、どこにも残っていない。臨海都市再生計画は、ついに完璧な形で竣工を迎えた。私が心血を注いで設計したグリーンコリドーは、緑豊かな虹のように街を跨ぎ、新たなランドマークとなった。この建築は、その年の国際建築大賞で金賞を受賞した。その功績が認められ、私は異例の抜擢を受け、事務所史上最年少の共同経営者として取締役に名を連ねることになった。清水会長との関係も、ごく自然に深まっていった。映画やドラマのような劇的な告白があったわけじゃない。ただ、静かに時が満ちるように、すべては「必然の成り行き」だった。彼は私の自立した強さを愛し、私は彼の高い視座と、すべてを背負う覚悟に強く惹かれた。そんな彼の誕生日パーティーの夜、親しい友人たちの視線が集まる中で、彼は不意に私の前で片膝をついた。だが、彼が差し出したのはダイヤモンドの指輪ではなかった。それは、新しく設立する会社の共同経営者としての出資計画書。そこには、私と彼の名前を組み合わせた新しい社名が、誇らしげに刻まれていた。彼は真っ直ぐに私を見上げ、真摯な眼差しで言った。「心晴、君を誰かの『付属品』にしたくないし、何かの枠に嵌められた存在であってほしくないんだ。俺と一緒に、新しい時代を切り拓くパートナーになってくれないか?」沸き上がる歓声と拍手の中で、私は視界を熱く潤ませながら、微笑んでその手に自分の手を重ねた。ようやく、真理に辿り着いた気がする。本物の愛とは、救ったり救われたりする関係でも、支配や依存でもない。それは、自立した二つの魂が互いを照らし合い、対等な立場で高め合っていくことなのだ。今、私は自分が設計した受賞ビルの最上階に立っている。眼下に広がるのは、宝石を散りばめたような街の灯りと絶え間ない車の流れ。

  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第9話

    理仁は、完全に正気を失っていた。彼は自らの転落をすべて私の「裏切り」と、清水会長による「執拗な追い込み」のせいにした。理仁は匿名アカウントを使い、SNSやネット掲示板で私に対する誹謗中傷を始めた。そこには、私が権力者に擦り寄るために枕営業を厭わず、陰湿な罠を仕掛けて元夫を追い落とした悪女であるかのように、巧妙な嘘が綴られていた。彼は以前の仲睦まじい写真と、祝賀会での清水会長との写真を対比させ、尾ひれはひれをつけて「不倫の末の略奪」という物語をでっち上げたのだ。事実無根の噂は、瞬く間にネット上で燃え広がっていった。だが、私が動くより先に、栄金グループの広報チームが電光石火の如き速さで事態を収拾した。彼らは各プラットフォームに対し、容赦のない法的措置を辞さないとする警告書を送付。同時に、理仁への公式な処分内容を、社印入りのプレスリリースとして公開した。【元従業員・久我理仁による業務上横領および営業秘密の不正取得に関する処分公告】言い逃れのできない事実が冷徹に突きつけられ、ネット上のデマは一瞬にして霧散した。理仁にとって、本当のとどめを刺したのは他でもない、花音だった。彼女は理仁という名の泥沼から這い上がるため、自ら週刊誌の独占インタビューに応じた。理仁が言葉巧みに彼女を唆した経緯や、「心晴と別れて君を一生支える」といった無責任な約束を繰り返していたチャットの履歴をすべて公開した。彼女は自分を「愛に目が眩み、卑劣な男に騙された無垢な被害者」として徹底的に演じきり、世間の同情を味方につけた。こうして、味方も居場所も失った理仁は、業界のみならず世間全体の失笑を買う「稀代のピエロ」へと成り下がった。そして、彼はついに理性を失った。私がパネリストとして招かれた公開建築フォーラムの最中だった。理仁は警備の制止を振り切り、獣のような形相で壇上の私に向かって突進してきた。会場は一瞬にして静まり返り、誰もがその異様な光景に息を呑んだ。理仁の手には、中身のわからない液体の入った透明なボトルが握られていた。彼は狂ったように叫び声を上げた。「心晴!このくそ女、よくも俺をここまでコケにしやがったな!その面、二度と男をたぶらかせないように焼き尽くしてやる!」会場は一瞬でパニックに陥り、悲鳴が渦巻いた。彼がボトル

  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第8話

    嵐が去り、ようやく平穏な日常が戻ってきた。私はすべての精力を臨海都市再生計画に注ぎ込んだ。理仁という足枷が外れた今、私はプランの抜本的なブラッシュアップを断行し、チームを率いて昼夜を問わず奔走した。私のプロ意識と迷いのない決断力は、チーム全員の尊敬と揺るぎない信頼を勝ち取っていった。そんな折、栄金グループの清水会長が、プロジェクトの打ち合わせを口実に、頻繁に私を誘い出すようになった。彼はもはや高圧的なクライアントではなく、一人の建築家として私を高く評価してくれる先達のような存在だった。私たちはデザインの哲学、業界の展望、そして建築に対する互いの信念について、時間を忘れて語り合った。「吉田さん。君の才能は、こんなところで埋もれさせていいものではありません」ある日のランチの席で、彼は真っ直ぐに私を見つめてそう言った。それから間もなく、私は彼に招かれ、国際的な建築業界のカンファレンスに参加することになった。彼は業界の重鎮や有力な投資家たちに、次々と私を紹介してくれた。そして晩餐会のスピーチでは、あろうことか壇上で私の名を挙げたのだ。「今回、臨海都市再生計画を牽引してくれている吉田心晴さんは、私がこれまで出会った中で最も才気と胆力に溢れた若き建築家です。彼女の姿に、私はこの国の建築界の未来を見ています」彼からの惜しみない賛辞は、会場を揺らすほどの喝采を呼び起こし、私を一躍、業界が注目する存在へと押し上げた。すべてが順調に進んでいると思っていた矢先、思わぬ厄介事が舞い込んできた。理仁が、まるで亡霊のように会社のビルの前に立っていた。頬はひどく痩け、口の周りには不精髭が伸び放題。血走ったその瞳には、かつての自信に満ちた覇気など、もはや微塵も残っていなかった。彼は私の進路を塞ぐように立ちはだかり、後悔の言葉を壊れたレコードのように繰り返した。「心晴、俺が悪かった……本当なんだ。もう一度だけ、チャンスをくれないか」私は一瞥もくれず、無言のまま車へと歩を進めた。駆けつけた警備員が、見苦しく縋り付こうとする彼をすぐに取り押さえる。数日後には、花音までもが姿を現した。彼女は人目も憚らず泣き崩れ、若さゆえの過ちだった、あの時は魔が差したのだと訴えかけてきた。「吉田さん、どこも雇ってくれないんです……

  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第7話

    社内の聴聞会は、もはや見るに堪えない醜悪な茶番劇と化していた。会議室の中にいた理仁と花音は、互いの喉元を食い破らんとする狂犬さながらに、激しく罵り合っていた。「全部、この女が誘惑してきたんだ!俺に憧れていると言って、一歩ずつ罠に嵌めたんだ!」理仁は花音を指差し、額に青筋を立てて喚き散らした。「ふざけないで!」花音もなりふり構わず言い返す。「先に離婚するつもりだって嘘をついたのは、あなたでしょ!有名な建築家にしてやるって、プロジェクトを餌に私をその気にさせたくせに!」目を覆いたくなるような泥仕合。私は親友であり弁護士の杏奈を伴い、重要証人として長テーブルの末端に、泰然と座っていた。「盗作の証拠以外にも、皆様に確認していただきたいものがあります」私は一束の書類を、取締役たちの前へ静かに滑らせた。杏奈が立ち上がり、居並ぶ面々に向かって淡々と、しかし容赦のない説明を始めた。「これらは、理仁が在職中、職権を乱用して花音の個人的な遊興費に充てた領収書の数々です。彩泉ホテルのスイートルーム、数々のブランドバッグ、さらには海外リゾートへのファーストクラスの航空券……そのすべてが、臨海都市再生計画の予備費から不正に捻出されていました」盗作がクリエイターとしての倫理の問題だとするなら、これはもはや言い逃れのできない刑事事件だ。杏奈の声は静かだったが、その内容は会議室に爆弾を投げ込んだに等しい衝撃を持って響き渡った。「就業規則および労働法に照らせば、理仁の行為は業務上横領に該当します。これは重大な契約違反であるばかりか、会社に対して計り知れない名誉毀損と経済的損失のリスクをもたらす背信行為に他なりません」取締役たちの顔は、一人残らず苦虫を噛み潰したように歪んでいた。クライアントの怒りを鎮め、株主への説明責任を果たすため、取締役会の決断は迅速かつ冷酷だった。CEOはその場で宣告した。「取締役会の決議を宣告いたします。久我理仁。重大な職務懈怠、ならびに業務上横領の嫌疑により、本日付をもって懲戒解雇といたします。会社側としましては、法的措置および損害賠償請求の権利をすべて留保させていただきます。見城花音も即刻、解雇とします。その不実な行為については、業界の人材ネットワークを通じて、厳正に通報させていただきます」理仁は糸の切

  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第6話

    その日の夜、私は自宅へと戻った。ドアを開けると、リビングのソファに理仁が力なく項垂れていた。その姿は、たった一日で十歳は老け込んだかのようにひどくやつれ果てていた。開錠の音を聞くなり、彼は弾かれたように立ち上がり、私のもとへ駆け寄ってその手を掴んできた。「……心晴、おかえり」私を掴む彼の掌はひどく冷たく、小刻みに震えている。「心晴、俺が悪かった。本当に、本当にすまない」血走った目で、彼は身勝手な懺悔を始めた。「全部、あの花音っていう女が誘惑してきたんだ。一時の気の迷いだったんだよ。俺はどうかしてた。人間失格だ」彼はすべての罪を花音の誘惑のせいにし、なりふり構わず過去の情愛に縋り付いてきた。「大学時代のことを忘れたのか?君が都市設計をやりたいって言ったから、俺も同じ建築の道を選んだんだ。新婚の頃、あの狭いアパートで暮らしたことも……君は言ったじゃないか、俺さえ隣にいれば、カップ麺を啜る毎日だって幸せだって」彼はそうやって、かつての恩愛を執拗に掘り返しては、私を「情」という鎖で縛り付けようとしていた。「心晴、あの女はすぐにクビにする。二度と目の前に現れさせないから。お願いだ、やり直そう?元の二人に戻ろう」彼はしがみつくように懇願してきた。「ほんの一時の気の迷いだったんだ。だから、今回だけは許してくれ」私は彼の独白を、最後まで遮ることなく静かに聞いていた。そして彼の手から、自分の手を冷ややかに引き抜く。バッグから数枚の書類を取り出し、リビングのテーブルに音もなく置く。杏奈が、この日のために用意してくれていた離婚協議書だ。「サインして」私の声は、自分でも驚くほど凪いでいた。理仁は凍りついたように動きを止め、その文字を凝視した。「離婚?」彼は弾かれたように顔を上げ、信じられないといった様子で私を見た。その瞳には、困惑と、私を咎めるような色が混じっている。「心晴、君は……そこまで冷酷になれるのか?」「私はただ、自分のものを返してもらうだけよ」私は彼を真っ直ぐに見据えた。「家も、車も、預金も……全部あなたにあげるわ」私の言葉に、理仁は長い沈黙に陥った。おそらく、私が共有財産のすべてをあっさりと放棄すると言い出したことが、彼には想定外だったのだろう。だが数秒後、その困惑は

  • 裏切りの果てに、最高の景色を   第5話

    これで、守られるべき最後のプライベートすらも無残に引き裂かれた。会場内は瞬く間に騒乱の渦に飲み込まれ、怒号とざわめきが嵐のように吹き荒れた。最大手のクライアント、栄金グループの清水会長の顔は、怒りで黒く沈んでいた。彼は勢いよく立ち上がると、なおも釈明しようとする理仁の言葉を力ずくで遮った。「久我社長。この件に関しては、御社から正式な説明をいただきたいと考えております。我々栄金グループの投資は、不純な社内恋愛や、クライアントに対する隠蔽工作を支援するために行っているものではないのです」清水会長の低く響く怒声に、会場は一瞬にして水を打ったように静まり返った。CEOや数名の取締役が、騒ぎを聞きつけて血相を変えて駆けつけた。その表情は誰もが一様に、苦虫を噛み潰したように険しい。一行は隔離されるように小会議室へと集められたが、そこを支配していたのは、窒息しそうなほどに張り詰めた重苦しい沈黙だった。中心に立たされた理仁と花音は、もはや生きた心地がしないといった風体で、顔面は死人のように土気色に染まっている。私は彼らと対峙するように立ち、背後ではアシスタントが手際よくプロジェクターの接続を進めていた。「吉田さん、まずは落ち着いて話し合いましょう。これ以上、会社の名誉を汚すような真似はどうか慎んでください」まず口を開いたのはCEOだった。その声音には、宥めるような響きと、それ以上に「これ以上騒ぎを大きくするな」という明確な警告が込められていた。私は彼を黙殺し、取締役会を真っ直ぐに見据えた。「皆様、手短にご説明いたします」私が合図を送ると、巨大モニターに私のPCのログイン画面が映し出された。「これは私の業務用PCですが、何者かによってパスワードが書き換えられていました。私に関するあらゆる記念日を試しましたが、すべてエラー。ですが――見城さんの誕生日を入力したところ、無事にロックが解除されました」会議室に、凍りつくような死の静寂が広がった。私は間髪入れずに、二つ目の証拠を提示する。「これは本プロジェクトの全工程ファイルです。最初のラフ案から、詳細設計に至るまで、明確な作成日時のタイムスタンプが記録されています。さらに、核心となる設計図には私独自の電子透かしを施してあります。一方で、本日見城さんが発表

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