Partager

見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族
見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族
Auteur: 落葉

第1話

Auteur: 落葉
大学入学共通テストが終わってすぐ、これまでにないくらいの大地震が起きた。

陣内茉優(じんない まゆ)は身を呈して、崩壊した家から両親と兄の陣内俊輔(じんない しゅんすけ)を救い出したが、自身は落ちてきた梁に背骨を打ちつけられて、下半身不随となり、車椅子生活を余儀なくされた。

両親はそのことを悔やみ、毎日のように涙を流し、悲しみに明け暮れていた。

そんなある日、俊輔がある女性とDNA鑑定書を携えて帰宅した。

「父さん、母さん。こちらが美月。彼女こそがあなたたちの実の娘だ」俊輔は冷静に告げたが、その言葉は茉優の耳に衝撃として響いた。「茉優は……当時の病院での取り違えだ」

一瞬、両親の瞳から深い悔やみが薄らぎ、代わりに安堵の表情が浮かんだ。

「私の娘!愛しい娘よ!」母の陣内芳美(じんない よしみ)は陣内美月(じんない みつき)を抱きしめて号泣した。

父の陣内正宏(じんない まさひろ)も目を赤くして、美月の背中を叩きながら言った。「戻ってきてくれて本当によかった!」

それからというもの、何もかもが一変した。

「茉優、美月は帰ってきたばかりで慣れていないんだ。あのバルコニーのある部屋、美月に譲ってくれないか?」

「茉優、この宝石を美月のプレゼントにしてくれない?あなたはもうたくさん持っているでしょ?」

「茉優、東都中央大学の推薦枠だが……美月にもっと必要だから、譲ってやってくれないか。お父さんがまた別の学校を探してやるから」

こうして茉優の生活は、暗い闇に覆われたように色を失ってしまった。

幸い、幼馴染の秋月司(あきづき つかさ)だけは、これまで通り優しく傍らに寄り添い、彼女にこう言った。「茉優、大丈夫。俺がいる」

司は茉優にとって暗闇における、唯一の光だった。

しかしあの日、美月は、茉優が自分の大切にしていた猫をわざと溺死させた、と涙ながらに告発した。

「そんなことしてない!」茉優は青ざめた顔で必死に否定した。

だが、両親と俊輔は信じようとしなかった。涙を浮かべる美月の姿を見ていると、実の娘に対する申し訳なさが、彼らの理性を失わせていた。

「なんて意地汚いの!長年育ててきてやったのに、美月にそんなことをするなんて!」芳美はそう言いながら激怒した。

一方、正宏は冷たい目線を向けてこう言った。「こいつを裏庭の池に投げ込め。溺れる苦しさを思い知らせてやれ!」

茉優の釈明などまったく聞き入れてもらえず、車椅子から強引に引きずり出され、晩秋の凍える池へと突き飛ばされた。

「やめて……お父さん!お母さん!お兄ちゃん!助けて……私がやったんじゃない……」

茉優はむせながら、絶望的に救いを求めた。

だが、どれだけ彼女が泣き叫ぼうとも、あの暖かい光が漏れる窓の後ろから、誰かが姿を見せることはなかった。

こうして氷のような冷たさが、彼女の体温と意識を徐々に奪っていった……

次に目を覚ますと、病院だった。

全身を組み立て直されたかのようで、茉優は凍りつく寒さと痛みを感じていた。

意識を取り戻したばかりだったが、廊下から司と俊輔の低い話し声が聞こえてきた。

司は怒りと痛ましさを隠しきれない声で叫んでいた。「俊輔、もう我慢の限界だ!今すぐ真実を明かしてくる!茉優こそがご両親の本当の娘だぞ!どうして偽物のために、彼女をこれほどまでに苦しめるんだ!?」

ガーン――

その言葉に、茉優の頭の中が真っ白になり、耳にキーンという音が響いた。

自分こそが、本当の娘?

それなら、なぜ俊輔は自分が取り違えられた方だなんて言ったんだろう?

すると、俊輔がすぐに切迫した声で彼を止めた。「司!駄目だ!絶対に言うな!

僕が美月を連れて帰り、美月が実の娘で、茉優が取り違えられた方だと言ったのは、父さんたちをあの深い自責から解放したかったからなんだ!

見ていてわからないのか?茉優が血のつながった子じゃないと知った時、二人は彼女を冷遇するようになったが、少なくとも泣き暮れることはなくなった。重い罪悪感に苛まれることもなくなった。

だけど、ここでもし本当のことを言えば、これまでの努力が水の泡だ!両親はまた自分たちを救うために茉優が足を犠牲にしたという過去を思い出してしまう。そんな苦しい毎日を凌ぐ彼らを見ているわけにはいかないんだよ!

司、君が茉優を想い、不憫に思っているのは知っている。でも茉優は僕の妹だぞ!大切に思わないわけがないじゃない。僕だって心を痛めているんだ。でも親のために、演じ続けるしかないんだ!」

その一連の会話を聞いて、茉優は病床で震え、心が池に落ちた時よりも冷たくなるのを感じた。

演じ続けるしかない……

すべては俊輔が演出した芝居だったのだ。

両親の罪悪感を軽くするため?

そのために、本来自分が受けるべき愛情を奪い取り、それを赤の他人にあげてもいいと?

事実無根の罪を着せられ、池に沈められても構わないと?

では、この3年間の苦しみはなんだったの?

彼らを救おうとしたせいで失った、自分の輝ける人生はどうなるんだ?

圧倒的な不条理と、最愛の者に裏切られた痛みが津波のように茉優に押し寄せた。

一方、扉の外で司は黙り込んでしまったようで、しばらくして彼はもうそこにいないのかと思うほど沈黙が続いたあと、絞り出すような低い声で、彼は言った。「わかった」

司は黙認した……

真実を知りながらも、彼は俊輔とグルになって自分を騙し、自分が貶められるのを見て見ぬふりすることを選んだ……

それを聞いて、俊輔はほっと一息をついて、少し軽くなった口調で言った。「さて、もう美月のところへ行かないと。僕がここに居るのを父さんたちに見つかれば怪しまれる。司、君も茉優の様子を見ていられないなら、一緒に来いよ」

それから、足音が次第に遠のいていった。

残された茉優は病床に横たわったまま、ただ黙って涙を流し枕を濡らした。

一瞬にして、まるで車椅子に縛り付けられた時から壊れかけていた自分の世界が、今、完全に崩壊してしまったかのように彼女は感じた。

その時、主治医がカルテを抱えて入ってきた。

「気がつきましたか?ご家族は?」医師は病室を見て眉をひそめた。

茉優は涙を抑え、掠れた声で問いかけた。「先生、どうかされましたでしょうか……」

医師はカルテを見ながら、事務的ではあるが、少し重苦しい口調で告げた。「検査結果が出ました……胃がんで、末期です。できるだけ早く家族と今後の治療法を話し合わなければなりません」

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第26話

    一年、また一年と月日が流れた。花は咲いては散り、また咲いていく。墓石の前の階段は、司が座り続けたせいですり減り、光沢を帯びていた。彼の背中は丸まり、足取りもゆっくりと重くなっていった。ついに、同じように静かな、秋の午後。70代を超えた司は、邸宅の広いベッドで眠るように息を引き取った。その表情は穏やかで、どこか解放感さえ漂う平和なものだった。眉間に刻まれたしわは消え、口元も緩んでいる。まるで、一生背負ってきた重荷から、ようやく解き放たれたかのように。秋の木の葉が地面に落ちるかのような、自然で静かな最期だった。その訃報は世界を駆け巡った。一つの時代が終わったのだと、誰もが悟った。親族や会社の弁護士チームが慌ただしく葬儀の手配を始めた。遺品を整理している際、寝室の奥から多重ロックと生物認証が必要な頑丈な金庫が見つかった。金庫が開けられたとき、そこにいた全員が息を呑んだ。広々とした金庫の中には、たった二つのものしか入っていなかった。一つは、縁が擦り切れ、紙が黄色く変色した古いファイル。弁護士がそっと開くと、そこには数十年前の診断書があった。患者名は陣内茉優。【胃がん末期。予後不良、生存期間は長くて1カ月】という無情な診断結果が記されていた。もう一つは、濃紺のベルベットでできた宝石ケースだった。箱を開けると、そこには古びた女性物のダイヤの指輪が入っていた。流行から何十年も経っている指輪だが、大切に保管されていたことが分かる。ライトの下でダイヤが冷たく光り、過ぎ去った日々の寂しさを静かに伝えていた。高額な債券も、秘密の株券も、財産を示す書類はどこにもない。小さな島さえ買えてしまうようなこの頑丈な金庫が守り続けていたのは、今となっては意味のない一枚の診断書と、誰の指にも嵌められることのなかった、たった一つの指輪だけだった。そこにいた全員が沈黙した。伝説の男の心の奥深くに隠された、誰にも見せない脆く柔らかな一面に触れてしまったのだ。その後、公正証書にまとめられた司の遺言が読み上げられた。内容は誰もが予想外のものだった。巨大な秋月グループの分け方は複雑かつ明快だったが、個人の葬儀については、たった二つの指示だけだった。一つ、葬儀などは一切行わないこと。二つ、遺体は火葬し、骨を都心の川へ散骨すること

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第25話

    気づけば、長い年月が流れていた。季節は幾度となく巡り、気がつけば数十年という月日が過ぎ去っていた。かつてビジネス界を揺るがした秋月グループは、今や巨大なビジネス帝国として世界中に拠点を広げ、多くの業界の先導役となっていた。その舵取りをする司は、若い頃の尖った気質や厳しさを脱ぎ捨て、伝説的な存在となっていた。経済ニュースや教科書に載るような「成功者」として語られることが多い。今も巨大なビジネス帝国を操り、会社を束ねる手腕はまだ健在だが、公の場に出ることはほとんどなかった。たまにメディアに映る彼の姿は、いつも完璧に仕立てられたスーツを着て、髪型も隙がない。ただ、その表情は冷たく、瞳には何も映っていないように見える。年は取ったが、彼が持つ気品や威厳は変わらない。けれど、その落ち着いた雰囲気の裏側には、どうしても消えない深い孤独が根を張っているようだ。司は生涯独身だった。浮いた噂一つなく、決まったパートナーもいなかった。身の程知らずなメディアがこの超大富豪の私生活を暴こうとしたこともあったが、結局何も分からず立ち消えになった。街では、彼についていろんな噂が流れていた。早くに亡くなった恋人がいるだとか、そもそも女性に興味がないだとか。中には、誰にも言えない病気を抱えているなんて話まである。けれど、本当のところは誰にもわからない。彼はまるで都会の真ん中に浮かぶ孤島のように、誰とも距離を置いていた。ただ、長く彼に仕えてきた数人の側近だけは、冷淡そうに見える彼にも、ずっと守り続けている習慣があることを知っている。毎年のお盆や、茉優の命日には、司が世界のどこにいようと、どれほど重要な国際会議があろうと、必ずこの街に戻ってくるのだ。その日、司は自ら花屋に行き、一番瑞々しい花を選ぶ。そして一人で車を走らせ、郊外にある静かな墓地へ向かう。墓園はいつも静まり返っている。彼が馴染みの墓石の前に立つと、そこには刻まれた名前があるだけだ。しかし司の目には、あの日と変わらず明るく笑う彼女の姿が、今も鮮明に浮かんでいる。司は身を屈め、持ち歩いているハンカチで墓石を丁寧に拭い、埃や落ち葉を払う。そして、持参した花を一枝ずつ、大切そうに手向けるのだ。全てが終わっても、すぐには去らない。墓石の隣にある石段に腰を下ろし、ただじっと座り込む。時

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第24話

    数日後、俊輔の訃報と例の手紙の内容は登山者によって発見された。その手紙が公表されると、世間は再び騒然となり、悲劇的な結末に大きな衝撃が走った。しかし、5年前のスキャンダルや陣内家の凋落と比べれば、このニュースもすぐに新しい話題に塗り替えられていった。多くの人間にとって、それは巨大な悲劇の残響に過ぎなかったのだ。その知らせが司の耳に入ったとき、彼はガランとした社長室に一人座っていた。秘書がおずおずと報告を終え、息を呑んで反応を待った。司は静かにそれを聞いていた。表情も変えず、瞳の奥にすら何の波風も立たない。まるで自分とは無縁の、遠い世界のニュースでも聞いているようだった。彼は手で合図をし、秘書を下がらせた。扉が静かに閉まり、部屋には再び司一人だけが残された。彼は巨大な掃き出し窓へと歩み寄り、足元に広がる華やかで冷淡な都市を見下ろした。夕日が顔を照らしても、その瞳の中には何も映らなかった。まるで、そこにあるのは底知れぬ暗闇だけであるかのように。俊輔は自らの命をもって、その罪を償った。生涯かけて負い目のある妹の元へ行くため、最も断固たる方法を選んだのだ。では、自分はどうすべきか?何ができるのだろうか?自分も死ぬべきか?俊輔のように、飛び降りて全てを終わらせるべきなのか?いや。そんなのでは安易すぎる。死とは解放であり、逃避だ。自分は解放に値しないし、逃げることも許されない。生きなければならない。明晰な頭で、痛みを抱えたまま、長く生き続けなければならない。茉優の姿、その優しさ、その痛み、最後に見せた絶望の瞳、そして自分が犯した愚かで残酷な選択を、死ぬまで焼き付けておくのだ。この果てしない後悔と慕情に食いつぶされながら、命尽きるまで。それこそが最高の罰であり、永劫に続く生きながらの牢屋なのだ。司は車を飛ばし、郊外の墓地へと向かった。茉優の墓前は、いつ訪れても清らかで、雑草一つ生えていなかった。誰が供えたのか、名もなき小さな白花が、いつも静かに手向けられている。俊輔の遺灰は、本人の希望により都心の川へ撒かれ、墓石は建てられていない。司は墓石の前に立ち、刻まれた茉優の名を、指先で静かになぞった。ポケットから俊輔の手紙のコピーを取り出し、ライターで火をつける。オレンジ色の炎が踊り、

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第23話

    司は息を呑んだ。司の目に、ある記憶がフラッシュバックした。ずっと前、セラピールームの窓から差し込む陽射しの中で、茉優は蒼白な唇を噛みしめていた。額にはびっしりと汗が浮かび、両手は平行棒を折れんばかりに握りしめている。脚に力を込めて、必死に体を支えようとしていたのだ。一度、二度、何度も何度も倒れ込んだ。看護師が駆け寄ろうとしても、茉優は首を振って拒む。意地のように這い上がり、また車椅子へ戻って挑み続ける……当時の茉優の瞳にも、今の絵の中にあるような微かな光が宿っていた。微かであっても、その光は決して消え失せてはいなかったのだ。なのに……その光は、どうしてあんなにも少しずつ、自分たちが手にかけて消してしまったのか?いつからだったのか?茉優の瞳から希望が消え、虚無だけが残ったのは。両親の差別が始まった時か?俊輔の嘘のせいか?あるいは自分の欺瞞と甘やかしからか?いや、冷たい池に放り込まれた、あの日からなのか?決壊したダムのような巨大な悲しみが、司の理性を一気に押し流した。もう自分を抑えきれない。涙は滝のようにこぼれ落ち、頬を伝った。司は絵の前で立ち尽くし、肩を震わせた。5年間閉じ込めていた後悔も絶望も、今この瞬間に爆発したのだ。迷子になった子供のように泣きじゃくり、声も出ないほど嗚咽を漏らし、そのまま倒れ込みそうになった。周囲の参観者が怪訝な目で見ているが、それすらも司には視界に入らなかった。ただ、泣くしかなかった。もう二度と立つことのできない茉優のため、決して償うことのできない自分の罪のために。会場の隅からその様子を見つめる夕葉の心の中にも、複雑な想いが渦巻いていた。夕葉は司の事情を知らない。だが、あの絵が彼の最も深い傷口をえぐったことだけは理解できた。これもまた、司なりの浄化なのかもしれない。司が心に積もった5年分をさらけ出している裏で、もう一つの幕引きが人知れず静かに準備されていた。……陣内グループは、司による数年もの執拗な締め付けと内部の腐敗により、もはや中身のない抜け殻となっていた。俊輔には、もう足掻く余力は残っていなかった。彼はこの結末を静かに受け入れた。最後の取締役会を開き、会社として破産を申請する意向を告げた。不動産、特許、投資先まで、資産として残っているものをすべて金へと変えて

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第22話

    「小林夕葉と申します。ここの画家です」夕葉は戒めるように、簡潔にそう答えた。「茉優を知っているか?」司はわずかな望みにすがり、震える声でそう尋ねた。夕葉はきょとんとして首を振った。「いいえ、存じ上げません。人違いではありませんか?」「人違いか……」司はそれだけを呟くと、まるで糸が切れた操り人形のように力を失った。身体が大きく揺らぎ、その場に崩れ落ちそうになる。隣の画材台に手を突き、かろうじて立っているのがやっとだった。凄まじい喪失感と、それ以上の深い苦しみが津波のように司を襲う。結局は幻影、残酷な偶然に過ぎなかったのだ。急に血の気を失った顔と、そこから溢れそうなほどの苦痛を宿した司の瞳を見て、夕葉の胸が微かに騒いだ。彼女はこれまで多くの目を見てきた。強欲な目、賞賛の目、憐れみの目……だが、ここまで深く、魂に刻まれた悲しみを湛えた瞳は見たことがない。まるでこの人が地獄の底から這い上がってきたかのようだった。夕葉は車椅子を少し動かして歩み寄り、諭すように言った。「大丈夫ですか?何か、お困りでしょうか?」司は顔を上げ、かつての茉優に面影が似ているが、あくまで他人である目の前の女性を見た。やがて自嘲気味に、悲しい笑い声を上げた。「困っているか、だと?俺を救える奴なんていない……茉優は死んだ……二度と、会えないんだ……」夕葉はしばらく沈黙し、絶望な司の姿を見て、そっと息を吐いた。詳しい事情は分からなくても、その痛切さは伝わってきた。夕葉は自分の動かない脚を見つめ、苦しみの淵に迷い込んだこの男に向かって静かに言った。「死者はもう、帰ってきません。いつまでも過去に囚われ、心に籠城していても、閉じ込めるのは自分自身の人生だけです。手放すことが、何よりの供養になるかもしれませんよ」夕葉の柔らかな言葉は、司の絶望を貫こうとする微かな光のようだった。手放せ?供養だと?司はその言葉を鼻で笑い、鋭い視線を夕葉に向けた。「放せるものか。俺の罪は、一生かかっても償えない。この苦しみこそが、俺が生きてきた証であり、罪を償うためなんだ」その狂気に満ちた視線に圧倒され、夕葉はそれ以上何も言えなかった。司は何かに気づいたような表情を浮かべた。夕葉の車椅子、壁一面の絵画、そして苦難を乗り越えて漂う彼女の穏やかな雰囲気に、突飛な思考が浮

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第21話

    俊輔を始末するのは容易い。だが、そうして茉優は生き返るのか?俊輔を殺せば、自分の手も同じ血で汚れることになる。それでは、茉優を死に追いやったあの連中と、一体何が違うというのだ。果たして、この結末を招いた「真犯人」は一人と言えるのか?正宏の欲か?芳美の偏執か?美月の陰湿さか?俊輔の愚かな嘘か?それとも……自分自身の無関心と欺瞞、そして過ちを見過ごしてきた報いか?皆が共犯者だ。見えない網を編み、あの眩しかった少女を死の淵へ追い込んだのは、間違いなく自分たち全員だ。ガタンッ。司の指から拳銃が滑り落ち、高級なカーペットの上に鈍い音を立てて転がった。足取りが乱れ、冷たい壁を伝って床へとへたり込む。司は泣きも叫びもしなかった。見上げれば、華美な天井だけが広がっている。その瞳はひどく虚ろだった。真相は、救いをもたらさなかった。むしろ、果てのない絶望の重石を乗せただけだった。彼らは皆、これから永遠に自分自身が作り出した地獄の中で生きている。癒えることのない後悔を抱え、亡き命の影を追うことで、その生涯を終えていくのだ。……司による執拗な捜索は、数カ月も続いた。彼は街中をひっくり返すほどの勢いで捜索をした。提示した懸賞金は法外な額にまで跳ね上がり、巨額の報酬に釣られて集まった情報で溢れかえった。しかし、それらの真偽不明な情報の山は、すべて虚無という名の暗闇へと繋がっていた。一瞬見かけたあの後ろ姿も、深い沼に石を投げたように波紋だけを残して、跡形もなく消えていた。司が、もはや自分の記憶が生んだ幻影に過ぎないと諦め、さらに深い絶望の淵へと沈みかけていたその時、ようやく、一つの微かな手がかりが浮かび上がった。それは、北区の独立系のアーティストたちが集う新興のアートエリアを指し示していた。情報提供者によれば、プライベート展で車椅子の女画家を見かけたという。その儚げな美しさが、かつて亡くなったはずの陣内家の令嬢にすごく似しているとの話だった。司の心臓は、狂ったように脈打ち始めた。理性では「あり得ない」と分かっていても、彼は衝動のままに車を走らせていた。辿り着いた先は、蔦の絡まる古工場を改装したアトリエ。入り口の表札には「小林夕葉(こばやし ゆうは)」という名があった。茉優ではない。司の心がふっと沈む。それでも

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第2話

    胃がん……末期か?それを聞いて、茉優は目の前がクラっとなり、耳元では激しい耳鳴りが響いた。実の親族に裏切られ、出生の真実を知らされてまさに絶望の淵に陥っている中、運命は彼女に更なる過酷な一撃を与えたのだった。医師は茫然とする茉優を見て溜息をつくと、付け加えた。「発見が遅すぎました。もう癌は転移しています……積極的な治療をしたとしても、予後は厳しいので……覚悟を決めておいたほうがいいでしょう」覚悟?何を覚悟しろというの?死ぬ準備ということ?茉優は声を震わせ、精いっぱい勇気を振り絞って聞いた。「私は……あとどのくらい生きられますか?」すると、医師はしばらく黙り込み、無情な数

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第9話

    その頃、病院では。陣内家は、ただの軽い喘息を起こしただけの美月の診察のために、院内で最高の医師たちを招集していた。そこへ看護師が息を切らして診察室に飛び込んできた。「陣内さん、奥さん!隣の救急治療室に川に飛び込んで自殺を図った方が搬送されてきました。末期がんの患者さんで、一刻を争う状態です!でもその手術には山下先生の執刀が必要で……先生は今、娘さんの診察に当たっておりまして……何とかなりませんか?」しかし、それを聞いた芳美はイライラした様子で話を遮った。「川に飛び込んだって?末期がん?そんなの放っておけばいいでしょ!1億でも払っておけば、家族も納得するでしょう!どうせすぐ死

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第8話

    再び死の淵から何とか生還した茉優は、病院のベッドで美月の顔を思い浮かべて、すぐにでも警察へ通報しようとして、震える手でなんとかスマホを取ろうとした。「何をするつもり!?」芳美は叫びながら茉優のスマホをガバっと奪い取った。「警察に通報するの」茉優はか細いながらも、しっかりした声で頑なに言った。「通報だと?美月はわざとやったんじゃない!ただ、ブレーキとアクセルを踏み間違えただけだ!」正宏が激昂した。そんな言い訳に茉優は、呆れ果てるしかなかった。「間違ったことをしたら、それ相応の罰を受けなさい。ずっとそうやって私に教え込んできたのはお父さんでしょ?」「それとこれは違うわ!美月はま

  • 見殺しにされた実娘。絶望の録音に崩壊する家族   第3話

    「ああっ!」悲痛な叫び声が、邸宅の静寂を打ち破った。「美月!」「どうした!?」騒ぎを聞きつけた正宏と芳美、俊輔、そして司が部屋に駆け込んでくると、血まみれで倒れ、腹部に刃物が刺さった美月の姿を目にするのだった。その途端、芳美は動転しながら駆け寄り、彼女を抱きしめた。「美月!一体どうしたの!?」顔を真っ青にした美月は、涙を流しながら弱々しく茉優を指差し、息も絶え絶えに訴えた。「たぶん……お母さんたちが私を守ろうとして……茉優さんを水に突き落としたから……逆恨みされて……その怒りを私にぶつけて……刃物で刺したんだわ……」「茉優!この人でなし!」正宏は一瞬にして怒り心頭になり

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status