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第十四夜

Auteur: mako
last update Dernière mise à jour: 2024-12-13 17:45:20

そんな気持ちを引きずりながら迎えた週末。朝から何か嫌な予感がしていた。

午後から当麻と遊びに出かけようと思い立ったが、その判断は遅すぎた。

神崎さんが家に現れたのは午後のことだった。安田さんが当麻を連れて別室に行ってくれたことだけが、せめてもの救いだった。

「まだいたのね。あんなにCEOに呆れられても懲りないなんて」

リビングの高級ソファに堂々と座りながら、神崎さんは冷たい視線を向けてきた。

「それはあなたが仕組んだことですよね?」

溜まっていた思いが抑えきれず、つい口にしてしまった。

「なっ……!」

顔を真っ赤にして神崎さんが睨み返してくる。

「本当に往生際が悪いわね。あなたみたいな人が彼の妻でいるなんて、あり得ない」

「それは彼に言ってください。私は彼に望まれてここにいるんですから」

ずっと我慢してきたが、あまりにも幼稚で身勝手な行動に、苛立ちが抑えられなかった。

「ねえ、誰にものを言ってるのよ? 本来なら、あなたと私は会話すらできない立場なのよ」

「どうしてですか? 今こうして話しているじゃないですか」

身分や家柄を振りかざすなんて、なんてくだらない人なんだろう。そんなことでしか人を評価できないなんて、哀れにすら思えた。

「いい加減にしなさい!」

彼女の手が振り上げられるのを見て、叩かれる――そう覚悟した瞬間だった。突然、リビングのドアが開く音が響いた。

「何をしている?」

冷ややかな声がリビングに広がる。振り返ると、そこにはCEOが立っていた。鋭い視線が神崎さんと私を交互に捉えた瞬間、空気が一変した。

「CEO!」

驚いた神崎さんの声。普段の傲慢な態度は消え失せ、まるで別人のようにしおらしい様子に呆れを覚える。

「いえ、あの……奥様と少しお話をしていただけで――」

「話……ね」

短く言い放つと、CEOは私に視線を向けた。どうなのか、と無言で問いかけられているようだった。しかし、私が答えようとするより早く、神崎さんが彼の腕に縋るような仕草を見せた。

「本当です。奥様が私を誤解しているみたいで……」

「誤解?」

つい口に出してしまい、神崎さんを見据える。

「それはどういう誤解なんだ?」

CEOの冷静な声が神崎さんを追い詰めるようだった。

「それは、えっと……」

もちろん、彼女が嫌がらせをしていることや、先日の件を話せるわけがない。

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